死を自覚するというのもおかしなものだと、彼は笑った。

しかし、確かに現実ではありえない世界が目の前に存在していたのだ。

白。

どこまでも見通せるようで、酷く圧迫感のある様々な白で澱んだ空間に、立っているのか浮んでいるのさえ解らない不安定さで彼はそこにいた。





かつての支配者たちがいなくなった今、この世界の主はおそらく自分と言うことになっているのだろう。


なんという、いびつで間抜けた世界なのか。


何もかもが中途半端で曖昧な光景に嘆息し、最後まで自分の創造物の行く末も見届けられなかった自分にぴったりではないかと自嘲する。

ここが、自分のCの世界なのだ。












何をするでもなく漂い続け、曖昧な虚無と心の裏にこびりついた充足感に浸っていると、不意にひんやりとした何かに目を塞がれた。


「早すぎるよ・・・もう来ちゃったの?」



僕がつないだ命をなんだと思ってるの。


言葉自体は彼を責めるようでありながら、その実、穏やかに包む声の主は。


「ロロ・・・すまないな。でも、ちゃんと終わらせてから来たから。
するべきことは、全て始末をつけてから来たよ」


口元が自然と綻ぶのを感じながら、何を見つめるでもなく曇りゆく意識を拭って背後にいるであろう弟に頼りない弁明を紡ぐ。

すると、生前自分の命を懸けて彼を生かした少年の、子供らしく少し拗ねたような声音で彼を確かに許容する言葉がその背中を擽った。


「兄さんを生かすことが望みだったんだ」

「うん」

「僕も一緒に生きられれば良かったけど」

「うん」

「きっと、他の人たちだってそれを望んだはずなのに」

「だが・・・世界はそれを許さなかった」

「兄さんがそういう風に作ったんでしょう?計算、得意だったよね」

「お前にはなんでもお見通しだな」

「だって、僕は兄さんの弟だもの」


かつて・・・少年が死ぬ間際に交し合った言葉を繰り返すようにして向け、目を塞がれたままささやかに笑いあった。
修羅の道を自覚し、邁進していたころには考えられないほど、穏やかな気持ちで。

例え、偽りの兄弟であったとしても。

本物の思慕とこれ以上無い親愛をお互いに向かわせるのならば、それはただの親兄弟よりも深い絆で結ばれた兄弟といえるのではないか。

あれほどまでに己に流れる血を憎み、疎んでいた自分だったが、そうした感情を抱けば抱くほど逆に“血”というものに拘りすぎていたことに今更気づかされて彼は苦笑を零す。


目を塞いでいた指が離れて、華奢な腕が腰に回る。そしてきゅっと一度強く抱きしめられ、彼――ルルーシュは漸く自分より先に逝かせてしまった弟を見ることができた。



「ようこそ、兄さん・・・Cの世界へ」



結果的には置いていくことになってしまったが、生涯を通して愛しぬいた少女に似た青に近い柔らかな藤色の目とミルクブラウンのふわふわした髪が目に入り、視線を合わせて柔らかな微笑に同じく慈しみをこめた微笑を贈った。

ロロという焦点を持ち、個を固定できなかったルルーシュのCの世界は、曖昧に曇る白からはっきりした形を作った。















視界を緑に染める森。

それは決して単調なものではなく、地面に差す木漏れ日は目に鮮やかなコントラストをつくっていて、木々の向こうに広い海が見える場所。

見覚えのある場所に思わずロロを振り返ると、静かにこちらを見返す弟の手には小さな墓標となったあのロケットがあった。


「ロロ・・・」


じわじわと涙腺が弛み、少年の死に顔を心に収めたときには溢れなかった涙が零れた。


辺りに生き物の気配はしない。

ただ、目の前には確かに弟がいて、自分よりも幾分小さな手で自分の手を握ってくれている。

それだけで、許された心地がした。

―――救われた心地が。


「ここはしばらく二人きりだけど・・・ねえ、兄さん」


ゆっくりと、大木の陰に導かれ、太い木の根元に二人で座り込んだ。大人が数人腕を広げても回しきれないほど老齢な幹を持つ木の根は、二人が腰掛けるには十分な広さを有していて。

背中を預ける安心感に、ルルーシュの閉じた目蓋から一筋の涙が零れ、頬を伝った。


「きっと、ここでのんびりしてればみんな来るから。それまでは僕だけだけど・・・僕だけ、だから。今はゆっくり休もう?」


一眠りして、あの頃では交わせなかった他愛のない会話をして、また眠って、


「次に来るのはジェレミアかな。アーニャも名残があるから来るかもしれない。それに、C.C.も」


そうして彼らを待つときも、きっと穏やかに過ごせるのだろうと解って・・・そんな、無為だが幸せな時間も悪くないように思えた。


「そうだな・・・みんな、」

「うん・・・みんな」


手を握り合い、少し低い位置にある肩に頬を寄せた。


「兄さんの眠りは・・・僕が守るから」


囁く声に小さく頷き、目蓋に触れる指先に導かれて、ルルーシュはまどろむように眠りに落ちた。













穏やかな木漏れ日が、たった二人だけの世界に降る。
過去も他者も関係なく、争いのないCの世界。


あの扉の向こうでは、おそらくこうはいかないだろう幻の夢に、満たされた思いでロロも目を閉ざした。


せめて今は  安らかに


眠っていられるように、傍らの温もりにそっと身を寄せて。






想い半ばで途切れた願い。

時を越えて。世界を変えて。

これからまた叶えよう・・・叶えていこう。