とんだ勘違いだ。
あれは誰だ。
あの、全てを見下ろす高座に腰掛け、悠々と世界を見渡すような王者の眼差しを行く先へと向けているのは。
あれはルルーシュじゃないのか。
自分と同い年の、元学生で
身内には誰よりも甘い
自分の親友。
沿道を埋め尽くす人々の嫌悪の視線の中にあって心地の悪い気分になりながら、リヴァルは処刑台を進める護送車をひたむきに見つめていた。
テレビの中継ではおそらく、ルルーシュを正義と称える放送を流していることだろう。
世界を支配しようとしていた父王を倒し、悪逆皇帝と罵られながらブリタニアの頂点に立って、世界を二分する戦いを制した男を。
あいつの身は血に塗れてしまったのか。平穏に、共に学生生活を送っていたあいつは、憎しみを浴びながら世界を変えようとしているのか。
あいつは本当に“世界の悪”なのか。
本当に、あの頃――共に、アッシュフォード学園で笑い合っていた頃――と変わってしまったのか。
「ルルーシュ・・・本当に、お前の望みはこんなことだったのかよ・・・世界を、支配して・・・っ」
こちらに向かってくるに従い、はっきりしてくるあいつの表情を目にして、言葉詰まった。
“支配”なぞ、誰よりも嫌っているやつだと間近で見てきた自分が良く知っているはずだったのだ。
イレブンが――日本人が、ブリタニア人に虐げられている“日常”にすら反発を覚えているような男が、そんなものを望むはずもないのに。
悠然と見渡す視線。あれは、ブリタニア貴族相手に賭けチェスをしていたとき、チェックメイトを掛ける寸前の表情だった。
遠く、遠くから徐々に自分が居る沿道へと近づきつつあるあいつに、思わず息を呑んだ。
まだ、何かある。
そう直感できたのは、これまであいつが裏で何をやっていたのかは知らないながらに表で最も親しく付き合っていたからだ。
・・・誰も、気づいていない何か。
どうして、誰も気づかない?
わかろうとしない?
リヴァルは周囲がルルーシュに向ける嫌悪の視線も侮蔑の言葉も遮断して、一心に高座に腰掛ける男を見つめた。
確信を得たのは、周囲がざわめき処刑台に拘束された“罪人”達が驚愕の表情を浮かべた、あの時だ。
沿道の向こう、護送車が向かうその先に佇んだ一人の影。
漆黒に身を包んだ男に
背を突き抜けるような恐怖を
天が啓示するような絶望を 知った。
護送車が止まる。
ルルーシュが座る高座が、リヴァルが見据えるほぼ目の前で止まった。
「ルルー・・・シュ、」
掠れた声で、友を呼ぶ。
かつて忠誠を誓った主を、呼ぶ。
視線はこちらを向かない
声は、届かない。
ざわざわと、あいつを非難していた小声の雑音が消えた。
“皇帝”の送迎車へと常人にない動きを見せて迎撃する銃弾をものともせずに向かってくる男。
「銃撃を止めろ!!」
私が相手をする、と。左目を仮面で隠した“オレンジ”が叫び、肩が震えた。
ギシリ、握り締めた手摺が悲鳴を上げて僅かに歪む。
ああ、どうして。
高座で構えていたルルーシュの前に立った、仮面の男。
あいつが――あの方が――構えた銃をあっさりと弾き飛ばし、
赤い剣を構えた、その瞬間。
リヴァルは、己の体の一部が確かに砕けた音を聞いた。
白を染める赤が、視界をも真っ赤に侵食してく気がした。
変わった?
ルルーシュ・ランペルージ。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
皇帝ルルーシュ。
我が君、ルルーシュ
どんな境遇に立っても、どんな状況に陥っても、己の信念を、決意を変えなかった頑固者が、早々簡単に本質を変えるものか。
この“処刑台”の構図を見たって・・・あいつは何よりも妹に優しかったし、誰よりも世界を考え行動を起していると解るのに。
わかるのに・・・ほんの少しでも疑ってしまった自分に虫唾が走った。
しんと場に沈黙が下りる。
仮面の男・・・ゼロに寄りかかるように体勢を崩した彼は、白く痩せた顔を死の色に濃く染めながら何かを囁いたようで。
細い体から抜かれる刃。
ふらふらと処刑台を歩み、その身を赤く染めながら自分こそが支配者だとでも言うように両手を広げ、高座から転がり落ち――ブリタニア国旗を己の血で染め、裂いた彼は。
「ルルーシュ様――ッ!」
否、
「ルルーシュ――ッ!!」
ああ、ああ、どうして自分は傍にいないのか。
目に焼き付けるのは空を眺めるあいつの笑顔。
美しかった。綺麗だった。
今まで見てきたどんなものよりも満足げで。
かなしかった。
遠く、聴覚が捉える向こう、たった今、本人であるはずの男を刺し貫いた漆黒を称える声が地を叩いているようだった。
それに答えるかのように、王者がいた高座に佇む男は剣を振るって未だ切っ先から滴っていたあいつの血を落す。
全てを自分の下に掴むが如く。
ああ、どうして。
どうして誰も気づかない。
遠目に、カレンが顔を歪ませているのが見えた。
あいつの傍らに座り込む少女の、空を劈く叫び声が聞こえた。
ちらばる滴の熱さは、視線の先の少女が流すそれだけではない。
撤退を呼びかける皇帝の親衛隊であった男を追うように、民衆が“ゼロ”を呼び称えながら護送車を追いかけていく。
いま目にするべきはそんな姿ではなかった。耳にすべきはそんな声ではなかった。
目の前から遠ざかる赤に染まったルルーシュだけを見つめて、世界の無知と胸を切り裂く痛みを思い知る。
「――――ッッ!!」
叫ぶ言葉は、声にならなかった。
どうして、どうして気づかなかった!!
あの頃では見ることができなかったもの。
知りえた現実と、
気づけなかった未来
気づいたときには、全てがもう遅くて。
もっと傍にいればよかった
(届かない手など、なんの意味もありはしない)
無理矢理にでも着いて行けば
(孤独を強いたあいつに届くのならば、この声が枯れても構わない)
共にいられなかった自分を生者の世界に残すなんて
(全て、全て。世界なんて壊れてしまえばいい)
それでも、生きよと世界を遺すなら。
(自分の生をあなたが望むなら)
見届けてやろう、生きてみせよう
あいつが造った、この
美しくも醜い世界で
それでも今は、世界のために生きて、死ぬことを選んだ“友達”のために泣くことを・・・許してほしい。