暖かな陽気が心地良い、穏やかな午後だった。

珍しくクラブハウスで寛いだ姿を見せるルルーシュに、ほっと安らげる気分が胸を満たした。
あの日から多忙を極める生活が始まった兄と、こんな風に二人きりで過ごせる穏やかな時間なんて、本当に久しぶりで。

ロロはゆったりと読書する兄と自分にお茶を淹れ、彼が寝そべるソファの足元に座り込み、携帯電話を取り出していつものクセでロケットに指を絡め弄った。


金の四葉のクローバーが可愛らしい小さなロケット。

自分ではない、もう一人の彼の“妹”に与えられるはずだったそれの中には、なんの絵も入っていない。

開けばただ、自由を求める鳥の歌に切なくなるだけだ。

飛びたいわけじゃない。僕は側にいたいだけなのに――


時折、ルルーシュが本のページをめくる音やカップとソーサーが擦れあう音がするのを聞きながら、飽きもせずロケットを眺めていると、ゆっくりと日は傾いて室内が暗くなってきた。

パタン、本を閉じた音に、ロロは兄を振り返る。そこには、読書に満足した充足感などではなく、やるべきことを果たしただけというような淡々とした平素の兄の姿が窺えた。



「ねぇ、兄さん。一つお願いして良い?」
「何だ?ロロ」
「あのね・・・今度、写真撮って欲しいんだ。僕とツーショットで」
「何を改まって・・・いつでもいいぞ」
「ありがとう。・・・兄さん」



大好きだよ、とは言葉に出さず内心だけで呟いて。ロロは手中の携帯を大事に胸に抱いた。

今の兄と自分・・・兄弟の証が欲しいなんて、騎士団と学園生活の両方を背負うこの人には言えないけれど。

ただ、願いがあった。  欲しいものが






































ガシャンッ!

突如兄が激昂し、床に叩きつけられた携帯電話を・・・否、それについた小さなロケットを、ロロは半ば呆然として見つめた。



「――この偽者め!」



突然通話中の携帯を取り上げられて放たれた暴言に、虚ろな思考のまま彼の憎しみや悲しみに混濁した顔へと視線を移す。

偽者?違う、自分はロロ・ランペルージだ。



「俺はお前なんか嫌いなんだよ、大嫌いなんだよ!」



違う、そんなの嘘だ。だってあんなに愛しい時間を過ごしたじゃないか。

指先が震える。懸命に彼の言葉を否定しようと回転の鈍った頭で考えても、聴覚は愛すべき彼が言い渡す容赦ない痛みを捉え続ける。



「何度も殺そうとしてっ、ただ殺し損ねただけだ」



ただ、“ナナリーの代わり(偽者)”などではなく、“ロロ”として側に在りたいと願った。

だからナナリーを殺す計画まで立てたのだ。結果的には、彼女は自分が手を下すまでもなく女神の体内に飲み込まれてしまったが。

うわ言のように彼女の名前を呼び続けるルルーシュに、自分の方を振り向かせたいと思う反面、喪失の疼痛に歪む美しい人の傍に在れるだけでいいとまで思えた。



「二度と俺の前に姿を見せるな、出て行け!」



なのに、最愛の兄本人に自分の存在を否定されてしまえば――



「――――――っ、」



ロロは自分の唯一の宝物を素早く拾い上げ、彼に背を向けた。

願いを持ち続けたいと足掻く願望を切り捨てられた悲嘆に胸の内を苛まれながら。

嗚呼、こんな現実、受け入れられるわけがない。

嘘だ、嘘だ嘘だうそだウソだ――!















































あまりに大きな衝撃の後では、痛みは長く姿を見せず腹の底に澱のような悲哀ばかりが募っていく。


夢中で基地内を走っている内に自分の愛機ではなく蜃気楼の元に来てしまったのも、ルルーシュのことばかり考えていたせいだ。

彼と繋がるものを、ささやかなものでも求めてしまう。

・・・自分を傷つける意図を持った暴言にも、ロロの心には不思議と彼を憎む気持ちは湧いては来なかった。あんなにもルルーシュの裏切りを恐れ、憎んでいたというのに。



「兄さん・・・」



自らを否定されても尚、止まらぬ希求の思いを抱え、ロロは手の中のロケットを握り締めて祈るように拳と額を合わせた。

どうして憎めないのか。紛れもない決別の言葉に、自分だって彼を切り捨ててもいいはずなのに。

どうして、こんなに甘くなってしまったのか。

薄暗い格納庫の中で一人考え込んでいると、倉庫の入口から足音が聞こえてきて、ロロは思わず身を隠した。
兄の採用でブリタニア人も入り混じるようになってきた黒の騎士団だったが、ルルーシュの弟役としての自分は未だ一般団員には存在を知らされていないのだ。

だから、自分の姿は晒されてはならない――


未だにルルーシュに気遣っている自分に呆れる感情は、耳に飛び込んできた団員の言葉に吹き飛んだ。




「ずっと裏切られていたんだ」

「もう紅月が向かっている頃合だな」

「四番倉庫にみんなを集めて――」

「モルドレッドの協力もある、ヴィンセントのやつも一緒に・・・」

「こんなんじゃもう、生かしておけない」




潜めていても反響により良く聞こえてくる謀の声に、すぅと胸の内が冷えていく心地がした。

裏切った!?誰が一体、騎士団を裏切ったというんだ。

隠し事はあれど、彼は彼の真の意思を以てここまできた。
ギアスだって、有効に使えば操るなんて造作も無いはずなのに、報告によると彼は紅月カレン以外の団員には一切使用していないのだ。


漏れ聞こえる幹部たちの名前に、兄が彼らの信頼を得るために行った配慮の結果が、彼を頼って黒の騎士団に入ったはずの扇たちの短慮が、こんなことを招くなんて。

ルルーシュがブリタニア人であれ皇族であれ、“ゼロ”を象徴とした寄せ集めの集団で、裏切りから遠い位置にある彼らがそんなことを糾弾する資格なんか無い。


“ヴィンセントのやつも一緒に・・・”

“もう危ないことはしなくていいんだよ”


ふと、団員の自分のことを指摘する声に、かつてルルーシュが繰り返し自分に言った言葉が蘇る。
どうしてあんな言葉を繰り返した?自分を戦場に関わらせないように、彼の修羅の道から遠ざけるようにしたのは何故だ?


“殺そうとして”という先程の言葉との矛盾に眩暈がしそうになった。


ゆっくりと回りだした思考の中、ロロはこちらに近づいてくる気配に対峙するように立ち上がる。
――ラウンズの協力があるということは、皇族の誰かが動いているということだろう。
イレブンに来る可能性があるのは、ナナリー(故人)コーネリア(捕虜)、そして・・・シュナイゼルだ。シュナイゼルはルルーシュ自らが唯一勝てなかった異母兄だと認めるほどの策略家だ。
皇族の話を黒の騎士団が易々と受け入れるとは思っていたくはなかったが、相手が天性のペテン師となると、唆される可能性は大いにある。

しかし、今そんな彼らに追い詰められでもしたら、ナナリーを失ったルルーシュは――


すべてを諦めてしまうかもしれない。



「・・・させない」



そんなことは、許さない。



「な、お前何者だ!」
「一体どこから入った!?」



うるさいうるさいっ!



「お前たちなんかに、あの人は殺させない!」



しくり、疼く胸の痛みを無視して、ロロはギアスを発動した。


後はもう、無我夢中だった。


血を啜ったナイフを手に、この思いの象徴を胸にしまって、蜃気楼に乗り込んで四番倉庫へ向かった。

誰の指示でもなく、自分の意思で。ただ兄を失いたくないという思いに任せて彼を守護する機体(蜃気楼)を駆ける。


唯一、求めた人のもとへ。


















証がほしかった 彼の弟であるという証が


彼のくれる言葉のほかに


変わりえないこの思いのほかに


今のルルーシュと今のロロが兄弟であるという証



この願いは
    手の中に




思い出だけロケットに詰めて


―――ロケットの写真(空白)は、ついに埋まらないまま、