季節は秋――
日本では“読書の秋”、“芸術の秋”、“スポーツの秋”などと言われる夏の暑さからの解放感と冬の寒さへの身支度をする動物特有の活動性を活かした銘を付けられた季節であり、戦前の国内の学校各所では“運動会”なるものが開かれていたらしい時期である。
ほんの些細な会話が発展してアッシュフォード学園唯一の日本人である枢木スザクが漏らした情報に、相変わらず「面白そうv」の一言でポンポンと企画を思いついたらしいミレイの命令で2日連続アッシュフォード学園風運動会の開催を決定した。
運動会といっても、良家の子女が集まる学園で泥臭く駆けっこやリレーや障害物競走なんかをするわけがなく、内容はといえば“校内・争奪借り物競争”や“”男女逆転・ダンスパーディ”などだ。
開催に当たって、その1週間ほど前から下準備の為に生徒会メンバーは多忙を極めており、特に副会長でミレイのサポートも兼ねているルルーシュ・ランペルージも当然忙殺されていた。
その上、開催したらしたで学園内で会長のミレイと張る人気があり、あらゆる意味で狙われやすい彼は当然誰よりも忙しく――
“借り物争奪競争”で勝手に“ルルーシュの上着”やら“携帯電話”といった指示書を作られターゲットを狙う女生徒に追い駆けまわされ、その合間に出店の見回りや出荷のチェックに行き、2日目の男女逆転ダンスパーティでは会長命令で強制出席させられ、男装した女生徒にパートナーを迫られ、際物に仮装した男子生徒に追い駆けまわされ、元々夏ばて・寝不で削られていた体力がついに限界に達し――
「兄さん!」
「「ルルーシュ!」」
「ルルちゃん!?」
ここ数日の無理が祟り、倒れた。
ふわり、羽根のようなと形容するのがふさわしい静かさで傾いだ体は、ホールの床に落ちる直前、すぐ側にいたロロに支えられて事なきを得たが、ルルーシュとは身長差のあるロロの腕でも支えられてしまう体は酷く軽すぎた。
幸いだったといえば、その場所がホールからは少し離れて死角だったことだろうか。目敏い生徒会メンバーにはしっかり見られてしまったようだが、ダンスに興じる一般生徒の注目は集めずに済んだ。
女装して美しく着飾っている所為か余計儚く見える体をぎゅっと抱きしめ、長めの前髪をかき上げて額に触れると、普段の体温よりも少し熱い。
微熱があるようだが呼吸が安らかなことにほっと息をついていると血相を変えたミレイやリヴァル、眉間にしわを寄せたスザクが上から覗き込んでくる。
「あちゃ〜・・・忙しかったもんなぁ、ルルーシュ」
「無理、させちゃったわね〜」
今日はもう休ませてやって?
反省を含むように苦笑してロロに促すミレイに頷こうとすると、じっとルルーシュの顔を凝視していたスザクが横から手を伸ばしてきた。
「早くクラブハウスに・・・」
「触るなっ!」
ルルーシュを運ぼうとしたのだろう、軍人の手。その手を、ロロは思わず弾いてしまった。
「ロロ?」
「どうした〜?」
「・・・・・・」
「あ・・・ごめんなさい。枢木卿はその格好じゃ運びにくいでしょう?兄さんがいなくなったら、女子の皆さんの相手役がいなくなってしまうし・・・それに兄さん、友達でも勝手に自室に入られるの好きじゃないんです」
僕は“弟”だから許される。だけど貴方は所詮“友達”でしかないんでしょう?
訝しげな二人と無言で睨みつけてくる一人に、はっと我に返って愛想良く微笑みを作り、ある個人に向けて嫌味を含めた言い訳で取り繕った。
女装をしているスザクでは確かにいくら運動神経が良くても人を運ぶのに支障が出るだろう。
案の定殺気を伴った怒気が向けられたが、それもさらりと受け流し、「確かにそうだよなぁ〜」と気楽に同意してくれたリヴァルに手伝ってもらって熱の篭った細い体を背負った。
横抱きにしても良いが、こちらのほうがルルーシュの負担が少ないのだ。
こんな時になんだが、本当に今日ルルーシュのエスコート役を買って出ておいてよかったと心底思った。
「お先に失礼しますね」
「お大事に〜」
「ゆっくり休ませて上げて」
「君は・・・いや、ルルーシュにまた明日って伝えて」
猜疑の視線が降りかかる。無神経な発言に不快感が胸の内を過ぎったが、それはきっと“明日自分に話を聞きたい”ということなのだろう。
ロロ・ランペルージとしては当然の行動、ルルーシュの弟としては当然の気遣いだというのに。そんなことすら疑って掛からなければならないほど、この男はなにを頑なに拒絶し、守りたいと思っているのか。
欺瞞だ。そして愚かな男だとロロは内心嘲笑い、人好きする微笑だけを残してその場を後にした。
クラブハウスに戻るとすぐに、ルルーシュを彼の自室のベッドに寝かせ、手早くドレスを脱がせて夜着を着せてキッチンに向かった。
移動中に少し熱が上がってしまったのか、寝息が息苦しそうだったから、解熱剤を飲ませようと思ったのだが・・・ここ数日ルルーシュが碌に食事を取っていないことに気づいたのだ。
「えっと、食べやすくて、消化に良いものだよね・・・?」
自慢ではないが、家事、特に料理は兄が毎食大変美味しい食事を作ってくれている―この辺りは物凄く自慢である―ので、ロロは料理らしい料理をしたことがなかった。
しかも冷蔵庫を見ても食材らしい食材がない。兄が取らないならと外食ばかりで過ごしていたことが災いしたのか。
「あ、りんご発見」
そういえば、今度アップルパイ作ってくれるって言ってたっけ。
頭脳労働専門の兄は甘い物も好物だからか、料理だけでなくデザート作りも得意だった。いつか作ってくれたりんごのクレープを思い出してつい頬を綻ばせた。
りんごなら、摩り下ろして冷やせば食欲がなくても食べられるかもしれない。
そう思って用意しだしたのだが・・・
「っ・・・」
ピリッと走った痛みに息を詰めた。その箇所を見てみると、刃を滑らせてしまったらしく僅かに血が滲んでいる。
なんでナイフを扱うのは得意なのに包丁はダメなんだろう。
適当に血を吸い上げて止血しながら首を傾げ、丁度皮を剥き終わったりんごを摩り下ろし、パウダーアイスを少し混ぜて皿に移し、水と解熱剤、タオルに包んだ氷枕と一緒に持って兄が眠る部屋に急いだ。
この看病セットは、以前一度だけ風邪を引いたロロにルルーシュが持ってきてくれたものだ。同じものを今度は自分が彼に使うことになるとは思わなかったが。
外ではイベント最後の締めであるキャンプファイヤーが盛大に焚かれているらしく、室内が仄明るく照らされている。先程と変わらずベッドに横たわるルルーシュにほっと息をつきながら、少し息の荒い兄の肩を軽く叩いた。
「兄さん?薬持ってきたから、少し起きよう?」
本当は寝かせておいてやりたいが、熱が出ている以上、薬を飲ませたほうが早く良くなるだろう。
「・・・ロロ?」
「起きれる?薬持って来たよ」
声が掠れている。やっぱり熱が上がっているのだろう。先に熱を計っておくべきだったかと内心自分に舌打ちしながら、ロロは自分の言葉に頷いて起き上がろうとするルルーシュを支えて背中にクッションを挟んだ。
楽な体勢になったのだろう、力を抜いてほっと息を吐く彼に、小鉢に入れた摩り下ろしりんごを渡した。
「少しでも食べて?最近全然食事取ってなかったでしょう」
「ああ・・・ロロが?」
「うん、本当はもっと栄養のあるもの作れれば良かったんだけど・・・」
「いや、十分だよ。・・・ありがとう」
ふわり、向けられる微笑に、その優しさを独り占めできる贅沢に胸が熱くなる。りんご一つにこうして喜んでくれる兄の言葉が嬉しかった。
一口一口、ゆっくりと口に含み、味わうように咀嚼して飲み込んでいくルルーシュの様子に、自然と入っていた肩の力を抜いて内心安堵した。ちゃんと食べられるなら、まだ元気なのだろう。ゆっくり休めば明日には良くなるはずだ。
「甘くて冷たくて、美味しかったよ。ごちそうさま」
と少しの気遣いも見逃さない兄にまた嬉しくなりながら、空の器を受け取って水と薬を手渡す。
水分不足だったのか、中身をしっかり飲み干したコップを受け取って眠るように促すと、見せないように気をつけていた指の傷に気づかれた。
「ロロ、怪我を・・・?」
「あ、・・・ちょっとね、大したことないよ」
「ちゃんと消毒したか?」
「うん、もちろん」
勿論嘘だったが、心配してくれる兄に、あとできちんと消毒しておこうと決める。真実ルルーシュ・ランペルージの弟と思っている彼は、ロロが傷つくのを何より嫌っているのを知っているから。
布団から、そっと白い手が伸びて傷を負っているほうの手が包まれた。綺麗な弓形を描いている眉が熱の所為もあるだろう揺れる感情を示すように顰められている。
「綺麗な手なのに・・・傷つけてしまったな」
「小さな傷だもの、すぐに治るよ。それより今はゆっくり休んで早く良くなってね」
「ああ・・・おやすみ、ロロ」
「おやすみ、兄さん」
ツキリ、胸を突くような疝痛に切なくなる。
温かさを灯した胸中を突いた痛みを無視して微笑みかけ、兄の髪を自分がいつもそうしてもらっているように出来る限り優しく撫でた。
余程疲れが溜まっているのだろう、ルルーシュは髪を梳く手に猫のように目を細めてまぶたを下ろし、すぅ、と穏やかな寝息を立てて眠りに入った。
ロロの手を握ったままの白い手――その指先に一つ口吻けを送る。手へのキスは尊敬と言うけれど、これはそんな穏やかな感情じゃないことは理解している。
「違うよ、兄さん。・・・僕の手は、とっくに汚れてる」
彼が眠るための静けさを乱さぬように安らかな寝顔に向かって囁き、白い手を包んだまま両手を額に当てた。
こんな小さな傷よりももっと醜く、血と罪に汚れた手。
信念や願いを抱いて血に濡れた貴方の手よりも余程――
でも、
「兄さんが、好きだって、綺麗だって言ってくれるなら」
この手も好きになれるかもしれない。
少しでも熟睡して欲しくて、その手を離して腕をシーツの中に戻す。額に掛かる前髪を払って友愛よりも深い親愛のキスを落し、ロロは部屋を出た。
綺麗なのは
あなたの、
僕を包む、その手だけ。
本当は誰よりも優しくて、愛おしい魂だけ。
設定が雑になってます(汗)
ルルーシュ記憶喪失の一年。何故かウザクさんがいるのはノーコメントで(TーT)b
単に「触るな!」と撥ねつけるロロが書きたくて出てきた●ザクさんでした。
途中に出てくるキスの下りは、元ネタあり↓
Auf die Hande kust die Achtung,
Freundschaft auf die offne Stirn,
Auf die Wange Wohlgefallen,
Sel'ge Liebe auf den Mund;
Aufs geschlosne Aug' die Sehnsucht,
In die hohle Hand Verlangen,
Arm und Nacken die Begierde,
Ubrall sonst die Raserei.
Franz Grillparzer "Kus"(1819)
手なら尊敬
額なら友情
頬なら厚意
唇なら愛情
瞼なら憧れ
掌なら懇願
腕と首は欲望
それ以外は狂気のなり
フランツ・グリルパルツァー「接吻」
から捩りました。すごい好きだ〜!