報讐雪恨〜上〜
報讐雪恨〜上〜
時に192年、ソウソウとホウシンは青州黄巾党平定を成した。
その時降伏した青州黄巾党は戦闘人員30万、その他老若男女100万であっ
た。
徐州にて。
時の太守トウケンは、
「ソウスウ殿は先のトウタクの乱を逃れて現在瑯邪国移られおられる。この度、
ソウスウ殿がソウソウ殿のもとへ移られるそうじゃ。チョウガイ、そなたに、ソ
ウスウ殿の警護を申し付ける。よいな。」
「ははっ。ただちに瑯邪国へ行きます。」
チョウガイが官舎を出ると、トウケンは微笑んで横に侍っているチントウを見
た。
「ふふふ。ここで奴に恩を売っておけば、あの奸雄も徐州に手は出すまいて。の
う、チントウ。」
「はい、あの青州黄巾兵を己の兵として組み入れております故、和を保つのが徐
州安泰の道でございます。」
一方、騎兵200を率いてソウスウの護衛に当たったチョウガイであったが、
勢いよく降り出した雨に思わぬ足止めをされていた。慌てて古寺で雨宿りをした
が、曹家の荷を見ては
「おお、これが曹家の財産か。車100台は軽くあるな。これだけありゃ一生遊
んでもおつりがくるぜ。」
と、半分うらやましそうに、もう半分は「けっ!金持ちが。」というような目で
見ていた。
ふと寺の庭を見ると、12、3歳の男の子がこちらを見ている。チョウガイは
慌てて剣を抜いて身構えた。
「小僧、どこから入ってきた!!」
少年は、恐れる事もなく、
「あなたの古き仲間がもうすぐここへやってきます。そう、黄色い悪魔たちが。
はやくみんなを連れてお逃げ下さい。」
と言い残すと少年は雨のしぶきの中へ消えていった。しばし、狐につままれたよ
うなチョウガイであったが、近くの兵士達を呼んで、
「おい、怪しい小僧がうろついている。捕らえてこい。」
そう言って、兵士達に探索させた。
しばらくして兵士が戻って異常のない事を伝えると、その瞬間大きな雷が鳴り
当たりが眩しく光った。チョウガイは硬直して動けなかった。雷を恐れたのでは
ない。雷光で照らされた一瞬の光の中に数百人の武器を持った若者がこちらを睨
んでいたからだった。そして、頭には黄色の頭巾が・・・
「く、曲者だ!!!であえぃ!!」
声を張り上げて兵士達を呼んだ。そして一戦始まるかと思いきや、黄色い頭巾の
若者達はチョウガイ達に見向きもしないで寺の中へ突っ込んでいった。慌てて追
ったが、先でソウスウの悲鳴が聞こえた。
チョウガイがソウスウのもとにたどり着いた時は既にソウスウは息絶えていた。
「・・・あの頭巾は黄巾・・・。」
と、つぶやいた後を、
「ソウソウに敗れた残党達か・・・。いや、ソウソウのもとの青洲黄巾・・・。
あの奸雄ならやりかねませんからね。」
と誰かが言った。先ほどの少年である。
「どちらにせよ、これでソウソウの徐州侵攻は必至。この件は良い口実ですよ。」
そして、チョウガイを見て、
「このまま徐州には戻っても、ソウソウのもとに行っても命はありません。」
しばらく呆然としていたが、チョウガイは、
「たしかに、わしはもともと黄巾。トウケンもソウソウも関係ない。ここにある
金品を持ってどこかへ逃げるのが長生きできる手だな。」
そう言って、荷馬車の方へ行こうとした。その前に振りかえり、
「少年よ。お前は何者だ?」
「リョカツリョウ。近くに住む者です。」
「そうか。」
そう言ってチョウガイは、ソウスウの荷を奪ってどこかへ落ち延びていった。
「遅かれ早かれ、この肥沃な徐州はソウソウに侵攻される。民兵合わせて130
万も手に入れたのです。新たな土地を確保せねば生きてはいけぬでしょうから。」
ショカツリョウはぽつりと言ってどこかへ消えた。
報讐雪恨〜中〜
ソウスウが殺された事がトウケンの耳に入った。それと同じ頃、すでソウソウ
は、父の仇を討つべく「報讐雪恨」の旗を掲げて恐ろしい速度で徐州に兵を進め
ていた。徐州の城はことごとく落とされ、領民も女子供問わず殺された。後に残
ったのは数え切れない程の死体とそれをついばむカラスの大群だけであった。
徐州ではトウケンが大いに怒って、
「おのれ、チョウガイめ!!なんという事をしてくれたのじゃ!!」
「殿、チョウガイの件もそうですが、あのソウソウでは何があっても攻めて来る
に違いありません。ここは、早く守りにつくべきかと。このビジクが北海太守コ
ウユウ殿に援軍を求めてまいります。」
チントウも進み出て、
「それがしは青洲太守デンカイ殿に援軍を求めてまいります。」
「うむ。ビジク、チントウ、急ぐのじゃ。」
「はっ!!」
徐州の諸葛一家は、ショカツゲンと旧知の間柄である荊州のリュウヒョウを頼
って難民として徐州を出ようとしていた。難民は皆どこからともなく集まり、や
がて大きな集団となって、行く当てがあるわけでもなくただ戦禍から逃れようと
さまよっていた。近年の干ばつで乾ききった田畑を抜け、小川を渡り、左右に静
かな森が広がる一本道を進んだ。そのうち、道は南と東へ分かれた。辺りの景色
がだんだんぼやけてきた。空はもうすぐ夜になろうとしているようだ。聞こえる
のは鳥が飛び立つ音くらいである。まるで自分達が戦禍を避けて細々と逃げて行
くとは感じさせてくれない。
と、後方がにわかに騒がしくなった。ショカツゲンが、
「!!!後ろの方にソウソウ軍が迫っている。このままでは追いつかれてしまう
ぞ。みんな、この森を抜けよう。」
「叔父様。」
ふと、傍らにいる甥のショカツリョウが袖を引いた。
「どうしたリョウ?」
「森はいけません。先ほどから鳥が飛び立つばかりで降りてきません。おそらく
森を抜けて来る軍勢がいるのでしょう。」
「何と!!・・・進退極まったか。」
ショカツゲンは天を仰いだ。いや、難民の多くがそうしている。
「叔父様、このまま道を抜けましょう。たしかこの先は南と東に分かれています
から、そこで足止めさせましょう。」
ショカツゲンと兄のショカツキンは目を大きく開けてショカツリョウを見た。
「一体どうするんだリョウ。」
兄のショカツキンが聞いた。
ショカツリョウは難民の中にいた商人のような男の積荷と馬を見て、
「お願いします。その米を一袋と馬一頭頂けませんか?この危機を乗り越えるに
はどうしても必要なんです。」
と頼み込むと、男は、
「坊やに一体何が・・・。」
と言いかけたが、もう一度ショカツリョウを見て
「・・・どうせ、追手に捕まれば殺されるだけだからな。もし、助かる道がある
ならこれくらい安いもんだな。」
そう言って協力してくれた。
「ありがとう!!」
そう言ったかと思うと、ショカツリョウは馬に米袋に乗せて穴を開けた。さらさ
らと米が流れ落ちてゆく。
「皆が分かれ道を南へと進んだら、東の道にこの馬を走らせてください。私は先
に行ってもう一工夫しておきます。」
その少し後、ソウソウ軍は道に落ちている米を見て、
「おい、東だ。東に逃げたようだ。」
「本当だ。こんな足跡残して行くとはな。やっぱり民草ってのは馬鹿だねぇ。」
「おい。見ろよ、ご丁寧に左右の木と木に紐が張られているぞ。これで転ばせる
つもりか。」
「はっはっは。こんなもんじゃ罠にもならんな。」
「みんな行くぞ!!皆殺しだ!!」
ショカツリョウ達は南の荊州への道を急ぐのであった。
報讐雪恨〜下〜
ソウソウ軍に侵攻され、徐州難民の中にいた諸葛一家は、ショカツゲンに連れ
られて荊州のリュウヒョウを頼ろうとしていた。そして、難民達に襲いかかるソ
ウソウ軍をショカツリョウの智恵で何度か振り切ってここまで来た。しかし、や
はり老人や体の弱い者には大変な逃亡であった。
ふいに横を歩く母が倒れたので、ショカツリョウは慌てて駆け寄った。
「お、お母様!!」
「大丈夫、少し疲れただけ。」
「!!病にかかっているじゃないですか。少し休みましょう。」
一行は少しの間、休息を取る事にした。ショカツリョウは母を寝かせてじっと
見守った。やがて母も落ち着いてきたらしく、側にいるショカツリョウと話をし
た。そして、
「リョウ、このままではいつか殺されてしまう。天はもう私たちを見捨ててしま
ったのかねぇ。」
腰を下ろして休息を取っていたショカツリョウは、
「そんなことありません、お母様。諦めてはすべてが終わります。少しでも長く
生き延びようとする事が大切。・・・ここまで少ない犠牲で逃げられた事こそ天
が見捨てていない証拠です。」
そこへ物見に行っていたショカツキンが帰ってきた。
「叔父上、リョウ、どうやら徐州に青洲太守デンカイ殿達が援軍に来たらしい。
これで、少しは我々への追撃も甘くなるだろう。」
「そうですね、お兄様。」
ショカツリョウは兄の報告にほっとした様子であった。ショカツキンはさらに、
「今なら敵軍から逃げられるだろう。でも母上は病にかかり、このまま荊州に行
く事は難しい。ここからは、長旅で不自由する人は私が連れて行こうと思う。」
「えっ!?」
ショカツゲンとショカツリョウは驚いてショカツキンを見た。
「よろしいですか。叔父上達は荊州の方に向かってください。私はここから南方
へ・・・江南へ向かいます。江南はソンサク殿が勢力を伸ばしていて比較的安全
な地域です。」
ショカツリョウは、
「どうしてお兄様が・・・。」
と声を震わせた。
「いいか、二手に別れるとなると、一方は叔父上に任せられるが、もう一方を率
いて行く人でめぼしい人間はいない。リョウ、おまえは頭も切れるし洞察力もあ
る。だが、まだ12だ。叔父上と一緒に行きなさい。ちびキンもおまえがいれば
淋しくはないだろう。」
ショカツリョウは、
「そ、そんな・・・。お父様が亡くなった後、私達兄弟はいつも一緒に過ごして
きたではありませんか。それなのに・・・。」
今にも泣きそうなショカツリョウの頭を撫でながら、
「リョウ、諸葛3兄弟はいつでも一緒だ。だがな、よく聞けよ。例えどんなに離
れていても兄弟の仲が変わるものでもない。何があっても俺達は家族、兄弟に変
わりはない。」
優しくそう言った。そして、3男のショカツキンにも、
「ちびキン、リョウ兄と二人でがんばるんだぞ。」
と微笑みかけた。
弟達をあやすショカツキンの後ろから母が、
「キンや、すまない足手まといになってしもうたのう。」
「母上・・・。そんなことありませんよ。」
と、優しい顔で首を振った。そして、最後にショカツゲンに向かって、
「叔父上、私とリョウが離れるということは、万が一ソウソウ軍に襲われても諸
葛家が残る可能性が高くなるという事です。分かって下さい。」
ショカツゲンは驚きの顔を隠せなかった。そして、
「孫家に仕える者はソンケン殿の時代から仕えている古参ばかりじゃ。おまえが
孫家に仕える事になったなら、まわりと調和をとり誠実に仕えるのじゃぞ。」
と、暖かく言葉をかけた。
「ありがとうございます。叔父上。」
そうして、それぞれの道で逃れる事になった。別れる間際までずっと抱き合っ
て泣いた。そして、ショカツキンは江南へと向かった。
ショカツリョウは何度も振り返り、ショカツキンの名を呼んだ。