〜第１章〜
〜国家誕生〜

〜第３部〜
〜美しき抹殺者〜



神子
平原領主
神子の子
平原将
猛者
平原四天王
龍奈
中流領主
龍魂
龍奈の夫

勇者
平原四天王
的矢
東山将
籠称儒景
北原将
籠礼孔香
北原将
水守
北地将

洲良
河口領主
洲麻
河口将
睦月
入江領主


　神子軍は下流を治めた後、中流に進撃した。
　１３年、当時、平原はもっとも充実し、軍も勢力も圧倒的であった。あの忌ま
わしき抹殺者さえいなければ・・・。

　１４年、神子は軍勢のほとんどを中流攻略に向け、下流に駐屯させていた。中
流と平原の間を流れる河、この河を挟んで平原と中流は互いに本拠を構えていた。
しかし、平原は下流などの対岸の勢力を手中に入れるために平原には兵をほとん
ど置いておいておらず、智者は危惧していた。そして、神子に進言し、智者が平
原の防備についた。智者は愛する勇者に別れを告げて平原に戻り、様々な計略を
駆使して平原を防備した。思えば、智者という戦略の要を欠いた事が神子軍に窮
地をもたらしたのかもしれない。しかし、無敵の四天王率いる神子軍に慢心とい
うものが大きくはびこっていたことが痛恨の極みであったのであろう。

　１５年、下流に駐屯していた平原軍は中流に進軍を始めた。
　先鋒、神子（平原領主３２才）率いる平原精鋭部隊。副将に猛者（平原四天王
３０才）、そして水守（北地将２５才）、兵１００。
　その後を神子の子（平原将１５才）が的矢（東山将２８才）、兵１００を率い
て進軍した。
　続いて、勇者（平原四天王筆頭２８才）、籠称儒景（北原将４４才）と籠礼孔
香（北原将１５才）、兵８０。
　続いて、入江軍団、睦月（入江領主２０才）、睦実（入江将２４才）、兵５０。
　続いて、河口軍団、洲良（河口領主４２才）、洲麻（河口将１６才）、兵５０。
　続いて、下流輜重軍団、桜雄（下流領主３８才）、兵４０。
　この諸侯の集まった史上最強の軍団を率いて中流に向かった。

　一方、迎え撃つのは中流領主龍奈。齢５０。彼女はこの軍団を目の前にしてわ
ずか兵１００の兵で立ち向かい、一向に恐れることはなかった。
　本拠に夫の龍魂とともに兵５０で篭もって先陣の神子を迎え撃った。
　そして、息子の妻の弟龍角散（中流将１８才）に兵２０を与えて迎撃に出した。
　さらに息子夫婦の龍牙（中流将２５才）と龍美（中流将２３才）に兵３０を与
えて迎撃に向かわせた。

　先鋒の神子部隊が本拠にて交戦を始めると、猛者が防戦一方で積極的に戦わず、
さらに後続から到着するはずの神子の子の軍が一向に姿を見せなかった。
　その頃、勇者の軍団は後続の入江軍団に背後から襲撃され、これを撃退してい
た。その隙に、後続の河口軍団の洲良が勇者を援護することなく先に進み、さら
に先を進んでいた神子の子の軍団を背後から急襲した。神子の子の軍は後続の味
方であるはずの河口軍団の洲良に背後より襲撃され混乱状態にあった。
　入江と河口は統合することが持ち出されていたが、平原の武によって両者とも
傘下に入ることを余儀なくされてしまった。しかし、河口はかねてより水害に悩
まされており、平原の傘下になることで治水を約束されていたが一向に守られて
いなかった。そこに目をつけた中流は、平原と戦う時に入江と河口に中流を援護
してくれる約束を条件に平原から独立する支援と河口入江統合を支援することを
約束した。これに承諾した河口と入江は、神子軍が動いた時に反旗を翻したもの
であった。
　さらに、要であるはずの輜重隊の下流輜重軍団桜雄は、先に進んでいる軍勢が
戦いを始めたことに大いに驚き、神子の子と勇者の部隊を助けようとしたが、河
口と入江の軍に阻まれ孤立した。そこに中流の迎撃部隊の龍角散に襲われ壊滅し、
桜雄は龍角散に討たれた。
　一方、神子の子は河口軍団の洲良と洲麻によって大打撃を受けた。
　神子の子は、
「ええい！！的矢、これは何事だ。何故討ち破れぬ。」
　的矢は、
「本来、この程度の軍勢は恐るるに足りませぬが、味方の裏切りによる急襲とい
う想像を絶する状況にあります。しかも、我が軍の輜重隊も壊滅したとの報告も
あり、我らの力は半分も出しきれておりませぬ。」
「ば、馬鹿な。こんな事があるはずがない。はっ、父上は？先陣の父上はどうさ
れておる。」
「わかりませぬ。しかし、あの猛者が副将についております。史上最強の武勇の
組み合わせ。ご安心なされませ。まずは、我らの体勢を整えるべく戦線を離脱し、
本拠に戻りましょうぞ。」
　神子の子はためらっていたが、味方の兵が思うように動かぬ状況では仕方ない
と見て軍を引いた。

　変わって、入江軍団の睦月に急襲された勇者の軍団も奮闘するも、大きな被害
を受けた。
　籠称儒景は勇者に進言した。
「このままでは我らは壊滅しますぞ。ここで反撃に出るのは難しく、いたずらに
兵を失うのは下策です。」
　勇者は笑って、
「籠称儒景殿、貴殿は北原の百戦錬磨の将と聞く。この状況で戦いつづけるのは
確かに下策。しかし、ここで離脱することは、敵の追撃とまともに受けるだけで
なく先陣の殿に危機を与える。ここで取るべき道は・・・。」
「勇者殿、この中年男に一騎討ちを行えと仰せか。ははは、おもしろい。齢４４
にして個人の力を引き出そうとなされるとは。」
　籠称儒景は手にした剣を掲げて、傍らの息子、籠礼孔香に言った。
「見ておれ、我が子。これが男の戦いよ。」
　さっそうと駆け出して一喝。
「我は北原の籠称儒景なり。昨日の友は今日の敵か。おもしろい。さあ、相手に
なるぞ。我こそと思うつわものは出て参れ！！」
　その一喝に敵味方ともに一瞬硬直した。その瞬間を見逃さず、勇者は高らかに
笑い、
「どうした。入江の軍は臆病者が揃っていると見える。皆の者、このような卑怯
な戦法をとる入江に惑わされるな。我らは神子軍の精鋭ぞ。」
と、味方にも喝を入れた。我に返った味方の兵士達は本来の戦いを取り戻した。
しかし、戦況が不利にあることは関らず、
「籠称儒景殿、皆を率いて撤収の準備を。私は最後尾から睦月の追撃を威嚇を致
す。指揮をお願いいたす。」
「心得ました。」
　籠称儒景は兵を集めて撤収した。
　追撃してくる睦月軍は、勇者が押え込み、先頭を走っていた睦実と打合った。
「やってくれたな。この手痛い打撃は忘れぬぞ。」
そう言って、勇者は睦実と数合打合い、睦実を倒した。そして大いに入江兵を威
嚇した。兵は臆してひるんだため、睦月は、追撃を止めた。籠称儒景と勇者はそ
の隙に兵を撤収した。

　時を同じくして、中流の本拠を攻略していた神子は、本拠を取り囲んで敵を孤
立させているかのように見えたが、後続の部隊が来ず、物資も補給されず、逆に
完全に孤立していた。
　猛者は、
「殿、後続の部隊は、どうやら河口、入江が裏切り、味方を急襲しているようで
す。我が軍は壊滅的打撃を受けた模様です。この分ですと、退却をせざるを得ま
せぬが、下流には反旗を翻した軍団が駐屯しているのは間違いありますまい。こ
こは殿の姉上であらせられる神娘殿の元に落ち延びられてはいかがでございまし
ょうか。」
　神子は、
「なんと猛者よ。お前の口から退却という言葉を聞くとは思わなかったぞ。しか
し、冷静に考えればそれもやむを得ず。」
　水守は、慌てて
「殿、猛者殿、後方より中流の部隊が。龍牙隊のようです。」
と言うと同時に龍牙散は神子軍と衝突した。
「ち、迎え撃て！！」
神子は急いで兵を龍牙に向けた。やや押し合いが続き、徐々に龍牙を押し返した
が、そこに側面を本拠の龍奈部隊に突かれた。
　神子は、
「むぅ、これまでか。口惜しいがここは退くぞ。猛者、水守、軍を立て直せ。湖
畔へ向かうぞ。」
　水守は、
「う、囲まれたか。守れ守れ。殿を守れ。」
と奮闘したが、龍牙に捕えられた。

　神子と猛者は血路を開いて落ち延びた。そして、湖畔と中流の境近くまで来た
時に、猛者は、神子に言った。
「殿、この度の大敗、平原には手痛い敗北。しかし、河口、入江の裏切りはかね
てより中流の手によって仕組まれていたのですぞ。」
「な、なに！？」
「あなたが湖畔に落ち延びることも。そして、強大な勢力に恐れた湖畔が刺客に
討たれたことになれば、中流は神一族全てを相手にする事もありません。うまく
行けば神一族同士で争いが起りましょう。その中で私が神一門に代わって天下を
治めるのです。」
「も、猛者、貴様の謀か！！」
「左様。さらば。」
　猛者はそういうと神子を討ち取った。
「ふっ、ふははははは、これで我が天下に一歩近づいたぞ。まずは、中流に凱旋
だ。」

　まもなくして、神子が湖畔に落ち延びる際に、平原の強大さを恐れた湖畔が刺
客を送って神子を討った天下に流れた。この報せを聞いた神子の子は大いに落胆
した。
「勇者、智者、治者よ。父が討たれ、猛者も行方知れず。平原の兵は疲弊し、南
方では次々と反旗を翻しておる。さらに湖畔の叔母、神娘までもが関っていると
聞く。我は父の死に殉じ、多くの将兵に詫びねばならぬ。後事は内務は治者、軍
務は智者に委ねる。勇者よ、それを取り仕切れ。よいな。父の、神子の意志を受
け継ぎ平原を、天下を治めよ。平原の四天王はその力は神に近い者だ。無理な話
ではない。」
　そう言い残して自害した。齢１５。その死に平原は嘆き悲しんだ。

　中流では、龍奈が、猛者を出迎えて、
「おお、この度はありがとうございました。おかげで我が中流は平原の手から守
られました。」
と、大いにもてなした。
　龍奈は、夫の龍魂に、
「あなた、これで中流も安心ね。河口、入江も我らの味方についたし、後は、下
流か。」
「下流は、領主の桜雄が先の戦いで討たれたという。後を継いだのが娘の桜恋と
いう小娘だ。まず河口入江には統合を勧めて、それに目を向けさせておけばよい。
その間に我らの手で下流をこちらに従えておけば良いだろう。いずれにせよ、中
流と入江に挟まれた地、さらには若き新領主ともなれば我らにつかせるのはそう
難しくもあるまい。」
　龍魂がそう言うと、二人で笑みを浮かべた。しかし、龍奈が、
「問題は猛者の処分ね。我らの元にいるとやがて神家の者が突止めて真実を知れ
ば神家の内乱もすぐに終息するでしょう。」
「そうだな。これはやっかいだ。平原だけでなく中原、湖畔が結束する事だけは
避けねばならぬ。神子亡き今、平原の内情は不安定なはず。ほころびは待ってお
れば出てくるであろう。猛者については、我らの側に置くより、深森に置けばど
うだ？」
「なるほど、あそこなら人知れず飼って置けよう。猛者の采配によっては深森も
我らの手中に落ちようて。」
　龍奈と龍魂は、猛者の凱旋の宴でひそひそと話をした。
　龍奈は、猛者に、
「猛者殿、此度の貴公の活躍は我ら中流の危機を救うに至り、貴公の天下に向け
ての第一歩となりました。この２つのめでたき祝いを存分に受け取って下され。」
「おお、龍奈殿、これはかたじけない。これからもよろしくお願いいたす。」
　そこへ、龍牙より一報が入った。
「父上、母上、この度我が妻龍美との間に子が授かりました。龍美に似た可愛ら
しい女の子にございます。龍魅と名づけました。」
　龍奈と龍魂は大いに喜んで、
「おお、そうか。それはめでたい。父からの祝いじゃ。」
と、酒を注いだ。
　猛者も、
「おお、お孫の誕生ですか。これで龍家も安泰ですな。めでたき祝いは３つにな
りましたな。」
　かくして宴は数日に渡って行われ、領民も大いに祝福した。

　その数週間後、龍奈は猛者を呼んで、
「この度お呼び立てしましたのは他でもありませぬ。実は、深森を攻略していた
だきたいのです。かの地はさほど目立った地であるわけではございませんが、美
土里という有能な領主の噂を耳にします。小さな勢力故に軍で鎮圧するのは容易
いのですが、この程度の地に軍を送りますのはあまりにも大人げないこと。そこ
で猛者殿の武勇による威圧で従えていただきたいのです。猛者殿も、兵を持たず
たった一人で一つの地域を従えたとあらば、その名も高くなりましょう。」
「ふむ。そうだな。それはおもしろい。やってやろうではないか。」
「おお、ありがとうございます。もしもの時はこちらも軍を用意していつでも援
軍に駆けつけますのでよろしくお願いいたします。」
「うむ、任せておけ。幸いなことに我が行方は諸侯の中では行方不明となってお
り、これを使わぬ手はない。神子軍の落ち武者を装って深森に行き、内側から従
えて見せよう。」
　かくして猛者は諸事万端整えて深森に行った。
　龍奈と龍魂は、
「おお、さすが我が妻だな。あの猛者を中流の地から出しおった。」
「ふふふ、このまま猛者に長きに渡って居座られると、神子の二の舞を踏みかね
ないわよ。来るべき日まで深森にいてもらいましょう。」
「猛者がいれば、深森も我が手に落ちたも同然だな。」

　かくして、中流は平原の大軍を退けただけでなく、神子とその子までも討ち取
り一大勢力としての第一歩を踏み出した。
　その後、河口と入江は統合され、入江領となった。この入江と下流と盟を結び
南方に巨大な勢力を打ち立てた。