椎名作品二次創作小説投稿広場


彼女が作った世界

リポート・転 「数日後」


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:11/ 1/ 4

   
『こんにちは、横島さん!』
「うわっ!?
 なんだ、おまえか……」

 その日。
 横島は、一人、事務所で留守番をしていた。
 アシュタロスの事件の後、仕事の依頼は、ほとんどなくなった。美神の母親が言うには、一時的な現象らしい。
 その母親は、最近、美神の妹を出産。その関係で、美神は出かけることが多くなり、おキヌも、赤ん坊を見に頻繁に病院へ。結果、今日のように横島が一人でボーッと過ごすことが多くなっていた。
 そこに突然、知り合いの神族が出現したのである。

「……遊びに来たのか?
 ま、あんな事件のあとじゃ、
 神様もヒマなんだろうけどよ……」
『ヒマじゃないのね!
 仕事で来たんですから!!』

 軽く怒鳴った後。
 神様が、その体を横島に近づける。

『ねえ、横島さん。
 少しの間……
 目を閉じていてくれないかしら?
 いいことしてあげるから……!!』

 女神の唇から、艶っぽい言葉が、つむぎ出される。
 彼女らしくない言動だが、別に、おかしくなったわけでも酔っているわけでもない。
 これも任務なのだ。
 今回の仕事の始まりは、そもそも、少し前に……。


___________
___________

 
 その部屋は、光に満ちていた。
 神を信じる者ならば、神々しい光だと感じるであろう。
 悪魔を崇拝する者ならば、禍々しい光だと感じるであろう。
 それは、どちらも正しかった。ここは、神と魔の両方の最高指導者が集う場所なのだから。

『あの……』

 今、その大いなる二つの存在――全身が発光しているため彼ら自身が巨大な光と化している――の前に。
 一人の女性神族が、呼び出されていた。
 少し怯えたような表情をしている。

『なんの御用でしょうか……?』

 彼女の名前は、ヒャクメ。
 神族の調査官である。
 仕事のために人界に赴くこともあるのだが、その際には、彼女の親しみやすいキャラクターが大いに役立っていた。人々が畏怖せず接してくれる、ある意味、希有な存在だった。
 だが、そんな彼女でも、最高指導者の前に出れば、このザマだ。
 他人の心を覗けるヒャクメであったが、さすがに、最高指導者の心は見透せない。畏れ多くて試したこともないが、たぶん、霊格の差が大き過ぎて無理なはずだ。

(こういうのは男の役目なのね……)

 かつて、神魔共同で大きな作戦を遂行した時。最高指導者への報告は、男性魔族に任せっきりであった。その彼も、不平をもらしていた。口をきくだけでヘトヘトだ、と
 今のヒャクメは、特に大きな仕事に携わっているわけではない。だいたい、世界を揺るがす超規模の大事件が終わったばかりなのだ。
 ゆっくり休ませてもらいたいくらいである。それなのに、女性である自分が、なぜ……。

(はっ!?
 まさか……!?)

 休む。女性。
 この二つの言葉が、彼女の頭の中で踊り、一つの結論に辿り着く。

『夜伽の相手をつとめろ
 ……って、私に言いたいのね!?』

 思わず、口に出してしまったヒャクメ。
 これが。
 アシュタロスの事件が片付いてから……数日後の出来事である。








    『彼女が作った世界』

    リポート・転 「数日後」








『アホか!?
 ……冗談でも
 言っていいことと悪いことがあるやろ。
 ちっとは自分のキャラをわきまえんかい!』

 ヒャクメの言葉に即座に反応したのは、右の光だ。
 側頭部の大きなツノと背中の翼を特徴とするシルエット。
 魔族の最高指導者である。
 彼に続いて。

『場を和ますための
 小粋なジョークなのでしょうが、
 そんな必要はありませんよ……。
 緊張しているのは私たちではなく、
 あなたの方なのですからね。
 あなたが気をラクにすれば、
 それでよいのです……』
 
 左の光が、優しく言葉をかける。
 長髪の男性のような姿をしているが、彼こそが、神族の最高指導者。ヒャクメが属する陣営の頂点に位置する存在だ。
 
『さて……。
 今日あなたに来てもらったのは、
 アシュタロスの事件の後処理で、
 頼みたいことがあるからです……』
『……報告書は、
 きっちり読ませてもらったで!』

 二人が用件を切り出した。
 どうやら、夜の仕事ではないらしい。
 ホッとしたような、ガッカリしたような、そんな複雑な気持ちになりながらも、ヒャクメは頭を切り替える。

(アシュタロスの事件……)

 魔神アシュタロスが引き起こした騒動。それは、神と魔と人と、さらに月世界までもを巻き込んだ大事件であった。
 いや、この世界の生きとし生けるものを相手にしただけではない。この世界の存在そのものを書き換えようとしたのだ。
 その恐るべき企ては人間たちが防いでくれたのだが、最後の力任せの一撃から人間たちを守るため、なんと神魔の最高指導者が自ら地上に降臨したくらいである。
 
(……あれは大事件だったのね〜!)

 ヒャクメ自身、この事件には大きく関わっていた。一人の人間を対象とした調査が、発端であった。
 魔族内部の武闘派と和平推進派との争いの渦中に居た、美神令子。その前世を探すため過去まで見に行った結果、薮蛇となったのだ。
 ヒャクメたちの干渉のせいで、アシュタロスの配下であったメフィストは不安要素扱いされ、アシュタロスから逃げるため、彼の計画に必須のエネルギー結晶を盗み出し、それが転生によって美神へと受け継がれる……。
 こうして振り返ってみると、そもそもヒャクメが美神を過去へ連れていかなければ、現代で美神がアシュタロス一派に追われることにはならなかったわけで。
 考えようによっては、色々な事件の原因だと言えるかもしれないのだが。

(いやいやいや。
 私ったら何考えてんのかしら?
 ……目の前の話に意識を戻さなきゃ!)

 その解釈は怖いので、頭から捨て去るように努力している。
 ともかく。
 その怖い部分も含めて、報告ファイルには全て記したはずだ。
 たった今、魔族最高指導者もそれを読んだと言ったではないか。
 では、この上、何を……?

(……後処理?
 それって、どういうこと!?)

 そう、神族の最高指導者は『後処理』と言った。確かに言った。しかも『頼みたい』と。
 そして、ちょうどヒャクメの疑問に答えるかのように。
 その彼が、再び口を開く。

『あなたは……
 アシュタロスの遺産について、
 どうするべきだと思いますか?』


___________

 
 人々を恐怖のどん底に叩き落とした、魔神アシュタロス。
 最凶にして最強の悪役だったわけだが、その真の目的は、自らの滅びであった。
 エントロピーを早めずに宇宙を維持していくためには、調和のある対立が必要である。そのために神魔という陽と陰とが生まれた。神族も魔族も、しょせん同じカードの裏返しに過ぎない。だが地球の生物が異常なまでの発展を遂げ多様性を極めた今。その裏表を逆にすることは出来ない……。
 それを悟っていたからこそ、アシュタロスは、虚しかったのだ。彼にとって、神と魔の争いなど、茶番劇であった。しかも、その舞台を降りることもできやしない。アシュタロスクラスの魔神が消滅すれば神魔の霊力バランスが崩れるので、死んでも強制的に同じ存在に復活してしまう。
 その無限の循環の中から抜け出したいと望んだのが、魔神アシュタロスである。

『……その意味では、
 彼の望みはかなったわけです』

 ここまでやった以上、アシュタロスを復活させるわけにはいかなかった。神魔のバランスは、他で調整するしかない。

(まさか……
 そのバランス調整の手伝いを!?)

 その前フリとして、調査責任者であれば当然知っているアシュタロスの真意について、もう一度わざわざ説明されたのだろうか。

(これって……すごい話だわ……。
 こんな大仕事を任されるなんて、
 私って……信頼されてるのね!)

 喜んだヒャクメだったが、どうやら違うらしい。
 最高指導者の話は、まだ続いていた。

『……しかし、彼に限らず、
 本来、魂というものは……』
『リサイクル……では、ちと言葉が悪いか。
 ブッちゃん流に言うなら、輪廻転生やな!
 もう「アシュタロス」にはせんとしても、
 あいつの魂を完全に消してしまうのは、
 まあ、色々と問題もあってな……。
 なかなか難しいんや……』

 では、その手伝いをしろというのであろうか。
 その前フリとして、神族であれば当然知っている魂の仕組みについて、もう一度わざわざ説明されたのだろうか。

(これも……私の手に余る仕事……。
 でも、こんな大仕事を任されるなんて、
 やっぱり、私って信頼されてるのね!)

 と、再び喜んだのも束の間。

『いや、誤解しないで下さいね?
 誰も……あなたに
 アシュタロスの魂の後処理を
 頼もうとは思っていません』
『せやせや。
 ……勘違いしたらあかんで?
 キーやんはな、
 アシュタロスの遺産の例として、
 まず魂の話をしただけや……。
 ……そんだけやからな!?』

 聞きようによってはツンデレ発言だが、彼は、そういうキャラではないだろう。ヒャクメは、文字どおり言葉どおりに受け取っておく。

『……さて。
 最初にわかりやすい例として
 魂の話をしたのですが……。
 混乱させるといけないので、
 本題に入るとしましょう……』

 神族の最高指導者は語る。
 アシュタロスは魔族の中でも異端者だっただけに、悪行に関する発想も、他とは大きく異なっていた。
 魔の衝動に駆られて端的に行動するのではなく、遠回しに時間をかけて準備することも多かった。しかも、時間をかけた分だけ、得られる結果も大きくなる予定だった。
 そして、彼の計画に使われた機材の一部は、まだまだ魔界の片隅に遺されているのだ。

『形あるものは、いずれ壊れます。
 ですが……』
『……というより、
 魔界のことは、わしの領分やさかい。
 そっちは、早々に解決したるわ!』
『……無形の遺産は、
 有形のものとは違って、
 いつまでも存在してしまいます』

 アシュタロス独特の、思想・発想・アイデア・計略……。
 それらが、遺された者たちに思いもよらぬ影響を与えるかもしれない。

(そうだわ。
 ワルキューレも言ってたのね……)

 ヒャクメは知っている。
 魔族正規軍の中には、アシュタロスの気持ちを理解できると述べる者も出てきたのだ。
 キリスト教系の魔族の多くは、元々は土着の神であり、それが一神教に否定され悪役としてとりこまれたものだ。もしも、彼らが『理解』ではなくアシュタロスに『共感』してしまえば、現在の秩序に反旗を翻すことになるだろう。

(それに……思想だけじゃないわ。
 もっと問題なのは……)

 アシュタロスの理想に追従する必要はない。魔族の中には――神族の中にさえも――和平反対派がいる。実際、そうした魔族の一部をアシュタロスは部下として用いてきたのだが、彼らの全てが魔神の主張に賛同していたわけではないだろう。
 それでも、彼らはアシュタロスに従った。魔神の強大な力ゆえであろうが、それだけではなく、アシュタロスの計画に旨味を見出した者も多かったはずだ。

(残存勢力や反主流派が
 ……アシュタロスの計画を
 引き継ぐかもしれないのね!?)

 今まで誰も思いつかなかったようなアイデア。
 それが、いくつも明るみに出た。だから、流用する者が、出てくるかもしれない。
 アシュタロスをオマージュする必要はない、ただパクるだけでいいのだ。

『神界や魔界だけじゃないんやで?
 アシュタロスのやつ、人間界にも
 協力者を作っとったからなあ……!』

 魔の最高指導者の言葉で、ヒャクメは思い出した。
 そういえば聞いたことがある。
 美神の話によると、霊体片を培養することでガルーダを大量生産した人間がいたという。その人造魔族計画に協力したのが、アシュタロスの配下の魔族だったそうだ。

(では……
 人間界の後始末を、私に?)

 ようやく最高指導者の意図が見えてきたヒャクメだったが。
 二人の真意は、彼女の考えを超えていた。

『だから……
 全ての者の記憶から、
 アシュタロスの存在を消すのです!』
『……ま、
 忘れてもらうしかないってこっちゃ!』


___________

 
 アシュタロスの存在そのものを、神と魔と人の記憶から消してしまう。
 ある意味では、これこそが、完全な消滅だ。アシュタロスにしてみれば、最大の勝利かもしれない。
 だが、そうしてしまえば、アシュタロスの遺産を心配することもなくなるのだ。
 もう誰もアシュタロスの真似は出来ない。たまたま同じアイデアを思いつく可能性も低いはず。だってアシュタロスは特殊だったのだから。

(そーかもしれないけど、
 何だか大雑把すぎるのね……。
 かりにも最高指導者だというのに
 ……大丈夫なのかしら、この人?)

 神を悪く言ってはいけない。いや、そもそもヒャクメも神である。

(……ま、従うしかないのね)

 と、割り切って。
 彼らの計画に耳を傾ける。

『神界と魔界は、わしらに任せえや!』
『人間界は、あなたが担当して下さい』

 あっさり一任であった。

『……え?
 私、記憶操作なんて……』
『いえいえ、記憶の改竄や
 完全な消去を頼むのではありません。
 ただ……アシュタロスに通じる部分だけ、
 しっかりプロテクトをかけてくれれば、
 それでよいのです……』
『あんさん、人の記憶を
 覗き見るのは得意でっしゃろ?
 どこがどうつながってるか、
 うまく調べてや……!』

 対象は、アシュタロスのことを知っている人間だ。ただ、それだけだ。

(……あれ?
 それって……全人類なのね!?)

 核ジャック事件における、世界各国への通達。
 コスモ・プロセッサを用いた、世界中の魔物出現。
 これらを知らない人間がいるとすれば、よほど辺境に住む者だけだろう。

(移動時間も含めて、
 一人あたり5分で終わらせても、
 一時間で12人、一日で約300人。
 一年で……ようやく十万人!?
 でも、地球の総人口って……)
 
 ああ、いったい、いつ終わることやら!?
 そんなヒャクメの様子を見て。
 
『……もちろん、
 さすがに一人では無理でしょう。
 ですから、下級調査官を
 臨時で部下としてつけましょう。
 手足のように使って、かまいません』

 慈悲深い言葉をくださる、最高指導者。
 同時に。

『だが、直接の関係者は全員、
 あんさん自身でやるんやで!?』

 やっぱり悪魔な、最高指導者。
 神族の最高指導者も、同意している。

『……記憶のどの部分に
 プロテクトをかけるべきか、
 微妙になってくるでしょうからね。
 あなたの能力が必要なのです……』

 ヒャクメは、少し考えてみる。

(プロテクトするべき記憶と、
 封印しちゃいけない部分……)

 例えば、横島の場合。
 彼の記憶の中で、アシュタロスに関連するものは、多岐にわたるだろう。
 美神令子はアシュタロスが作った魔物の生まれ変わりであり、美神こそアシュタロスと最も深い関わりがある。しかし、記憶内の美神の存在そのものをプロテクトするわけにもいかない。
 美神のことを丸っきり忘れた横島など、完全に別人となってしまうからだ。それで辻褄を合わせようとしたら、それこそ周囲の者たちの記憶を改竄しないといけないレベルだ。

(何これ……!?
 大変な仕事なのね〜〜!)

 ヒャクメは理解した。最高指導者二人にも、それがわかったようだ。

『いそいでくださいね』
『がんばりーや!
 ……ま、一日や二日じゃ
 終わらんやろーけどな……』

 そして、最後に彼らは、つけ加えた。
 全ての作業終了後、この業務に関わった者の記憶からも、アシュタロスの一件は――この後処理の話も含めて――消してしまう。だが、最高指導者は当然として、ヒャクメも例外となる。人界担当のチーフとして、人間たちのその後を見守るため、覚えておく必要があるのだ……。
 これは、ある意味では――アシュタロス関連の記憶保持という一点においては――、二人の最高指導者と同格になるということなのだが。
 ヒャクメは、気づいていなかった。


___________
___________

 
 ……そして、まず、横島のところへ来たのである。

『ねえ、横島さん。
 少しの間……
 目を閉じていてくれないかしら?
 いいことしてあげるから……!!』

 横島ならば、これで言いなりになるはず。
 そう思ったのだが。

「いいこと……だと!?
 でも……小竜姫さまや
 ワルキューレならともかく、
 ヒャクメに言われてもなあ……」

 渋い顔をする横島。

『またまた〜横島さんったら……。
 ……照れることないじゃない?
 私、ちゃんと覚えてるのね!
 初めて会った時だって、
 私に抱きついてきたのね!!』
「いや……あれは、
 色々と誤解もあったから……」

 誤摩化すような言葉を並べる横島だが、ヒャクメに嘘は通じない。
 ここで彼女は、横島の心を読む。
 すると。

(……あれ?)

 横島は、本気だった。
 こんな奴だと知っていたら相手にしなかったとか。
 自分の文珠から出てきたから責任取ろうとしただけだとか。
 さんざんな言いようである。

(ひどい……)

 だが、ヒャクメは横島を誘惑しにきたわけではない。
 お色気作戦が失敗したなら、方針変更するまでのこと。

『と、ともかく。
 うっかりキャラかもしれないけど、
 嘘つきキャラではないのね〜!
 だから……お願い、私を信じて!!』
「まあ……ヒャクメが
 そこまで言うなら……」

 これからヒャクメが行うことは、横島にとって『いいこと』になるはずだ。
 アシュタロス関連の記憶を封印すれば、ルシオラの悲劇も忘れてしまうからだ。
 ルシオラに関しては幸福な思い出もあるのだが、同時に、最も重い心の傷にもなっていた。

(美神さんなら……
 自分自身で封印しちゃうでしょうね)

 ヒャクメは、美神の心の強さを知っている。前世の記憶を自分でプロテクトする女だ。転生前の遠い記憶だけではなく、目の前で見せつけられた『前世』の行動も含めて――つまり現世の記憶の一部まで――、封印してしまったのだ。
 並の精神力ではない。もしも美神ほどの強さが横島にもあれば、ルシオラの事件から立ち直るのも容易だろう。だが、いくら同年代の男子よりも精神的に成熟しているとはいえ、そこまで横島に要求するのは無理だった。

(だから……ね?
 私が助けてあげるのね!)

 これからやるのは、微妙な作業だ。
 ヒャクメは、トランク鞄からコードを引きずり出して、先端の吸盤をキュパッと横島に取り付けた。


___________

 
(えーっと……。
 まずは……これかしら?)

 当然のことながら、美神と出会う以前の記憶領域に、アシュタロスも魔族も出てこない。
 アシュタロスの計画との初遭遇は、天龍童子の暗殺未遂事件だ。

(本命の計画じゃないけど、
 これもアシュタロスの差し金よね?
 メインから目をそらすための、
 陽動……を兼ねてたのかしら?)

 メドーサの背後に大物魔族がいることは、香港での事件の途中で美神も気づいていたくらいである。メドーサが出てきた事件は、全てアシュタロスの息がかかっていたと考えてよいだろう。
 だが。

(……それじゃキリがないわ!)

 間接的な関わりまで含めて考えたら、範囲が広くなりすぎる。前にも少し考えたように、最終的には、美神の存在まで消すことになってしまう。

(えーっと。
 アシュタロスが実際に出てきた事件と、
 その名前がハッキリ出てきた事件……。
 それだけプロテクトすればいいのね!?)

 きちんとした基準を作っておくことは、大切だ。
 ここがダブルスタンダードになると、処理後に当事者同士が話をした際、矛盾が生じてしまう。
 美神が忘れている事件を横島が覚えているとか、その逆とか。そんな事態になったら、あの美神のことだ、気になって調べ始めるかもしれない。それは怖い。神であるヒャクメにとっても、美神は敵に回したくない女だった。

(大丈夫なのね……!
 この基準なら簡単だから、
 失敗だってしないわ……)

 メドーサ関係を例に挙げるのであれば。
 天龍童子の一件も、GS資格試験の介入も、元始風水盤事件も。アシュタロスの名前は出ていないので、そのままでいい。
 一方、月面決戦では、最初にアシュタロスの名前が明言されてる。だから、月まで行った話は、なかったことにしてもらおう。

(あれ……?
 これって、もしかして……)

 平安時代への時間旅行では、アシュタロス自身が現れている。だから、これも封印。
 もちろん、ルシオラたち三姉妹が出てきてからアシュタロス滅亡までは、全部プロテクト。
 そうすると、ヒャクメが関わった事件は全て、プロテクト対象に含まれてしまうのだった。
 横島が文珠を獲得した妙神山修業の際は、まだアシュタロスの姿も名前も表に出ていないので、ジークフリードやワルキューレの存在は、横島の記憶に残る。
 しかし、ヒャクメに関する記憶は……。

(横島さん……私のこと、
 全部忘れちゃうのね……)

 少し悲しく思いながらも、作業を続けるヒャクメであった。


___________

 
(それじゃ……)

 長い仕事の後。
 ヒャクメは、最後に、今日の出会いの部分にもプロテクトをかける。そうしないといけないのだ。もう、横島はヒャクメを知らないだから。

(さようなら、横島さん!)

 横島に気づかれぬよう、ヒャクメは、こっそり姿を消す……。


___________

 
「……あれ?
 俺、何やってたんだ……?」

 横島は、不思議な感覚にとらわれていた。
 心の重荷から解放されたような、大事なことを忘れてしまったような……。

「ま、いーか」

 どうせ、ボーッとしていただけだ。
 だが、スッキリした頭で考えると。
 なんだか時間や機会を無駄にしていた気がする。もったいない。

「……そうだよな!
 せっかく一人で
 事務所にいるんだから……」

 美神の下着がある部屋へと向かう、横島であった。


___________
___________

 
「一か月もすると 
 顔が変わるもんですね……!」
「えへへ……。
 私はしょっちゅう
 会いに行ってますけどね……!」

 赤ん坊を抱く横島。
 姉のように笑うおキヌ。
 黙って机にもたれかかる美神。
 平和な光景である。
 それを遠くから眺めて。

『大丈夫みたいね……!』

 ヒャクメは、安心していた。
 特に問題はないようだ。

『なんだか色々と勝手に
 リセットしちゃったけど……』

 前世の縁も忘れて、ルシオラのことも忘れて。
 まっさらな状態から、やり直すのだ。

『……つらいままより、いいわよね?』

 と、自分に言い聞かせながら、満面の笑みを浮かべる。

『いいことしたなあ……!
 私ってまるで聖母マリア!?』

 キーやんが聞いたら怒るであろう、そんなセリフを口にするヒャクメであった。



(リポート・決「一年後(後編)」に続く)
    


今までの評価: コメント:

この作品はどうですか?(A〜Eの5段階評価で) A B C D E 評価不能 保留(コメントのみ)

この作品にコメントがありましたらどうぞ:
(投稿者によるコメント投稿はこちら

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp