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GS冥子?

龍・遊・戯 (上)


投稿者名:案山子師
投稿日時:08/12/15

 「よっ、横島君……一体どうしたの?」
 その日の横島は、誰が見てもおかしかった。それはもう、美神さんが災害募金に大金放り込むくらいに。
 「ふっ、ふっ、ふっ、愛子、俺はこのすばらしい世界についてひとつ学んだのさ」
 目は、ダイヤの輝きを放ち、黄金の笑みを浮かべ、普段は爆睡中の数学だってずっと起きていた。
こんな横島の姿は、中学から同じクラスだった奴でさえ見たことがない。
 「はや〜〜く〜〜、日曜日にならないかなぁ〜〜〜。ああ〜〜、休日がここまで待ちどうしいのは初めてだぜ〜〜」
 妙に豪華な重箱弁当をかき込みながら、意味不明な歌を歌い続ける。
 ちなみにこの弁当は、食生活を気にした彼の母親からの依頼を受けて、毎朝日向が作ってくれているものだ。
 毎昼決まった時間に、大きな鳥さんが、学校の窓から宅配してくれる。
 ある意味その光景は、この学校の名物と化していた。
 ちなみに食費は給料の一部からきっちり引かれている。
 「よっ、横島君、大丈夫……、何か相談があるなら私が聞くわよ」
 「ふっ。愛子、俺はいたって正常さ。なんてったって、ついに俺にも春が来たんだからな」
 「えっ、それって」
 愛子の顔が赤く染まって、両頬を押さえながら、う俯いてしまう。
 体の半分を机の中に埋めながら、横島の昼食を眺めていた愛子のその姿も、すでにこのクラスではなじみのものになっていた。
 「ああそうさッ! なんたって今度の日曜日は“デート”だからなッ!!」
 一瞬、クラス中が石化したように固まった。
 横島から、まさかそんな単語が出てこようとは、たとえ地球が逆回転し始めたとしても、ヴァンパイアや虎人間がこのクラスに転入してくるようなことがあったとしても、それだけは絶対にありえないと思っていたのに。
 クラス中の全員が自分の聞き間違いだと思い硬直する中で、最初に動いたのは愛子であった。
 「ちょっとッ! それは一体どういうことなのッ!?」
 重箱をひっくり返す勢いで、横島に問い詰める。
 「どっ、どういうことって。今度の日曜日にデジャブーランドに一緒に行こうって誘われたんだよ」
 「だ・れ・に・ッ!」
 今までに見たことのない形相で迫ってくる愛子の顔が、般若に重なる。
 「あっ、愛子も会ったことあるだろ。お前がこの学校に来た時に、居た人(冥子さん)だよ」
 横島の言葉に、かつて自分が祓われそうになったときのことを思い出す。
 何匹もの化け物に追い回されて、何十発という銀の弾丸の雨を降らされ、目と鼻の先を何度も掠める白銀の刃。
 そう、今思い出しても背筋が凍る出来事。
 最近でも、夢を見ることがある。世間知らずで、舌っ足らずなふりをしながらも、腹の底では、私の嬲り殺しを楽しんでいたに違いない。
 ショットカットでドレス姿のあの女。
 (……まさか、私の横島を姑息にもオフィスラブで狙っていたなんて――――)
 「あっ、愛子……どうかしたのか。なんか、いつもと様子がおかしいぞ」
 横島の机に拳をたたきつけながら、
 「あら。私はいつも通りよ―――おかしいのは横島君じゃない、それより早く食べないとお昼が終わっちゃうわよッ」
 こんなときは逆らわないほうが良い、無言で何度もうなずいた横島は、急いで膨大な量の弁当をかきこんでいく。
 途中何度も喉に詰まりそうになりながら、お茶でそれを流し込む。
 その間、愛子は無言で横島の顔を見つめていた。
 虎の檻の前で、焼肉を食っているような感覚に、普段はおいしい味も、今日はまったく感じることが出来なかった。
 (デート。デートなの……横島君、私に言ってくれればいつでもOKなのに。なんだったら毎朝家まで起こしにだって行ってあげるし、お弁当だって……まあ、こんなに豪勢なものは作れないけど、毎日心を込めて作ってあげるのに。それに、横島君だったら求められたらすぐに……きゃッ!?)
 目の前で秋満開の紅葉のように赤くなったり、マリアナ海溝より深く重いオーラを纏ったりと急がしい姿。何か言ったほうがいいのかと思うが、余計なことを言えば藪蛇になりそうなので黙っている。
(ああ、それにしても今度の日曜日が楽しみやな〜〜〜)
(ふっ、ふっ、ふっ。横島君、大丈夫よ、私が本当の高校生の健全なお付き合いっていうものを教えてあげるわ)
ある意味独自のフィールドを展開している二人の間に入っていける者は居なかった。

 それから残りの週末は、意外なほどに沈静化したものであった。
 ただ、時折見せる愛子の笑みに、底知れない恐怖を感じることがあったのは確かだ。


 デート当日。

 「ついにやってきました〜〜〜ッ! 俺にとってこれ以上の絶頂期があっただろうか? いやないッ! これがきっと俺のッ、俺のサクセスストーリーの始まりなんや〜〜〜ッ!! 思えば長かった。最近は減ってきたとはいえ、バイトの当初は毎回毎回、プッツンに巻き込まれることの連続。悪いときには、一日に3回も暴走に巻き込まれ、病院で過ごす週末の数々。看護婦さん相手にスキンシップを図ろうとして延びた入院日数は両手で数えられないほど。でもッ、やっと俺の時代が来たんや〜〜〜ッ! 」
 白い目で見られているにもかかわらずに、雄叫びを上げる姿に、周囲はドン引きだが、興奮している横島にとってそれは些細なことであった。
 「おかあちゃん、あれなあに?」
 「ダメ。目をあわしちゃいけません」
 このように、教育上よろしくない状況を作り出しながらも、たくましい奴であるが、その光景にもついに終止符が打たれる時が来た。
 「ごめんねぇ〜〜、横島クン〜〜。待たせちゃった〜〜〜」
 「早速デジャヴーランドに入るのじゃッ!!」
 「いいえ〜〜、ぜんぜん待って……お前誰?」
 デジャブーランドの入場門の前で待っていた横島は、予想外の人物に、頭上にハテナを浮かべる。
 「今日はよろしく頼むぞ。人間よッ!!」
 どこかのアニメのコスプレだろうか? 紫の髪からは鹿でも、鬼でもない角が伸びており、古風な袴姿に加えて左手に扇を、右の腰には身の丈にあった剣をぶら下げている。
 どこかの迷子か? と考えながら横島が問いかける。
 「冥子さん。この餓鬼は一体?」
 「おぬし、人を指差すなと両親に教わらなかったのかッ、無礼であるぞ」
 「この子はねぇ〜〜。龍神族の王様の子供なの〜〜〜。ここに来る途中で会ったんだけど〜〜、デジャヴーランドに行きたいって言うから一緒に連れてきたの〜〜〜」
 「その通りじゃ。余は天龍童子! 身分を明かした以上、頭を下げて殿下と呼ばぬか!」
 「龍神の子供かなんかは知らんがなぁ、兄ちゃんたちはこれからデートなんだ、悪いが今日のところは大人しく家に帰ってドラ○もんでもみていてくれるか」
 せっかく待ちに待ったこの日をコブ付にされては溜まらんと、必死に湧き上がるものを押さえながら告げるが、
 「いやじゃッ! せっかくダダをこねて父上につれてきてもらったのじゃ! それに小竜姫の目を盗んでやっとの思いで逃げてきたのじゃ! このまま何もせずに帰ったら小竜姫のお仕置きが待ってるのじゃッ! 」
 「餓鬼が……ッ、あんまり調子のってっと、小竜姫って人よりも先に俺の制裁が待ってるぞ……」
 こめかみに青筋を浮かべて、引きつった笑顔を向けられながらも、龍童子は別段あせった様子もなく笑いながら、冥子に見えぬように懐からあるものを取り出した。
 「お前これいらぬか?」
 取り出されたのは、現在では博物館などでしか見ることの出来ない代物。ずっしりと重い純金……小判だった。
 「こっ、これはッ!? お前見たいなガキがどうしてこんなものを……」
「だから言ったであろう。余は竜神族の次期跡継。これは、遊ぶための軍資金じゃ! 昔、人間どもが奉納したものをくすねてきたのじゃ。家来になれば好きなだけやってもいいぞ」
 純金、左団扇生活、しかし金よりも重い目の前の美女との一時、冥子さんとのデートが必死に食らいついてくる。
 「うっ、しかし、目の前の大金と美女ならば…俺は、美女を取り…たい……」
 人情と金の板ばさみになった美神と同じように固まってしまう横島だが、龍童子の一言によって、拮抗は崩れた。
 「余の知り合いには、縁結びを生業とする神族もおる。見たところ、この娘のお前に対する感情は、恋愛とは少し違うように思うが……何なら余がおぬしのことを、そやつに口ぞえしても良いぞ」
  横島の中で揺れ動いていた天秤が大きな音を立てて片方に傾いた。
 「早速デジャブーランドに向かうとしましょう、殿下ッ! (適当に遊んだら、迷子センターに放り込んでやろう)」
 「でわ、早速入場するとしようぞっ!!」
 「二人とも〜〜〜、早く入りましょうよ〜〜〜」
 いつの間にか入場門向かっていた冥子が二人を呼ぶ。
 幾つかの思惑がはらんだことも知らぬまま、三人は笑い声の絶えない人ごみの中へと向かっていった。
 


 同時刻。美神令子除霊事務所。
 「ほかに頼れる人が居ないのです。どうか探索を手伝ってください」
 燃えるような赤い髪から、横島たちが会った童子と同じ角を生やした女性はそう告げた。
 「OK! 神様に恩売る機会なんてめったにあるもんじゃないわ」
 そう、美神所霊事務所に訪れたのは、龍童子が先ほど言っていた『小竜姫』まさにその者であった。
 預かっていた龍童子がデジャブーランドにいきたいと、逃げ出してしまったため、急いで追いかけたのだが、俗界の勝手が分からずに見失ってしまったのだ。
 普段当てにしている唐巣神父は外国に行って不在で、つい最近知り合うことになった美神を頼ったのだ。
 「それじゃあ鬼道、おキヌちゃんも用意して。早速天龍童子が行きたがっていたデジャブーランドを当たってみましょうか。でも、その前に……」
 背後に控えていた二人に出かけの準備をさせると、
 「小竜姫様と鬼門の服装を何とかしないとね」
 時代錯誤の服装を見ながらため息をついた。
 
 
 
 横島と美神がそれぞれ動き出したころ、デジャブーランドの入場門では、机を背負った不審な人物が現れていた。
「おっ、お客様……それを背負って入場するのですか……?」
木造の学校机を背負い、不気味な笑みを浮かべる女子高生が。
「横島君……待っていてね。すぐに行くから(クスッ!)」
モギリの子は、今にも逃げ出しそうな泣き顔を浮かべるが、スタッフ全員見てみぬ振り。
そして、早くしてよと言わんばかりに睨み付けられ、
「はぅッ、はい! すみません。しかしお客者様……その背中に背負ったもッ!! どうぞ御通りくださいッ!! ごゆっくりお楽しみを」
 今にも石化してしまいそうな鋭い眼光を浴びせられ、壊れた人形のように首を上下にチケットを受け渡す。
 渡された半券をひったくると、愛子は駆け出した。
 多分、このモギリの子は二度とバイトに来ないだろう。
 
 
 
 (まったく、早くしないと横島君が……ッ!! あの女……血迷ったらことをしたら、永久に終わらない授業を受けさせてあげるわ)
 そうこう考えているうちに、ついに愛子は横島達の背後を発見した。
 「居たわ……何、あの子? デートじゃなかったの」
 人ごみの中にまぎれながら、想定外の三人目の姿に戸惑い、様子を伺うことにした。
 
 
 
 「早速グレート・ウォール・マウンテンに乗るのじゃッ!」
 「私はココに行きたいわ〜〜〜」
 「近いところから順に回ってきゃいいんじゃないか?」
 案内を見ながら、言い合っている三人だが、とりあえず手近なアトラクションに入ることにした。
 『こんにちは。お手伝いに来てくれたGS助手の皆さんですね』
 三人が入ると、おキヌの姿をしたロボットがこちらへと近づいてきた。
 「見て〜〜、おキヌちゃんよ〜〜〜、本物みたい〜〜〜」
 「おお〜〜ッ! なかなか凝ってるな」
 「なんじゃ。お主らの知り合いか?」
 そこは美神の事務所とそっくりの造りになっていた。
 前に美神に聞いた話によると、この遊園地へ仕事で除霊に来たときにいろいろ行ったらしい。
 おキヌの解説をしばらく聞いていると、けたたましいブザー音が部屋の中に響き渡った。
 『美神さんからの通信です』
 おキヌの言葉を合図に、背後にあった本棚が左右に開いて大きなモニターが姿を現す。
 『おキヌちゃん。鬼道クンは居る!?』
 「令子こちゃんよ〜〜〜、令子ちゃ〜〜〜〜ん〜〜〜!」
 モニターに写し出された美神の姿に興奮する冥子と、目をきらきら輝かせて何が起こるのか期待している龍童子。
 どうやらこれから、悪霊退治が始まるらしいが、普段生でやっていることに対して、これほど喜べる冥子に内心微妙な感情の横島だった。
 『こんにちは、業界一優秀なGS美神さんの助手の鬼道です』
 「これ言わせたのは絶対に美神さんだな―――」
 鬼道にそっくりなロボットが現れて、プレイヤーを案内するらしい。
 足元には、しっかりと夜叉丸が立っている辺り、手が込んでいるとしか言いようが無い。
 鬼道(ロボット)につれられて部屋を出ると、ヨーロッパかどこかの風景だろうか、ここだけで見るとそこらのお化け屋敷と変わりないが……何が起こるのか楽しみだ。
 「うう〜〜〜、冥子怖い〜〜〜」
 「大丈夫です俺『僕がついているので安心してください』」
 「わぁ〜〜〜、鬼道君やさし〜〜〜〜」
 「ぬぉおおおおおおッ!! ロボットの癖にッ! ロボットの癖にッ!! 俺の大切なポジションを取るんじゃねぇ〜〜〜〜〜ッ!!」
 「やめんかッ!!」
 ロボットにおいしい役取られて取り乱した横島に、龍童子の剣が脳天直撃する。
 「いでぇ!! 何するんじゃッ!!」
 「からくり人形に嫉妬してどうするのじゃッ! 見てるこっちが恥ずかしいわッ!!」
 『それでは、「それではこれより悪霊が出現しますので注意してください」』
 鬼道の言葉をさえぎって、いつの間に現れたのか、作業服を着た女性がしゃべりかけてきた。
 「皆さん準備はよろしいですか? よろしいですね。それではこれよりお二人に分かれてもらいますので、横島君は心の準備をお願いします」
 「えっ! なんで俺の名前を―――」
 いきなり自分の名前を呼ばれた横島は、びっくりしてその作業員の顔を見る。
 顔に大きなサングラスをして、深々と帽子をかぶった長髪黒髪の女性だった。
 歳は自分と同じくらいだろうか?
 なんで自分の名前を知っているのか問いただそうとしたとき、目の前にくぱぁ〜〜と大きな口が迫ってきた。
 ……カプッ!!
 「ぐわぁ〜〜〜〜〜ッ! なんか前にもこんなことがぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 「ここからは、男性と別ルートになります。お二方はこのままお進みください」
 「ほう、そうなのか? それじゃあ余達も行くとしようか」
 「そうね〜〜、横島君もがんばってねぇ〜〜〜」
 すでに姿の見えない横島に声援を送ると、二人は何の疑問も持たずに先へ進みだした。
 (ふふふ、うまく行ったわ。それじゃあ私もこのあたりで)
 一瞬にしてスタッフの服装から、いつものセーラー服に変った愛子は、大事そうに机を抱えて、スキップしながらアトラクションから抜け出した。



 デジャブーランド入り口。
 「あっ、兄貴。この中から殿下のニオイがするんだな」
 「でかしたぞイーム!!」
ジーパンに革ジャン、サングラスに、カラフルなポンチョ帽を被ったのっぽの男と、兄貴と呼ばれた、モヒカンスタイルの小さな男が、デジャブーランドの入り口付近をうろついていた。



 「……横島君、横島君?」
 遠くから聞こえる声に目を開くと、なぜか間近に愛子の顔があった。
 「なんで、愛子がここに?」
 もっともな疑問だった。
 「横島君、アトラクションで気絶してたのよ。そんなに怖かったの? たまたま近くに私が居たからここまで連れてきてあげたのよ」
 「確か俺……机に飲み込まれた気、がはッ!!」
 愛子の本体が横島の頭を直撃した。
 「大丈夫、横島君ッ! もしかして強く頭を打ったんじゃない。」
 「ちょっと待て〜〜〜! 今お前、がはっ!!」
 さらに一撃。
 「横島君落ち着いてッ!!」
 「お前もその手に持った机をどうにかしろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
 横島が落ち着くまで? その行為はしばらく続いた。



 「竜神の王子がデジャブーランドの行きたがっていたならまずそこから探しましょう。電車に乗るからはぐれないように」
 「美神はん、美神はん」
 「なに? あんたもこれから電車に乗るんだからはぐれないように」
 「小竜姫様がおらんのですけど」
 「何ですって〜〜〜〜〜ッ!!」
 「小竜姫様がッ」
 「いつの間にッ」
 人通りの多くなる日曜と、時間のために、小竜姫の姿は、人ごみに流されていつの間にか消えていた。
 「い…いきなり……はぐれるなんて…………」
 「実は、おキヌはんも……、どないしましょ」
 先が思いやられて、頭が痛くなる美神であった。
 「とりあえず小竜姫様から探しましょう。おキヌちゃんが一緒にいてくれたらいいんだけど……鬼門の二人も、あんたらは、はぐれたら放っていくからねッ」
 さすがに鬼門まで面倒見切れないといった様子で釘を刺す。
 「う、うむ。分かった」
 「しっかりとお主らの後に付いて行くとしよう」




 「面白かったわね〜〜〜〜」
 「うむ。それじゃ次は、あれに乗ろうぞ」
 あれからアトラクションを抜け出した冥子たちだったが、そこに横島の姿は無い。
 「それにしても〜〜、横島クンどうしたのかしら〜〜〜?」
 さすがに、姿が見えなく心配になって来たのか、
 「大丈夫じゃ、あやつも人間では子供じゃない歳、そのうちひょっこり現れるじゃろう」
 「それもそうね〜〜〜、それじゃあ次のアトラクションにいきましょう」
 龍童子の言葉に、冥子も賛同して次のアトラクションで遊ぶことにしたのであった。



 「アッ、アニキ。みっ、見つけたんだな」
 「やったじゃなえぇかイーム……人間の女が一緒のようだが、ちょっと脅かしてやるか」
 龍童子のニオイを追ってきた二人。
 横島たちが、まっすぐにデジャヴーランドへやって来たために、小竜姫たちと出会うことなくここにたどり着いてしまったのだ。
 今までヤンキー姿だった二人の体は、脱皮したように表面が抜け落ち、凶悪な本性が姿を現した。
 角を生やしたその姿は、神話に登場する鬼のようにも見受けられるが、彼らはそれをはるかに凌ぐ神通力を秘めた竜の一族であった。
 「いくぜッ! そこの娘ッ、その小僧をおいてとっとと消えうせろっ」
 「わぁ〜〜、遊園地のイベントかしら」
 場所は遊園地、ヤームのチンプなセリフのために、緊張感ゼロの冥子。この場で二人の危険性に気づくことが出来る人間が一人でもいるだろうか? たった一人、二人の龍族の危険性に気づいた龍童子は冥子の手をとって走り出した。
 「逃げろ冥子ッ! やつら余を狙ってきた竜族のやつらじゃ」
 「え〜っ、じゃああれって本物なの〜〜〜っ」
 鬼気迫る龍童子の態度に、冥子も二人の霊圧に気づいたのか、急いで走り出す。
 「あっ! まっ、待つんだなぁ〜〜ッ!」
ヤームの腕が伸びて龍童子の衣服を掴む。
 「あ〜っ! サンチラちゃんやっておしまい〜〜〜〜っ!!」
 伸びたイームの腕めがけて、強烈な電撃が浴びせられた。
 「なぁああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 ガイコツ姿が二、三回フラッシュして、掴んだ手が縮んでいく。
 「冥子。おぬし、すごいのう。よし、早く逃げるぞッ!」
 思わず感嘆。
 そして走り出す。
 普段の仕草、雰囲気からは誰も予想できない大活躍であった。
 竜の黒焦げが一つ出来上がったところで、周囲の人間から歓声が沸きあがる。
 おそらく彼らも、二組のやり取りが遊園地のアトラクションの一種だと思い込んでいるのだろう。
 これはヤームたちにとって好都合であったが、冥子たちにとっては非常に好ましくない状況であった。
 危機感の無い人間たちが周囲に群がってこられると、冥子は式神を扱うことにためらいが生まれてしまう。それでも本当に危険になれば、暴走するだろうが、どちらにしても危険であることに変りは無い。
 ヤーム達の目的は龍童子であるようだが、いずれ業を煮やして、周囲人間を巻き込まないとも限らない。
 そのときに、イームとヤームは周囲の人間を見せしめに殺しはしないか。
 普段護られることが多い冥子であるが、いま彼女が護る側に立っている。どうにか横島と合流を果たして、逃げおおせないことには、被害は急速に拡大することだろう。
 「シンダラちゃん〜〜っ! 急いで横島君を探してきて〜〜〜っ!!」
 冥子の影から、鳥の姿の式神が大空高くに羽ばたき、次いで馬の姿を模したインダラが姿を現した。
 「どうするのじゃッ!?」
 「こんな人の多いところで大きな技は使えないわ〜〜。なるべくほかの人達からはなれないと〜〜」
 「くそっ! まさかこんなものまで隠してやがったとはっ! だが、逃がさねぇっ」
 「インダラちゃん〜〜〜〜ッ!!」
 離れていこうとする二人に向かってヤームは飛び掛るが、式神に手が届くよりもはやくインダラの後ろ足がその体を蹴り飛ばした。
 「あっ、アニキ……。大丈夫なんだな?」
 かなりの上空から落下してきたが……生きていたようだ。
 「ちっ、小娘相手だと思って油断した……譲ちゃん、どうやら俺たちを本気で怒らしたみたいだなぁ」
 「あぁ〜〜〜〜。横島君〜、早く来て〜〜〜……………」
 ちょっぴり涙目な冥子。
 暴走までのカウントダウンが始まった。
 
 
 
 「ねぇ〜〜、横島君。次はあれに乗りましょう」
 「おっ、俺は一体………?」
 なぜか先ほどから愛子と遊園地を回っている横島。机を背負姿は奇妙なものだが、その笑顔は歳相応の女子高生のものであった。
 「どうしたの……もしかして、私と一緒じゃ楽しくない………」
 ポツリともらした言葉と、泣きそうな表情に、あせる横島。
 「そんなわけ無いだろうッ! ほら、こんなに楽しくって、楽しくって、今にも踊りだしそうな気分だなぁ」
 「本当っ。ああ、日曜日に遊園地でデートだなんて青春よねぇ〜」
 本当にうれしそうな愛子の姿に、まあこれもいいかなと思ってしまう横島であったが、一つ気がかりなことは冥子であった。
 「青春か………ん? 愛子、何か言ったかッ!?」
 不意に上空を見上げると、何かが光り、横島めがけて落下してきた。
 「なっ――――ぐはっ……」
 突如現れたシンダラの姿に違和感を覚えながら、頭を押さえる。
 「これって……あのときの………」
 愛子はトラウマを思い出したのか一瞬にして血の気が引いていく。
 「痛てててて、何でシンダラが落っこちてくるんだよ?」
 陸に上げられた魚のように跳ねるシンダラを見下ろしていると、それは急に息を吹き返して、横島の目の前に浮遊する。 
 『いぁああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。横島君助けて〜〜〜〜〜』
 シンダラの口から冥子の叫び声が響き渡った。



 「いぁああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。横島君助けて〜〜〜〜〜」
 先ほどの勢いはどこに行ったのか、あたりに甚大な被害を撒き散らしながら逃げ回る冥子。
それでも致命的な被害が、いまだに出ていないのは幸運だろうか。
 「たかが、鬼の分際でコイツらちょろちょろとッ」
 「うっ、うっとうしいんだな」
 二本の角から放たれる雷撃と、サンチラの電撃が衝突しスパークをあげる。
 両腕を伸ばしたイームに、同じように手を伸ばしたマコラが対抗して打ち落とす。
 隙を見つければ、残った式神が毛ばり、炎を放つ。
 一見互角のように見える戦いだが、冥子の理性は少しずつ限界に向かっていた。
 『冥子さんどうしたんですかッ!?』
 やっと、待ち望んだ声が冥子の頭の中に響いてきた。
 
 
 
 「冥子さんどうしたんですかッ!?」
 シンダラに掴みかかりながら横島が叫ぶ。
 『横島君助けて〜〜、殿下を狙ってる悪者に追われてるの〜〜〜』
 シンダラの向こう側では、どうやら冥子達が何者かに追われているようだ。
声の様子から察するに、後三分持たずにプッツンだろうと当たりをつける。
 さすがに遊園地の真ん中でそれをやられるとまずい。それこそ後で、日向さんや、テレサに何言われるか分からない。
 「すっ! すぐに行きますんで、場所を教えてください」
 下手すればまたプッツンで、来週も学校は休みだな……と思い、涙を流しながら覚悟を決めて問い返すが、その答えを聞くより早くに横から声が割り込んできた。
 「横島クン……私を置いていくの」
 「いっ、いやそういうわけじゃ。緊急事態だから、ちょっとの間だけ待っていてくれ」
 「本当? 本当に戻ってきてくれる?」
 「当たり前だろう。俺が愛子に嘘をついたことがあったか」
 見詰め合う二人・・・・・・。
 「横島クン―――――」
 「愛子――――――」
 『横島クン〜〜〜ッ! 何をやってるの〜〜〜〜ッ!!!』
 シンダラの口から、冥子の叫び声が割って入ってくる。
 「!? あっ、いやこれは別に何もッ」
 『みんな〜〜〜ッ!! やっておしまいッ!!!』
 どうやら向こう側に筒抜けだったようで、冥子の機嫌は本人の自覚の無いままに急転落していった。
 なぜか、向こうから聞こえる人間の悲鳴が増した気がしたが、この際考えることは止めておこう。
 「すみませんッ! すみませんッ! すぐに行きますからッ!!」
 横島の言葉も終わらぬ前に襟首をシンダラに銜えられて、はるか上空へと消えていく。
 「・・・・・・ちっ、もう少しだったのに。まあいいは、横島君には釘を刺したし、一歩リードっと―――私も追いかけてみようかしら」
 一人取り残された愛子は先ほどから響いてくる爆発音の方角へ視線を向けるのであった。



 「アッ、アニキどうするんだな。この女結構やるんだな」
 「取り乱すな。頭数はそろっても所詮は鬼ごとき。俺ら竜族との力差を見せてやるんだ。ちょっとは手加減してやろうと思ったが、もうやめだッ!」
 「さすがアニキ! たのもしいんだな」
 「みんな〜〜ッ!! やっておしまい〜〜〜ッ!!」
 押され気味であったイームとヤームに、全式神が一斉攻撃を開始した。
 「行くぞイームッ!!」
 「わっ、分かったんだなッ!!」
 二人の竜族は額の角から今までに無いほどの雷撃が光輝き、式神たちに対抗する。
 「きゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
 「「ぐ(く)っ!!」」
 あたりで見ていた見物人たちもついに決着かと思い息を呑む。あたりを覆った砂埃が晴れていきどちらが生き残っているのか、そう考えていた矢先に、その考えは覆された。
 砂塵の中に一筋の閃光が走り冥子の体が空に舞った。
 悲鳴一つ上げないところを見ると、意識を失っているようだ。
 それを救うため、満身創痍のインダラが震える足を強引に動かして空に飛び跳ねる。
 「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ。見たか。竜族の意地を・・・・・・」
 「やっ、やったんだな・・・?」
 「当たり前よ。俺たちがたかが鬼にやられるわけが無いだろう」
 「そっ、そうなんだな。それじゃあ早く殿下をさらっていくんだなッ!!」
 すでに足元が震えている二人だが、ぎりぎり意識は保っているようだ。
 これまで黙って成り行きを見守っていた龍童子も冥子の敗北を見て、急にあせり始めた。
 「おっ、お前たちッ! よくも関係のない人間までッ! 許さんッ、許さんぞ」
 「殿下はまだ、成人しておらず神通力も使えない状態。これ以上人間たちに被害が出てほしくなければおとなしくこっちに来てもらいます」
 「くっ……余がそちらに行けば、これ以上被害は出さんのだな?」
 「もちろんです。俺たちも別に殿下の命をどうこうしたりするつもりはありません。ただちょっと会合が終わるまで、人質になってもらうだけです」
 「ほっ、本当じゃな。嘘ついたら後でひどいぞッ!!」
 すでに立つことも出来ないインダラが、必死に冥子を護るようによりそう。その光景を見て、龍童子は、静かに冥子から離れていく。
 「そうそう。最初からおとなしくしていれば、何も被害は無かったんですぜぇ」
 悔しそうに、唇をかみ締めながら、うかつな自分を後悔するが、時はすでに遅い。あれだけ強かった冥子がここまでやられるなんて、小竜姫のところで自分が大人しくしていればこんなことにはならなかっただろうに・・・・・・横島、そういえば横島はこんなときにどこに居るのだろう? まさかまだ、先ほど聞こえた女と遊びほうけているのではないだろうな。なんて罰当たりな奴め。そうだ、冥子がこうなったのも、自分が今捕まろうとしているのも全て横島の責任だ。一度考え出すと思考の暴走はもうとまらない。
 ふつふつと湧き上がってくる怒りが、先ほどの後悔を全て横島のせいへと変換されていく。
 「横島〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!「ちょっと待った〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」!?」
 どす黒い感情の叫びを上げたとき、空から何かが落下してきた。
 「お前たちッ! このGS(助手)横島忠生が来たから好きにはさせんぞッ!! 冥子さんもう大丈夫・・・・・・ッ!? てっ、冥子さんどうしたんですか、その怪我はッ!?」
 背後で満身創痍の横島と、今にも泣き出しそうな龍童子を見比べながら、横島があせる。
 「遅いわッ、このたわけがっ!! お前が居らん間大変じゃったのじゃど」
 わずかに安堵した龍童子は、涙を拭い去る。
 「お・・・・・・お・・・・・・・・・おまえら・・・・・・・・・お前らか〜〜ッ!! 俺の冥子さんをこんなにしやがってッ!! 俺だってまだあんなことや、こんなことをしてない肌にッ!! 傷が残ったらどうしてくれるッ!! 貴様らッ、生きて帰れると思うなッ!!」
 「アニキ、こいつ何なんだな?」
 「ただの馬鹿、じゃあなさそうだな。多少なりとも霊圧を感じるが、さっきの女ほどじゃねぇ。さっさと締め上げて、殿下を奪ってくぞッ!!」
 ヤームの掛け声に、イームは単身で突っ込んでいく。
 「さっさと殿下を渡すんだなッ」
 「そんな攻撃が俺に効くか〜〜〜ッ!!!」
 横島の手の中で急速に収縮した霊力はやがて、小さな球体となって、迫りくる敵に向かって突き出される。
 その手に握られた文珠には『反』。
 目の前に迫った雷撃は横島の体に触れるよりも手前で収縮。そして、今までのベクトルをまるで無視し、攻撃を放ったイームに向かってはじき返された。
 「「「なっ!」」」
 その驚きはイーム、ヤームだけではなく隣で見ていた龍童子の声も含まれていた。
 「横島、おぬしこんなに強かったのか!?」
 「なっ、はっ、はっ、はっはぁあああああ。今週の俺は負ける気がしないぜッ!! 殿下、こいつを冥子さんに使え」
 龍童子に向かって『治』の文字がかかれた文珠を投げ渡す。
 「これは文珠ッ。人間の中にこの力が使えるものがいたのかッ。すごいぞ横島ッ! さすが余の家臣じゃ。よし、その調子であの二人をやってしまうのじゃ」
 元気が戻った龍童子はボロボロになった冥子に向かい文珠を掲げる。
 文珠の効果によって冥子の体から傷が治り、ゆっくりとその目が開く。
 「・・・・・・あれ〜〜、私一体どうして〜〜〜ぇ」
 「良かったッ! 横島、冥子が目をさましたぞ」
 「本当かッ、良かった。冥子さん俺が来たからもう安心ですよッ!」
 「横島クン〜〜〜。来てくれたのね〜〜〜」
 「ありがとう〜〜〜」と感謝しながら、冥子も自力で立ち上がった。
 「あっ、アニキ〜〜〜。あの男強いんだな〜〜〜〜・・・・・・・・・―――――――」
 イモリの黒焼きのようになったイームに駆け寄るヤームは怒りを露にし、横島をにらみつける。
 「おのれ〜〜ッ! よくもイームをっ」
 その視線を受け止めながら横島は、
 「冥子さん。一端引きましょう。ここじゃあほかの人を巻き込みます。飛べますか?」
 「大丈夫よ〜〜。私ならもう元気いっぱい〜〜〜。シンダラちゃんお願いねぇ〜〜〜」
 唯一無傷の式神に“殿下達“を乗せ、横島も自分の影からヤタを呼び出した。
 三人の姿は遊園地から空へ、
 「まっ、待てッ! お前たち逃げるな〜〜〜ッ」
 「アニキ・・・・・・あいつらを追いかけるんだな」
 強引に体を起こしたイームだが、今にも倒れそうな危うい足取りだ。
 「お前、体は大丈夫なのか?」
 「だっ、大丈夫なんだな・・・・・・それよりも早くしないと逃げられるんだな・・・・・・」
 息も切れ切れになりながら告げるその姿に、
 「分かった、行こう。あいつらに目にもの見せてやるんだ」
 根性だけは一流だったようだ、二人もまた横島達を追いかけて空へと舞い上がった。


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