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復元されてゆく世界

第七話 デート


投稿者名:あらすじキミヒコ
投稿日時:07/12/16

美神は、妙神山での修業を経て、強くなった。
霊に対する防御力や攻撃力だけではなく、総合的な霊能出力自体もアップしたからだ。

また、修業場での出来事は、横島にも少しながら影響を与えていた。
何しろ、煩悩が強い以外はごく普通の少年、ただの素人と思われていた彼に、特殊な霊能力があると判明したのである。
しかし、横島の場合、あそこで具現化されたシャドウこそ幻影を作ったり相手を麻酔したり出来たものの、それらが本人の霊能力として発現されることはなかった。

「あれって、本当に俺の潜在能力だったんですか?」

と、本人も半信半疑になるくらいだ。
しかも、小竜姫の暴走が修業場の異界空間内でケリがついてしまったために、美神たちは、

「どうせシャドウは、
 あの空間の中でしか使えないからね・・・」

と思い込んでいる。だから、シャドウだけが特殊能力を持っていたところで、それが日頃の除霊仕事に活かされることはなかった。
それでも、美神の横島を見る目が少し変わったことは確かであろう。美神は、あのとき冗談のつもりで口にした、

「せめて資格とってからね、ここで修業するのは」

という言葉を、真剣に検討し始めている。
ただし、それは全て内心に留めており、決して態度には出さない美神なのであった。

そして、美神と横島だけではない。おキヌにも影響はあった。
彼女の場合、修業云々、霊能力云々ではない。
小竜姫が横島にキスするという未来像を見てしまったことが、一番大きな意味を持っていたのである。
特に、横島が霊能力を持っていると判明したこともあって、

『横島さん、ここに残って修業することになるのかしら。
 それで小竜姫さんと、あんな関係に・・・』

と、おキヌは心配したのだが、それは取り越し苦労だった。
美神も小竜姫も、今、横島の霊能力を引き出そうと強いるつもりはなく、また、横島本人も、特にこだわっていなかったからだ。
三人で事務所に戻ってからも、少しの間ヤキモキしていたおキヌであったが、それも長くはなかった。
妙神山から降りてきてしまえば、その後、小竜姫と連絡を取り合うことすらないのだ。
以前とあまり変わらない横島を見ていると、

『小竜姫さんが横島さんの相手、ってことでもないのかしら?』

と、自分の想像に対して疑念すら持ち始める。
思い返してみると、おキヌが見た『キス』の映像は、恋人たちのキスとは少し違うようでもあった。
ただし、では何が『恋人たちのキス』なのか、どう違うのかと問われたら、おキヌには、よく分からない。
また、横島が色々な女性に飛びかかっている行為、美神がセクハラと呼ぶ行為も、女性を本気で口説いている、というのとは少し違うようにも見える。
だが、それも自分には分からない。

『幽霊だからかな。
 幽霊の私には、恋愛の細かいことはわからないんだろうな・・・』

と、ちょっと寂しく思うおキヌであった。



    第七話 デート



「300年ぶりに自分の足で歩くのって変な感じ・・・」

商店もまばらに存在している静かな住宅街。その中を、一人の少女が歩いていた。
丈の長すぎるスカートのせいか、バサバサした前髪も、だらしないというより不良っぽく見える。だが、そんな外見とは異なり、表情は清々しい。
実は、この不良娘の体の中には、おキヌの霊魂が入り込んでいた。
この少女の守護霊が道に迷っていたのを助けたところ、お礼として、この少女の肉体を預けられたのである。最初は、

『いけませんよ、そんなこと・・・!』

と遠慮していたおキヌであったが、半ば無理矢理、体の中に放り込まれてしまう。そして、その『お礼』を受け入れたのだった。

「でも気持ちいいなー!!
 生きてる頃には気づかなかったけど、
 体があるってそれだけでいい気分・・・!」

今、おキヌは、歩くという行為そのものに感動していた。そのまま進み続けたおキヌは、

「わあ・・・!」

花屋の店先で立ち止まった。花の色も香りも、肉体を通すと、いっそう豊かに感じることが出来る。
そんなおキヌに、

「ちわーッス!」
「ちわっス!
 何なさってるんスか?」

二人組の少女が声をかけてきた。おキヌと同じ制服で、同じようにグレた外見をしている。

「・・・は? あ!
 お知り合いの方ですね?
 どーもこんにちは!」

ペコリと挨拶するおキヌに対して、

「あ、いえ、どーも」

と対応してしまった二人組だが、

「・・・え?」

何か変だと気づいた。さらに、

「いい香り・・・!!」

花の香りを楽しむおキヌを見て、違和感が増大する。
だが、別人が憑依しているなんて想像出来ない二人は、

「何ヤッてんスか!?
 アンパンっスか!? シャブっスか!?」
「悩みがあるなら話してほしいスよー!!」

と、自分たちの常識に照らし合わせて、おキヌに迫った。
そして、ちょうど、この時、

「どこ行ったんだ、おキヌちゃんは。
 買い物に出てもう3時間だぞ・・・!」

ブツブツ言いながら、横島が近くを通りかかったのである。


___________


この体の中に入った直後、おキヌは言われていた。

『ただし知り合いに会う時は気をつけなされ。
 誰かに正体を見破られたら元に戻る決まりになっておる』

それを思い出したから、というわけではないが、

「横島さん・・・!!」

顔を赤らめながら、おキヌは、二人組のかげに隠れてしまう。
さらに、

「ど、どうしたんだろ。
 胸が・・・なんか、どきどきしてる・・・?
 なんだろう?
 体がない時は、こんな気持ちにならなかったのに・・・?」

などという自己分析を口にしてしまったから、さあ大変。
二人組は、『自分たちのセンパイがグレてない男に恋をして悩んでいる』と思ってしまった。

「まかせてくださいッ!!」

勘違いしたまま駆け出していく二人を、

「・・・ま、いいか」

と見送るおキヌ。彼女には理解出来なかったので、仕方がないのだが・・・。
このとばっちりを食らうのが、横島である。
しばらくして、犬と戯れていたおキヌの前に、血だらけの横島が投げ出された。

「よ、横島さんっ!!
 どうしたんですかっ!?」

駆け寄るおキヌを見て、横島は、

「わああっ!!」

ビクつきながら逃げようとする。
何しろ、不良娘の二人組にヤキを入れられたばかりであり、そこへ別の不良娘が迫ってくるのだから。
だが、突然、横島の動きが止まった。

「・・・あれ!?」

確かに、目の前の少女は不良に見える。でも、その目を見ていると・・・。

「おキヌちゃん・・・!?
 おキヌちゃんか・・・!?」

バシュッ!!

横島が気づいてしまったことで、おキヌは、肉体から排出されてしまう。
少女の生き霊と自動的に交換されたことで、今、おキヌの目の前には、発端となった守護霊が浮かんでいた。

『無事、元に戻ったようじゃな。
 楽しかったかね?』
『・・・はい! とっても!』

おキヌは知らなかった。
本来ならば、おキヌが戻るのは、もう少し後になるはずだったのだ。
本来ならば、横島は、もう少し後まで気づかないはずだったのだ。
あの後、横島は、二人組に叩き込まれた台本に従って、

「以前からあなたが好きでした!
 ハンパじゃないっス!
 つきあってくださいっ!!」

と言うところだったのだ。
本心ではなくても、横島から告白の言葉を受けたら、おキヌはどう感じただろうか・・・。
しかし、それを知らないおキヌは、

(・・・そっか。
 横島さん、すぐに私だってわかっちゃったのかあ・・・。
 ふふ・・・)

一人、幸せに浸るのであった。
 
こうして、『本来』以上に深い絆があるが故に、少しずつ歴史の歯車がずれてゆく。時には小さく、時には大きく・・・。


___________


「遅かったね、おキヌちゃん」

事務所へ戻ったおキヌに最初に声をかけたのは、横島であった。いつのまにかケガから回復している。
横島は、さらに、

「買い物に出かけてたんだよね?
 ずいぶん時間かかったみたいだけど・・・」

と質問したのだが、それは、奥歯に物がはさまったような言い方だった。

『ええっと・・・。
 途中、色々あって・・・』

おキヌの返事も、何だかハッキリしない。
しかし、その態度を見て、横島には分かってしまった。

「そうか、やっぱり・・・。
 あれは、おキヌちゃんだったんだ」
『えへへ・・・』

おキヌの顔に笑顔が浮かぶ、
おキヌも、胸のつかえが取れたような気がしたのだ。
自分から今日の対面に関して言い出すのは、何だか気が引ける。それで最初は曖昧な返事をした。だが横島の方から話題にしてくれるのであれば、詳細を語るのに躊躇いはない。

『実は・・・』

と、おキヌが語り始めようとしたところを、横島の言葉が遮った。

「・・・えーっと。
 俺と会った途端にあのコの体から出ていっちゃったのは、
 俺に見られたのが嫌だったから? 恥ずかしかったのかな?」

横島としては、

(人間に取り憑いたのを責められると思ったのかな?)

と聞きたいところであったが、そこまで口にすることは出来なかった。

『そんなこと、ありません。
 ただ、そういう決まりだったそうで・・・』

語り始めたおキヌの笑顔を見て、横島は、自分の邪推を恥じた。

(ごめん、おキヌちゃん)

心の中で謝罪する。
こうして、その場の空気も丸くなったかと思いきや、

「アンタたち!
 自分たちだけでわかりあってないで、
 私にもキチンと説明しなさい!」

美神が邪魔をした。
今日は仕事もないので、先程から、美神はソファに寝そべっていた。積極的に二人の会話を聞くつもりはなく、ただ耳に入るにまかせていたのだったが、なんだかイライラし始めたのだ。
この人は、普通の人以上に、のけ者にされるのが気に食わないのである。
だが、今回はタイミングが悪かった。わざわざ美神が怒鳴らなくてもよかったのだ。
何しろ、ちょうど、おキヌが今日のエピソードを語り始めたところだったのだから。美神の一言こそが、それを遮ってしまったのだから。

『そうですね、幽霊のおじいさんに会ったところからですね。
 買い物の帰りに・・・』

気を取り直して、おキヌは語り始めた。


___________


『・・・というわけなんです』

おキヌが最後まで語り終えたところで、横島の表情がくもった。

「そっかあ。
 俺のせいで、せっかくの体験も終わりになったのか。
 悪いことしちゃったな、
 いつもおキヌちゃんには世話になってるのに」

すまなそうな態度になった横島を見て、

『そんなことないですよ』

と言うつもりのおキヌであったが、それより早く、横島が言葉を続けた。

「美神さん。
 今度の休みの日、
 丸々一日おキヌちゃんを借りていいっスか?」
「え? ・・・いいけど?」

急に話を向けられた美神は、横島の意図が分からないながらも、それを許可する。
美神の了承を受けて、横島は、おキヌに笑顔を向けた。

「おキヌちゃん、今度の休みに二人で遊びに行こう」
『・・・え?』

やや照れたような表情で、横島は言葉を続ける。

「俺が相手じゃ、本当のデートにはならないだろうけどさ。
 でも、そういう気分だけは味わってもらえるかな、なんて思って」

今時の若い女のコの楽しみを、もっとおキヌに経験させたい。
それが、おキヌの体験を途中で止めてしまったことに対して、自分に出来る償いであり、また、お詫びでもある。
横島は、そう考えていた。
そんな横島を見て、美神は、

(へーえ・・・。いいとこあるじゃない)

少し感心していた。横島の口調には、いつものセクハラ少年の雰囲気が全く無かったからだ。

(女のコと一日デートしたら、結構お金かかるだろうに)

と、まず金銭面に気が向いてしまうのも、美神らしい。
一方、おキヌは、

(横島さんとデート・・・)

ただそれだけで、あたたかいものが心の底からわき上がってくるように感じていた。


___________


そして、次の休みの日。
待ち合わせた時間に、横島は、事務所までおキヌを迎えに来た。

「あれ・・・」

横島は少し戸惑った。
おキヌが、中で待っているのではなくドアの前に立っていたからだ。
しかも、いつもの巫女姿ではない。

「その服、たしかクリスマスの・・・」

おキヌが着ていたのは、クリスマスに横島がプレゼントした洋服だった。エクトプラズムを特殊加工した糸で織られているので、幽霊でも着られるのだ。
これを手に入れるために、横島は大変な思いをした。楽しみにしていたクリスマスパーティーにも遅刻したくらいだ。
その苦労話は、おキヌも知っている。

『はい。
 これが私の、よそいきの服ですから』

とだけ、おキヌは答えたのだが、心の中では、

(横島さんからプレゼントされた服ですから)

と付け足していた。
そんなおキヌを見て、

(今日のおキヌちゃん、ずいぶん雰囲気が違うな。
 なんだか幽霊じゃないみたいだ・・・)

と感じる横島。その口から出た言葉には、内心の思いが少しにじみ出ていた。

「じゃあ、行こうか。少し歩くけど・・・」


___________


おキヌにデート気分を味わわせようと考えた横島であったが、そもそも、横島本人にデートの経験がない。とりあえず、事務所の近くには池袋という繁華街があるので、その辺りでデートスポットっぽい場所を色々と案内しようと思っていた。

「まずは、あそこへ行こうと思うんだ」

ある程度近づいたところで、横島は、最初の目的地を指さした。

『うわあ・・・』

それは、高層ビルだ。おキヌも驚く程の高さである。

「このビルの最上階に、有名な展望台があるんだよ。
 おキヌちゃん、幽霊だから、
 高いところへは何度も上ってるだろうけど・・・」

横島が、少し口ごもる。おキヌの反応次第では、ここはパスして次へ行くことにしようと決めていた。

『でも、ここまで高いところへは、
 行ったことないですよ』

ビルを見上げながら、おキヌが答えた。
それを聞いて、横島はホッとする。

「よかった。
 じゃあ、展望台まで行ってみようか?
 このビルは、サンシャイン60といって、
 作られた当時は、日本一高いビルだったらしいよ・・・」


___________


『高い・・・』

これが、展望台から外を眺めて、最初におキヌの口から出た言葉だった。
あまりにもそのままな感想だ。
いつもの横島ならば、

「そのままやんけー!」

なんてツッコミをいれたかもしれない。だが、今日の横島は違う。ただ微笑むだけだった。

『車も家も、ずいぶん小さいですね。
 私たちの事務所って、どこでしょう?』
「うーん、わからん・・・。
 この高さからだと、近すぎるんじゃないか?」

おキヌの様子は、普通の人間のものと同じである。
それを見た横島は、

(幽霊だから高いところ行っても面白くないかも、
 なんて心配する必要なかったな)

と、自分自身に対して苦笑した。
気を楽にして、少し周りを見渡してみると、

「あれ?
 前に俺が来たときは、こんなの無かったと思うけど・・・。
 おキヌちゃん、ここから外へ出られるよ!」

スカイデッキの存在に気が付いた。展望台から屋上へと出られるようになっていたのだ。
解放日は限られているのだが、『まるで空の中にいるような気分が味わえる』ということで、この展望台のウリの一つである。
横島に連れられて、スカイデッキへ来たおキヌ。残念ながら、空を飛ぶことの出来る彼女には、その魅力は伝わらなかった。しかし、幸い、そのことに横島は気付いていない。

「凄いな、ここ!!」

横島本人が、スカイデッキを満喫していたからである。そして、

(横島さん、楽しそう・・・)

そんな横島を見ているだけで、おキヌまで楽しくなるのであった。


___________


サンシャインシティと呼ばれているように、サンシャイン60には、いくつかのビルが近接している。
展望台の次に二人が向かったのは、そうしたビルの中にある水族館だった。

『わあ、きれい・・・』

色とりどりの魚が泳いでいるのを見て、おキヌは喜んでいるようだ。
海から離れたところで生まれ、幽霊をしていたおキヌである。あまり大きな魚を見る機会はなかった。
それに、川や湖で魚を見ることはあっても、それは上から見るだけだ。横から見るのは、魚を買う時や料理する時くらいだったので、つい、

『魚屋さんとは、ずいぶん違うんですね』

なんて言ってしまうおキヌであった。
一方、横島は、展示されている魚そのものよりも、周りの客層に目を向けていた。

(ここは大丈夫みたいだな?)

実は、先ほどの展望台では、大人の観光客や親子連れが多く、

(もしかして、デートスポットじゃなくて、観光スポットに連れてきちゃった?)

と少し焦りもしたのだ。
そこと比べれば、ここには、カップルもチラホラいる。これならば、安心だ。

そして、ここの展示に横島があまり関心を向けていない理由は、もう一つあった。
この水族館は、横島が面白いと思える程の規模ではなかったのである。小学生の頃に関西に住んでいたことのある横島は、その近辺で大きな水族館にも行っていた。心の中で、つい、そうした水族館と比べてしまう。
そんな横島の様子に気付いたらしく、おキヌが、不思議そうな目を横島に向けた。

「子供の頃、親父やおふくろに連れられて、
 もっと凄い水族館に行ったことがあってさあ」
『凄い水族館?』
「機会があったら、おキヌちゃんも連れて行ってあげたいな。
 海遊館とか、鳥羽の水族館とか」

横島は話を続けた。
おキヌの視線が『説明してください』と言っているように見えたからだ。

「海遊館には、でっかい水槽があるんだ。
 上の階からも下の階からも同じ水槽が見えるくらい。
 三つか四つのフロアにまたがってるんじゃないかな」
『・・・?』

おキヌには、よくわからなかったらしい。
そこで、横島は、やや大げさな例え話をする。

「美神さんの除霊事務所の入っているビル、
 あれが丸々一つの水槽だと想像してもらったらいいかな?」
『へえ・・・』

おキヌは、目を丸くした。そして、頭の中で自分がイメージしたものと比べるかのように、もう一度、目の前の水槽を見やった。
そんなおキヌの様子から、横島は、海遊館の説明は十分と判断して、次に進んだ。

「鳥羽の水族館は、とにかく凄く広いんだ。
 大通りを渡って、あっち行ったりこっち行ったりしなきゃいけないくらい。
 魚の水槽だけじゃなくて、アシカショーとかもあって・・・」
『あしかしょー?』
「あ、おキヌちゃんは山国育ちだから知らないか。
 アシカショーっていうのは・・・」

そして横島は、昔の記憶を辿って、説明していった。
海の生き物が、目の前で芸をする。
まるで、人間の言葉が分かるかのように。
後になって、他でも似たようなショーを見たが、それらは、最初に見た印象にはかなわなかった。
当時のインパクトなどを、何とか伝えようとする横島。その説明は、決して分かりやすいものではない。
しかし、おキヌは、子供の頃の思い出を交えて語る横島の姿を見ているだけで、なんだか満ち足りていた。
ちょうど一通り説明したところで、横島は、館内の案内に気がついた。

「あ、ここにもあるんだな、アシカショー。
 開演時間も、いいタイミングみたいだ。
 見に行こうか?」
『はい!』

おキヌは笑顔で頷いた。


___________


水族館を楽しんだ後、二人は、同じビル内のプラネタリウムへと入った。
ここは、水族館よりもカップルの比率が多いような気がする。その雰囲気も少し違う。

(よし、これは、デートっぽいんじゃないか?)

そう思う横島であったが、同時に、

(でも、おキヌちゃんの育った場所や時代って、
 今の東京なんかより、夜空はきれいだったんだよな。
 今さら、こんな人工のを見て、楽しんでもらえるんだろうか?)

という心配もしてしまう。
横島は、隣の席へと視線を向けた。おキヌは、投影された夜空を楽しみ、音声で流れてくる説明もちゃんと聞いているようだ。
・・・そのまま時間が流れ、やがて、プログラムが終了する。
おキヌの感想は、

『せいざって面白い。
 星って、いろんな意味を持ってたんですね』

だった。
どうやら、満足してもらえたらしい。
安心する横島であった。


___________


サンシャインシティから池袋の駅前へ向かう道は、いくつかある。
『サンシャイン60通り』『サンシャイン通り』『サンシャイン中央通り』など、どれも似たような名前がついているが、この辺り一帯は若者で賑わっていた。
映画館、ゲームセンター、カラオケなど、遊べる場所が色々とあるし、また、若い人たちが買い物を楽しめる店も多い。
そんな通りを、横島とおキヌが歩いていた。

(こういうところをブラブラ歩くのも、今時の若い女のコだよな?)

と考える横島。
一つのビルの前で、ふと足を止めて、おキヌに尋ねた。

「おキヌちゃん、ボーリングとかビリヤードとか、やったことある?」

おキヌは首を横に振る。
そもそも、ボーリングもビリヤードも何だか分からない。
横島は、おキヌを連れて、そのアミューズメントビルへと入っていく。一階がゲームセンター、屋上がバッティングセンターとなっていて、途中の階には、ボーリング、ビリヤード、カラオケがあった。

(バッティングセンターは場違いだとしても、
 カラオケやボーリングなら、カップルがデートで行くよな?)

まずはボーリング場へ。

「ここ、中学生の頃には、何度か来たな。
 クラスの奴らといっしょに」

むしろ今よりも中学生時代のほうが遊ぶ金も時間もあった横島である。わずかだが、その顔に、昔を懐かしむような表情が浮かんだ。

『これは、どういう遊びなんですか?』

フロアの受付から、ゲームを楽しんでいる人々の様子が見える。その様子を示しながら、また、自分の体験談を交えながら、横島は、おキヌに説明した。それから、

「やってみる?」

と尋ねたが、おキヌは乗り気ではなかった。

『・・・いいえ。
 なんだか、横島さんのお話を聞いてるだけで十分です』

料金表を見て、

(今日は、もう、たくさんお金を使わせちゃったし・・・)

と考えたおキヌだったのである。

そして、同じことがビリヤード場でも繰り返された。遊んでいる人々の姿を見て、横島が説明して、おキヌが遠慮する。
カラオケも同様。これは受付からでは中の様子は見えなかったので、横島が口で説明するだけ。でも、その分、

「でさ、『カラオケタダちゃん』なんて言われて・・・」

など、横島の昔話がたくさん聞けたので、おキヌとしては面白かった。


___________


そして、一階へ降りてきた二人。ゲームセンターとなっているところを通って、ビルの外へ出ようとする。
ここで、おキヌが、ふと呟いた。

『あれ、何ですか?』

幽霊とはいえ、コンピューターが使えるおキヌである。いわゆるテレビゲームという概念は理解していた。理解しているどころか、除霊仕事に絡んでゲームの中にとじこめられたこともあるくらいだ。
しかし、今、おキヌの目に入ったものは、それとは少し違うようだった。
透明な大きなケース。
水族館で見た水槽とも似ているが、水や魚の代わりに、たくさんのぬいぐるみが入っていた。

「ああ、これ。
 クレーン・ゲームっていうんだ。ほら」

この中には、あまり魅力的な景品が無いのであろう。誰もプレイしていない。
しかし、別の筐体では、カップルがキャアキャア騒ぎながら遊んでいた。横島は、それを指し示しながら、クレーン・ゲームの仕組みを説明した。心の中で、

(女のコが欲しがるぬいぐるみを、
 せがまれた男が取ってあげる。
 うん、これぞデートだ)

一人納得した横島は、

「おキヌちゃん、何か欲しいのある?」

と、おキヌに水を向けた。
横島は、こういうゲームには自信があるのだ。
ただし、取れるモノから取る、というのが鉄則なので、難しい位置にある物を指定されると、ちょっと困る。

『じゃあ、これ・・・』

高い遊びではなさそうだと思いながら、おキヌは、一つのぬいぐるみを指さす。
花を擬人化した黄色いぬいぐるみ。どの花を元にしているのか、人によって意見が分かれるだろうが、おキヌには、それは野菊に見えたのだった。

「よし!」

ピロリロリー。チャラリララー。

簡単に取れる位置にあったので、横島は、あっさりワンコインでゲットする。
その姿を見ながら、おキヌは、もう一度思い出していた。初めて会ったときに何故か頭に浮かんだ映像を。

  横島が隣に座って、
  「ほれ、これやる。おキヌちゃんにだ」
  「野菊・・・?」
  「おキヌちゃんは野菊の花のようだ」
  言われたおキヌは顔を赤らめ、視線をそらしつつ
  「あ、ありがとう・・・。忠夫さんはリンドウの花のよう・・・」
  と返す・・・。

(あれって、一種の予知だったのかしら?
 少し違うけど、今のこの場面?
 じゃあ、ここで横島さんは・・・)

そんなことを考えていると、ぬいぐるみを手渡された。

「おキヌちゃん、はい」
『ありがとうございます!』

横島からのプレゼントだ。
期待していた言葉こそ聞けなかったものの、それでも、おキヌは幸せだった。


___________


『サンシャイン60通り』を抜けると、大通りに至った。駅ビルの百貨店へと向かう道路だ。

『凄いですね・・・』

そこから見える駅前の人込みは、今まで歩いていたところ以上だ。

「大丈夫。
 俺たちが行くのは、そっちじゃないから」

西へ向かえば駅前なのだが、横島たちは南下した。すると。

『へえ・・・』

すぐに、緑が見えてくる。
駅のすぐ近くとは思えない雰囲気だ。
お寺や墓地があるからなのだが、それだけではない。ここには、南池袋公園という、都会にしては大きな公園があった。

「おキヌちゃんってさ。
 生まれが生まれなだけに、やっぱり、こういうところが落ち着くかな、と思って」

少し照れたような表情を見せる横島。彼は、ここをデートのシメにしようと最初から計画していたのだった。

公園中央の広場まで行くと噴水があった。二人は、その近くのベンチに腰を下ろす。

「・・・楽しかった?」

わざわざ聞いてしまう横島は、やはりデート慣れしていないのだろう。

『・・・はい! とっても!』

凛とした声でおキヌが答える。

「よかった。
 ・・・ヘタに説明をしようとしてさ、
 俺の昔話を聞かせたりしちゃったけど、
 退屈じゃなかったよね?」
『退屈どころか!
 子供の頃のお話聞くのって、面白かったです。
 家族の話とか・・・』

最後のところで、おキヌの笑顔が少し陰った。

(・・・あ!)

横島は気づいた。
おキヌは、生きていた頃のことをあまり覚えていないのだ。小さかった頃のことも、両親のことも。
横島の表情が変わる。それを見て、おキヌも、横島に気づかれたことを悟った。

『でも、私・・・』

しんみりとした空気を変えよう。おキヌは笑顔を作って、口を開いた。
しかし、横島の言葉が、そんな空元気を遮った。

「おキヌちゃん。
 思い出なんてさ、これから、いくらでも作れるよな。
 ほら、おキヌちゃんには寿命はないから、
 時間はたっぷりあるだろ?」

真面目な雰囲気で話し始めた横島であったが、最後の言葉は、敢えて少し軽い感じに変えていた。

『そうですね。
 こういうとき、幽霊って便利ですね』

おキヌも調子を合わせる。
そして、横島は口調を戻して、続けた。

「それに、今のおキヌちゃんには、家族もいる。
 俺や美神さん、っていう家族が」

横島の言葉を聞いたおキヌは、

『・・・ありがとう』

とだけ呟いて、うつむいた。
嬉しい。泣きそうなくらい、嬉しい。
でも、だからこそ、かえって横島を直視出来なかったのだ。
そして、下を向いたことで、膝の上においた自分の両手が見えた。その手には、ぬいぐるみが握られている。

(横島さん・・・大好き!
 私には恋愛のことは分からないし、それに、
 これが恋心だとは思わないけど、でも・・・。
 横島さんを好きって思う気持ちと、
 美神さんを好きって思う気持ちは、なんだか違います)

おキヌがそんなことを考えているとは知らず、横島は少し心配になる。

(変なこと言っちゃったかな?
 やっぱり、あんなセリフ、俺のキャラじゃなかった?)

平然とした様子を装いつつ、でも、おそるおそる尋ねた。

「どうしたの、おキヌちゃん?」

おキヌは、顔を上げて、横島に笑顔を見せる。そして、

『なんでもないです!』

はにかみながら、視線を空へと向けた。
きれいな夕焼け空だ。
それを見ながら、

(このまま、今の状態がずっと続いてほしい。
 ずっとずっと、永遠に・・・)

と願う、おキヌであった。



(第八話「予測不可能な要素」に続く)


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