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雇われ式神使い

式神使いのデート


投稿者名:双琴
投稿日時:07/ 6/27




 太陽が真上を通り過ぎた頃、六道女学院に昼休みの始まりを伝えるチャイムが鳴り響く。
 今日は冥子が女学院に来ている日だ。職権乱用で早めに授業を終えた鬼道は昼食を誘いに来る生徒達を振り切り、冥子の受け持つクラスへ向かう。
 授業を終えて教室から出て来た所を、待ち伏せていた鬼道がつかまえる。

「冥子はん、お昼を一緒にどうですか?」
「今日は忙しいの〜。また今度ね〜」

 冥子はやんわりと誘いを断り、そそくさと鬼道の前を去っていく。
 がっかりして立ち尽くす鬼道の元へ女生徒達が群がってくる。こういった事に女の嗅覚は異常に敏感だ。

「なになに〜、先生ふられたの?」
「前は仲良かったのに、どうしたの?」
「私が代わりに付き合ってあげるから、一緒にお昼しよっ」
「それは私の役だってば」

 水を得た魚のように好き勝手に騒ぐ生徒達。彼女らが言うように鬼道は最近、冥子に避けられているように感じていた。
 一緒に食べていた昼食も今日のように断られることが多くなり、除霊の助っ人も回数が減っていた。
 以前は週に一度は必ず除霊を手伝わされたのだが、一度も無い週もあるようになった。除霊の仕事中もどこかよそよそしく、まともに顔を見てないような気がした。
 生徒の問いに鬼道は何か嫌われるような事をしたのかと考える。だが、心当たりは何も無い。最近の鬼道は首を傾げる回数が多くなっていた。






「職員のお呼び出しをします。鬼道先生、理事長室までおいでください。繰り返します――」

 いつものごとく校内放送で呼ばれた鬼道は理事長室に駆けつける。

「また仕事ですか?」
「そうなの〜。なんだか冥子が困っているようなの〜。行ってくれるかしら〜?」
「場所は?」

 これもいつものごとく紀黄泉に泣きつかれ、二つ返事で頼みを引き受ける。
 場所を聞いた鬼道はさっさと冥子の元へ向かおうと踵を返す。
 その時、ふと気になって紀黄泉に向かい直す。

「あのぉ……理事長はんは知りまへんか?」
「何を〜?」
「なんや最近、冥子はんに避けられとるような気ぃするんや。ボクぅ、なんか冥子はんの気ぃ障るような事したんやろか?」

 どれだけ考えても避けられる理由が出てこない。鬼道は我慢できず、紀黄泉に意見を窺ってみる。

「ふふっ……あははは――」

 鬼道は至って大真面目に聞いたのだが、それを聞いた紀黄泉はさも楽しげに笑い始めた。

「えーっと、何がおかしいんですか?」
「――うふっ……ふぅ、ごめんなさい」

 注意された紀黄泉は必死に笑いを堪えて謝り、質問に答える。

「安心して〜。政樹ちゃんは嫌われてないから〜」

 嫌われてないと言われても、それだけでは納得できない。

「そう言うたかて、今日みたいな仕事も少のうなっとるし……」
「これも政樹ちゃんのおかげよ〜」
「おかげって……やっぱ、ボクのせいなんか……」

 どうも悪い方にしか思考が行かない鬼道を見て、紀黄泉が半ば呆れながら詳しく話す。

「だから、違うの。この前、政樹ちゃんが冥子の目の前で大変な目に遭ったでしょ〜?」

 そんな事を聞かれても鬼道は恥ずかしくて何も答えられない。自分の力不足を指摘されているようなものだ。ばつの悪そうなのを見てさっさと先を続ける。

「あれがいい薬になったのよ〜。冥子が自分のせいで政樹ちゃんに迷惑を掛けたくないってね〜。最近のあの子は私もびっくりするくらいの頑張り屋さんなんだから〜」

 黒鬼の事件以来、冥子の仕事への態度は大幅な変化を見せている。すぐに泣き言を口にするような事も減り、プッツンによる式神の暴走も激減とまではいかないものの確実に減っている。
 娘の成長を喜んで話す紀黄泉とは逆に、鬼道の表情は冴えない。このままでは、今以上に六道家に恩を売る事が難しくなり、冥子との接点も少なくなる一方だ。
 冥子の成長は鬼道にとって手放しで喜べるものではない。それと、頼られなくなると、それはそれで寂しいものがあるのも事実だ。
 鬼道は思案に暮れながら、冥子を助けに理事長室を出た。






「冥子はん、待たせたわ」
「ううん、全然」

 喫茶店で冥子と落ち合った鬼道は改めて冥子の様子を観察する。
 テーブルの上にはコーヒーだけが置かれ、ケーキなどの甘い物は一切オーダーしていない。以前の冥子なら考えられない事だ。
 そのコーヒーにはミルクも入れてなく、苦くて飲めなかったのか、ほとんど手をつけないまま冷めてしまっている。
 先程、喫茶店に鬼道が入って来た時は、以前なら手を振って鬼道を迎えていたものだが、今日は鬼道を一目確認して俯いてしまった。

「ごめんね〜。またマーくんを呼び出したりして〜……」

 今も目を合わせようとしない冥子がはっきりしない口調で迎える。あの元気でマイペースで、ともすると傍若無人にも思えた冥子の面影がこれっぽっちも無い。
 最近、鬼道は冥子と会うたびに謝られているような気がした。そして、死にかけた時の冥子が謝罪する姿を思い出す。遠くなる意識の中で見た、泣き叫びながら取り乱す姿は現実にあったのだ。
 今も冥子がその事に罪悪を感じているとしたら、鬼道への遠慮がちな態度も頷ける。そう考えた鬼道は己の思いやりの無さに内心で毒突いた。

「無理せんでもええよ」
「え?」

 脈絡の無い言葉に、冥子がぽかんとした顔を上げる。
 その間の抜けた顔を見た鬼道は、やはり冥子に悩みは似合わないと思う。

「最近の冥子はんは無理しすぎや。らしくないで。そのコーヒーだって苦くて飲まれへんかったんやろ?」

 冥子はテーブルのコーヒーカップを見たまま黙り込む。鬼道の指摘は図星だった。このコーヒーは冥子が少しでも背伸びしようとした物だった。

「理事長はんに聞いたで。ボクに迷惑掛けたないんやて? この前の事を気にしとるんやったら余計なお世話や。冥子はんは何も考えんと、好きなだけボクを使うてくれたらええ」

 少し乱暴な言葉になってしまったが、感動した冥子はじーんと目頭を熱くする。しかし、すぐに俯いてしまった。

「あん時、自分より冥子はんが痛い目に遭うのが嫌やったからボクは盾になった。この先、ボクがおらん所で冥子はんが怪我するような事があったら、ボクは自分も冥子はんも許されそうにあらへん。そやから、なるべく一緒にいたいんや」

 同じ想いだと知った冥子はついに涙腺の堰を決壊させる。本当は冥子も少しでも多くの時間を鬼道と共に過ごしたかった。

「冥子も同じぃ……! マーくんと一緒にいたかったの。マーくんと一緒にお弁当食べたかったの。でも、怖くてできなかったのぉ……!」

 冥子は鬼道が好きだから避けていたのだ。本当に好きだからこそ臆病になっていた。
 そうとは知らない鬼道は、自分が怖がられていたと思い込み、冥子の気持ちに気付いてやれなかった。
 号泣する声を聞いて店内の客と店員が何事かと二人を見る。ここまで盛大に泣かれるとは思わなかった鬼道は慌てて冥子を宥める。

「分かったから、泣かんといてな? 今度、一緒にお弁当食べよ」
「うん……うん……!」

 小さな子をあやすように言い聞かせると、冥子は泣きながら大きく頷いて答えた。
 冥子の涙を久しぶりに見たような気がした鬼道は、対処に困りながらも一安心した。



 周りから痛い視線を浴びながら泣き止ませた鬼道は、冥子の変わり身の早さに呆れかえる。

「どれにしようかなぁ……よし、チーズケーキでいいかな〜。マーくんは何にする〜?」

 泣き止んだ冥子はすかさずメニューを手に持って、追加オーダーを取ろうとしているのだ。早くも鬼道のツッコミが入る。

「いきなりそれかい! 仕事はどうなっとんのや!」
「もう仕事は冥子が終わらせたわ〜。今日はマーくんに会いたかっただけなの〜」
「はい?」

 ツッコミが通用せず、冥子のボケではない事が判明する。
 思わぬ急展開に鬼道の思考が停止した。
 呆ける鬼道の前で、冥子が赤い顔で両手の人差し指の先を合わせてモジモジする。

「だって〜、マーくんに会うと胸がドキドキして怖いんですもの〜。こうでもしないと怖くて会えそうになかったの〜」

 今回は、鬼道と疎遠になっていた冥子が、寂しさに耐えられずに呼び出しただけだった。
 鬼道が店に入ってきた時の冥子の反応は、この事が大きく影響していた。意味なく呼び出したのでは卑屈にもなるし、会いたいだけなんて理由では恥ずかしくて顔を見れなくもなる。
 鬼道はとんだ思い違いをしていた。冥子は鬼道への罪悪感から避けていたのではなく、恥ずかしくて避けていただけなのだ。それでも、罪悪感が多少は影響していたのは違いないが……。

 唐突な告白に唖然としていた鬼道だが、その言葉の意味する所に行き着いて自問自答する。
 もう一度その言葉を吟味した後、今度は冥子の様子を窺う。そして、結論を出す。確かに冥子は恋心を抱いている、と。

「あー……ボクは怖ないでぇ?」
「うん、マーくんは優しいから好きよ〜」

 状況を把握したのはいいが、いざとなると言葉が出てこない。冥子が見せるはにかむ笑顔に鬼道もつられて顔を真っ赤にする。
 鬼道がテーブルに着いて、どうにもむずがゆい沈黙が訪れそうになった時、冥子が近くに来た店員を捕まえた。

「すみませ〜ん」
「はい」
「コーヒーの取り替えお願いします〜。あと、チーズケーキもお願いね〜。マーくんはどうするの〜?」
「そうやな、とりあえずコーヒー」
「以上でよろしいですか?」
「ああ」

 店員はてきぱきとオーダー票に注文を書き込み、テーブルのコーヒーカップを下げて店の奥に消える。
 再び二人の間に甘くて苦い何とも言えないい空気が流れる。

「コーヒーだけでいいの〜?」
「うん? ああ」

 この後もしばらく、初々しい二人は会話らしい会話を交わせない。

「お待たせしました」

 数分と経たないうちに注文したコーヒーとケーキがテーブルに並べられる。
 鬼道はブラックのままカップを口に運び、冥子の視線から逃げるようにガラス窓から外を眺める。
 冥子はちびちびとコーヒーを飲む鬼道を見ているだけで楽しくて仕方がない。チーズケーキに手も付けず、鬼道の横顔を堪能する。
 そして、日増しの大きくなる想いを再認識するのだった。



 街灯に火が入り始めた夕方、喫茶店から知らぬ間にデートになっていた鬼道と冥子は、ちゃっかりと公園を訪れていた。
 広くて雰囲気のよいこの公園はカップルが集まりやすい。今も二人の視界にカップルだと思われる男女が何組も見える。
 二人は何をするでもなく池の周りの遊歩道を散歩していたが、冥子があるカップルを見て立ち止まる。

「どうした?」

 鬼道が一歩後ろの冥子に振り向く。何かを見ているようなので同じ方を見る。

「人前でようやるわ」

 そこには、ベンチに座って抱き合うようにキスをするカップルがいた。日が暮れて暗くなってきたために人々の行動が大胆になってきていた。
 鬼道はすぐに目を逸らしたが、冥子の視線はそのカップルに釘付けになって離れない。
 鬼道が前を見て足を踏み出そうとした時、後ろから袖を引っ張られる。
 後ろを見ると、冥子が俯いて袖を掴んでいた。

「なんや?」

 尋ねても黙って袖を握るだけだ。おぼろげながらも察しがついた鬼道は恋人らしく振る舞う。

「手ぇでも繋ぐか?」

 それを聞いても冥子は首を横に振るだけで袖を離さない。
 困った鬼道が自由な方の手で頭を掻いていると、冥子が小さな声で口を開く。

「……キス、してもいい?」

 呆気に取られた鬼道は頭に手を置いたまま動けなくなる。
 返事が無い冥子は不安げに瞳を揺らし、おずおずと鬼道を見上げる。
 目が合った鬼道は、男がこんな事でどうする、と己を鼓舞する。
 冥子に向き直り、その涙で潤んだ瞳を優しく見つめる。

「目ぇ閉じぃ」

 言われるままに固く瞼を閉じる冥子は力を入れすぎてしかめっ面になってしまう。
 鬼道はその顔を見て笑みを漏らす。このままでもかわいいと思った鬼道は、構わずに唇を寄せる。
 目を閉じて待つ冥子は期待と不安でいっぱいだった。
 鬼道の気配が近づき、お互いの前髪が触れる。
 体温の混じった暖かい空気が頬に触れ、冥子の頭は真っ白になった。

「――のおああっ!!」

 冥子の数ある式神が怒涛のように現れ、鬼道はその波に呑まれかける。
 緊張が限界に達した冥子はこんな時にプッツンしてしまった。
 夜叉丸を呼んだ鬼道は冷や汗を拭って様子を見る。十二神将は柵や植木をなぎ倒し、破壊活動の限りを尽くしている。ベンチでいちゃついていたカップルは仰天して腰を抜かしていた。
 そして、その中に見慣れないモノを発見して鬼道も仰天する。

「お前まで一緒に何やっとんのや!?」

 鬼道が指す所には十二神将に交ざって暴れている大男の姿があった。

「うむ、我も皆と同じようにせねばならぬ気がしてな」
「気がしただけで暴れるなやっ!!」

 破壊活動の手を休めて冷静に受け答える黒鬼に激しいツッコミが入る。だが、鬼道はそんな事を聞いているのではない。

「お前、冥子はんに使われとったんか?」
「敗れたからには、その方に付き従うのが式神の道理」

 知らぬ間に黒鬼は冥子の式神になっていたのだ。式神は石化したくらいで消滅したりはしなかった。
 鬼道が黒鬼と対していると、横から大声が飛んでくる。

「マーくん!! 危ないから離れてっ!!」

 気が付くと周りは十二体の式神に包囲され、正気に戻った冥子が鬼の形相で黒鬼を睨みつけている。
 黒鬼から話を聞いている鬼道は意味が分からない。

「何を言うとんのや? こいつは冥子はんの式神やろ?」
「ええ!?」

 冥子は全く黒鬼に気付いてなかった。
 思いっきり驚く冥子を見て鬼道が同情の目を向ける。

「完全に忘れられとるで?」
「それでか、我を呼ぶ気配が無かったのは。納得、納得」

 腕組みをして冷静に振り返る黒鬼は精神的にかなりタフだった。人間に媚びようとしない態度がそうさせていた。
 だが、次の冥子の言葉にはショックを隠せなかった。

「仲がいいみたいだし〜、その子はマーくんにあげる〜」
「何!? 我が従うのは強者のみ! このようなこわっぱの下には行けぬ!」
「こわっぱで悪かったな!」
「でも〜、冥子は他の子だけで十分だし〜……」

 普段の冥子は十二神将だけでもうまく使いこなせない。この上、黒鬼が戦力に加わる必要性が感じられない。
 冥子は顎に人差し指を当てながら悩んだ挙句、一つの考えを思いつく。

「――そうだ! じゃあ〜、黒鬼ちゃんに命令〜」

 嫌な予感がしながらも黒鬼は黙って先を聞く。

「今からマーくんの力になり、その力でマーくんを守ってあげて〜」
「して、期限は?」
「ずっとよ〜」

 得意顔で命令をする冥子。
 予感が的中し、黒鬼は顔を険しくする。こんな理不尽な命令では歯向かうしかない。しかし、式神にとって主の命令は絶対だ。
 鬼道の前に無念を滲み出させた顔で歩み出る。

「冥子殿の命令だから、うぬの力になるのだぞ。その事を肝に銘じておけ」

 黒鬼は最後にそう言って鬼道の影へと消えた。強力な式神を借りた鬼道は礼儀も篭めて確認する。

「ええんか?」

 聞かれた冥子は急に表情を曇らせる。

「もう二度と……あんな光景は見たくないから」

 やはり、冥子は自分のせいで鬼道が死に掛けた事を気に病んでいた。今にも泣きそうな表情から、その気持ちを見て取れる。鬼道は返す言葉が見つからない。

「暗くなったし、そろそろ帰ろか」
「そうね〜」

 デートをする気分でもなくなったので、二人は式神を引っ込めて公園を足早に後にする。
 そのすぐ後、公園には何台ものパトカーが乗り入れていた。二人はパトカーのサイレンを聞いて逃げただけだった。




 第五鬼 終


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