椎名作品二次創作小説投稿広場


その光の先に

03-J. S. バッハ: トッカータとフーガ, ニ短調, BWV 565


投稿者名:カラス
投稿日時:06/ 8/ 2

「・・・ルシオラ・・・」

横島はもう一度その名を呟いた。そして一度ゆっくりと目を閉じ、もう一度開いた。

まるで、今目の前にある光景が幻であるかどうかを確かめるかのように。

しかし、彼の目に映る光景は、目をつぶる前と何も変わっていなかった。

真っ黒なボブカットに少したれ気味の眼元が特徴的だった彼女、ルシオラは彼女がいつも見に付けていた戦闘服を着て彼の目の前に立っていた。

「・・・タマモ、シロ。彼女が幻術である可能性・・・いえ、私たちが相手の幻術に取り込まれた可能性は?」

美神が今にも思考停止しそうな頭を無理やり動かして尋ねた。

その問いに、自分の考えを整理するかのように少し間を空けて、タマモが答えた。

「・・・ないわ。幻術に必要な条件にはさまざまな種類があるけど“幻術をかける対象の理解を超えた映像は見せろことができない”の。
テレパシーなどの自分のイメージを相手に伝えるタイプじゃない限りね。
そして、私は彼女を“知らない。”けど見えている。だから、幻術なわけないわ。」

「じゃ、じゃあそのタイガーさんのような人のテレパシーの可能性は無いんですか?」

とおキヌがひどく動揺した様子で問う。

「忘れたの?わたしは最も幻術系に秀でた妖怪の一つ、九尾の狐なのよ。いくらなんでも、かけられたとしたら気付くわよ。
まずかけられないけど。」

「・・・。」

その解答に二人はなんと答えて良いのか分からず、口を閉ざしてしまう。

「美神どの・・・。」

シロがひどく困惑した様子で言った。

「彼女は・・・一体誰なのでござるか?」

美神に質問しながらも、その視線は絶えず横島に向けられていた。

横島は周りがやり取りしている中でも、瞬き一つしないで彼女、ルシオラをずっと見続けていた。

シロの困惑の原因は、ルシオラの存在自体よりも、その存在がもたらした周りの、特に横島の変化にあるようだ。

「・・・・・。」

美神はその問いに答えることができなかった。

“わけが分からない。”

それが今の彼女の気持ちだった。



「ヨコシマ・・・。」

「「「・・・・・!!」」」

そのかすれた、弱々しい声が美神たちの声に届いた。その声は、間違いなく彼女の声だった。

見ると、最初は気付かなかったが、彼女はひどく狼狽しているようだった。顔面は蒼白で下半身に力が入っていず、今も倒れそうだった。

あわてて横島の方を見ると、そこには目を大きく見開いたまま、動こうとしない横島の姿があった。彼女のもとへ行こうとする自分と必死に闘っているようだった。


ドサ・・・!

ルシオラが崩れるように倒れた。

「!」

そのことが引き金になったように、ルシオラのもとに駆け寄る横島。

「よっ・・・!よこし・・・。」

おキヌが横島の名を呼ぼうとして、止めた。まるで呼んでいいのか迷っているように。まるで、自分にはその資格がないと思っているように。

その横ではシロがとてもはかなく、悲しく、寂しびそうな目をしながら見知らぬ女のもとへ駆ける横島の後姿を見つめていた。

この二人とは対象的に、美神とタマモは険しい顔おしながら下を向いて必死に何かを考えていた。

(何?この言い知れぬ不安は。何か、何か重要なことを忘れているような・・・でも、何?)

(幻術ではない、それはたしか。けど、もし変化ならば?
このますます強くなるニオイのせいで、鼻はほとんど利かない。それを利用して・・・いや、それはないわ、変化するためには相手の情報が必要だもの。
・・・・?
このニオイ・・・かなり分かりにくいけど、このニオイは・・・。)




横島とルシオラの距離は、もうあと数メートルも無かった。

「・・・ヨ・・・コシマ・・・」

ルシオラがその苦痛に満ちた顔を上げ、横島に向けて手を伸ばした。

横島が駆け寄り、その手をとろうとした瞬間、

美神、タマモの頭の中に、ある一つの共通した答えが浮かんだ。


”サトリ“


「「!!横島(君)下がって!!!」」

「ヨ・・・コシマ・・・。


死んで♪」

「!!」

ザシュ!!

「横島君!!」

「横島さん!」

「横島!!」

「せ、先生!!」

短い、鈍い音が森中に響き渡る。

彼を心配し、全速力で駆け寄ってくる4つ足音を耳にしながら、横島はゆっくりと膝を着いた。

「!!シロちゃん!タマモちゃん!お願い!急いで!」

おキヌは自分たち人間よりはるかに足が速い2人に哀願した。その声に他人に頼るしかないことに対しての悔しさをにじませながら。

おキヌの声を聞く前から2人は全速力で横島のもとに向かっていた。



血が、ボタボタと地面にたれていく。

横島は左わき腹を押さえながらずっとその者を睨んでいた。

その、ルシオラの姿をした何かを。

「おや、完全に仕留めたと思ったんだけどね。」

ルシオラの姿をした何かは言う。見るとその者の右手だけは彼女、ルシオラの物と違っていた黒い毛に覆われたて、鋭くとがった爪。

肉食獣を連想させるその手は横島の血で紅く染まっていた。

「どうやら、あんたのお友達が忠告してくれるよりほんの一瞬速くにあたしの正体に気付いたようだね。
さすが、恋人同士だっただけのことはあるよ。」

そう言いながらそれは横島の血がついた自分の手を、うれしそうな顔でペロッと舐めた。

「・・・」

横島は何も言わずに、ただそれを睨み続けた。

よほどの激痛なのだろう。横島の顔から冷や汗が滝のように流れている。

「おやおや、えらくがんばっているねぇ。
無理しなくていいのに。本当は泣き叫びたいのだろう?
まぁ、いいさ。今楽にしてやるよ。」

そう言い、その血塗られた右手を高々と掲げ、横島に再度一撃を食らわそうとする。

「あの世で彼女が待ってるよ。」

今まさに、その右手を振り下ろそうとしたその時、

真っ赤に燃え盛る炎の塊がそれを目がけて飛んできた。

完全に不意打ちだったにも関わらず、最小限の動きで後ろに回避するそれ。


「先生!」

横島のもとに駆けつくやいなや傷口を舐めヒーリングを始めるシロ。

が、シロのヒーリングでは文字どうり気休めにしかならないようだ。

シロが傷口を舐めている間も血はどんどん流れていった。

シロの口の周りに血がべっとりとこびりついている。

が、シロは決して止めようとはしなかった。何度も、何度も舐めていた。

「タマモ!狐火をどんどん放り込んで、あいつを下がらせて!」

ようやく追いついた美神が叫んだ。

おキヌも横島とシロとのもとへ着いたと同時に傷口に両手の平を押し当ててヒーリングを開始した。

おキヌのヒーリングはシロよりもはるかに効果があるようで、だんだんと出血が収まってきた。

その脇から、なおも必死に傷口を舐めるシロ。

「シロ!!横島君はおキヌちゃんに任せてこっちに来て!!」

美神が神通根を発動させながら叫んだ。

「おそらく、こいつは多人数で同時攻撃しないと勝てない!」

「えぇ。ようやく分かったわ。」

とタマモ。

「こいつの正体は、猫又よ!」

その言葉を聞きにやっと不気味に笑う猫又。

次の瞬間、そこにはルシオラはいなく、真っ黒な毛に全身を覆われ、尻尾が四本生えた猫のような姿の女が立っていた。

「・・・・っ貴様―――!!!よくも先生を!!」

手に霊波刀を携え猫又に向かって突進していくシロ。

そして人狼の脅威的な瞬発力で一瞬のうちに間合いを詰め、その勢いに任せるまま相手に切りつけた。

が、またもや最小限の動きでよける猫又。

「!?」

自分の会心の一撃を意図も簡単に、華麗にかわされ驚愕するシロ。

「落ち着きなさい!!こいつは一人では勝てないって言ってるでしょ!!」

美神の怒号が飛ぶ!

「“あいつ”がいる限り、私達の手の内はそいつに筒抜けよ。」

そういいながら自分たちのはるか頭上にいる“あいつ”を指差すタマモ。

見ると、円形にぽっかりとあいた星が煌めく夜空にある一つの影、馬のような頭のみの妖怪、サトリが不気味な笑みを浮かべながら浮いていた。

「うっかりしていたわ。私たちはそもそもそいつを討ちにここに来たのに。」

と美神が苦虫を噛むような顔で言う。

「あいつが私たちの心を読み、猫又にそれをそのままテレパシーで送る。
そして猫又は私たちの予想を超えた人物、攻撃しにくい人物に化け、おびき寄せ、始末する。」

「変化はその化ける対象の情報が多ければ多いほどその完成度をます。
姿、ニオイ、触感・・・頭の中の情報をそのまま使って変化すれば、
“その人の頭の中にいる人”そのままの姿になる。
おまけにこのニオイ、このニオイのせいでわずかに残った正体のニオイも掻き消されてしまう。よく考えてるわね。」

とタマモ。

「かの九尾の狐にお褒めに預かり光栄だね。
そこのボウヤは一回この・・・ルシオラだっけ?その妹が化けてたのを一目で見破ったようだけど、さすがに自分の記憶道理の姿そのままに変化されちゃあね。」

猫又がさも愉快そうに言う。

「くっ・・・シロ、同時に突っ込むわよ。タマモ、援護してちょうだい。」

美神がより動きを捕らえにくいムチ状に神通根を変化させながら2人に指示を出した。

「気をつけてね。猫又のしっぽは九尾のそれ同様、霊力の強さを現すもの、あいつは四本もあるわ。」

「ふん、猫又なんぞに遅れをとってなんかいられるもんですか。
いくわよ!!」

美神の掛け声と共に再び駆けこむシロ。

美神も相手の間合いを詰めつつムチで攻撃する。

同時にタマモも狐火で相手を攻撃し、かく乱させようとした。

が、またもやまるでムチの到達ポイントが頭に入っているかのように器用にその地点を避ける猫又。

そして、狐火もムチのおうしゅうをかいくぐりながら、完璧にかわしてしまった。

「!?」

あまりに完璧なかわし方に驚愕してしまう美神。

「いぃやぁぁ!!」

シロが、霊波刀を大きくかかげ、右足で踏み込み、腕だけでなく全身を使って霊波刀を振り下ろした。

が、それをも身体を半身そらせるだけで交わしそのままその反動を使ってシロに手刀を突きつけた。

「!」

シロは身体をひねり、懸命にかわそうとした。

が、まだ攻撃の途中なのでシロの超人的な反射神経でもかわしきれるはずもなく敵の爪がシロの左肩をえぐっていった。

「ぐっ・・・!」

予想外のダメージをうけ、ひとまず相手との間合いを空けるシロ。

いや、主人である横島がやられ頭に血が上っているシロを、彼女の中に宿るハンターの血が彼女を下がらせた。というのが正しいか。

「どういうこと?」

美神はひどく困惑していた。

さすがに数々の激戦を潜り抜けて来たために、相手に悟られぬように無意識のうちに顔には出してはいないが、それでもひどく困惑していた。

(なぜこうまで私たちの行動が読まれているの?サトリは・・・)

「“一回につき一人の心しか読めない。”とお前は思った。」

「!!」

驚いて頭上を見上げると、サトリが笑い声をあげていた。

「そう、たしかに俺は一人の心しか読めなかった。が、今の俺は複数の心が同時に読める。」

「なっ・・・!そんな・・・」

「“そんなばかな!!”・・・か?」

と言ってまた不気味な笑い声をあげるサトリ。

「まぁ、信じられないのも無理はないさ。おれ自身、なぜ急にそうなったかまったく分からないのだからな。
けどしょうがない。それが事実なのだから。」

(・・・たしかに、いまは何故そうなったかを考えている場合ではないわ・・・・。
・・・でも、そうすれば・・・。)

美神は必死になって起死回生の手段を考えていた。


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