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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter3.EMPRESS『侵食する黒』


投稿者名:詠夢
投稿日時:06/ 5/15


「ッ…キャ───ァッ!!」

「今の悲鳴は…!!」


浴場に反響する悲鳴に、刻真の顔に緊張が走る。

そして、その横を。


「おキヌちゃん、どうしたぁ──ッ?!」


雄叫びをあげつつ横島が、超加速もかくやといわんばかりの勢いで駆け抜けていく。

目指すは、男湯と女湯を隔てる壁。

辿り着くやいなや、ましらの如き動きで登っていく横島に、刻真も声をかける暇がない。

乙女の危機を救うという大義名分を得て、蛮勇は今まさに、文字通り立ちふさがる壁を乗り越えて栄光へと─。


「横島進入禁止ィ───ッ!!!」

「ブギャゥッ!?」


何かがその顔面へと激突。

哀れ蛮勇は落ちてその命を散らし……てはいないが、もんどりうって転がる。


「ぐああッ、目が、目がァ─ッ?!」

「ふん!! まったく油断も隙もない!!」


そう言って、壁の上から見下ろしてくるのは、横島を突き落とした鈴女。

ごろごろと無様にのたうちまわる横島に、びしぃっと指を突きつける。


「羽より軽い理性しか持たぬ邪悪な輩は、この鈴女がぼっこぼこにしてやるから覚悟せよ!!」

「い、いや、そうじゃねぇ…!! 今はマジな場面で…!!」


どうやら、横島がおキヌらの危機をこれ幸いに煩悩を暴走させたと思ったのは、勘違いだったようだ。

日頃の行いは大切である。


「鈴女、そっちはどうなってる!?」


横島に任せてても話が進まないと判断し、刻真が鈴女に訊く。


「って、刻真…やっぱり男だったのね。ちょっとがっかり…しかも顔に似合わず意外と─。」

「見るなッ!! じゃない、いいからそっちの状況は!?」


刻真が訊いても話は進まなかったっぽい。

腰にタオルを巻きつけて、再度問いかける刻真に鈴女は平然と。


「大丈夫。いきなりアクマが出てきたからおキヌちゃんが驚いただけ。こっちには小竜姫様もパピちゃんもいるし、平気よ。」

「アクマが?! ─ッ!!」


刻真が驚愕の声をあげると、男湯側のほうにも異変が起こる。

湯の中から、青白く細長い体の妖魔『ヴォジャノーイ』と、ぬるりとした体表面の半魚人こと妖鬼『アズミ』が群れをなして現れる。

さらに何も無い中空が歪むと、そこに蝙蝠の翼と股間に象徴的な角をもつ夜魔『インキュバス』がこれまた群れで現れた。

瞬く間に、浴場を異形の群れが埋め尽くしてしまった。


「な、なんじゃ─ッ?!」

「くッ!!」


だが、刻真たちの驚愕はそれだけでは終わらない。


「ヨコシマ、コクマ!! おかしいヒホ!!」

「ノース?! どうした!!」


見れば、出口側の方にいるノースが、あわあわと手を振り回して慌てている。

よく見れば、ただ振り回しているのではなく、脱衣所への扉を開けようとしているのだが、その手がなぜかドアに届かない。

まるで蜃気楼のように。


「外に出られないヒホ!! おまけに、さっきまでいた人たちが皆いなくなっちゃったヒホ!!」

「ッ、そういえば…!」


辺りを見回せば、視界にいるのはアクマばかりで、一般客の姿はない。

そもそも一般客が残っているなら、とっくにパニックになってるはずだ。


「やっぱり…女湯側も同じなのよ! 奴らが現れてからこっちも出られなくなっちゃったの! 天窓も無理だったわ!」


鈴女が、ちぃっと舌打ちする。

湯気に曇った鏡に刻真が手をそえるが、曇りは晴れない。

よくよく耳を澄ませば、向こう側から爆発音などが聞こえてくるが、振動も破壊も感じない。

空間も、やけに広くなっている気がする。


「位相がずれて…結界─いや、殺界か…!!」

「つまり閉じ込められたってことか!? どーすんだよ、この数!!」

「どうするもこうするも、切り抜ければいいだけの話だ!!」


霊波刀を構えて叫ぶ横島に、迷わず即答する刻真。

とは言ったものの、と少しだけ眉を寄せる。

多対少での戦いにおいて、絶対に避けなければいけないことの一つに、動きを止められることがある。

動き回っていれば、相手を混乱させることも、上手くすれば同士討ちだって狙える。

だが、足を止められれば、続けて腕が、体がと次々に拘束され封じられ、あとは嬲り殺されるのを待つだけとなる。

以前に、刻真が圧倒的多数を相手に立ち回れたのも、場所が広い公園だったからというのも一つの要因だった。

対して、今回の場所は屋内、しかも銭湯と言う足場の悪さも手伝って、状況は最悪だ。


(…って、嘆いたところで仕方ないだろ!!)


己の心を叱咤し、刻真は右手に意識を集中する。

刹那の光の後、刻真の腕と同じ長さほどの銃身を持つ漆黒の魔銃『偉大なる光輝』がその手に現れた。


「やるぞッ!!」

「お、おうっ!!」


刻真の呼びかけに横島が応え、まずはノースのもとに向かおうと─…


「?! ッ、がぁッ…!?」


飛び出しかけた刻真の体が、急にその場に頽れる。

がくっと、糸が切れたように座り込んでしまった刻真に、横島が当惑する。


「お、おい!! どうした、刻真?!」

「ぐ…は、あぁ、が…ッ!!」


しかし、それに答える余裕は刻真には無かった。

明滅する視界の中、がくがくと激しく震える手を見れば、じわりと黒い色が広がりつつある。

魔銃から染み出した、黒い色が。


(そん、な…限界が…ッ!? ま、…まだだ!! もう、少しだ、け…もう、少し…ッ!!)


心に強く念じるも、その心すらその漆黒の色の中に溶け込みそうな感覚が襲ってくる。

視界すら、徐々に端から黒く塗りつぶされようとしている。

意識が『侵食』され始めていた。

幸い、横島からは位置的にそれが見えていないらしい。だが、このままでは最初に『壊れる』のは間違いなく横島なのだ。

だからこそ、刻真は強く、強く懇願する。

頼む、あと少しだけ。





          ◆◇◆





一方、女湯側では。


「キャー!! イヤァーッ!?」


おキヌが半泣き半裸状態で逃げ惑っていた。

それも致し方なし。なぜなら後ろに迫るのは、股間から長大な角を反り返らせた夜魔『インキュバス』が。

もしかしたら、アレは角でなくケースかもしれない。年頃の乙女たるもの、決して捕まるわけにはいかない。

と。


「この…セクハラアクマがァァァ──ッ!!」

「グケェェェッ?!」


胴を横薙ぎにされ、塵へと帰すインキュバス。

霊波刀を抜き払った姿勢で、シロがおキヌを見る。


「大丈夫でござるか、おキヌどの!!」

「あ、ありがとう、シロちゃん。…ううう、もぉ嫌…!」


おキヌは、心底情けないといった表情で嘆く。

アクマが出た直後、皆がそれぞれに戦闘態勢に入る中、おキヌもそれに倣おうとして─…ふと気付いた。

自分は今、入浴中であって着替えその他の荷物は外にあるわけで常日頃持ち歩いているネクロマンサーの笛も風呂場には持ち込めなくて。

戦力外。

自分の現在の立場、その事実を悟った瞬間、おキヌはつくづく非力な自分を呪う絶叫をあげた。

以前、カマソッソさんに対して「足手まといにはならない!!」とかほざいていたのは他ならぬ私です。

そんなこんなで自己嫌悪に身悶えながら戦闘突入。

結果として彼女はシロに庇われながら、時折桶や手近なものでちまちまと攻撃と退避を繰り返すばかり。

しかし、それ以上にイヤなのが─。


「オンナーッ!!」

「!! ッ、シロちゃん、危ない!!」


シロの背後にむけて飛び掛るインキュバス。

だが、横から放たれた炎がそれを吹き飛ばす。


「ったく、ボケっとしてんじゃないわよ、馬鹿犬。」

「オオカミでござる、この女狐!! って、聞いてるでござるか、タマモ!?」

「はいはい。……それより見てよ、あいつら。また…。」


タマモが指差したその先。それを見て、おキヌもシロも顔をしかめる。

一列に並んだインキュバスの群れが、ラインダンス宜しく足ならぬ腰を動かして踊っている。

その目ときたら、いやらしく垂れ下がり、はっきりいって見苦しい。

そう、おキヌが嘆いている理由の大半はこれ。

入浴中であった自分達に興奮したのか、インキュバスが次から次へと仲間を呼んでは、セクハラそのものの動きで追ってくるのだ。

ちなみに、他のヴォジャノーイや、アズミなどは小竜姫とパピリオが現在殲滅している真っ最中だ。

さすがに強力すぎる戦闘能力を持つ彼女らに迫ろうなどという蛮勇は、一部を除いていなかった。それでもいたのが凄いと思う。

とにもかくにも、あのセクハラ変態集団…もとい、インキュバスをどうにかしなくてはいけない。


「もう、最悪……横島と気が合うんじゃない、こいつら。」

「失敬な事を言うな、タマモ!! 先生はこんな街中歩いたら五秒で捕まるような輩どもとは違うでござる!!」


投げやりにぼやくタマモに、聞き捨てならんとシロが噛み付く。

おキヌも大きく頷いて。


「そうよ、タマモちゃん!! 横島さんはこんな乳尻フトモモを狙って血走った目で迫ってくるようなセクハラさんじゃ! …えと。」

「おキヌどの? 何で目を逸らすでござる? こっちを見てくだされ!! 違うと言ってくだされー!!」


必死にフォローを求めるあたり、シロも不安いっぱいの様子。





ドォンッ、と派手な音とともに、数体のアクマがまとめて消滅する。


「ふう…こっちは片付いたでちゅよ、小竜姫。」

「こちらもあらかた終わりました。」


パピリオに、神剣を鞘に収めながら答える小竜姫の足元には、切り刻まれたアクマたちが徐々に塵へとなっていくところだった。


「んじゃ、あとはあそこに溜まってるアレだけでちゅね。」

「アレ、ですか…。」


小竜姫はイヤそうに顔をしかめて、パピリオの見ている方向を見る。

変態…もといインキュバスのラインダンスも最高潮に達しているらしい。両足ともう一本を使って激しく踊っている。

そして、そこから飛び出していく者たちから、次々にシロの刃とタマモの炎によって無へと帰されていく。


「あの二人に任せていてもよさそうな…。」


正直に言えば、あんなもの斬りたくも無い。

小竜姫のそんな内心を知ってか知らずか、パピリオは軽く肩をすくめる。


「ま、それもそうでちゅね。でも、降りかかる火の粉ぐらいは払わなくちゃいけないでちゅよ?」

「わかってます。」

「オンナー!!」


ふうと溜息をつく小竜姫の頭上から、一匹のインキュバスが踊りかかる。

が、小竜姫はそちらを見もせず、眉一つ動かさず、神剣を持つ手をただ一度だけ振るう。

ぐらりとよろけるインキュバスの体は、目標まで届くことなく、ゆっくりと正中線から二つに割れていく。


「貧乳…ロ、リータ…!!」

「誰が貧乳ですか!!」

「すぐにおっきくなるでちゅ!!」


哀れ、末期の時まで煩悩色の台詞を吐いたインキュバスは、続けて振るわれた目にも映らぬ速度の剣によって粉微塵。

さらに霊波砲によって完膚なきまで灰燼となった。


「甘いわね。私なら、生まれてきたこと、存在それ自体を後悔するような目に遭わせながら殺るわ。」


無残極まる死に様を晒した夜魔に、さらに唾を吐き捨てるように言ったのは、ふわりと舞い降りてきた鈴女だった。

タオル代わりにハンカチをその身に巻いた彼女に、小竜姫が顔を向ける。


「鈴女、男湯のほうはどうでしたか?」

「んー、横島の奴はさすがというか何と言うか、自信を持つだけのことはあったわ。刻真は刻真で、顔に似合わずごっつい…。」

「そんな事を聞いてるんじゃありませんッ!!」


つらつらと述べられる鈴女の『御感想』を、顔を赤らめながら遮る小竜姫。

パピリオはふんふんと興味深げに頷いていた。


「と、とにかく、男湯側の状況を!!」

「敵は一杯、外には出られず。こっちと変わんなーい。さらに言うなら、男湯側と女湯側で行き来も出来なかったわ。」

「え? でも、さっきヨコシマの声がしてたでちゅよ?」


パピリオが言ってるのは、さきほど横島が鈴女に突き落とされたときのことだろう。


「んー…あの壁の上までならいけるの。でも、そこから向こう側に降りようとしても降りられなかったわ。」


降りても空間が捩れているようで、すぐに元の位置に戻されてしまう。

ちなみに、横島にとどめを刺そうとして、鈴女はこのことに気付いたらしい。


「それじゃあ、向こうへの加勢は…。」

「無理だと思うよ。というか、仮に行けたとして、その格好で行くの?」


言われて小竜姫は自分達の格好を見て、首を振る。

戦闘においてはほとんど苦戦しなかったが、それでもわずかにかすめていく攻撃はあった。

そのせいで、小竜姫やパピリオ、むこうにいるシロたちのタオルは、結構ボロボロになっていて、体を隠せてない。

こんな状態で男湯側になんて、無理。


「でも、横島は煩悩が高まって、強くなるかもでちゅよ?」

「だからって、こんなはしたない格好…─ッ!?」


それは突然だった。

ふいに押し寄せた異様な気配に、身を竦ませる三人。視界の端で、シロたちや果てはインキュバスまで動きを止めているのが見えた。


(これは…この感覚は!! あの、ときの…!!)

「─……アシュ様…?」

「ッ?!」


呆然と呟かれた言葉に、小竜姫は目を剥いて隣のパピリオを見る。

彼女は、ただ壁を、男湯側のほうを凝視している。

だがしかし、やがてその首がゆっくりと横に振られ、怯えるように震える口元が小さく動く。

違う、と。

小竜姫はそれもそうだと思う。

この気配は、あの魔王よりも深く黒く重く強く、なによりも禍々しく狂わしい。

以前に感じたときよりもなお。

沸き起こる感情に、ふいに小竜姫はあのとき急に気を失った理由を理解した。

畏怖したのだ。慄いたのだ。

自らの理解を超えたものが蠢いているその気配に、かちかちと歯が鳴る。


「……刻真さん…!」


無意識のうちに、小竜姫は彼の名を呟いていた。





          ◆◇◆





誰かに、名を呼ばれた気がした。

錯覚かもしれなかったが、おかげで一瞬自我を取り戻した刻真は、襲い来る侵食されていく感覚を一気に押さえ込む。

ようやく、わずかに体の自由が戻ってくる。

まだ、立ち上がれるほどではないが、徐々に四肢に力が通っていく。

先ほどから、必死に自分を呼んでいる横島を見上げる。よかった、視界は元通りだ。


「だ、大丈夫…!! それより、気を、つけろ…!!」

「大丈夫って…んなわけあるか!! くそッ、来るなら来やがれ!!」


立ち上がることすらままならない刻真を庇うように立ち、横島は周囲のアクマたちに向かって吠える。

それが多分に強がりを含んだ台詞だとしても。




「そうやって強がっちゃうのが男の子、よねぇ?」




小さな呟きのようで、はっきりと耳に響いた鈴を転がすような声。

その声に弾かれるように横島が視線を向けた先には、銀色の長い髪を湯に流しつつ少女が湯船に腰掛けていた。

一糸纏わぬ姿で。


「でもぉ、その強がりはちょぉっと無謀、かな?」


ふふっと小悪魔的で蟲惑的な笑みを浮かべるのは、幼いといってもいい顔立ち。

それでいて、その体つきたるや胸はたわわ腰はくびれ、神が丹精込めて練り上げた極上の美がそこにある。

しかし、横島は微動だにしない。

瞬きすらも忘れ、まるで時が止まってしまったかのように動かない。


「……ヨコシマー?」


さすがにおかしいと感じたノースが、首を傾げた瞬間。

風が吹いた。


「混浴歓迎御一緒しませうぅ────!!!」

「見境なしかァ──ッ!!」


風を打ち落とす、光速の拳。

血の帯を引きながら、壁に叩きつけられる横島。だが、刻真もまた力尽き、ふたたび膝を折る。


「ぐッ、はぁ…はぁ…うぅ!!」

「……そこまでしてボケるのも男の子、てやつなのかしらね?」

「ボケたいわけじゃない!! ぐ…、お前がこいつらのボスか…!」


気を抜けば途切れそうな意識を繋ぎとめ、なお強い光をこめた眼差しで少女を見据える刻真。

それに対し少女は、わずかに嘲りの笑みを浮かべる。


「あん、ボスだなんて野暮ったい…私の名前はぁ、クローセルって言うのよ、ね?」


堕天使『クローセル』の愉快気に細められた琥珀色の瞳が、妖しく輝いた。


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