椎名作品二次創作小説投稿広場


ニューシネマパラダイス

トラトラトラ!


投稿者名:UG
投稿日時:06/ 4/ 2

 ※今回はオムニバスです






 【第1話】11人いる?




 圧倒的な力に満たされた空間
 立ち並ぶ高位の存在に囲まれ、その神族の女性は極度の緊張に耐えながら報告を行っていた。

 「前回の事件で辛うじて秩序が守られたのは、人間の力による所が大きく・・・・・」

 彼女が手元の端末を操作することで、空中に像を結んだ映像が次々に切り替わる。
 それを説明する彼女の口調にいつものフランクさは無い。
 チャンネルの遮断により直接見ることが無かった光景に、一部の神族から驚きの波動が伝わってきた。

 「・・・以上のことから、これからのデタントの維持には、魔界、神界だけでなく人間界との交流も不可欠と考えられます。彼らと共に戦った者として提案します!」

 ここで彼女は一旦言葉を切り、彼女を取り巻く高位の存在に視線を向けた。
 彼女に合わせ高位の存在は放射する霊力をセーブしている。
 にもかかわらず、圧倒的な霊力差に彼女は朧気な輪郭でしかその存在を捉えることが出来なかった。
 高度な感覚器官を無数に持つ彼女にとって、その行為は直接太陽を凝視するに等しい。
 しかし、彼女は自分の真剣な気持ちを伝えようと、焼け付きそうな視神経の痛みに耐え続けた。

 「これからの神界、魔界を背負うべき若い世代。彼らと人間界から選出した霊能力者に閉鎖空間で共同生活をして貰います。もちろん、乗り越えるべき困難を用意した上で・・・。その困難を無事に乗り越えた者たちを、これからの未来の担い手として・・・・」

 「その困難とはどういったものかね?」

 一番末席の神族が彼女の提案に疑問を投げかける。
 高位の存在が直接質問することは無く、彼のような役割の者が両陣営に存在していた。

 「私は前回、種族の差を乗り越え、お互いを信頼する強い絆の持つ力を目の当たりにしました。今回のプロジェクトではその事を試すため・・・・・・」

 彼女の提案を聞き、両陣営から感嘆の声があがる。

 「面白い試みです。我が陣営はキミの提案に賛成しましょう」

 魔族側の発言担当が上位の存在の意思を彼女に伝える。
 その言葉を聞き彼女の表情が輝いた。

 「あ、ありがとうございますなのね〜」

 つい口にしてしまったいつもの語尾に、彼女は慌てて口に手を当てる。
 そんな彼女に向けて、神族側の発言担当が上位の存在の意思を伝える。

 「気にすることはないよ。ヒャクメ捜査官。キミの提案は正式に認められた」

 ヒャクメにも感知できない速度で、高位の存在同士の意思の疎通が行われる。
 それを受け、神界・魔界の発言担当が全く同じ内容の言葉を口にした。

 「「1週間後、両陣営が選抜した人員に、今回のプロジェクトに参加して貰う・・・閉鎖空間の設置は妙神山にて斉天大聖が行い、キミには企画発案者として彼らが乗り越えるべき課題のシナリオを一任する。以上」」

 両陣営からの言葉に深々と頭を下げると、ヒャクメは接見のための空間を後にした。









 妙神山
 3人の人影が山門の前に立っていた。

 「すっごい山道だったノー」

 「あれ?お前、初めてだったっけ?」

 山道に弱音を吐いたタイガーに、何度目かの来訪となる横島が意外そうな視線を向ける。

 「エミさんが修行に来たって聞いていたから、お前もてっきり来たことがあると思ってたよ」

 「先生!拙者も初めてでござる!どんな修行が出来るかすっごい楽しみでござるよ!!」

 三人目の人影であるシロが、妙にはしゃぎながら横島の腕にすがりつく。
 命がけの修行を散歩の延長くらいにしか考えていない自称弟子に苦笑しつつ、横島は今回の目的について口にした。

 「今回は修行じゃないって美神さんが言ってただろ・・・タイガーは何か聞いてるか?」

 「エミさんは、行けばわかるとしか言ってくれんかったしノー」

 「俺たちもなんだよな。かなり大がかりなイベントらしい事はわかるんだけど、一体何をやらされるんだか・・・」

 横島はすっかり顔なじみになった門番の鬼から、それとなく事情を聞こうとする。

 「お前たち何か聞いてないか?」

 「・・・・・・・・・・・・・・・」

 門番は何も答えず、ただ無言で左右に開く。
 そこには見覚えのある人物が立っていた。



 「小竜姫様!!!」

 超加速もかくやというスピードで小竜姫の手を握る横島。
 その喉元に神剣が突きつけられる。

 「相変わらずですね。でも、選ばれた参加者の中に横島さんがいて安心しました・・・こちらへ来てください」

 顔色を変えた横島に笑いかけると、小竜姫は3人を訓練場の方へ案内する。
 施設内に設置されたゲートの前に立ち、小竜姫は表情を引き締め大きな声で宣言する。

 「良く来てくれました。あなた方3名は、これより他の選抜メンバーと共に合同演習に参加して貰います」

 「「「合同演習!?」」」

 はじめて聞いた事実に3名が素っ頓狂な声をあげる。

 「ええ、このゲートの先にある訓練施設で【10名】の訓練生と共同生活を送ってもらいます。演習とはいえ中の空間で起こるトラブルはかなりの危険を伴います。皆さんにはコレを・・・」

 小竜姫が指先を鳴らすと、3名の左手首にブレスレットが巻き付く。
 中央には目のような刻印が施されていた。

 「それは皆さんの状況をモニターする為の装置です。万が一リタイアしたくなったら中央の刻印に触れリタイアの宣言を行ってください。その場合、今回の合同演習に参加した全員がリタイアとなり、演習はすぐに中止となります」

 予想もしなかった事態に3人は大きく喉を鳴らす。

 「拒否権は無いんですか?」

 「え?既に契約金は雇用者である美神さん、小笠原さんを通じて支払われていると聞いてますが・・・」

 小竜姫の一言に、3名は顔におどろ線を浮かべ大きなため息をつく。
 拒否権は最初から与えられていないに等しかった。

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」


 気まずい沈黙が妙神山に満ちる。
 だが、今回のプロジェクトは3界の未来を占う意味でも注目を浴びている。
 今更の中止は出来るはずも無かった。

 「・・・な、何か複雑な事情があるようですが、とにかく健闘を祈ります。頑張ってくださいね」

 小竜姫は心を鬼にしてゲートを開放し、ドナドナ状態の3名を異空間に送り込んだ。





 「横島さんが選ばれていたのはラッキーだったのね〜」

 ゲートが閉じた瞬間、小竜姫の背後にヒャクメが転移してくる。

 「ヒャクメ、あなたは知っていたのですか?」

 だまし討ちのように3人を演習に参加させた釈然としない気分。
 小竜姫は企画発案者であるヒャクメにその思いをぶつけた。

 「私は仕掛けたイベントを知っている以上、それを受けるメンバーについてはタッチ出来ないのね〜。参加メンバーも今やっとわかったくらいなのね〜」

 ヒャクメは与り知らぬ事だという風に慌てて両手を振る。
 しかし、不安材料だった人間界の参加者に前回の功労者の姿を見つけ、ヒャクメは密かに安堵していた。
 デタントに関わる提案が採用されたのは情報担当としては名誉なことである。
 彼女にとってこの企画は是非とも成功させたいものだった。

 「参加者の選抜と交渉は別な者の仕事なのね〜。だけど、意地っ張りな雇い主と、悪ぶった雇い主の気持ちならある程度は想像つくのね〜」

 「どういう事です?」

 「今回の企画をやり遂げた者に与えられる権利と義務はあまりにも大きいのね〜」

 「それだからこそ、事前にソレを知らされないのは問題じゃないんですか!」

 小竜姫はヒャクメの言っている事が理解できず苛立ちの表情を浮かべる。

 「知らないからこそ、自分の身が危なくなったらすぐに撤退できるのね〜。余計な欲は時として判断を鈍らすのね〜」

 「それならば何故参加を?契約前ならば断れるのでは」

 「私たちと同じなのね〜」

 ヒャクメの言葉を小竜姫はようやく理解する。
 美神とエミは己の従業員を信じているのだ。
 そして、新たな世代が作り出す未来を見たいと思っている・・・自分たちと同じように。

 「お茶でも入れましょう。私たちには信じて待つしか出来ないんですから」

 小竜姫はようやく肩の力を抜くと、ヒャクメを応接間に案内した。













 灼熱の太陽が肌を焼く。
 転移を終えた横島たちは目の前に広がる砂漠に言葉を失っていた。

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」

 見渡す限りの砂、砂、砂。
 横島はため息をつき、力なく笑うと隣りに立つ二人に話しかける。

 「えーっと、とりあえずリタイアってことでいいかな?」

 「・・・すぐに帰って、『契約金返せ!』とか、言われんかノー?」

 タイガーが言わんとしていることを瞬時に理解し、横島は更に大きなため息をつく。
 その隣では、シロが風に含まれる微かな湿り気に鼻をヒクつかせていた。

 「先生、微かに水の匂いがするでござるよ! 先ずはソコを目指すのはどうでござるか?」

 「そうだな・・・少なくとも他の仲間と合流するまでは頑張ってみるか」

 横島はそう言うとトボトボとシロの指さした方角へ歩き始める。
 小高な砂丘を乗り越えると、少し先にオアシスらしき緑とピラミッドのような建築物が確認された。
 先程は砂丘の死角になっていたため気がつかなかったが、小一時間でたどり着ける場所に水の存在を確認でき横島は安堵の表情を浮かべる。

 「最初はどうなるかと思ったけど何とかなりそうだな!」

 「そうでござろう!」

 途端に元気になった3人は、元気を取り戻し一路オアシスへ向かう。
 しかし、その場で彼らを待っていたのは本格的な困難への入り口だった。







 「先生? なんで隠れながらオアシスに近づくのでござるか?」

 茂みに隠れるように移動する横島の後ろで、シロが先程から浮かんでいた疑問を口にする。
 横島は口元に人差し指を当てると声を潜めシロに囁く。

 「お約束だ・・・オアシスと言えば水浴び! 詳しくは4巻のおまけを見ろ!」

 「うう・・・何かよくわからんでござるが、先生が最低な事だけは想像できたでござるよ」

 横島は合流する仲間の水浴びシーンに偶然遭遇することを期待しているようだった。
 しかも、このシチュエーションならばのぼせて介抱される心配は無い。

 パシャッ!

 その期待通り、茂みの向こうから水音が聞こえる。
 そっと茂みから覗いた横島の目に女性らしき人影が映った。

 「せ、先生!」

 お約束通りの展開に固唾を飲んだ横島の隣で、シロが慌てたような声を出した。

 「うるさいぞ!シロ!これも霊力補給に必要なお約束ってことで・・・・・」

 「ほう!お前はこんな事で霊力補給ができるのか・・・」

 「ああ、俺の煩悩は・・・・・って! わぁッ!!!」

 聞き慣れない声に視線を向けた横島が驚きの声をあげる。
 隣では体を鱗に覆われた魔族の男が、横島と同じように茂みの前にかがみ込んでいた。
 その男は腰を抜かしそうになった横島に笑いかけると、左手のブレスレットを横島にかざす。

 「俺の名は【ヌー】今回の演習を受けるメンバーの一人だ」

 「魔族がメンバーに混ざっているのか・・・・」

 呆然とヌーを見つめる横島の近くに、新たに3人の気配が出現する。
 一人は水浴びをしていた女性型の魔族、あとの二人は赤い鼻の目立つ男性型と、岩石のような鉱物型の魔族だった。

 「どうした? ヌー」

 「どうやらお仲間と遭遇出来たらしい」

 ヌーは、水浴びを切り上げた仲間の魔族に横島の存在を指さす。
 半裸に近い姿の女性型の魔族に、横島は5割り増しの笑顔を浮かべその肩を抱いた。

 「どうやら僕たちは不思議な運命によって出会ったみたいですね。そうだ、お近づきの印に背中でも流しましょう!さ、遠慮なさらずに!!」

 女性型の魔族は、横島のセクハラに声をあげて笑う。
 今までに無い反応に、横島の方が呆気にとられるリアクションだった。

 「魔族にビビら無い所が気にいったよ人間! そうでなくては戦友として共に困難をくぐり抜けられないからな。私の事は【フロル】と呼んでくれ」

 こう言うとフロルは横島の背を軽く叩く。
 魔族のパワーに横島の体は軽々と吹っ飛ばされたが、赤鼻の魔族がつんのめった横島の体を優しく受け止めてやった。

 「おっと! すまんな、がさつな仲間で・・・俺の事は【赤鼻】と読んでくれ」

 「え、あ、ありがとうございます・・・」

 意外なほどフレンドリィな魔族たちに、横島は軽いデジャブに襲われる。
 そんな横島の目前で、鉱物型の魔族が手をヒラつかせた。

 「大丈夫か?」

 「え、あ、はい・・・」

 「俺は【石頭】、お前たちの事は何て呼べばいいんだ?」

 鉱物型の魔族の言葉に、横島は追憶から戻され自己紹介を始める。
 しかし、その口調は過去の記憶を引きずっている様だった。

 「俺の事は【タダオ】でいいっス! コイツは俺の弟子で【シロ】、そして・・・・」




 「認めん! 私は認めんぞっ!!!」

 仲間を紹介している途中の横島に、泉の反対側から怒号が巻き起こる。
 突如として姿を現した神族が、感情をむき出しにして叫んでいた。

 「今回の演習を成し遂げた者は両陣営において重要な地位が約束される! そんな重要な演習の運命共同体に何故脆弱な人間がいるというのだっ!!」

 「誰だアイツ・・・」

 上からモノを言うロン毛の神族の登場に、横島はソリが合わない知り合いを思い出す。

 「先生・・・あの方もお約束をしてたのでござろうか?」

 場違いなシロの発言が耳に入ったのか、男は姿を霞ませると一瞬で距離をつめシロの喉元を掴む。
 その神族は超加速を使えるようだった。

 「!」

 全く反応出来なかった事実に愕然とするシロ。
 掴まれた喉は全く圧搾を受けていなかったが、目の前の神族から受けるプレッシャーにシロはなすすべもない。

 「【バセスカ】様・・・そのような者でも演習のメンバーには違いありません」

 取り巻きらしき3名がようやくバセスカと呼ばれた男に追い着き、取りなすようにその周囲を固める。

 「この方は【バセスカ】様・・・神族の中でも高貴な血筋故、私たちは【王様】と呼んでいます。私は【フォース】とお呼び下さい」

 芝居がかった物言いで、線の細い神族が恭しく頭を下げる。

 「【チャコ】言います」

 「【トト】と呼んでください」

 少し訛りを感じさせるチャコと見た目子供なトトの挨拶がすむと、バセスカがシロの首を掴んだまま一方的な宣言を行った。

 「最初に言っておく。この先、私に許可無くリタイアすることは許さん! 特に・・・タダオと言ったな。脆弱な貴様らが私の足を引っ張ることがあってはならんぞ!!」

 「そんなにリタイアしたく無いんでしたら、先ずシロを離した方がいいっスよ・・・」

 「ほう、タダオ! お前気付いていたか・・・」

 黙って事の成り行きを見ていたフロルが意外そうな目で横島を見る。

 「なんの事だ?」

 フロルの言葉の意味がわからず、バセスカが怪訝な表情を浮かべシロを解放した。
 横島はその場に崩れそうになるシロを支え、不敵な表情でバセスカを見上げる。

 「超加速は霊力を使いすぎるのが欠点なんスよね。【王様】どうやら、最初の試練が来たみたいっスよ!」

 横島に指摘にバセスカは顔を引きつらせる。
 泉を振り返ると、濃密な霧が立ちこめその周囲に正体不明の人影が現れ始めた。
 その霧はたちどころに周囲に広がり横島たちの視界を奪っていく。

 「チッ! 先に気付いたくらいで何だというのだッ!!」

 バセスカは霧の中の人影に向かい霊波砲を連射する。
 イニシアチブをとる為のパフォーマンスを、横島に見抜かれた動揺がその攻撃には含まれていた。
 バセスカの攻撃に数秒遅れ、人影からも霊波砲の連射が巻き起こる。
 その攻撃を皮切りに激しい戦闘が開始された。




 「クソッ!!敵は不死身かっ!!」

 「しかも、我々と同程度の戦闘能力があるぞ!!」

 拮抗した戦闘に、次々にダメージを受けるメンバーたち。
 救いと言えば、敵からの攻撃も次第に弱まりつつある事だった。

 「先生!変でござる・・・」

 「どうしたシロ!?」

 シロを庇い左手にソーサーを展開していた横島がシロの呼びかけに答える。

 「敵の臭いがしないでござるよ!」

 「! ・・・・まさか、コレはあの時と同じなのかっ!!」

 シロの言葉に何かを連想した横島は左手のソーサーを霧の中の人影に向かい投擲する。
 それに一瞬遅れ、霧の中から横島に向かいソーサーが襲いかかった。

 「みんな!攻撃を止めろっ!これは同士討ちを狙った罠だっ!」

 横島はソーサをキャッチすると急いで周囲に戦闘の中止を呼びかける。
 しかし、出会ったばかりの彼らには横島の言葉を信頼する根拠が無かった。
 横島はすぐ近くで最大級の攻撃を仕掛けようとするフロルに気付く。

 「クソッ!間に合ってくれよ!!」

 攻撃を放った彼女に飛びつき地面に倒れ込むのと、その背中の上を巨大なエネルギーが通り過ぎるのは紙一重のタイミングだった。

 「タダオお前・・・・・」

 「俺を信じろ! これは空間のねじれを霧に隠しているに過ぎない。だが、相手が俺の知っている人の立てた作戦をマネしているのならば、疲弊させられた俺たちに次は本当の攻撃が来る! その人はそういう意味では情け容赦が無い人だからな!!」

 「私は何をしたらいい?」

 フロルは横島の言葉に何かを感じ取ったらしかった。

 「魔族側の仲間を集め撤退出来そうな場所を探してくれ! 俺は神族側を説得に回る」

 横島はこう言うと置いてきたシロの方へ駆け出す。
 しかし、元の場所にシロの姿は無く、一抹の不安に横島は更に奥に向かって進んでいく。
 その目の前を巨大な閃光が通過した。

 「まさか誰かの攻撃が!? シロッ!無事でいろよ!!」

 横島の脳裏に最悪な状況がよぎっていた。
 閃光が通った場所に慌てて駆けつけた横島は、其処にあった光景に安堵のため息を漏らす。
 其処には先程の横島と同じ行動によって、バセスカを同士討ちの運命から救ったシロの姿があった。

 「いいか!?王様、よく聞くんだ。シロの嗅覚は敵の存在を感知しなかった。俺たちは踊らされていたんだ!」

 シロに押し倒された体勢のまま、ようやく状況を理解したのかバセスカは無言で肯く。

 「そして、こちらの戦力の低下に合わせ、今度は本当の攻撃が来る・・・・この作戦を考え出した人はそういう人なんだ。悔しいだろうが一度撤退して体勢を整える。王様には神族の仲間を集め、魔族側が探し出した撤退場所へ連れてきて欲しい。頼めるか?」

 バセスカは上に覆い被さったシロをどけると、遠くで戦闘を続けている仲間の方へ走り出す。
 その後ろ姿をシロは嬉しそうに見送った。

 「何だシロ? 嬉しそうだな・・・」

 「先生には聞こえなかったでござるか? 今、あの人は、『すまない、助かった』って・・・そして『許してくれ』って言ってくれたでござるよ」

 どうやらバセスカは人間の可聴範囲外の声でお礼と謝罪をしたらしかった。
 何処かで見たことのある意地っ張りな態度に、横島の口元にも笑いが浮かんだ。













 「ここまでは予定通りなのね〜」

 妙神山の応接室
 ブレスレットの刻印を通じ、メンバーの行動を観察しているヒャクメが呟く。
 無事に撤退を完了させた一同は、オアシス近くにあるピラミッド内部に籠城していた。

 「次はどんな困難があるのですか?」

 ヒャクメにお茶を出しながら、小竜姫もいつの間にかモニターされている仮想空間内の様子に見入っていた。

 「これからがいよいよ本番なのね〜。ピラミッド内部にある演習のクリア条件を知った途端、ピラミッドは閉鎖されてチャンネルの遮断と同じ状況になるのね〜」

 「それってあの時の・・・・」

 「そうなのね〜神族、魔族の力がどんどん衰退していくのね〜。極限の状況の中、集められた者たちがお互いを認め合い困難に立ち向かう。これこそが次の世代に求められる資質なのね〜」

 「きっと大丈夫ですよ。横島さんたちがいるんですから・・・」

 小竜姫は頼もしそうな目でモニターを見つめると、手に持ったお茶を一口啜る。
 ヒャクメは人の悪そうな笑顔を浮かべ、この作戦最大の仕掛けを口にした。

 「そんなに簡単にはいかないのね〜。彼らには乗り越えなくてはならない最大級の難関が用意されているのね〜」

 「なんです・・・その難関って?」

 「クリア条件は参加者全員・・・つまり【10人】が心を一つにすること! でもね、今回の参加者は最初から【11人】いるのね〜。仲間内に広がる誰が11人目かという不信感・・・これを乗り越えなくてはクリアは出来ないのね〜」

 ヒャクメはこういうとモニターした画面をスキップする。
 本来の時間軸と比べ進みがはやい仮想空間内の状況は、映っている画面より遙かに先を進んでいる。
 その為、ヒャクメは早送りとスキップを駆使し、リアルタイムに近い情報収集に努めようとしていた。

 「あれ?おかしいのね〜」

 ヒャクメの予想では11人目を巡って疑心暗鬼が始まる頃だった。
 画面の中では若干の対立と融和を繰り返し、若者が困難を次々に乗り越えていた。

 「変なのね〜」

 ヒャクメは次々にスキップボタンを押すが、一向に11人目による疑心暗鬼は起こらなかった。
 やがてメンバー全員は力を合わせ、無事に最終課題をクリアしたのだった。





 「すごいのね〜! 感動なのね〜!! この子たちは私の予想を遙かに上回るお互いを信じる心を持っているのね〜」

 予想を遙かに上回る短時間でのクリアに、ヒャクメは全身の感覚器官から感動の涙を流してした。
 ヒャクメはすぐに応接室を飛び出し、訓練の間に転移してくる未来の希望を満面の笑顔で出迎えた。
 困難を乗り越えた若者たちは、一様に誇らしい表情を浮かべ出迎えたヒャクメに笑いかける。

 「あなたたち凄いのね〜。11人いることによる疑心暗鬼に負けず、お互いを信じ切るなんて感動したのね〜」

 「11人いる?」×10

 若者たちは、ヒャクメの賛辞の意味がわからず怪訝な表情を浮かべた。
 特に真の意味でリーダー性を発揮しだしたバセスカは、みんなを庇いヒャクメの事を怪しい人物でも見るような目で見ている。

 「だからワシは最初から言ってたんジャー! 11人いるって!!」

 唯一、11人というヒャクメの言葉に疑問を持たなかったタイガーを、両陣営から選抜された若者たちは驚きの目で見つめる。
 そして慌てて飛び退ると、タイガーを指さし同じ言葉を吐いた。

 「うわっ! 誰だお前!!」×8

 横島とシロを除く全員が、たった今タイガーの存在に気付いたように後ずさる。
 その反応に、ようやく真相に気づいたヒャクメは、計画を台無しにされたショックとあまりの馬鹿馬鹿しさに烈火のように怒り出した。

 「酷いのねっ!あまりにも酷すぎるのねっ!いくらこの男の存在感が薄いといっても、全員が気付かないって言うのはあんまりなのねっ!!」

 あまりのショックに部屋の隅で丸くなったタイガーを指さし、ヒャクメは全員に抗議の声をあげた。
 そして、友人である筈の横島とシロが、タイガーに気付かなかった事を責め始める。

 「信じられないのねっ!横島さんとシロさんは何でこの男に気付かなかったのねっ!!」

 「ちょっと待ってくださいよ! いくらタイガーの影が薄いからって俺たちが気付かない訳ないでしょう!!」

 「そうでござる! 拙者たちは最初からタイガー殿に気付いていたでござるよ!!」

 「じゃあ何で11人いる事に気がつかなかったのねっ!!」

 怒りの矛先を向けられた横島とシロは、何のことかわからないと言う風に両手の指を折り数え始める。

 「タイガー、シロ、王様、フロル、ヌー、フォース、赤鼻、石頭、チャコ、トト・・・10人じゃないっスか!!」

 「タイガー殿、先生、バセスカ殿、フロル殿、ヌー殿、フォース殿、赤鼻殿、石頭殿、チャコ殿、トト殿・・・10人でござる!!」

 ヒャクメは横島とシロを交互に指さし、信じられないといった様子で口をパクパクさせた。



 「ばッ、馬鹿なのねっ! 信じられないくらい馬鹿なのねっ! コイツら自分を数えていないのねっ!!」



 トントン!

 怒りに震えるヒャクメの肩が背後から叩かれる。
 ヒャクメは構っている暇はないとばかりにその手を振り払った。

 「いま取り込み中なのねっ!!」

 「奇遇ですね・・・今、上層部の方もかなりの取り込み中でしてね」

 怒りを極力抑えた声に、ヒャクメは一瞬で石化する。
 声の主は両陣営の発言担当だった。

 「あうう・・・話を聞いて欲しいのね」

 「ですから我が指導者がじっくりと話を聞きたいと申してまして・・・」

 「次は、次はきっと成功するのねっ! 私が11人目として直接介入するのねっ!!」

 「それは我が指導者の前で直接言って下さい・・・」

 「私のせいじゃないのね〜」

 ヒャクメは両陣営の発言担当に両脇から抱えられ、ズルズルと引きずられる様に妙神山を後にする。
 その光景を見ていた小竜姫の脳裏にドナドナがリフレインしていた。





 余談
 両陣営の最高指導者の前で弁解に成功したヒャクメは、今度は自ら11人目として作戦に参加することとなる。
 しかし、そこでも彼女の【役立たず】のスキルはいかんなく発揮され、参加者は最後まで11人であることに気がつかなかったのだがそれはまた別なお話・・・
 そしてこの計画は両陣営の記録から永久に抹消される事となるのだった。


 【第一話】11人いる? 

   終











 幕間

 「いいかげん諦めませんか?」

 妙神山
 山門の前で土下座するタイガーに、小竜姫は優しく話しかける。
 彼がコレを始めて既に丸一日が経過していた。

 「武神の私が行う修行は、直接戦闘の能力向上を目指したものです。戦闘支援である精神感応を得意とするあなたには意味がない修行でしょう。強さを求めるなら・・・」

 「強くなりたい訳じゃ無いんですケン!」

 タイガーは地面にこすり付けていた額を上げ小竜姫を見つめる。

 「それじゃあ、何のために・・・・・」

 タイガーは大粒の涙を浮かべ、振り絞るように一言だけ言う。

 「目立ちたいんジャー・・・・・」

 こう言った途端、堰を切ったようにタイガーは泣き出す。
 熱い涙だった。


 「その気持ちわかるのねっ!」

 物陰から事の成り行きを見守っていたヒャクメが突然会話に加わってくる。
 どうして妙神山で暇そうにしていたのかは触れないであげて欲しい。

 「小竜姫! 私からもお願いするのねっ! 【存在感が無い】とか【役に立たない】というキャラ設定で生き続けるのは辛すぎるのねっ!!」

 ヒャクメとタイガー。
 102個分の涙に押され小竜姫は軽くため息をつく。
 こうして、タイガーは妙神山で修行を開始することとなった。








 【第2話】蛇男を知っているかい?


 横須賀米軍基地
 サーチライトが闇を切り裂き、一人の軍人を闇夜に浮かび上がらせている。
 その周囲では大勢の海兵隊員が物々しい装備に身を固め、脱走しようとした老軍人を取り囲んでいた。

 「グリシャム大佐! 馬鹿な考えは止めるんだ!!」

 「馬鹿?・・・・自分の能力が最も優れていると証明することが馬鹿げていると言うのかい?」

 「貴様は狂っている!」 

 隊長の指示に、隊員たちは一斉に銃を構える。
 グリシャムは一向に動じた様子もなく、凄まじい笑みを浮かべると目を大きく見開いた。

 『フジツボって生き物を知っているかい?』

 グリシャムを囲む兵士たちの脳裏に、海辺の岩肌に付着する火山のような生き物の姿が鮮明に浮かびあがる。
 そしてこの晩、横須賀基地の海兵隊は自国が開発した霊能力者の前に壊滅することとなった。





 翌日
 極秘裏に事態の収拾に乗り出した米軍は、過去において接触のあった霊能力者に事態の収拾を依頼した。

 「で、脱走したこの爺さんを捕まえて欲しいって訳ね」

 米軍基地に招かれた美神は、基地に立ちこめる異臭に顔をしかめながら一枚の写真を手に取る。
 写真には一人の男が写っていた。右目を大きく縦断する傷が特徴的な男だった。

 「男の名はグリシャム、階級は大佐・・・精神感応能力を持つ対霊能戦闘のスペシャリストです」

 昨夜から一睡もしていないのだろう。
 依頼者である米軍士官は憔悴しきった様子で、目の前に座る美神にすがるような視線を向ける。
 美神は窓越しに見える廊下の光景に顔をしかめていた。

 「昨日でた被害の後始末ですよ・・・お恥ずかしい話ですが海兵隊の猛者が手も足も出なかった」

 廊下ではシフトから外れていたため被害を受けなかった兵士が、半ば自棄気味に廊下をモップで磨いていた。

 「かなりの被害が出たようですね」

 「・・・私の部下は二度と海に入れない体にされました」

 沈痛な依頼人の表情に、美神は昨夜行われた戦闘の激しさを想像する。

 「それで、グリシャムの目的は?」

 「彼は自分の能力を証明するため霊能力者との闘いを求めています」

 この言葉を聞き、美神はすぐに契約内容の確認を行った。





 「金網の内側は日本じゃないみたいですね・・・」

 おキヌは目の前に広がるアメリカナイズされた光景をもの珍しそうに見回している。
 広大な敷地に敷き詰められた芝生、広い道路、そして独特な消火栓や英語の標識など・・・
 美神が室内で依頼人の話を聞いている間、おキヌと横島は駐車場に駐められたポルシェの近くで待機していた。

 「ああ、本当に日本じゃないみたいだ・・・・」

 妙に感動したような声が気になり、おキヌは隣りに立つ横島を見上げる。
 そして横島の感想が何を見てのモノか理解し、額に井ゲタを浮かべた。
 横島は数名の女性兵士がデッキブラシで建物の周囲を清掃している姿に見とれていた。
 デッキブラシで擦る度にタンクトップ一枚の彼女たちの胸が豊かに揺れる。
 美神はまだしも、おキヌの清掃風景では起こらない現象だった。

 「悪かったですね・・・典型的な日本人で」

 おキヌは鼻の下を伸ばしている横島のつま先をえぐり込むように踏みつける。
 その清掃が、昨夜行われた戦闘の後始末だと二人は知る由もない。
 慌てて弁解を始めようとした横島の言葉は、緊張の面持ちで走り込んできた美神によって止められていた。

 「二人とも、急いで帰るわよ!!」

 その様子に依頼が緊急を要するものである事を察し、横島がポルシェの助手席を倒しおキヌを後部座席に誘導した。
 美神は一番死亡率が高いことを理由としていたが、助手席は既に横島の指定席となっている。
 おキヌは若干の不機嫌さを顔に浮かべたまま後部座席へと潜り込んだ。





 1ダース以上の交通法規を無視しポルシェは一路事務所を目指していた。

 「美神さん、そんなに慌てちゃってどうしたんスか?」

 助手席の横島が恐る恐る口を開く。
 スピード狂の傾向がある美神だが、今日はいつにも増して張りつめた様子だった。
 その証拠に普段雨の日以外は使用する事のない屋根を、ポルシェはセットされている。

 「横島君! 事務所に連絡して」

 美神からの指示に横島は携帯を取り出し、登録されている事務所の番号を表示した。
 因みに事務所の電話番号はメモリの2番目。1番目には美神の携帯が記録されている。
 携帯を買い与えられた時からの基本仕様だった。

 「留守みたいっスね。シロなら散歩だろうけど、インドア派のタマモまでいないのは変っスね」

 横島の言葉に、美神は更にアクセルを踏み込む。
 後部座席のおキヌが軽く悲鳴を上げた。

 「我慢しておキヌちゃん! 今回の依頼は脱走した対霊能戦のスペシャリストを捕らえることなのよ!!」

 「なんスか!? その対霊能戦のスペシャリストって?」

 聞き慣れない言葉に横島が疑問を口にする。

 「マッドな学者や霊能力者が細々と研究していた分野だから知らないのも無理ないわね。霊能力者の戦時における運用・・・発想自体は大戦時からあるんだけど、冷戦を経て東西両陣営ともキワモノ扱いになっちゃってね。実際、霊能力を持っていたら軍人なんかになるよりGSの方が遙かに儲かるし、組織に組み込まれるにしても宗教関連で遙かに伝統的な組織があるからね」

 「それが何で?」

 「この前、アンタたちが米軍の艦隊を無力化したでしょ・・・それで俄に脚光を浴びたのよ! 不遇なまま退役した爺さんたちが再任用され、栄光を手にする妄想に目覚めるなんて勘弁して欲しいわよ全く!!」

 「それが急いで事務所に戻るのと、どう繋がるか分かんないッスけど・・・・」

 美神は察しが悪い横島に苛立ったようにハンドルを操作する。
 急激な横Gを生じながら、ポルシェは数台の車をごぼう抜きにした。

 「その爺さんは民間のGSと勝負したいらしいのよ! 軍ならではの情報網でウチの事務所のことも知っているはず・・・自分で言うのもなんだけどウチほど人材が揃っている個人事務所は他にはないでしょ!!」

 「と、言うことは・・・・・」

 「そう、ウチが真っ先に狙われる可能性が高いの! その爺さんは、昨夜、横須賀の海兵隊を全滅させているわ!!」

 「横島さん! 早くシロちゃんたちに知らせないと!!」

 急な胸騒ぎにおキヌが叫ぶ。
 横島は慌てて携帯を操作し、何度も事務所への連絡を試みた。







 横島の努力も空しく事務所には連絡がつかないままだった。
 何度もかけ直す内にポルシェは高速道路の出口に近づき、事務所まであと少しの距離まで来ている。

 プルルルルルルル・・・ガチャ!

 「やっと繋がった!! シロか? いいか、良く聞け! 事務所は狙われている可能性が高い!! 注意するんだっ!!!」

 ようやく繋がった電話。横島は一連の出来事に対する注意を一気にまくし立てる。
 しかし、その呼びかけに対する返答は予想外のものだった。

 「ワン!」

 その鳴き声はシロのものだった。
 横島は額に井ゲタを浮かべ、シロにもう一度事実を伝える。

 「ふざけるなシロ!! いいか、もう一度言うぞ・・・事務所は狙われている! わかったか!!」

 「ワン!」

 「ふざけるなと言っただろう! この馬鹿!!」

 「ワン!」


 「馬鹿! 馬鹿!」

 「ワン! ワン!」 


 「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」

 「ワン! ワン! ワン! ワン!」 


 
 一向に悪ふざけを止めないシロに横島はムキになる。
 息を思いっきり吸い、一息で言える限界まで言い放った。



 「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」

 「ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン!」 



 馬鹿師弟たちはどうやら当初の目的を忘れたようだった。
 元ネタを知らない人には厳しいシーンが更に続く。



 「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! スウー(※息をすう音) 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿!」

 「ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! スウー(※息をすう音) ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン! ワン!」

 



 元ネタを知らないおキヌは何がなんだかわからないという表情を浮かべる。
 運転中の美神はわかってしまった悲しさと、緊迫感を台無しにされた怒りに拳を小刻みに震えさせていた。

 「馬鹿はお前だーッ!!」

 「ワン!」

 ゼロコンマ何秒の間に繰り出された美神のパンチが、横島の顎、心臓、鳩尾にヒットする。
 5発でないところをみるとスペシャルの方では無いらしい。
 美神は横島から携帯をひったくり、違反した交通法規を一つ増やす。

 「シロ! YESなら1回、NOなら2回吠えなさい・・・・精霊石を使わなきゃいけない事が起こったの?」

 返事は1回だった。

 「危険はもう去った?」

 返事は2回だった。

 「タマモは無事?」

 振り絞るような2回の返事に美神の手が怒りに震える。

 「必ず30分以内に助けに行くわ。それまで持ちこたえるのよ!」

 「ワン!!」

 それに対する力強い返事に、美神は大きく息を吸い込み近くで聞き耳を立てているであろう人物に怒鳴る。

 「グリシャム! 逃げずにそこで待っていなさい・・・・ウチの従業員に手を出したこと死ぬほど後悔させてあげるわ!」

 それは助手席の横島が震え上がるほどの怒りに満ちた声だった。














 散歩から帰ってすぐ、シロは事務所に立ちこめる異臭に気付いていた。
 事務所に起こった何かの異常を察し、シロは周囲を警戒しながら静かにゆっくりと室内に足を踏み入れる。
 部屋のほぼ中央で意識を失っているタマモの姿を見たとき、シロの本能が全力で警戒信号を発していた。

 『こんな話を知っているかい?』

 美神の椅子に腰掛け、気配を殺していたグリシャムの言葉が事務所に響く。
 それが精神攻撃の一種と気付いたシロは、精霊石の首飾りを使用し結界を展開していた。
 精霊石のパワーによって辛うじて防いだ攻撃。

 「ウーッ!!」

 オオカミ形態に変化してしまったシロは威嚇の声を発すると、小さな結界に守られながら結界の外で横たわるタマモを横目で見る。
 気を失っているだけの様だったが、タマモは透過光で表現された何かを口から吐き出していた。
 部屋に立ちこもる異臭には、微かにいなり寿司の臭いが混ざっている。

 「なかなかいい反応だ・・・しかし、その結界がいつまでもつかな? そして、私の全力の攻撃に耐えられるか・・・」

 男が大きく目を見開こうとするのと、電話の呼び出し音が鳴るのはほぼ同時だった。

 プルルルル

 結界内に電話の子機があったのは幸運だった。
 シロは隙を見せないよう注意し通話スイッチを犬歯で押す。
 事務所に起こった異変を知らせる為に、シロは必死に子機に向かって吠え続けた。
 そして、一連のやりとりの後、美神の怒声が事務所に響き渡る。
 その声にシロの胸が熱くなった。




 「おお、怖い、怖い・・・・・」

 口調とは裏腹な余裕たっぷりの態度で、グリシャムは美神の座席にある外線電話を切った。
 そして、所長用の座席にもたれ掛かるように座り直すと、従業員用のソファに視線を移す。

 「対霊能力者戦は冷静さを失った方が負ける・・・残念ながらその結界は30分も保たない」

 長い沈黙が事務所に落ちる。
 グリシャムは美神の冷静さを失わせる為に留守中の襲撃を行ったらしい。
 だからこそ先程の電話を妨害しなかったのだ。

 「ウーッ!」

 シロは為す術が無いまま、ただグリシャムを睨み付けていた。
 精霊石の結界は徐々にその範囲を狭めている。

 「さて、その結界が消えたときがキミの最後だ・・・事務所に帰ってきた彼女が、倒された君たちを見てどんな表情を浮かべるか? わが軍のプロファイルもあてにはならんな・・・金銭が一番有効な揺さぶりだと? なかなかどうして人情に厚い娘じゃないか」

 グリシャムの目が大きく見開かれる。
 自分に向けられる最大級の精神攻撃を予感し、シロは固くその目を閉じた。




 ガシャーン!!

 窓ガラスの砕けた音が鳴り響く。
 その音に恐る恐る目を開いたシロは、自分の姿が人形態に戻っている事に気がついた。

 「よく頑張ったわね! シロ!」

 シロの目に、自分に精霊石のペンダントをかけてくれた美神の姿が映る。
 その向こうでは、窓ガラスを突き破って飛び込んだ横島がグリシャムを部屋の隅に追いつめていた。

 「後は私たちに任せて、アンタはタマモを安全な場所まで連れて行って!!」

 「わかったでござる!」

 シロは意識を失ったままのタマモを背負う。
 透過光で処理されたモノが、肩の部分を汚したがそんなことを気にしている場合では無かった。
 シロとタマモは事務所を後にし、事務所にはグリシャムを追いつめる横島と美神、その背後で支援の体制に入るおキヌが残された。

 「なかなか冷静じゃないか・・・時間を遅めに伝え私を油断させるとは。それに、車を途中に置き到着を悟らせなかったのもいい・・・惜しむべきは」

 グリシャムは横島の突入に気がついていた。
 だからこそ背後からの一撃を余裕で回避し、背後からの攻撃を想定しないでよい部屋の隅に立つことができている。

 「ウチの事務所を舐めた落とし前をつけて貰うわよ!」

 美神は横島の隣りに立ち神通棍に気を巡らせる。
 グリシャムは一向に動揺した様子を見せず、会話の続きを口にした。

 「惜しむべきは、私の精神感応が発動している場に飛び込んだということだ!」

 精神感応によって相手にイメージを伝えられる空間。
 まさにその場が展開されていた所に3人は飛び込んでいた。
 空間に侵入した精神の存在・・・横島の突入に気づいたグリシャムは易々と回避を行っている。



 『ベルボトムと白いギターを知っているかい?』



 グリシャムの精神感応が3人を襲う。
 この枕だけで、グリシャムの意図に気付いた横島は美神に警告を発した。

 「このネタは! 美神さん逃げてッ!!」

 しかし、時すでに遅く美神は送られてくるイメージに失神寸前となっていた。



 それは一つの都市伝説だった。
 ゴングショーの先駆けとも言えるTV番組のコーナーに、賞品であるベルボトムのジーンズと白いギター目当ての若者が参加する。
 その若者の行った特技はゴキブリを食べると言うモノだった。
 見事賞品を獲得する若者。しかし、若者はその後謎の死を遂げる。
 病理解剖を行おうと医師が彼の腹部にメスを入れた瞬間、彼の腹部からは食べられたゴキブリの卵から孵った大量のゴキブリがワラワラと・・・




 「ウプッ!!」

 美神がこみ上げて来るモノを踏み留めようと両手で口を押さえる。
 神通棍が空しく床に落ちた。

 「美神さんしっかり!!」

 横島は精神感応のダメージを僅かでも弱めようと美神の頭部をきつくその胸に抱きかかえる。
 送られたイメージは若者視線で描かれ、今まさにゴキブリを口に含もうとしている所だった。
 徐々に口元に近づいてくるゴキブリ。
 横島のTシャツに生暖かいものがこぼれた。
 美神の口からこぼれた透過光で表現されたソレを気にしている暇は無い。
 視界の隅ではおキヌも口から透過光を吐き出していた。

 美神唯一の弱点であるゴキブリ。

 一般人でさえ吐きだすイメージを送信され、美神は失神すら許されない状況に置かれていた。
 美神は一切の抵抗の意思を奪われたままの状態で、痙攣するように透過光を吐き出し続ける。
 このままゴキブリを咀嚼し、ソレが体内で繁殖するイメージを喰らえば美神の精神は確実に崩壊するだろう。
 馬鹿らしくも恐るべきグリシャムの能力だった。



 絶体絶命の美神事務所。
 しかし、その危機は意外な人物の登場によって救われた。

 『活ーッ!!!』

 突如かけられた裂帛の気合いに、グリシャムの精神感応は打ち消されていた。
 イメージの送信が止み、ようやく気を失えた美神は横島の胸の中に力なく倒れ込む。
 横島は救い主の姿を信じられないような表情で見上げた。

 
 「久しぶりじゃノー。横島さん! あの訓練以来ジャー」

 「タイガー・・・お前どうして・・・・」

 横島の驚いた顔に満足そうな笑みを浮かべるタイガー。

 「ワッシも妙神山で修行したんジャー! 修行の成果を見せようと来たところ撤退中のシロさんに事情を聞いてノー。横島さん!ワッシも戦いますケン!!」

 自信に満ちあふれたタイガーの姿に、横島は彼が受けた修行の苛烈さを想像した。
 そして、ようやく立ち上がれるようになったおキヌに美神の体をあずける。

 「おキヌちゃん、美神さんを頼む・・・俺はタイガーと一緒にこのジジイをぶちのめす!!」

 よろけるように事務所を後にする二人を見送ってから、横島は霊波刀を出現させグリシャムに向き直った。

 「美神さんをあんな目に遭わせやがって、覚悟は出来ているだろうな!!」

 横島の怒りはいつになく激しいモノだった。
 しかし、グリシャムは横島など眼中にないようにタイガーを睨み付けている。

 「私と同じ能力を持っているようだな・・・面白い! どちらのイメージが強力か勝負だっ!!」

 クワッ!

 グリシャムが大きく目を見開く。

 『こんな話を・・・・』

 『タイガー・タイガー・目立ちタイガー!!』

 グリシャムのイメージの伝播より早く、タイガーの精神感応が空間を支配する。
 タイガーはゆっくりと恐ろしい攻撃を開始した。


 『痰ツボ小僧・・・・・・・』


 部屋の光景が駅のホームに姿を変える。
 横島はそこに立つ自分に気がついた。

 「コラッ! タイガー!! 俺を巻き込むなっ!!!」

 横島の抵抗も空しくタイガーの精神攻撃は更に続く。

 『その使い慣れた水色のストローで・・・・・』

 横島とグリシャムは水色のストローを手にし、ホームに設置された痰ツボに近づく自分に戦慄する。
 二人は自分を待ちかまえる運命に気付いていた。

 「止めろ! 止めてくれ! 私が悪かった!!」

 「止めろ! タイガ―――ッ! 止めてくれ―――――ッ!!」

 全力の抵抗も空しく、彼らはストローを咥えると・・・・








 ズーッ、チュルルルル

  






 ――― すみません。書いていて自分で吐きそうになりました。m(_ _)m ―――


 こうして作者も巻き込む多大な犠牲を払いながら、脱走兵グリシャムはタイガーによって捕らえられる。
 しかし、この日からタイガー最強伝説が始まったかどうかは定かではない。


 【第2話】蛇男を知っているかい?

   終










 幕間

 高校の帰り道
 不機嫌そうに無言で歩く横島の後ろを、申し訳なさそうにタイガーが追いかけていた。

 「横島さーん! いい加減、許してつかあさい」

 「うるさいっ!! お前のせいで、俺は二度とストローでモノが飲めなくなったんだぞっ!! ウプッ」

 前回の一件で刷り込まれたトラウマ。
 記憶のフラッシュバックに、横島は慌てて電柱の影に飛び込む。
 しかし、何とか透過光を吐き出すのは堪えた様だった。

 「ううっ、こんな体じゃ伝説のカップル描写ができんじゃないか・・・・・」

 横島は一つのジュースを二つのストローで飲むという、伝説のカップル技を永久に出来ない自分に涙する。

 「う・・・お花畑でクルクルで我慢してつかあさい」

 お互いちゃんと女の子と付き合った経験がない二人は、見事なまでに貧困な発想を披露している。
 このままでは、海辺で追いかけっこまでやりかねなかった。


 「・・・・本当にすまんです。 ワッシの能力は全力では指向性を付けるのが難しいんジャー」

 心底申し訳なさそうに縮こまるタイガーの姿に、横島は大きく息を吐き自分の感情をなだめる。
 タイガーに対する怒りが理不尽なものであることは、自分でも良く分かっていたのだ。

 「それだけあのジジイが強敵だったってことだよな・・・」

 事実、美神は精神的外傷にしばらく仕事を休む羽目に陥っていた。
 しかし、あの場にタイガーが来なければ廃業どころか廃人の可能性もあったのだ。

 「スマン、タイガー!」

 横島は急に思い立ったように深々とタイガーに頭を下げる。

 「本当なら恩人としてコッチがお礼を言わなきゃならないんだよな・・・ありがとう! 美神さんを助けてくれて」

 「そんな畏まらんでつかあさい。だけど、意外じゃったノー! あの、美神さんが為す術もなくやられるなんて、余程苦手なイメージで攻撃されたんじゃノー」

 横島は急に言葉に詰まる。
 タイガーにゴキブリの事を伝え、それがエミの耳にでも入ったら一大事だった。

 「ん? 美神さんの苦手なモノ・・・怖いモノ・・・」

 タイガーは急に何かを思い付いたようにブツブツと呟く。
 そのままでいること数分、タイガーの脳裏にあるアイディアが閃いた。
 タイガーは急に横島の肩を掴み、今までにない押しの強さでこう宣言する。

 「横島さん! この前のお詫びに、粋で面白いワッシの新技を見せるケエ、絶対にきてつかあさい!!」


 数日後
 タイガーに誘われるまま、美神事務所一行は浅草の演芸場を目指すこととなった。













 【第三話】タイガー&ドラゴン



 普段は閑散とし、はとバスツアーの客の姿しか見られない昼の寄席。
 しかし、今日の寄席は何かが違っていた。
 満員の客席を埋めるのは名の知れたGSばかり・・・断っておくが歌丸さんの指示のもと妖怪退治をするわけではない。

 「私、この手の場所って初めてなのよね」

 美神が物珍しそうに周囲を見回す。
 知った顔が多い中で、横島と並んで座席に座っているのが妙に居心地が悪かった。

 「俺もっス。というか、時給が安いんで映画館すら行かないんすけど・・・」

 「アンタはその分、ビデオを借りてるでしょ・・・」

 まだ本調子とは言えないが、美神もようやくいつのも調子に戻ったようだった。
 いつものような会話に割って入るように、寄席の雰囲気に慣れた様子のおキヌが横島の隣から少し自慢げに解説を始める。

 「えへへ、実は私、幽霊の時はちょこちょこ覗かせてもらってたんです。今の時間帯だと若手の前座さんたちが練習を兼ねて、覚えた話を披露することが多いんですよ」

 「ほお、若いのに感心だね。流石おキヌちゃん」

 前の席に座っていた特徴的な後頭部が振り返る。
 自分たちと同じくタイガーの招待に応じた唐巣神父だった。
 もちろん、その隣にはピートが座り、さらにその隣にはエミが陣取っている。

 「古典芸能の中には、神事に関わることも含まれるからね・・・それで無くても「笑う門には福来たる」っていうだろ! 僕なども日曜の礼拝でもう少し面白い話ができたらって思うことが良くあるよ・・・たまに冗談を言うんだけど寒い反応しか返ってこなくてね」

 「唐巣先生! 僕もですっ!!」

 何か過去に嫌な思い出でもあるのか、ピートは「寒い」という単語に敏感に反応した。
 横島はその理由に思い当たる点があったが、自分自身も忘れたい思い出なので敢えてスルーする。

 「じゃあ、妙神山でやったタイガーの修行って、落語の修行だったって訳っスか?」

 「妙神山の修行は霊的な出力をあげるだけだったとしか聞いていないワケ。でも確かに段違いに使えるようになったわよ・・・次のGS試験は楽勝ね」

 エミがまんざらでもない様子でタイガーの成長を評価する。
 前回助けられた事もあり、美神は喉から出そうになるエミへの挑発を何とか飲み込んだ。

 そうこうしているウチに高座に置かれためくりが一枚めくられ、最初の噺家の出囃子が鳴り始める。
 【密林亭 大虎】という噺家の名に、一文字魔理が「タイガーっ!!」とかけ声をかけた。













 舞台袖口
 和服に身を固めたタイガーは、緊張の面持ちで客席をのぞき込む。
 招待した知人、友人全員が自分の招待に応じてくれているのがありがたかった。

 「いよいよですね」

 隣りに立つ小竜姫が声をかける。
 タイガーはその言葉に力強く肯いた。
 やがて出囃子が鳴り始め、既に自分の芸名を知っている魔理のかけ声がかかる。

 「それじゃあ、目立ってきますケン」

 タイガーはかけ声に後押しされるように高座へ進み出る。
 置かれた座布団の上に畏まると客席に一礼し、高座の空気に慣れるように大きく息を吸い込んだ。



 『えー、人というものは、いろいろと、この・・・・・・好き嫌いだの、気がかわっているなんてえものがありましてナ』



 流ちょうな喋りでタイガーが枕をはじめる。
 何度も寄席に足を運んだというおキヌが小声で演目を呟いた。

 「この枕は『饅頭こわい』ですね。新人さんが良くやる噺ですよ」

 「枕って?」

 横島が小声で質問する。
 予備知識がないと楽しめないイメージが落語にはあった。

 「軽い笑い話で噺に入りやすくしたり、状況説明や伏線をはる部分のことです。この噺は・・・・・・どうやらタイガーさんのアレンジが入ってますね」

 おキヌはタイガーの噺がオリジナル通りでは無いことに気付く。



 『お江戸日本橋の近くで、除霊屋の丁稚をしている【忠スケ】って男も、めっぽう女好きな男でして・・・』



 「え!? 俺??」

 突然話題にされ、横島は慌てたように自分を指さす。
 本来客いじりは御法度らしいが、タイガーには何かしらの意図があるようだった。


 『除霊屋の【お令】の色香に負けて薄給生活を続けてましたが、ある日、除霊の最中にその嫌いなモノに襲われ怪我をしてしまうことになりまして・・・』

 「え、私??」

 美神も話題にされ困ったような表情を浮かべた。
 周囲は珍しく困った様子の美神の姿にほんの少し口元に笑いを浮かべる。


 『お令の咄嗟の機転で事なきを得たものの、やらかしてしまった失敗をきつく責められ、ひとり長屋で養生しているとどうも面白くない。そこにお令の師匠とその弟子が様子を見に現れ、一杯やろうじゃないかって事になりまして』

 「えーっと・・・」

 「先生・・・多分、僕たちの事ですよね」

 ピートと唐巣が不安そうな顔をする。
 この手の客いじりだとろくな目に遭わないのは体験的に知っていた。
 噺の状況設定が出そろったのかタイガーは一旦間を置き、気合いを込めてこう叫んだ。






 『タイガー・タイガー・目立ちタイガー!!』






 鮮明な江戸の町の風景が周囲に展開する。

 「うわっ!美神さん、何スかその格好!!」

 「そういうアンタこそ!!」

 二人だけじゃなく、寄席の客席全員が落語世界に足を踏み入れていた。








 「全く災難でしたね忠スケさん、でも怪我も大したこと無いみたいだしたまにはゆっくり休むといいですよ」

 「しかし、なんであんな失敗をしたんだい?」

 「俺にもわからないっスよ! でも、あのヌラヌラネトネトしたのを見たら体が凍えてしまったんス」

 「ははあ、それは虫が好かないってヤツだね。人の腹の中には虫がいるらしくて、自分が嫌わなくても、その虫が嫌うと嫌いになっちゃうもんなんだよ。よく虫が好かないとか、虫の知らせっていうだろう?」

 「そんなもんスかねー」

 「そうだとも、だから好き嫌いってもんがあってね。君みたいに女の色気に目がくらんで、薄給でこき使われている程の女好きもいれば、ウチの弟子みたいに、呪い屋の姉さんに言い寄られて怖がって・・・・え?」

 「先生っ・・・(小声でぶるぶると首をふる)」

 「え、最近じゃまんざらでもない!? そりゃめでたい!! 何がめでたいって、ご近所じゃ、君と私の仲が妙に勘ぐられていてね・・・また、君が非常用食料なんて名目で薔薇の生け垣なんかこさえてしまったからフォロー不可能な状態だったんだよ。これでめでたく私にも念願の嫁さんが・・・・って何で泣いているんだい二人とも!! ゴホン! ともかく、女の人を身の危険もなんのそので追っかけちまうほど好きな男もいれば、必死になって逃げ回ってしまうほど苦手な男もいる。好き嫌いっていうのはそこにあるんだ、ウン」

 「ヘー、なるほどなー」

 「人の好き嫌いって言うのは、あの、・・・あれなんだよ。生まれた時にへその緒ってのがあるだろう。アレをへそから切り離して地面に埋めるとね、その上を初めて蛙なら蛙が・・・・・こう歩くっていうと、その人は蛙がウワーッって嫌いになってしまう」

 「ふーん、そんなもんスかー」

 「そう、だから蛇がスーっと通った人は蛇が嫌いになってしまうんだ。多分、君のへその緒の上には、誰かが痰でも吐いた・・・・ちょ、ちょっと大丈夫かい?顔色が吐きそうなほど真っ青になっているよ!!」

 「先生!じゃあ、僕はウマとシカが通ったってことなんですか?」

 「変わったものが怖いんだな君は? トラウマなら聞いたことあるけどウマシカってのは初耳だよ」

 「そういう先生は何が怖いっていうんです?」

 「そうだねー、私はストレスと刺激物が怖い・・・・なぜ私の頭をみるんだい?」

 「こんちわー(戸をあけながら)忠スケいるー? って、なんだアンタたちもいたの」

 「お令君じゃないか! やっぱり忠スケ君のことが心配で来たのかい?」

 「お令さん、感激っスーッ!!(抱きつくような動作)」

 「か、勘違いしないでよねっ!(はたき落とす動作) 丁稚に死なれるとウチの評判が落ちるから仕方なく来たのよ!」

 「先生っ!これがツンデレってやつですか?」

 「うむ、最近絶滅危惧種に指定されそうだが、まだ立派に生き残っているとは・・・(メモメモ)」

 「アンタたち、ナニ訳の分かんないこと言ってんのよ! 忠スケ、明日からまたバリバリ働いて貰うわよ! ホラ、これ食べて早く元気になりなさい!!」

 「・・・・あのーこれは一体?」

 「山芋よ! 体力つけるのにはコレが一番だって、ママから聞いて持ってきてあげたってぇのに文句あるの!? (押さえつけ無理に)黙って食いなさいっ!!!」

 「イヤーっ!! ヌルヌルは勘弁してーっ!!!」

 「なによだらしない! (無自覚に)男がヌルヌルしたものを怖がってどうするの」

 「それじゃ、お令さんには怖いものが無いんスか?」

 「・・・・・な、ないわ」

 「あ、動揺しましたね。本当はあるんでしょう? 教えてください」

 「い、嫌よ! それを口にするだけで、全身に鳥肌がたって、こう、震えて来ちゃうの」

 「ダメです! 俺の苦手なモノを知ってるんだから。 俺にも苦手なモノを教えてくれなきゃ不公平です。 たまには「キャー怖い!」なんて可愛らしく俺の背中に隠れ、しがみつく背中におっぱいが・・・・・・・ああ、そして耳に息・・・・・」

 「おーい!(目の前で手をヒラヒラさせながら)忠スケ帰って来ーい!! 仕方ないわねー。一度だけよ・・・二回は言わないわよ・・・・えへん! コバン」

 「コバン???・・・先生、お令さんが怖がるコバンてありましたっけ?」

 「コバン・・・たしか、古代サンスクリット語で空の悪魔を意味し、パイロットたちから恐れられている妖怪のことだよね!?」

 「し、知っているんですか先生ーっ!!」

 「ああ、ミンメイ書房から出ている、「私の彼はパイロット」てえ本にちゃーんと載っている」

 「どこの魁よソレはっ! それに時代考証が無茶苦茶じゃない!! 第一、私がコバンを怖いって言うのが信じられないの!! お金の小判よコ・バ・ン、ああっ! 思い出したら鳥肌が立って来ちゃった」

 「だって・・・ねえ、先生」

 「シッ・・・面白そうだから黙って見ていよう」

 「(しなを作りながら)ごめんね忠スケ・・・・・いままでアンタの給料が安かったのは、私が大きなお金をさわれないからなの」

 「うわっ! 無茶苦茶な理屈ですよ先生」

 「黙って!! 胸を背中に押しつけられて忠スケ君の思考力は限りなくゼロに近い」

 「わかりました!! コバンを見せれば怖がるんスね・・・・それならば」

 「あらら、すっとんでっちゃったわ。(遠くの方を眺めながら)さすがママ、山芋って効くのねー」





 『えー、こんな事があったモンですから、忠スケはその日のウチに悪霊のたぐいを倒す倒す! もともと霊力値が高いことに加え、まー、この、下心満載の行動は疲れることを知りませんな。翌日、日が昇る頃にはすっかり一財産が出来上がっているって訳でして』





 「ドン・ドン・ドン(戸を叩く仕草)お令さん!! お令さんいますか!!」

 「なによ! こんな朝早く! 私が朝弱いって知っているでしょう!!」

 「へへっ!! コバンです!!(派手にばらまく仕草)」

 「キ、キャー怖い!!(背中に隠れるように)」

 「ああ・・・・・感動したっ! こんな可愛らしいお令さん初めてッ!!」 

 「ち、ちょっと、ボケッとしてないで、その怖いモノを何とかしてちょうだい!! 丁度、夕べの内に用意した金庫があるからその中に閉じこめてっ!!」

 「え、なんか釈然としないんですが・・・ああ、おっぱいが、息が・・・・・」

 「はやく閉じこめてーっ!!!(ぎゅっと抱きつく)」

 「わかりましたーっ!!(素早く金庫に放り込み、バタンと扉を閉める)」

 「あー、怖かった・・・。 酷いじゃないの忠スケ! あんなおっかないモノ私によこすなんて、女の独り暮らしは心細いのよ・・・・」

 「え? それって・・・・・」

 「あれっぽっちじゃ何とか耐えられるけど、千両箱を幾つも持ち込まれたら怖くて怖くて・・・アンタに一緒に住んでもらうしかないわね」

 「何処だ!千両箱ーっ!!」



 「(物陰から遠くを伺うように)なんか酷いことになってますよ先生・・・あ、もう見えなくなった」

 「うーん、もう少し見ていたかったがこの辺りでお終いかな」

 「え? どうしてです? 僕の目には忠スケさんが鵜飼いの鵜に見えるんですが・・・」

 「鵜なら自分の嘴に合わない魚は飲み込まないだろう? 今、お江戸で千両以上の報酬の仕事っていったら・・・彼の嘴に合わないか、食べる身の無い魚ばかりだよ。余程欲に目がくらんだ馬鹿な鵜でも無い限り嘴を・・・・・って大変だっ!!」

 「大変です! お令さんに止めさせないと!!」

 「ドン・ドン・ドン(戸を叩く仕草)お令さん!! お令さーん!!」






 『えー、お江戸には除霊屋が手を出さない仕事っていうのが幾つかありましてナ。高座にかける際に必ず御祓いを受けなきゃならないような厄介なものや、国家レベルで祟るような大物なんてえのはその最たるモンですが、それ以外にも手を出しにくいモンがありまして・・・・・ゴホン! 手っ取り早く言うとコレ(指先で輪っかをつくる)の問題ってヤツでして、千両の報酬を貰うのに千五百両も費用がかかっちゃ、まあ、色に目がくらんだ馬鹿な丁稚くらいしか手を出さないってぇ訳ですな』





 「のわーっ!! やっぱり、千両以上の仕事は手強くっていけねえや! 安モンの札なんて全く効かないし、あーもう、奮発して1両の札!!」

 「キシャーッ!!!」

 「うわっ! 全く効果無し!!! やっぱり人間地道が一番だったかなーっ。いや、そんなチマチマやってたら、あんないい女が俺のモンになるなんて絶対に無理だし、ええい! 死んだ気になって1両と二分の札っ!!!」

 「キシャシャーっ!!」

 「だ、ダメだーっ!! お令さーん!!!」

 「馬鹿かアンタはッ! 精霊石よ!!!」

 「あ、ああ、助けにきてくれたんスね!! 感激っス! お令さはーん!!」

 「抱きつくなボケっ! いい、今回は全力でいくわよっ! アンタも全力でフォローしなさい!! 極楽へ・・・・逝かせてあげるわっ!!!」

 「ギャーッ!!   バタリ・・・・・」




 「(遠くから伺うように)しかし、お令君も今回は見事に大赤字だったな」

 「先生、あれで大赤字なんですか? だって、忠スケさんが引いている荷車には、報酬の千両箱が3つも乗ってるじゃないですか!?」

 「除霊に使った精霊石やお札代だけで軽く三千両を超えるよ! 彼女はしみったれだが、使うべき時にはちゃんと使うんだ・・・たまに野菜を作るためだけに、精霊石を使うなんてぇ訳のわからんこともやるしね。全く、あの精霊石をくれるだけでウチの財政がどれだけ潤ったことか・・・・」

 「でも不思議ですね、普段のお令さんにとっては赤字は断腸の思いの筈なのに・・・あの、荷台の後ろに乗っている姿は、どう見ても不機嫌には見えないんですが」

 「彼女には、小判よりも怖いモノがあるってことさ」



 「(重い荷を引きながら)お令さーん! 重いッスよ! 荷台から降りて押すなりして手伝って下さいよーっ!!」

 「うるさいっ! 今回の大赤字はアンタのせいなんだからねっ!! キリキリ働きなさい!!!」 

 「それはそうっスけど、ウソついたお令さんも悪いじゃないッスか!! そんな慣れた調子で小判を数えて・・・ナニが触れないっスか!!! 俺の給料が低いのは、お令さんがお金が好きで、好きで、好きで、好きで堪らないせいじゃないっスかっ!!」

 「う・・・・・・・」

 「もーこうなったら、どうあっても教えて貰いますよ!! お令さんは一体何が一番怖いんですか!?」

 (お令は、顔を赤らめたった一言)

 「私はアンタが・・・一番怖い」














 客席からの拍手を受け高座を後にしたタイガー。
 楽屋に引っ込むと、帰り支度を急ぐ小竜姫の姿があった。

 「小竜姫様! 見ててくれましたか!!」

 「ええ、修行の成果が良く出ていました・・・しかし、今日の高座はあなた一人の力です。いいですか!? あの拍手はあなた一人の力でおこしたのですよ!!」

 タイガーに自信を持たそうとしているのか?
 小竜姫はしつこいぐらい念を押し、そそくさとその場を去ろうとする。

 「ま、まってつかあさい! お礼らしいお礼もしてないし・・・・」

 慌てて止めようとするタイガーの手を、小竜姫は必死に振り払う。

 「離してーっ! 私は無関係なのーっ!!」

 小竜姫は超加速を使用し、楽屋から忽然と姿を消した。
 彼女は気付いていたのだ・・・・客席に一人だけ笑ってない人物がいたのを。
 その人物は、手始めに隣りに座っていた爪研ぎ柱の男をカンナ屑にし、ゆっくりと楽屋に足を向けた。
 その後のタイガー運命は神のみぞ知る。



 【第三話】タイガー&ドラゴン

   終


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