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あの素晴らしい日々をもう一度

第九話


投稿者名:堂旬
投稿日時:06/ 1/22

 天竜童子騒動の翌日。
 相も変わらず今日も快晴。太陽がギラギラと照りつける真夏日、風もほとんど吹いちゃくれないという天候の暴力に生徒たちは悲鳴を上げていた。
 そんな中、南側、運動場に面した窓側という最悪の席に座っている横島と武田の二人は真剣な面持ちで向かい合っていた。前の席にいる横島がイスを横に向ける形で後ろに体を向けている。
 二人は握りこぶしをお互いに突き出しあっていた。武田の隣の席に座る愛子が頬杖をつき、微笑みながら二人を見つめている。

「いいか、いくぞたけし……」

「ああ…望むところよ」

 二人の目がキラリと光る。
 二人の拳が同時に振り上げられた。

「ジャンケン!!」

「ポンッ!!」

 横島の手はグー、武田の手はパーの形をとっている。

「ぃよしッ!!!!」

「ぐわッ!!!! また俺かよ!!」

 度重なる敗北に悲鳴を上げる横島。すでに横島はこの昼休みの間、六回連続で負け続けている。

「ほれ、二十回な」

「わかってるよちくしょー…」

 二人の間にある武田の机の上に置かれていた赤い透明の下敷きを武田が横島に手渡す。
 横島はしぶしぶそれを受け取るとパタパタと武田に向かって扇ぎ始めた。

「いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ、ろく」

「あぁ〜、めっさ気持ちええわぁ〜〜」

 心地よく通り過ぎる風と、勝利の快感に浸る武田は涎が出そうなほどだらしなく口を開け、至福の表情を浮かべる。無論それは横島の神経を逆撫でするだけだ。そしてもちろんそれも武田の狙いの一つである。
 明らかに不機嫌な横島と、それを眺めながらにやにやする武田。先ほどからずっと続けられているこのやり取りを、愛子は飽きることなく眺め続けていた。

(ホント、見てて飽きないわねえ〜。まさに青春だわぁ〜)

 一人和やかムードでほんわかする愛子をよそに、横島が荒い息をつきながら下敷きを置く。どうやら出来る限りの速さで終わらしたようだ。よっぽど武田のニヤケ顔を見続けるのが不快だったのだろう。

「ごくろーさん」

「うるせえ! 次だたけし!!」

 横島はすぐにジャンケンのポーズを取る。そんな横島に武田はやれやれとため息をついた。

「横島…今までずっとお前にばっかり扇がせていた。その数何と120回だ。いくら俺がジャンケンで無敵の強さを誇るからといって、これはちょっと申し訳なかった。謝るよ。そしてありがとう。だから今度は俺が扇ぐ。親友が汗だらだらで必死こいてジャンケンに挑む様なんて、俺は見たくないよ」

「たけし……」

「横島…俺は次、グーを出すよ」

「…わかったよ、たけし。なら俺はパーを出す」

「よし、じゃあ……」

「ジャン」

「ケン」

「「ポンッ!!!!」」

 横島パー、武田チョキ。
 横島のパーはそのまま武田の頬へ叩き込まれた。










あの素晴らしい日々をもう一度

   第九話         与えられた『枷』









 昼休みも終わり、横島の通う学校は掃除の時間を迎えていた。
 掃除場所を教室に割り当てられた生徒たちは、一度全部の机を教室の後ろに下げ、前部分の掃除を始める。そうやって前が終わったら机を今度は前に運び、後ろを掃除してから元の位置に戻すのである。
 その重労働、加えて頻繁に偵察に訪れる担任の存在から、教室掃除はトイレ掃除に次いで生徒たちに忌み嫌われていた。
 口から不満を漏らしながら教室の掃除をする生徒達の中に、横島と武田の姿もあった。ちなみに掃除場所割り当ては厳正な抽選の結果決められたものである。この二人が同じ場所になったことに、担任は不安を隠しきれない様子であった。
 もちろん、学校から体よく押し付けられる無償労働などに好んで参加するような二人ではない。二人は昼休み終了直後に掃除用具入れへとダッシュし、比較的楽なポジションであるといえるホウキを奪取していた。
 この学校では長さ4〜5センチほどの黒い毛が密生した横幅三十センチほどの木板を柄にとりつけたホウキを採用している。武田の手には黒い毛がピンと立ったオニューのホウキが、横島の手には使い込まれて黒い毛が横倒しに変形し、ほこりがこびりついた古いほうきが握られている。
 いつもなら横島がオニューのホウキをゲットするのだが、今日は武田が勝ち取ったらしい。
 ため息をつきながら床を掃こうとする横島を武田がたしなめた。

「おいおい、お前が真面目にやると俺の不真面目さがいっそう際立ってしまうだろーうが! どうしたんだ横島!? 学校の作ったクソッタレなルールに恭順するなんてお前らしくないだろーう!?」

「ハッ! そうだ、そうだったなたけし!! 俺としたことが、大人の作った枠組みに囚われちまうところだったぜ!!」

 そして結局床をまったく掃かない二人。いつも通りの光景であった。そしてまた、この後いつも通りに愛子の注意が飛ぶのである。

「ちょっとアンタ達、真面目にやりなさいよ!! 自分たちが勉強するところでしょ!! 自分たちで綺麗にするのは当然なの!!」

「そうだこの馬鹿野郎が!! もっと健全に生きねーかこの不潔バンダナ!!」

「なッ!? たけし、貴様ッ!!!!」

 いつも通りに愛子が注意し、いつも通りに武田が意見を翻す。
 だがここでいつもと違う出来事が起きた。
 二人に注意しようと歩み寄ってきた愛子に、雑巾がけをしていた男子生徒が気付かず、愛子の足に衝突してしまったのだ。けっこうな勢いの生徒に突進された愛子は思わず倒れこんでしまう。

「いたたたた……」

 思いっ切り尻餅をつき、さすさすとお尻を撫でる愛子。もちろん、愛子の両膝は立っていて、スカートはかなりおなか側にずり上がってきていた。
 つまり―――――

「うおおおおおおおおおおおぅ!!!!! またも白ぉーーーーーーー!!!!! なんだって俺の周りにはこうも純真美少女が集うのかッ!! 神様ありがとぉーーーーーーー!!!!」

「おいおい愛子…なんてサービス満点なんだお前は」

 あまりに無防備に尻餅をついた故に丸見えになった愛子の聖域。白き三角のサンクチュアリ。
 武田は鼻から血を盛大に噴き出し、最近の自分の幸運に心底感謝しながら仰向けに倒れこむ。我が生涯に一片の悔いなし。このまま天に帰っても満足できそうだった。
 横島はこの後の愛子の反応が楽しみなのか、にやにやと愛子の顔を眺めていた。
 ようやく自分の状態を理解した愛子は目を見開き、顔を真っ赤に染めるとバッ!と両膝を床につけ、スカートの裾をグイッと引っ張った。
 愛子はゆっくり立ち上がるとつかつかと自らの本体―――すなわち机に歩み寄った。ゆったりとした動作でソレを持ち上げる。

「き、記憶を失えーーーーー!!!!!!!!」

「ちょ、ま、それはシャレにならんぞ愛子ーーーーーーーーーー!!!!!!」

「ふは、ふはは!! 忘れるわけなかろうがーーーーー!!!! あっはっはーーーーー!!!!!」

 古びた机の角が横島と武田の頭頂部に突き刺さり、脳天を揺さぶる。よほど嬉しかったのか、鮮血が飛び散る中、武田だけはいつまでも笑っていた。

 ―――もちろん、愛子が倒れる原因となった男子生徒も、ちゃっかりとパンツを覗いていたため、しっかりシバかれました。




 放課後。帰りのSHRも終わり、パラパラと生徒が帰りだす。
 ずっと教室に残っている愛子は、教室を出る生徒一人一人を笑顔で送り出す。日直の手伝いをしつつ、だ。そんな愛子を嫁さんにしたいと語る男子生徒は少なくない。

「じゃあな〜、愛子」

「ほんじゃ愛子ちゃんまた明日!」

 横島と武田は教室を出る時に愛子に声をかける。
 そんな二人に対する愛子の返事は、

「……ふんっ!!」

 顔を赤くして顔を背ける、というものだった。
 苦笑しながら教室を出る二人。さすがに最近血を流しすぎているからか、廊下を歩く武田の足はふらついていた。
 校門を出て、しばらく歩くと生徒たちの姿も少なくなる。ほとんどの生徒は部活に打ち込んでいるため、この時間に下校する生徒はそんなに多くない。
 二人は特に会話をするわけでもなく、黙々と歩いていた。いつもなら確実に公害レベルの騒音で喚き立てながら帰るというのに、これは奇妙である。
 二人ともだんまりという訳ではなく、横島の話に武田が乗ってこないのだ。武田がそんなでは、横島も話しかけることが無くなる。故の沈黙だ。

「なあ、どうしたんだ? たけし」

「…ん? いや、別に……」

 そのまままたしばらく歩くと、ふいに武田が立ち止まった。横島もつられて立ち止まる。
 武田はキョロキョロと辺りを見渡した。住宅が立ち並ぶその道は、たまたまなのか、今はまったく人気がない。
 辺りに人影が無いことを確認すると、武田はずっと気になっていたことを切り出した。

「なあ、ちょっと聞いていいか…?」

「なんだよ?」

 武田が伏せ気味だった顔を上げる。
 その眼差しは真っ直ぐ目の前の男を射抜いていた。














「お前……誰だ?」














 横島の動きが固まった。
 横島は慌てた様子でたどたどしく言葉を紡ぐ。

「何言ってんだよたけし…! お前愛子にどつかれて頭のメモリーとんじまったのか!? 横島だよ!! よ・こ・し・ま・た・だ・お!!」

「白々しい演技はもうよせよ。本物の横島はどこにやった? 妖怪か、お前?」

「たけし……!!」

「どれだけ取り繕おうが無駄だよ。この武田たけし、親友を見紛うような男じゃねえ」

 武田はビシィ!と音を立て、目の前に立つ男の顔を指差した。
 太陽はいつの間にかその色を変え、西から二人を赤く照らす。二人の影が長く伸びていた。

「ふぅ」

 横島の雰囲気ががらりと変わる。
 横島の仮面は外れ、『横島』がその顔を出した。

「どうしてわかった?」

「そんなもん、俺から見りゃ一発だよ。大体、朝からなーんか違和感あったんだ。お前と喋ってて、さ」

 武田は今日一日を振り返るように、数秒、間を空けると再び『横島』を見据え、語り始めた。

「いつもなら昼休みが終わると同時に横島は掃除用具入れにダッシュする。それこそ、俺を蹴飛ばしてまで、な。そこまでして新しいのを欲しがるんだ。ガキだからな、アイツは。でもお前はそうしなかった。さすがにそんな細かいところまでは演技しきれなかったか?」

 『横島』は何も答えない。ただ小さく「チッ」と舌打ちを漏らした。

「まだあるぞ。お前は掃除も真面目にやろうとしたしな。アイツの、横島の名言を聞かせてやろうか? 『飢え死にと常に隣り合わせの我が人生、こんなところで使うカロリーは欠片もないわ!!』だってよ。そりゃ真似できんわなぁ」

 その時の横島の様子をリアルに思い出し、武田の口から思わず笑みがこぼれる。
 『横島』もまたその顔に笑みを浮かべていた。

「決定的だったのは愛子のおパンティーが披露された時だ」

「何がおかしかったかな?」

 『横島』の問いに武田はにやりと笑った。

「お前の反応は童貞のソレではないッ!!!! あの素晴らしい状況で童貞があれほど冷静でいられるかッ!!!! つまりお前は童貞ではない=横島ではない!! 何人の女とヤったんだてめえコンチクショー!! ああ! 脱線した!! 何の話やったっけ!? ああ、そう、本当の横島ならあらゆる犠牲を払ってでも出来る限りの接近を試みるはずなんだよ!!!!」

 一人コントを披露する武田の言葉を聞き、『横島』の肩が震える。
 思わず、笑いがこみ上げてきていた。

「あっはっは!!!! そうだ、そうだったなぁ!! この頃の俺はそんな感じだった!! 愛子のパンツ見て平静でいられちゃ、そりゃおかしいよなぁ!!!!」

 『横島』の口からこぼれたひとしずくの真実を、武田は逃すことなく感じ取った。
 目を見開き、『横島』を見つめる。

「『俺』…? 『この頃』……? お前、一体…」

「それまでだ」

 『横島』は突然笑みを収めると一瞬で創り出した文珠を武田に押し付ける。
 胸元に突き出された『横島』の手、そこに握られたビー玉のようなモノ。
 そこに刻まれた『忘』の文字を読み取ったところで、武田の意識は混濁し、状況を認識する力を失った。
 文珠の作用中、虚ろな目になっている武田を横目に『横島』はため息をついた。

「厄介な奴だな…武田 武。こいつがいちゃ、うかつに表に出られやしない」

 そこまで口に出してから、『横島』は何かに思い当たる。
 天を仰ぎ、『横島』はにやりと笑った。

「なるほどな…こいつが『枷』ってわけか? 上等だよ…止めれるモンなら止めてみろ……『宇宙意思』」

 それは決意表明。それは宣誓。それは宣戦布告。
 全てを決めるのは強固な意志。かつて魔神はそう言っていた。
 実践してやるさ―――『横島』は不敵に笑う。

「今回のことも―――まあちょうどいいっちゃ、ちょうどいいか。力は温存しとかなきゃな。後々のためにも……な」

 武田に作用している文珠はそろそろその作業を完了しそうである。武田は今日あったことを、『横島』の都合のいいように忘れてしまうだろう。
 虚ろな目で「はらほろひれほろ〜」と意味不明なことを呟く武田を見て、『横島』は少し寂しそうに笑う。

「別にことさら演技してるつもりもなかったんだけどな…やっぱ、変わっちまってるんだな、俺……」

 そして静かに目を瞑り、『未来』へ思いを馳せる。

「変わるよな…そりゃ」

 その言葉を最後に、『横島』は横島の意識の奥深くへと潜り込んでいった。
 横島の体はどぅ…と音を立て、その場に崩れ落ちる。

「…はっ! どうした横島!!」

 その音で我に返った武田が横島に駆け寄った。

「おいッ! 横島ッ!! もしも〜し風邪ひきますよぉ〜〜!!」

 イマイチふざけている様に聞こえるが、本人はいたって真剣だ。
 武田が何度も揺さぶり、声をかけていると、ようやく横島は目を覚ました。

「んあ…? あれ? たけし? ん? ここはドコ?」

「どうした横島!! 若年性健忘症かッ!? 遂に恐れていた事態になってしまったとですか!?」

「むう…否定できん。お前と妙神山に行ってからの記憶が全然無いぞ?」

「ッオーイ!!!! 24時間!! もう一日過ぎとる!!!! 病院行くか!? いいとこ知ってるぞ!? ってかお前愛子ちゃんのハプニーーングも忘れたの!?」

 武田の言葉に横島はブンブンと首を振った。

「全然わからん。愛子がどうかしたのか?」

「ええぇーーーーー!? ちょ、超勿体ねぇーーーーー!!!! 愛子ちゃんの純白パンティーが丸見えだったんだぜ!?」

「嘘ッ!? マジッ!? ええッ!? 何で俺はそれを覚えてないのッ!?」

 横島の目がびっくりするぐらい開かれ、涙すら流れ出す。
 武田から告げられたショッキングな事実に横島は自身の脳細胞を恨んだ。

「お前もあんなに嬉しそうに――――んっ? お前そん時いたっけ? あれ?」

 突如もやがかかったように記憶が曖昧になる。武田は首をひねった。

「あれ? だって掃除時間だっただろ? あれ? 違ったっけ?」

「お前も覚えてねーじゃん」

 横島が冷ややかに言い放つ。
 武田はてへっと笑った。キモチワルイ。

「あれぇ〜! 二人して若年性健忘症かぁ〜〜!?」

「そうかもなあ〜!! あんれぇ〜参ったなぁコレ!!!! あっはっは!」

 横島の言葉に武田も同調し、笑う。横島は笑いながら武田に聞いた。

「やばくね? これやばくね?」

「やばいよ〜。これきっとやばいって〜」





「だよなあ? あっはっはっは!!!!」

「はっはっはっはっは!!!!!!」





「アーーーーハッハッハッハ!!!!!!!」

「ムハッ! ムハハハハハハ!!!!!!!」







「いや、おかしいだろ」






 ようやく冷静になった横島からツッコミが入る。武田も笑いを止め、頷いた。

「いくらなんでもおかしいだろ。俺もお前も記憶がおかしいなんて」

「だよなあ。俺が半日忘れ、お前が一日ど忘れ。こりゃ、なんかあるな」

 疑問は湧き出てくるがこれは十中八九、霊的なことが要因だろう。じゃなきゃこんな特異的な状況は考えづらい。霊的なこととなったら、素人に毛が生えた程度の煩悩男と、体力だけの煩悩男だけじゃ、解決策なんて浮かぶはずも無い。
 せいぜい浮かんだ案はコレ、「人に頼る」というものであった。

「美神さんにでも―――」

「妙神山に行こう」

 横島の言葉を遮って武田が口をはさむ。

「妙神山?」

「うむ、妙神山だ」

 オウム返しのように呟く横島。武田はコクリと頷いた。
 横島には何故武田がこれほど妙神山をゴリ押しするのかはわからなかったが(ある程度察しはつくが)、別にその提案を断固却下するような理由はない。

「よし、じゃあ妙神山に行くか」

「よし、じゃあ準備してくる」

「え、今から!?」

「無論。では駅前でまた。アディオスアミーゴ!」

 わけのわからん別れの言葉を吐いて武田は砂埃を立てるほどのスピードで走り去っていった。
 横島は苦笑を浮かべ、ため息をつく。

「しかし…今からまた妙神山? きっつぅ……」

 横島的には妙神山に登ったらいつのまにか降りていて、しかもその直後にまた登るという地獄の往復ビンタである。
 だがしかし、行かねばなるまい。あの山にはそれだけの価値が十分にある。

「今度こそ居てくださいね小竜姫様ーーーーー!!!!」

 脳裏に小竜姫の湯煙艶姿を思い浮かべ、自身の霊力が上がっていくのを感じながら、横島もまたウキウキ気分で駆け出した。





        第九話         与えられた『枷』



                 終 


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