椎名作品二次創作小説投稿広場


呪いなる美

10時過ぎ


投稿者名:トンプソン
投稿日時:06/ 1/18

ぽこぽこと液状の物が沸騰している音が小笠原エミの事務所に響いている。
台所にはタイガー寅吉が立っていた。
料理をしながら頬と肩でコードレスフォンを挟んで電話していた。
では、失礼しますノーと言った所を見ると電話は既に終っているようだ。
「エミさん、そろそろ戻ってくるのぉ」
アンティークに部類するであろう時計に目を向けると長針と短針が60度の角度になろうとしている。
重々しく時を告げる鐘の音が10回なった。
先ほどまでの精神的疲労も手伝って意識の半分が夢の世界にいっていたのが現実の世界に戻ってきた。
いつの間にやらずれ上がっているスカートを直す。
「あら?私いつの間に・・」
暖房も丁度の具合でかかっており、タイガーが消したのか、部屋の明かりは必要最低限にしかついていなかった。
睡魔に襲われていたとしても当然の帰結であった。
半ば手探り状態で部屋の照明のスイッチを探し、事務所を明るくしてからソファーに身を委ねた。
「・・・エミ様はまだもどられてないのかしら?」
雇い入れて欲しい相手に寝ている所を見られたのではたまらない。
慌てて周りを見始めると、キッチンに続くドアが開いた。
「おや、起きていたのかノ?」
全く眠そうな態度を取らないタイガーが事務所に入ってきた。
その手には白磁のティーセットをお盆に載せている。
「いえ、さっきまでうつらうつらとしていたようですわ・・あのエミ様は」
「エミサンはまだ戻って来られてないノー、ま、コレでも飲んで待ちんシャイ」
ソファーの眼前にある硝子張りの机に白磁のティーセットを置いた。
「ホットミルクと蜂蜜を用意したんジャー」
なかなかこ洒落た真似をしている。
北欧製の名の有るポットにはたっぷりのホットミルクが入っており、カップは二つ。蜂蜜淹れはポットの大きさを10分の1にした程度である。
さぁどうぞと、手のひらを上に向け、弓にカップを勧めるのだが。
「いえ、わたくしはエミ様が戻られてから頂戴しますわ」
そう答えたと同時に。
地下へと通じるドアが開いた。
弓の話し相手をしている形になっていたタイガーが音も立てずに、開いたドアの方を向いて。
「お疲れ様でした、エミサン」
深々と頭を垂れている。
それに倣って弓かおりもソファーから立ち上がりお辞儀をして見せた。
お嬢様であるそのお辞儀は妙に優雅な物であった。
二人の様子を目に捉えながら先ほどまで弓が座っていたのとは反対側にあるソファーに腰を下ろしたエミ。
エミの所作を見て座ろうとする弓であったが、タイガーがそのまま立ち続けていた為、少しだけ腰を沈めたのを元に戻した。
「タイガーこのポットは?」
「へい、簡単な物ですが、ホットミルクを用意したのですジャー」
「ん、それは結構。でそこにいるのは誰なワケ?今は美術館の依頼以外は受けないワケ」
何をしているのだと、言わんばかりの目をタイガーに向けながら白磁のカップを手にしたエミ。
タイガーはその目にやや怯えながらポットからホットミルクを注いだ。
「六道女学園の弓サン、ですジャー以前臨海学校の時に会っていると思うのジャガー」
「・・あぁ、そういえば夏に見た顔だったワケね」
実の所小笠原エミは六道女学園のイベントに参加することは非常に稀である。
それこそライバルである美神令子の半分にも満たない。
この件に関して以前漏らした言葉があった。
『ワタシのやり方は王道からかけ離れすぎてるワケね、参考にされても困るしネ』
それ故、弓の顔はおぼろげ程度の記憶であったのである。
「弓ちゃん、とりあえず座ると良いワケね」
はい、と答えてからこれまた優雅な所作でエミの向かい側にあるソファーに腰を下ろした。
「エミさん、実はお願いがあってこちらにお邪魔させていただいております」
「お願い・・?どういう事タイガー?」
タイガーに質問しながら、手振りで弓にカップを持つように促しす。
「実は・・今度の仕事をお手伝いしたいそうなんジャー」
「へ?」
エミの目が丸くなる。
「実はわたくし、霊力が落ちておりまして。で、たまたま図書館にいらしたタイガーさんに相談したら」
弓の表現は丁寧すぎる。要約すると現場に出るのが一番だと諭されたので、
お手伝いをさせて頂きたい、となる。
「そうね。それは間違いではないワ。でも・・」
少し考え込んでから、ふと事の重要性に気が付いたエミ。
「時に弓ちゃん、今ワタシの事務所にいる事をご家族には伝えてあるワケ?」
霊障以外にも何かと物騒なこのご時世、女の子が10時を過ぎても家に連絡の一つも入れなければ大問題である。
「あっ、いけない!今すぐ家に電話をかけますわ」
あわてて自宅に連絡を入れようとする弓だが。
「エミサン、弓さんトコには連絡済みジャー、さっき電話しておいたのジャー」
有難う御座いますと未だに直立不動を続けるタイガーにお礼を言った。
「そう・・で、ご家族の誰と話したワケ?」
「お父上様ジャー」
これを聞いてやや青ざめる弓かおり。
弓家の現当主は時代錯誤なまでに厳しい仁である。
「あ、あのタイガーさん、父上は何と仰っておいででしたか?」
「それがノー、かおり・・あ、弓サンの意志を尊重するが、手助けはしないといっていたノー」
「手助け?とはどういう事ですの?」
「エミサンのお手伝いをする手伝いはしないという事だと思うのジャー」
ほっとした表情を見せた弓がいた。
ふぅむとうなったエミ。
「ちょっと席をお外し。タイガー」
そう指示を出すと、タイガーはでは宿題をしてきますケンと言葉を添えて自室に向かった。
そして。
エミの表情は厳しいものへと変化していった。

「はっ!仕事一つもした事無くて、『霊力が落ちて不安』?大層な自信家なワケね!」
静かにカップを置いてからエミが言葉を続けた。
「オタクが学校でどのくらい優秀なお嬢様か知らないど、その程度の事でGSを諦めようとする子が使えるワケないのね」
「で、ですが、エミさん」
「・・下の名前で呼ばれたく無いね。小笠原さんとお呼び」
「うっ・・じゃ、じゃあ小笠原さん。霊力が落ちてるのは事実でして・・」
「霊力測定のアレなワケね。あんなの実際の仕事にゃ役に立たなくてよ」
先にタイガーが述べたとおり、現場において、霊力の大小は、そこまでは重要視されていない。
とはいえ、あくまでGSの免許に通った上ではある。
例えば・・冥子とエミの場合、冥子の方が成績は上であるが、仕事の実績は美神令子と同等、信頼に至ってはそれ以上である。
どうにもむらッ気のある美神令子に比べて、一度決めた仕事はきちんと守る気質のエミ。これが信頼に繋がっている。
「はっきり言えば、今のオタクを使ったとしても足手まといになるだけなワケよね、判る?」
「・・・・はい」
下唇をかみ始めた弓。
「この業界、とにもかくにも気合が必要。その興し方は千差万別、例えばお金、例えば名声、じゃ、オタクの場合は何であって?」
「・・・・・・判りません」
「自分の事もわからなくて、手伝わせてください?何もかもがまちがっているワケね」
俯き加減になった弓が反論した。
「じゃあ、小笠原さんは何が気合になっているのですか?」
「ワタシは、かつて神父との約束の為ともしかしたら贖罪の為ね。・・ま、ワタシのは少々話が込むからいいわ」
小笠原エミの過去はおいそれとは語れる物ではない。
「・・それに弓ちゃん。今度の仕事は危険ランクはA・・いや場合によってはSクラス。生きて帰れる保障は無いワケ、それでも手伝える?」
「・・・・手伝えると思います・・・」
「思えます、か。じゃあこの仕事で死んでしまったとしても後悔は無いワケね。ワタシはオタクを守る積りはサラサラ無いワケ」
「そ、それは」
弓は絶句してしまった。そして数分の時間が大層な流れに感じた弓。
そして
「・・・ふぎっ」
嗚咽を出した。
「うっ・・くっ・・・くっ・・ぐすっ」
制服の袖で目を拭い始めた。
自分が何故悲しいのかが判らない。でも泣いているのだ。
いままで厳しい顔をしていた小笠原エミの表情が氷解するが如く、笑顔になっていった。
「弓ちゃん、もう一度考えてご覧なさい。何の為にゴーストスイーパーになりたいワケ?正直オタクなら直ぐに答えは出せるはずよ」
「・・・わたくしは・・ぐすっ・・弓家の為に霊能の家系を守る為にゴーストスイーパーになる必要があります、でも・・」
「そうでしょうね。弓ちゃん、これはワタシの想像だけどね。小さい時は疑問も持たなかったでしょうけど、オタクの歳なら迷って当然なワケね」
弓かおり、六道の中ではトップクラスの能力とカリスマ性を備えている。だがそれはあくまで学校と言う閉鎖された中の話である。
その彼女が雪之丞を始め、ピートや神父の本当の姿を見せられ、かつて、最強の魔人との戦いを目の当たりにして自信をなくすのは当然の流れである。
なまじ理解力があるからこそ、迷いからスランプが生じてきた。
小さい頃は教師役についていけばよかったのかもしらぬ。だが、今の弓に必要なのは教師よりも自らの意志だ。
「もう一度尋ねるわ。おたくゴーストスイーパーになりたい?」
「・・はいっ!なりたいです」
「怖くは無い?」
「怖いですわ。でも!」
「でも、なぁに?」
「恐怖以上に逃げる事は嫌なのですわ!人がこの道で生きていくと決めたからには、あがらってみたいですわ!」
自分の言葉に励まされる。大人にはなかなか出来ないが、、高校生という年齢はそんな事がありえるから面白い。
すくっとソファーから立ち上がり拳を振り上げて見せた。弓がいた。
「くすっ・・はははは。OK、オタクの意志は判ったわ・・ってアハハハ」
最初は微笑であったが、終には腹をかかえて笑い始めるエミ。
「ぐすっ・・くっくっ・・はは、あはは、オホホホ」
泣きながら話していた弓もエミに釣られて笑う始末。
「そう、ソレよ。根拠があろうがなかろうが、『自信』これがなくちゃぁ、どんな仕事をしても逃げる結果になるワケね、それでいいの」
「じゃあ、使っていただけますか?小笠原さん」
ぱん、と手を叩いたエミ。
「いいわ。ただし、ご家族にはちゃんと話をする事、そしてOKが取れれば手伝って頂戴。是非ね」
ウインクまでして見せた。
「有難う御座います!じゃあ早速家に連絡を入れます」
「えェ、そうして。で、家に連絡するときには『ワタシは是非使ってみたい』と付け加えるコトね。それと『小笠原さん』じゃなくて『エミさん』でいいワ」
「はい!エミさん」
この言葉をきいて、一層の笑顔を見せる弓かおりがいた。
電話をしている弓に耳を傾けると。
最初はご両親はポルターガイストの仕事と聞いて反対をしていたようだが、弓がどうしてもと頭を下げているシーンが見受けられた。
「ま、頑張るといいわ。弓ちゃん」
既にぬるくなったミルクをたっぷりの蜂蜜を入れて最後まで呑んだエミ。
どうやら説得に成功し始めてるのを確認しつつ、タイガーの個人部屋に声を掛けた。
「タイガー、今度の仕事はゲストで弓ちゃんを使うワケ、いいわね、それとタクシーを呼んで置いて頂戴、そうね、30分後ぐらいに」
「へい。了解ですノー」
エミの場合は自宅と営業所を兼ねているので、電話回線が二つ有る。一つは今弓が電話をかけている仕事用。
もう一つ、プライベート用の電話回線を使ってタクシーを呼んで、ソファーのある部屋に来たタイガー。
「タクシーを呼んでおきました。エミサン」
「ん。OKじゃあ聞きましょう、タイガー、オタクには『カミル・クロイ』の事を調べるようにいってあったケド」
「へい。カミルは・・・」
この霊的障害を起している哀れな女彫刻家に関しては筆者が前作に筆記した物を参考していただきたい。
一通りの説明をして15分ほど。途中から晴れ晴れとした顔を見せた弓かおりも加わった。
そして残りの15分で二人に指示を出した。
「仕事は明日の夜、24時、真夜中に行うわ。その時間ならカミルの霊のいるだろうからね、それと今度の仕事で弓ちゃんが加わるから必要な道具が幾つかあるワケね」
具体的には破邪札である。
弓は霊能の資質でかの破邪札を容易に使える。
エミは呪術師、タイガーはテレバスの業師。どちらかといえば搦め手を得意とする2人である。
そうなると期待以上の戦力に化ける可能性がある弓である。
その他にもどうしても鬼見君も欲しい所。
だが。
「エミサン、鬼見君は既に厄珍のオッサンにリースしてもらう事にしてますノー、あと今までのポイントで破邪札は買えますノー」
「よくやった、タイガー、じゃあ学校の帰りに2人でとっておいで。そして夕方の6時に集合。それまでは自由にしておいで」
タイガーと弓が素直にエミの指示に従がうと丁度タクシーがやってきた。
「さ、今日はお帰り、弓ちゃん、明日は大仕事だからね、あと自分の得物を忘れないようにネ」
再度ウインクして見せたエミがいた。
タイガーが玄関までエスコートをして、弓がタクシーに乗るのを確認していた。
そして、ソファーの置いてある部屋の時計が11回重々しく音を響かせていた。
寒々しそうにしている月はせめて雲でも羽織ればあたたかいとかんがえていたのが、
薄雲を幾重にも纏っている夜であった。
肉眼で見れる星々の幾つかも雲が紡いだ毛布の恩恵に預かっていた。


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