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上を向いて歩こう 顔が赤いのがばれないように

惨劇のメリークリスマス 【終】


投稿者名:由李
投稿日時:05/12/11

――急速に接近している! あと三十秒で接触するわ!

イヤホンからの指示が怒声に変わり、ついに霊圧を肌で感じる距離まで奴が近づいてきた。
俺はその指示にも軽く手を上に挙げて答えた。俺たちは歩くのをやめて、辺りに注意を払う。
視界に白いものがゆらゆらと落ちてくるのが見える。また一つ、一つとそれは数を増していく。
雪だ。積もるほど勢いはないが、きらきらと光をうけて降り注ぐ雪はとても幻想的だった。
明日はホワイトクリスマスか、それともシロの命日か。くそ、やつはどこだ。ぶっ殺してやる。

「横島くん。ちょーっとこっち見てくれないかなー」

背中からチェリーの声が聞こえ、俺は反射的に振り向いた
四十メートルほど離れたところの街灯に、微かに光る真っ赤な斧と赤いサンタ。
舞い散る雪の中で血の塊が浮遊しているような、毒々しい赤だった。

――二分間! 二分間やつの攻撃に耐えて頂戴! 危なくなったらすぐに逃げることも忘れないで!

その指示に、俺の手が挙がることはなかった。

「プレゼントガ アルンダ ウウウウウウウウケトッテ クレぇぇ!」

あの時と全く同じ格好でやつは現れ、同じようにこちらに走って向かってきた。
あのときと違うのはGメンによる銃声が無いことと、この場にシロとタマモがいないことだ。

「タタタタノシミニ シテタダロぉぉ! サササンタクロース ダヨヨヨ!」
「来るぞ! チェリー!」
「わかってる! 私から離れないで!」

チェリーはまず薄い結界で俺たちを包み込み、その上に三重の結界を張った。
四十メートルほどあった距離はすぐにつめられ、やつはもう目の前だ。

「イイイイマスグ クククク クククク クビヲハネテ アゲルカラネぇぇ!」

五つ目の結界を張っている最中に、サンタの真っ赤な斧が俺たちに振り下ろされた。
斧は一番外に張ってある結界を破ったのだが、その次に張られていた結界によって弾かれた。
サンタはぽかんとして斧と結界を見比べていたが、奇声と共に再び斧を振り上げ結界を破ろうとしてきた。

「やっばーい! これ二分ももたないかも!」
「美神さん! まだですか!」
――あと一分三十秒! 文珠を使ってマイコを援護するのよ!

俺の文珠を使って結界の修復を手伝ったのだが、チェリーが結界を作るよりも早くサンタは次々と結界を突破していく。
徐々に俺たちを包む結界が層を薄くしていった。

「プレゼントトトトトト イラナイぃぃ!? エンリョ スルナヨぉぉ!」
「あと五回しのぐのが精一杯! それと私結界張るしかできないから結界解けたらあんたが守ってよ!」
「結界が破られたら終わりだ!「マジ!?」美神さん!」
――もう少し! 何かわかりそうなの。もう少しだけ耐えるのよ!

俺たちの周りにある結界は既に二つしかない。
そしてその二つのうちの一つを今サンタが破り、即座に俺の文珠とチェリーでもう一枚結界を張る。
しかしその間にもサンタは斧を振り下ろしてくる。

「モウチョット ダネぇぇ! タノシミ ダネぇぇ!」

バリンッ!

「あと三回!」
「美神さんっ!」
「ホラホラ! ハヤク チヲ フキダシナヨ! フンスイ ミタイニサぁぁ!」

バリンッ!

「あと二回! 早くしてー! 死にたくないー!」
「まだか! まだなのか!」
「ボクノ プレゼント ウケトッテヨぉぉ! サミシイヨぉぉ!」

バリンッ!

「一回! もう駄目ー!」
――わかったわ! そいつの体の本体は斧よ! ありったけの文珠で斧を攻撃するの!
「メリぃぃぃぃクリスマぁぁぁぁぁぁぁぁス!」

ガシャンッ!

最後の力を使って張った結界が弾けたガラスのように音を立てて砕け散った。
結界が解けた俺たちは踊るような雪のシャワーの中で、真っ赤な斧が天高く掲げられるのを見た。

「くそっ間に合わない!」
「お父さんお母さん今会いに行きますー!」

バァン――

「グゥ!?」

チェリーが叫ぶのと、高く掲げられたサンタの斧に銀の銃弾が当たったのはほぼ同時だった。
一瞬だけ茂みに視線を送ると、あの鼻に傷のある軍人のようなGメンが地面に膝を立ててこちらに銃を向けていた。
サンタは何がなんだかわからないといった様子で、ぽかんとしている。今しかない。
俺は手元に残っているありったけの文珠に『滅』の文字を込め、ひるんだサンタの斧に向けて力いっぱい放り投げた。

「グウウウウウ! プレゼント……! アゲタカッタ……ダケナノ……ニ……」

文珠の閃光と同時にサンタの体は拡散し、夜の公園に散っていった。
急に音が無くなった公園には、俺の荒い息遣いだけが妙に大きく響いた。

「あれ、もう天国についたの?」

チェリーは胸の前で手を組み、静けさを取り戻した夜の公園をきょろきょろと見回している。
俺はチェリーの頭にぽんと手をおいて言った。

「いや、地獄さ。ただし逝ったのはサンタだけどな」
「……助かった」

チェリーは腕をだらんと垂らし長い安堵のため息をついた。
茂みのほうに顔を向けると、勢いを増し斜めに降り注ぐ雪の向こうから、美神さんがこちらに走り寄ってくるのが見えた。
俺はそこでようやく右手を掲げた。





** Telephone





「じゃあ、これでどう?」
「死ぬところだったのよー。割増して、これくらいかな」
「く、ガキのくせしてしっかりしてるわね」

Gメンのお役所仕事である書類手続きを済ませ、事務所に戻った時には既に日付が変わりそうになった頃だった。
ぐったりして帰ってきた俺たちへのおキヌちゃんの心配などよそに、さっきから美神さんはチェリーと報酬の取り分の話をしている。
俺が座っているソファーの後ろには、あの軍人のようなGメンが仁王立ちしていた。どうやら美神さんの話が終わるのを待っているようだ。
美神さんによればあのサンタの姿は斧が映したホログラムのようなものらしい。
ただし霊力が常に斧から循環しているので生きている肉体と見分けがつかなかったらしいのだ。
種がわかれば不死身の怪物ももろいものだ。

「はい商談せいりーつ。じゃあ私帰るから、口座に入金よろしくね。ばっははーい」

商談が終わったらしく、チェリーは椅子から立ち上がった。
そして頭のリボンを揺らしつつ、来たときと同じように、いやそれ以上に意気揚揚として事務所から出て行った。

「あの女とはもう二度と一緒に仕事しないわ。まったくがめついガキね!」

あんたが言えるのか。

「美神さん。霊刀はこちらで回収しました。事後処理は全て我々が済ませますので、ご心配なく。報酬は後日小切手にて支払います。では私はこれで」
「はい、お疲れ様」

軍人のようなGメンはそそくさと事務所を出て行った。
緊張の解けた事務所で突然電話のベルが鳴り響き、おキヌちゃんが受話器を外した。
二、三言葉を交わした後、おキヌちゃんの顔色が変わる。

「シ、シロちゃんが……!」

俺はその言葉だけで十分だった。

「くそっ、美神さん!」
「わかった! 今日のコブラは韋駄天よりも早いわよ!」
「あ、ちょっと待って!」
「おキヌちゃんも来なさい!」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「さあ早く!」

俺たちはまだ何か言いたそうなおキヌちゃんを引っ張ってガレージへと走った。
今なら裸足で走っても韋駄天に勝てる気がする。





** Merry・Christmas・of・an・atrocious・event





雪の中をオープンカーで飛ばしても、熱くなった体が冷めることはなかった。
駐車場に薄くつもった雪をドリフトで散らしながら病院の玄関口に車をつけ、俺たちはドアを飛び越えて病院の中へと走った。
フロントで病室を確認し、エレベーターを待つ時間すら惜しかった俺たちは、猛スピードで階段を駆け上った。
シロが入院している病室のある階につくと、廊下の椅子に座って眠りこけているタマモの姿が目に入った。
そしてタマモが寝入っている椅子の前にある病室には、犬塚シロの文字の入ったプレートが見える。
俺たちは病院であることも忘れて勢いよくドアを開けた。

「シロ!」
「また君たちかね。ここは病院……」
「邪魔よ!」
「ひでぶ!」

病室の中にいた医者に美神さんのエルボーが当たり、その医者は壁に軽くめり込んだ。
ベッドに横たわっているシロはぴくりとも動かず、まるで眠っているようだった。
俺はある電子音に気が付いた。そのピーと絶え間なく流れる音が、そのときとてつもなく不快だったのを覚えている。
ドラマなどでよくあるだろう。ベッドに横たわっている人が死んだとき流れる抑揚のないあの電子音。
だが今ベッドに横たわっているのは、ブラウン管の中の虚像の人物ではない。かけがえのない仲間だ。
俺は膝をついてベッドによりかかり、ぴくりとも動かないシロの手を握り、構うことなく泣き出した。

「あの、先生……?」

もう二度と大切なものを失いたくなかった。だからあのとき守る為の強さを持つことを誓ったのだ。
だが守るはずの自分は守られて、また俺はかけがいのないものを失った。
全て俺のせいだ。俺の弱さのせいだ。

「先生ー、もしもーし」

ああこんなことなら毎日五十キロでも百キロでも散歩に行っておけばよかった。
もうあの地獄の散歩コースを全力疾走することもないだろう。

「拙者まだ生きてるでござるよ」

ドッグフードだって買えるだけ買ってやったものを。
だが今となっては遅すぎる。なぜならまだ死んでない……ってええ!?

「でででで、でたー! ナンマイダブナンマイダブ……」
「いい加減頭を冷やせ!」

美神さんが張り手を繰り出し、今度は俺が壁にめり込んだ。
だが冷静になった俺は、今度はシロが生きていたことに感極まってまた泣いてしまった。
俺が手を握り続けていることに、シロは少し照れくさそうにしている。
俺はにじんだ景色の中でシロが動いていることが嬉しくて、胸がはちきれそうだった。

「先生は泣き虫でござるな……でも心配してくれて、嬉しいでござるよ。先生……」
「うるせえ! よかった……本当によかった……」

俺はシロの手を握り続けたまま大きな安堵のため息をついた。
すると美神さんの手が俺の肩に置かれ、美神さんらしくない言葉が出てきた。

「偽者のサンタがいなくなったんだから、本物が命をプレゼントしてくれたんじゃないの? ほら、時計を見てみなさいよ」

時計を見ると、時刻は十二時をとうにまわっていた。
窓の外は雪が絶え間なく降り注いでいて、遠くに見えるビル群の明かりに反射してきらきらと輝いていた。
今日はシロの命日ではない。ホワイトクリスマスだ。
俺はシロが無事だったときに必ず言おうと思っていた言葉がある。今なら言える。
クリスマスは毎年祝うことにしよう。キリストをあがめる意味ではなく、一人の人狼の為に。
サンタクロースはもう見たくもないけどな。





惨劇のメリークリスマス 完










後で西条から聞いた話だ。
あの後回収されたはずの霊刀が本部に届かなかったらしい。そして鼻に真一文字の傷のある男など、Gメンにはいない。
何かが始まっている。
そして、それは闇から闇へと移動し、俺たちの知らないところで少しずつ進行していくのであった。


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