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魔神少年

第二話 旅立ちの時


投稿者名:蛟
投稿日時:05/11/30

魔族。


人間の世界では、悪魔だとか妖怪だとかと同じで、強大な力を有し、暴力や知力を持ちて人間を騙し滅ぼす『災いなす者』と記される存在。
その正体はなんのことはない、ただのカードの裏表の裏でしかなく、仕組まれた闘争に永遠に勝利することを許されない、哀れな牢獄の住人。
そのほとんどがそんな事実に気付くことなく、繰り返される茶番に何の迷いも疑問も抱かない。

しかしある時、ふと一人の魔神は気付いてしまう。その膨大な知力ゆえに。
あまりに無残で、無慈悲で、救いようのない己の運命に…














「ほらほらっ…ぼさっとしてんじゃないよっ!!」

「おわぁっ!!」

魔界の中央付近に佇む巨城、アシュタロス城の一室。
ここを舞台に、横島は今まさに己を襲う生命の危機との激闘を繰り広げていた。

「いつも言ってるだろっ! 戦闘での唯一にして絶対的に必要なものは『間合い』だっ!! 自分の領域を創りそこに進入するあらゆるものを叩き! 払い! 打ち砕くっ!!」

横島がいるのは、城内の一室とはとても思えない、一面見渡す限りの荒野だった。ある物と言えば所々生えている雑草と、葉が1枚も生えていない枯れ果てた古木と、無造作に転がっている巨大な岩石くらいだ。

「攻撃をかわす時はギリギリまで引き付けてっ! 避けるんじゃあなく相手の陣地に侵略するようにむしろ近づくコトを意識しろっ!!!」

よく使い込まれた刺叉を繰り、息をも吐かせぬ苛烈な攻めを浴びせ掛けるのは、薄紫の長髪に、どこか蛇を思わせる釣り上がった両眼。べスパに勝るとも劣らない、健全な青少年にはある意味凶器ともいえる素晴らしいプロポーションを誇る女性。

「視点はそのままで、全体を意識するように外側へと感覚を広げてみなっ!! ただ相手を見るんじゃあなく、相手の全てを『観る』ことを体で覚えるんだよっ!!!」

「ちょ…ちょっとまてメドーサっ!! こりゃいくらなんでも……………っ!?」

バキィ!!!

女性、メドーサと呼ばれた彼女の振るった横殴りの刺叉が、横島を襲う。なんとか防御していたようだが、衝撃を止めることまではできず、そのまま後方へと吹き飛び、横島は岩壁に体を激突させてしまった。

「…ふぅ、今日はこのくらいにしておくかね」

「あ…あんがとう…ございました……」

壁にめり込ませた体をピクピクと痙攣させながら、横島は辛うじてその一言だけを搾り出した。






「痛てて……」

荒野の岩場にもたれかかり、そのままずるずる尻餅をついてしまう横島。上下白の簡素な練習着は最早衣服としての機能を失う程ボロボロで、鍛錬の激しさを物語っていた。

「ふん、何時も最後は気絶してたのに、ちょっとはマシになったじゃないかい?」

「まあ、いつもいつもこんだけボロボロにされてりゃあな……頑丈にもなるさ」

使いな、とメドーサが横島に小瓶を投げて渡す。中身は傷薬のようで、横島は全身いたる所に出来た傷口に塗りこんでいく。ルシオラ特製の良く効く万能傷薬、命名「ナオリン」だ。ちなみに彼女の造りだす発明や兵器は魔界全土にも大変好評で、わざわざ他領土から遠労はるばる訪れる者もいるほどだ。



「で……結局あんたが行くことになったんだろ? 『下』に」

しかめっ面、とまでは行かないが、メドーサの顔には若干の『不機嫌』さが現れているように見え、口調もどこか棘が見え隠れしている。

「ああ…ま、俺もこれが一番順当だと思うぜ? 特別命に危険があるって訳でもないしな。そのへんもちゃんと考えてるだろ、あいつのことだし」

「ふーん…でも、あの三人が黙っちゃいないだろう?」

ピク

「あ、ああ…まあね」

ははは…と乾いた笑いをもらしながら、横島は少し前の出来事を思い出していた。






時間は一時間ほど前に遡る。



「俺が『人間』だからさ」

ひとまず、なんとか、3人娘を落ち着かせた横島だが、彼女達の顔にはまだ不満がしっかりと残っている。

「まあ、当然っちゃ当然だわな。この任務で重要なのは直接的な戦闘力じゃない。いかにターゲットに気付かれないかにかかってる。たしかに、べスパやルシオラレベルの魔族の変装はちょっとやそっとじゃばれないけど、万が一はありえる。その点俺なら、こことの接触を絶っちまえばまず疑われない。正真正銘100%人間の俺が、この作戦にはうってつけってわけだ」

説明が終わっても変わらず憮然としている三人。彼女らもこの作戦には横島が適任であることを理解していたのだが、納得はしていなかったようだ。

「それはそうだけど…」

ルシオラはなにか引っかかるかのように考え込んでいる。

「(確かに理に適っている。私達や他の魔族が変装していくよりも確実だし、命の危険も少ない…でもどこか引っかかる…なんでだろ? なんでかイライラする…)」

ちらりのデスクに置かれた写真に目を移すルシオラ。そこには自分とは比べ物にならないスタイルを持つ女性。顔つきや髪型、雰囲気がどこかメドーサに似ていなくもない。

「…」

サワ…

ふと自分の胸に手を当てる。写真の女の胸と、自分の胸を交互に見比べてみる。

「……」

正体不明のイライラが頭の中で増幅したような感覚を覚えた。

「一番避けなきゃいけないのは美神さんが死んじまうことだ。死なれちゃ魂は転生してまた振り出しに戻る。まああの人のことだ、そう簡単には死なないだろうけどな」

まるで旧知の仲のように彼女のことを語る横島。たった1日で、彼女の魅力に気付いたのか、その顔は晴れ晴れとまぶしい笑顔であった。

「………」

そしてそんな横島の笑顔を見て、さらにイライラを募らせるルシオラ。

「(ぐふふ…それにあのスタイル。まるで俺に見てくださいと言わんばかりの爆裂ボディー! 当分メドーサやべスパ分はお預けだからな! コイツは先が楽しみ………っはっ!?」

しまったと、口を噤んだ時にはもう遅い。彼の悪い癖、妄想が臨界点を突破すると全て声にでてしまうというやっかいな心の悪魔が顔を出してしまったのだ。

「……ひっ!!!」

おそるおそる彼女達の方を見る横島だが、最早直視できる状態ではなかった。
べスパ・パピリオ両名も彼の発言(というか独り言)に憤慨していたのだが、隣にいる我らが長女の姿を目の当たりにしてしまい、怒りも吹き飛んでしまった。

「あの…ルシオラさん…?」

冷たい。ただただ冷たい視線で横島を睨みつけるルシオラ。禍々しいオーラも無ければ城全体を振るわせるエネルギーの放出もない。だが、逆にそれが得体の知れない恐怖をどうしようもなくかきたてる。

「…そう…やっぱりそうなんだ…」

そう呟くルシオラの顔に怒りや悲しみはない。あるのは諦め、あるいは侮蔑か。今なお自身の胸に添えられた右手を強く強く握り締め、ルシオラはフッ…と笑みを浮かべる。

「そんなにその女がいいんだ…」

「る…るしおら…?」

「そうよね〜、よく見たらこの人綺麗だし、スタイルもいいし、それにどこかメドーサにも似てるしねぇ、兄さんの好きなタイプど真ん中って感じだしね」
あっけらかんとしたルシオラの笑顔。しかし眼は、瞳はそれと反してどこまでも冷たい。

「そんなにいいなら…一生人間界にいたら? この………バカ兄貴っ!!!!」

バキンッ!!! ガシャンッ!!!

ツカツカツカツカッ!!!!

「…………」

自動ドアを無理やり破壊し、ルシオラは力強い歩調で部屋を後にする。誰も、その後を追おうとするものはいなかった。

「………………………忠夫が悪い」

「………………………反省するでちゅ」

心底呆れたようにそう呟くと、最早救いようがない…といった面持ちで二人も部屋を後にする。

「………」

「………」

無残にも半壊したミーティングルームに残されたのは、真っ白に燃え尽きた1人のバカと一体の埴輪だった。









「相変わらず…ほんっとにバカだねあんたは」

「ほっとけ…今回はさすがに反省してんだよ」

はぁ…と深いため息を一つ。その言葉通り、あのルシオラの態度に相当ショックが大きいかったのか、普段チャランポランな横島も猛省している。

「とは言っても、あれから口利いてくれないどころか部屋から一歩もでてこないんだよな…」

そう言い終ると同時に電子音が鳴り響いた。

ピピピピピピピピピ!!!

「!?…あ、もう時間か」

音の発信源である腕時計を見、時間を確認する横島。痛みに悲鳴をあげかけている体に鞭を打ち立ち上がる。

「出発かい?」

「ああ、あと2時間後だな。もう準備は万端だし…あとはあいつの所によって、こことは当分おさらばだな」

横島の言う通り、次に一度人間界に行けば、任務のためその後魔界との接触を断たなければならない。大方の仲間とは別れの挨拶は済ませた。しかし、思い残すことが二つばかり残っている。

「つー訳で、もう行くわ…」

ヒョイッ
と彼女に投げ返したのはあの傷薬。メドーサはそれを、どこか大事な物をしまい込むようにそっとポケットへ。

「ああ、あと…ハーピーにさ? 言っといてくれ…『ゴメンな』って」

「………次あった時に、自分でいいな」

「…………………ああ、そだな」

横島は一度天井を見上げて、大きく息を吸い込む。そしてメドーサの方に向き直り、背筋を伸ばし

「師匠、今までお世話になりました」

深く、頭を下げた。

「まだまだ未熟者ですが、今後も師の教えを全うし、己の『道』を歩んでいく所存です」

「頭あげな…まったく、本当にその通りだよ。未熟で馬鹿でスケベで、まだまだこれからって時なのに…ホントは自分で決めたんだろ? 人間界に行くってのは」

「…………これが俺の決めた『道』ですから」

親友を救うための……心でそう繋げたあと、頭を起こした。
メドーサの眼には、人懐っこい笑みを浮かべた横島の眼が少し潤んでいるようにも見えた。それを見て、メドーサも、今まで感じたことのない感情を覚え、胸を締め付ける。

「ま、いつかまた、絶対に戻ってくるさ。なんたって、ここが俺の故郷なんだからな!!」

彼が強がっているように見えたのは、気のせいではないのだろう。メドーサは思い返す。
この魔界に、人間の赤ん坊がやってきた。最初は興味本位だった。どうせすぐ死ぬか、殺されるかするだろうと思っていた。でも、彼女の予想は外れた。すくすくと成長していく彼を見て、彼女はまるで荒んだ心が洗われるかのような暖かい感覚を覚えた。いつしか彼がいることが当たり前になった。前代未聞、魔界育ちの人間。でも少年は、下手な人間よりもずっと人間らしい、良い男に成長した。

「あたりまえさ…まだまだ修行は終わっちゃいないからね、帰ってきたら血反吐つくすまでしごいてやるから……勝手に死ぬんじゃないよ」

プイとそっぽ向いたメドーサに、再び一礼した後、横島は踵を返し部屋を出た。

「ふふ…本当に、変わった奴さね」







「……………兄さんのバカ……………」

自室のベッドに突っ伏しながら、もう何度も同じセリフを吐いてるルシオラは、先程の事を思い出していた。

「あれじゃまるで……あの女に嫉妬してるみたい…私もバカね、兄妹なのに……」

抱え込んだ枕をいっそ強く抱きしめる。

「でも……関係ないよね? 兄妹だっからって……」

ルシオラは悩む。もうすぐお別れなのに、と。今生の別れではない。しかし、生まれたときから、もうそこに彼はいた。私を暖かいまなざしで見つめてくれた。いなくなるなんて、想像も出来なかった。どんな顔してお別れすればいいのかも分からない。

……コンコン……

控えめなノック。あれから何度も聞いた。たたき方で、誰が来たかは分かる。だから返事はしない。

『ルシオラ…もう行くよ』

「!」

ドクンと心臓がはねた。もう別れはすぐそこまで迫っている。

『ちゃんと毎日ご飯食べろよ』

「………うん」

『研究に没頭してても、1日7時間はしっかり寝ろよ』

「………………うん」

『歯も磨けよ』

「……………………うん」

ルシオラの眼からは、涙が溢れて止まらない。
今までの、彼がいた生活が頭を過ぎる。

『あと……またな』

「………約束……してね」

『…ああ』

「絶対…絶対、帰ってきてね」

『…約束だ』

すこし躊躇した後、横島はルシオラの部屋を後にする。残り時間は後僅か…彼は最後に、ある場所へと向かう。




ルシオラの部屋から歩いて5分程経った。横島の前にはこの城でも一番に大きい、まるで巨城の正門のような造りをした扉が聳えている。横島が手を沿え、ほんの少し力を込めると、扉は彼を歓迎するかのように開く。

「よお、アシュタロス」

彼が呼びかけた先は、壁から上半身のみが生えた巨大な悪魔のようなフォルムの石造。

「もう少しの我慢だ。すぐにそっから出してやっからな」

『…本当に良かったのか?』

「たりめーだろ? 俺にまかせとけってんだ! 結晶なんざちょいちょいちょ〜いと回収してやるよ。まかせなさいっ…で、次に会うときは、本当の姿のお前と会う」

『…頼んだぞ、親友』

「おおっ! 大船に乗ったつもりで待ってろ!! あ、そうだ…まだ後ほんの少しだけど時間が残ってんだ、最後に一丁、勝負しようぜ!」

横島が懐から取り出したのは、見事にチューンナップされた一機のミニ四駆。

「今までの戦績は122戦61勝61敗のタイだ。この一戦で、どっちが真の王者かを決める決定戦といこうぜ」

『…ふふ、望むところだ』

すると、石造が突如光を帯びる。球状となった光が横島の前にふわふわと漂い、それが形を変えていく。

「ふん、こんな時のために、私の愛機『ダークネスヘンケル』を格段にパワーアップさせておいたのだっ!」

現れたのは、少年。金色の髪が片目を覆う、切れ長の魔族特有の眼を光らせ、彼もまた真っ黒なミニ四駆を掲げ、そう言い放った。

「なめんな、俺のもこの間と同じだと思うなよ」

部屋の隅にあるボタンを押すと、床から見事なコースが競りあがってきた。彼らが幾度も雌雄を決してきた、決戦のフィールド。

「行くぜっ!!!」

「行くぞっ!!!」











サーーーーー
横島との修行でかいた汗と汚れを落とすため、シャワーを浴びるメドーサ。悩殺的な彼女のボディーラインに沿うように、シャワーの水がなだらかに彼女の肌を労わり潤していく。
いつもなら、こんなときは必ずといっていいほど彼は、未知への挑戦と冒険を求める為だっ! とばかりに覗いてきたものだが、今日に限ってはそんな気配すらない。

「…やれやれ、なにを期待してたのかねぇ」

彼女は、実はあまりこの時が嫌いではなかった。覗かれるということは、自分を魅力的であると彼が判断し、私に欲情している証なのだ。そのくせ、いざこちらが迫ろうものなら冗談でも狼狽し、とたんに全身を真っ赤に染め、走り去ってしまう。本当に
変わった奴だと、メドーサは笑った。

「今頃、最後の別れを惜しんでる所かね」

彼女は、人間が嫌いだった。人間をただの虫けらのような存在にしか見れなかった。しかし、彼は別だった。どこか二面性のある彼の不思議な魅力に、彼女は気になってしょうがなかった。師をかってでたのも彼女のほうからだ。彼を自分の手で成長させてみたかった。出来の悪い弟のような存在だと、だからこそかわいいと、彼女は思っていた。

「…男の顔に、なってたねぇ」

あの時彼が見せた表情は、少年のあどけなさを残しながらも、自分の確固たる信念を持ち得た1人の、そうまるで『戦士』のような表情だった。

サーーーーーー

「まったく、ホントに、いま考えてもありえないことだよ」

彼がアイツと言ったのは、我が主。溢れんばかりの知と、悪夢のような力を保有する『魔』そのもののような存在。

サーーーーーーーー

「魔神と人間の少年が、親友同士なんてね」







そして、旅立ちの時が来る。



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