椎名作品二次創作小説投稿広場


第三の試練!

〜毒と呪いとニューナンブ〜


投稿者名:ヨコシマン
投稿日時:05/11/24

 その日、美神令子除霊事務所を支配していたのは、重苦しい程に張り詰めた緊張感だった。
 高級木材を使用した重厚そうな所長用机を挟んで、何も語る事無く対峙する二人。マホガニーか黒檀かは分からないが、木目調の美しくシックな風合いを持った机の上には、異様なほどに重厚感を携えた鉄塊が置かれていた。
 その鉄塊は黒く、そして鈍く光を反射しながら、それを見る者の目を引き付けて離さない。無駄な装飾を一切取り払い、ただただ機能のみを追及し作られたそれは、逆にシンプルであるが故の美しさを感じる程だ。
 ニューナンブ M60型廻転式拳銃。日本では非常に有名な警察用拳銃である。

「・・・で、これで俺に何をしろと・・・。」

 これに触ってはいけない。本能的に危険を感じ取ったもう一人の自分が囁き掛ける。目の前の机から僅かに体をそらすと、横島は恐る恐る眼前のにこやかに無言を貫く美しい上司―――令子に問いかけた。

「・・・・・・。」

 久々に出勤してきた部下の怪訝な表情をニコニコと眺めながら、令子は相変わらず無言を貫いたまま座っている。ただ、その表情とは裏腹に事務所内の空気は恐ろしいまでに殺伐とした気配を含んでいるのだが。

「あの・・・何か喋って貰えませんか・・・?」

 久々に仕事再開の報せを受けて意気揚々と事務所に来た横島にとって、この異様な緊迫感は耐え難いものだ。相変わらず何も話そうとしない令子に困り果てたのか、助けを求めるように背後のおキヌに視線で訴えた。
 ソファーに腰掛け様子を伺っていたおキヌは、急に視線を合わせられて思わずぎくりと体を硬直させた後、取り繕うように引きつった笑顔を見せてそのまま視線を逸らしてしまった。

「・・・知ってると思うけど、今度の依頼は・・・エミとの勝負なの。ね?」

 後ろのおキヌに視線を送っていた横島の背後から、不意に令子が沈黙を破って話しかけてきた。慌てて正面に向き直った横島の目に、先程と変わらず微笑をたたえる令子が映る。

「・・・な、なにが『ね?』何です・・・?」

 この上司が何を言わんとしているのか、薄々感づいてしまっているだけに、横島はそれ以上の言葉を聞きたくなかった。だがこれも性分というやつなのだろうか、横島は思わず聞き返してしまった。

「大丈夫よ。万が一胴体に当たってもニューナンブは致死性が低いし、足とか腕とかなら全然オッケーだから。」

 いや、質問に対しての返答が正しくないんですが。横島は何とかこの現実から逃れようと、心の中でそんな事を呟いてみた。

「分かってる。“出てきたら”即幹部よ。安心して行ってきて。」

 畳み掛けるように令子はにこやかにニューナンブを手に取ると、優しく横島に手渡す。同時にぷつん、と何かが弾ける音が、横島の脳内で聞えた気がした。

「・・・あーほーかー! あんたら親子は人を鉄砲玉かなんかと思ってんじゃねえのか?!」

 この人数の事務所で幹部も何もあったもんじゃない。いや、論点はそこじゃない。そもそもGSの仕事で相手を撃とうという発想自体が明らかにおかしい訳で。ああ、でもこの人たちならそんなにおかしくも無いのか。そんな今一つ纏まらない思考の中で、横島は何とか拒否の姿勢を貫いた。

「ちっ、やっぱ駄目か。」

 残念、と令子は口には出さなかったが、表情でその心中を表現しながら少し不機嫌になった。
 そういえば、アシュタロス事件の時に令子の母親である美智恵も同じような事をしていた気がする。おキヌは二人のやり取りを少し離れた位置で眺めつつ、あの時の事を思い出しながら思わず苦笑いした。
 ようやくいつもと同じ日々。おキヌは手元のティーカップから紅茶を一口飲み下すと、心から安堵の溜息を吐いた。
 あの大蛇の事件で二度と会えないと思っていた彼が、いま目の前で上司と相変わらずの掛け合いをしている。たったそれだけの事が、これ程までに素晴らしい事だったのだ、と改めて思う。
 緩やかに、紅茶をもう一口。カップを受け皿に戻す時に、チン、と甲高い品の良い音が小さく響いた。
 おキヌは無意識的に視線を手元のカップに切り替える。何とも言えない高級感溢れる食器だ。なんと言ったか、マイセンだったろうか。幽霊だった時には気にも留めなかったのだか、ここの事務所で使う食器は実は驚くほど値の張る物ばかりだと言う事を最近になって知った。
 何気なくそんな事を思いながらおキヌは食器棚に視線を泳がせ、そこにあるこれまた高価そうな大皿にその視線を定めた。
 そういえば、美智恵から言われていた“飛びっきり美味しい料理”をまだ彼に振舞ってあげていなかった。ふと、おキヌはその事に思い至ると、早速今夜の夕食の特別メニューをあれこれと思案し始めた。

(う〜ん、でも横島さんだけ豪華って訳にはいかないよね・・・。シロちゃんはお肉の料理でいいかな。タマモちゃんは・・・。)

 献立を考えながらタマモを思い浮かべた時、おキヌはその口元に思わず笑みを浮かべた。何故かというと、横島が生き返ってきた後の彼女の行動がとても可笑しく、そして可愛らしかったからだ。
 何せ四六時中、狐の姿で横島に引っ付いていたのだから。更に『頼むからトイレの時は離れてくれ』と横島が困惑していた姿を思い出すと、堪えきれず小さな笑い声が漏れる。きっと、目を離したらまたどこかにいってしまうような気がしたのだろう。そしてわざと狐の姿で居る所が、そんな彼女の精一杯の照れ隠しだったのかもしれない。
 意外といえば、そのタマモの態度をシロが黙認していた事だろうか。てっきり妬き餅を焼くものだとばかり思っていたおキヌは、彼女が少し成長した事を強く実感させられたことを憶えている。まあ、流石に最後の方では彼女も狼の姿で張り合うように横島にべったりだったけれど。おキヌはもう一度くすりと笑った。
 ともあれ、残念ながら今はもう、タマモはそんな事など無かったかのようにクールな態度で横島に接している。
 もう少しあんなタマモを見ていたかった気もするんだけど。そんな事を考えながら、おキヌはにやにやとした顔を浮かべて何気なく視線を正面に戻すと、目の前には令子と横島が二人並んでまじまじとこちらを見ているではないか。

「・・・どうしたの? おキヌちゃん。」
「なんか顔が緩みきってるぞ・・・。」

 きょとんとした表情で暫くの間二人の顔を見詰めていたおキヌは、先程までの思い出し笑いを二人に見られていた事に気づくと途端に顔を赤らめた。

「あ、あ、いえ、何でも無いです、何でも!」

 思い出し笑いを見られたのが思いのほか恥ずかしかったのか、おキヌは慌てて二人に取り繕うと、笑って誤魔化しつつソファーから立ち上がった。

「そーだ! 今日のお夕飯の買い物に行ってこなくちゃ! 横島さん、何か食べたいものあります?
 ほ、ほら、まだ退院祝いとかちゃんとしてなかったし、今夜は豪華な料理作っちゃいますよ!」

 ちょうどその事について考えていたのと、何とも言えない気恥ずかしさのせいでこの場から早く立ち去りたいという気持が重なったからだろうか、おキヌはやや早口で捲し立てるように横島に問いかける。

「へ? あ、いや、祝ってくれるのはありがたいし、おキヌちゃんの料理なら何でも構わんけど・・・。いいんすか?」

 唐突なおキヌの問いに戸惑いながら、横島は隣にいた令子の顔色を伺った。

「な、なんでアタシに聞くのよ。べ、別にアンタが誰とご飯食べようと知ったこっちゃ無いわよ。」

 令子は少し顔を赤らめ、少し慌てた感じで横島の問いにけんもほろろな答えを返した。どうも横島の質問の意図を履き違えているようだ。

「・・・い、いや、そーじゃなくて、今日の夜はエミさんとの勝負だからそんな時間は無いんじゃないかと・・・。」

 何を怒っているのか、と困惑した顔で横島が更に聞き返す。それを受けて二人の正面にいたおキヌが小さく声を上げた。

「あ、そ、そうでしたよね。な、何言ってんだろ、私ったら。」
「そ、そーよー、おキヌちゃんったらホントに慌て者なんだからー。」

 自分の発言のミスに気が付いたおキヌが恥ずかしそうに舌を出して苦笑いしている所を、畳み掛けるようにして令子が言葉を被せた。そんな彼女もまた、先の己の発言をうやむやにしようという意思が見え隠れしている気がしないでもないが。

「ま、そういう事なら明日にしましょ。退院祝いの経費ぐらい事務所で持ってあげるわよ。
 そ・れ・に、明日なら祝勝会&エミの廃業祝いも兼ねられるからね。盛大にやるわよ! クックック、アーッハッハッハ!」

 この人は負けるという可能性を全く考えていないんだろうなぁ。心の底から楽しそうに笑う令子を、横島とおキヌは同じ事を考えながら苦笑いしつつ眺めていた。







「黙って聞いてりゃ調子に乗ってくれるじゃない! 廃業&お水の花道デビューはアンタの方なワケ!」

 突然、事務所の扉がけたたましく開け放たれ、直後に二つの人影が室内になだれ込んだ。

「エミ?! ちっ! 先手を打たれたわ! まさか事務所を直接狙うなんて・・・なんて卑劣な女なのかしら!」

 完全に虚を突かれた形になった令子は、反射的に臨戦態勢を整える。その対応力は流石に一流のGSと呼ばれるだけの事はあるようだ。

「・・・アンタさっき同じ事を俺に命令してませんでしたか・・・?」

 呆れ顔でそう呟く横島に令子は素早く近づくと、優しく微笑み、目を見詰めながらそっとその手を握った。

「お願い・・・、横島クン。やれるのは貴方しかいないの。」

 瞳を軽く潤ませ、か弱き乙女が懇願するように横島を見詰める令子。しかし横島の手にはずっしりと重い黒い鉄の塊が手渡されていた。

「む、無茶を言うなー! ああっ、し、しかしこの“お願い”は未体験の世界! いや、しかし!」

 人生においてここまで空しい葛藤もそうそう無いのではなかろうか。当たり前の事ですが、まともな人生を送っている方々は基本的に撃ってはいけません。注意してください。
 ともあれ流石に横島と雖も、知り合いに向かってお気軽に発砲なぞ出来る訳も無く、その手に拳銃を握ったまま拒否の姿勢を崩さないでいる。
 そんな頑なな横島の態度に、令子は少し寂しげに笑って一旦視線を逸らすと、改めてもう一度横島を正面から見据えた。

「・・・横島クン。男にはね、いつか必ず銃を構えなければいけない時が・・・。」
「そういう微妙なネタはやめんかー! 大体、エミさんに向かってこんなもん撃てるわけ無いでしょー!」
「・・・貴様ぁ! ラプラスの時は何の躊躇いも無くアタシに引き金引いただろーが! 撃て! 撃つのよ! 三等兵!」
「ああっ! あれはまさに魔がさしたって事でっ!」

 襟首をつかまれ、ガクガクと激しく揺さぶられながら横島の必死の言い訳が続いている最中、おキヌは申し訳無さそうにエミに歩み寄ると頭を下げた。

「あの、美神さんをやる気にさせてくれたのって・・・エミさんなんですよね? ありがとうございます。」

 そんな心からの感謝の気持がにじみ出るようなおキヌの挨拶と笑顔に、思わずエミも微笑み返した。が、その笑顔もほんの一瞬だけの事で、すぐに先程までの厳しい表情へと戻ってしまう。

「おキヌちゃん、悪いんだけどちょっと下がってもらえる?」

 その気迫に押され、おキヌは軽い驚きの表情を作りつつ、言われるがままに半歩下がった。
 同時にエミは半歩前に踏み出すと、来客者を無視したまま夫婦漫才を繰り広げる二人に向かって、語気鋭く言い放った。

「令子っ!」

 緊張感を孕んだエミのその声は、言い争う二人の意識をこちらに向けるには充分過ぎるほどであった。
 何事か、と言わんばかりに眉をひそめ、令子と横島が同時にその声を出したエミに顔を向けた。すると今度は二人の眉が一瞬で持ち上がり、両目が大きく見開かれたではないか。
 その原因はエミの隣にいたタイガーにあった。彼の両手には、大型の霊体ボウガンが携えられていたのだから。そしてその鈍く光る鏃は、はっきりと令子に狙いをつけている。

「ちょ、ど、どういうつもりっ?!」

 令子の動揺も無理のない事だ。今タイガーが彼女らに向けて構えているのは、以前に令子が使用していた片手で射出できるボウガンとは異なり、両手でしっかりとホールドして打ち出す強力なものだ。
 霊体ボウガンと言っても、霊体だけに有効な訳ではない。あくまでも一般的に武器として作られたボウガンに除霊用の霊力を込めたものであり、殺傷能力は通常の物となんら変わりは無い。そんな凶器が今まさに、令子に向けられているのだ。

「お、おいタイガー。それは洒落にならんぞ・・・。」

 横島の頬を伝い、汗が一筋流れ落ちた。その瞬間を合図に、タイガーの指がゆっくりと引き金を絞り込む。
 独特の弦の音が室内に静かに響き、鏃の切っ先が空気を裂く音が呆然と立っていたおキヌの隣を通り過ぎた。

「マ・・・マジ?」

 己に向かって一直線に向かってくる矢を、なす術も無くただ令子は見詰めるしかなかった。このタイミングで撃たれたら回避など出来よう筈も無い。令子は無意識に瞳を閉じた。

「おわぁぁ!?」

 その刹那、室内に響いたのはその声は令子のものではなく、隣にいた横島から発せられたものであった。

「え・・・?!」

 令子がその声に驚き、閉じていた両目を開くと、頬を押さえ床に尻餅をついている横島が映っていた。

「よ、横島クン?! まさか当たったの?!」

 その映像から瞬時に令子の混乱した思考回路に浮かんだ事は、自分ではなく横島に矢が当たったのではないか、という推測だった。
 しかし、横島は頬を押さえてはいるものの、矢は見当たらないし出血もしていないようだ。

「い、いや、何かにぶつかって吹き飛ばされたような・・・?!」

 横島自身も混乱しているのか、なぜ自分が倒れたのか理解出来ていないようだ。令子はそれでも横島の無事を確認すると、忌々しい矢を放った相手を睨み付けた。

「エミ! アンタ、やって良い事と悪い・・・こ・・・と?!」

 怒り心頭の様で立ち上がりながら、令子はエミに向かって声を荒げようとした時、彼女は信じがたい光景を見た。
 先程確かに自分に向けて放たれたはずのボウガンの矢が、自分の手前三十センチの所で、しかも空中で静止していたのだ。

「な・・・に・・・これ?」
「それに触るんじゃない! タイガー、今よ!」

 恐る恐る、令子がその矢に手を伸ばそうとした瞬間、エミがその動きを制止するために叫んだ。同時に隣にいた弟子にも語気鋭く指示を放つ。
 エミの合図に呼応して、タイガーが小さく気合を入れつつ己の能力を開放すると、その場に居た全員の目にそれは映し出された。

「ひっ・・・! な、何これ・・・?!」

 恐怖のせいで体を硬直させたまま、おキヌが喉の奥から搾り出すように呟いた言葉が、そこに居た全ての人間の気持を代弁していた。
 夥しい数の黒く細長い蛇の陰気が令子から伸びて、ボウガンの矢を掴んでいたのだ。それはまるで一本一本が意思を持つかのようにうねり、確実に見るものに不快感と嫌悪感を与える。横島を弾き飛ばしたのは、恐らく“これ”だったのだろう。
 そして、令子の頭上には例の金色の眸があたりを睨み付けていた。

「あ・・・、まさかこれ・・・。」

 その金の双眸を見て、横島が尻餅をついたまま呟いた。するとその声に反応したのか、陰の蛇達が一斉に咥えていたボウガンの矢をあっという間にへし折り粉々に粉砕すると、用件は終わったと言わんばかりにゆっくりと掻き消えた。同時に令子の頭上にあった金の眼も、静かに閉ざされていった。

「う・・・嘘でしょ? もしかしてアタシ・・・?」

 いつの間に、と力無く呟いたところで令子は膝から崩れ落ち、床に倒れて意識を失った。

「分かった? もう勝負どころの話じゃ無いワケ。」

 倒れた令子の傍に歩み寄ると、エミは寂しげな表情で動かない令子に静かに語りかけた。










「結論から言うと、令子に掛けられているのは“呪毒”ね。」

 フン、と面白くなさそうな表情を作り、エミは座っている椅子を回転させて神妙な面持ちの面々に向かってそう言った。診察室の白い壁が、蛍光灯の光を反射して病院独特の雰囲気を醸し出す。エミの横のベッドには、令子が静かに寝息を立てていた。

「じゅ・・・“呪毒”・・・?」

 エミの言葉に怪訝な表情を浮かべて、横島が鸚鵡返しに答えた。初めて聞く単語だ。
 令子の傍で様子を見ていたおキヌが不安げに横島の顔を見た。どうやら彼女も聞いた事が無いようだ。

「じゃあ、ちゃんと説明してあげるから。」

 二人の顔を交互に眺めながら、エミは無理もないわね、と表情で語りつつ足を組み替えた。

「まあ、“呪毒”って言うのは言葉そのものなワケ。呪いの掛かった毒。」
「呪いのかかった・・・毒・・・。」

 エミの簡潔な説明に、おキヌの顔からさっと血の気が引いた。ただでさえ毒なんて危ういものなのに、その上呪いなど掛かっているなど言われれば、いやでも不安になるというものだ。

「そ・・・その毒は、一体どんな!? 呪いは・・・?! ち、治療法は・・・?!」
「ちょっと、落ち着いておキヌちゃん。今から説明するから。」

 取り乱して質問を浴びせてくるおキヌを宥めながら、エミは落ち着き払った様子で小さく咳払いした。

「まず毒の方だけど、これはかなり複雑なものなワケ。さまざまな毒素で構成されてて、中には霊薬に近い効能を持つものまで混じってるわね。」

 エミが手元の資料を眺めながら、淡々と言葉を紡ぐ。

「毒の効果自体は遅効性の致死毒。でもかなり変わってるわ。肉体へのダメージではなくて、チャクラへのダメージを目的としてるみたい。
 全身のチャクラをゆっくりと閉じさせる毒なんて・・・見たの初めてよ。」
「チャ、チャクラ?」

 再び横島が鸚鵡返しに聞き返した。その表情は困惑を描き出す。

「そう。本当はもっと細かくあって一言では言いにくいんだけど、あんた達に分かりやすく言えば、霊力中枢、霊力の源かしら。
 要は、霊力発電所みたいなものなワケ。おたくらだって持ってるわよ。」
「そ、それが閉じると・・・死ぬんですか?」

 今度はおキヌが恐る恐る声を絞り出す。エミは視線をおキヌに切り替えると、その表情を少し和らげて答える。

「閉じただけなら死ぬ事はないわ。殆どの一般の人は普段チャクラは閉じているからね。
 霊能者ってのは、修行によってそのチャクラを開いて力を出すワケ。だから、閉じただけなら一般人と同じになるだけ。」

 ここまで言うと、エミは表情を少し厳しくした。

「ただ、この毒はそれだけじゃないのよ。チャクラを閉じさせた後、今度はチャクラそのものを破壊し始めるわ。」
「・・・じゃあ、やっぱり死ぬって・・・ことっすよね?」

 横島の言葉に、エミは小さく首を振った。

「おたく、確か“時空消滅内服液”飲んだ事あるわよね? アレと同じで・・・ただ死ぬんじゃないワケ。
 チャクラそのものを破壊される事によって、霊体自体も保てなくなるの。
 肉体の死と同時に全て霊子に分解されて、“美神令子”という存在は“消滅”するわ。
 おたくが飲んだ薬と違うのは、“皆の記憶には残る”って違いだけよ。」

 ここに来て、横島の顔からもついに血の気が引いた。霊体が保てないという事、それはかつて何度と無くあった、反則じみた復活も不可能である事を意味しているからだ。

「で、でもエミさんなら解毒出来ますよね?! そうでしょう?!」

 おキヌがすがりつくようにエミの左腕を強く掴んだ。その瞳には涙が滲み、今にも零れ落ちそうに揺れている。

「で、タイムリミットは?」

 不意に、おキヌの背後から声がした。全員が一斉にその方向に顔を向けると、令子がベッドからゆっくりと上半身を起こして、だるそうに頭を掻いていた。

「あら、おたく聞いてたワケ?」
「ふざけんなっての。起きてるの知ってて話してたんでしょ。わざわざおキヌちゃん泣かすような事して。」

 不機嫌そうに令子は言い捨てる。いつの間にか、エミの口角は上がっていたずらを見破られた子供のようになっていた。
 まったく、と軽く怒り顔を見せながら、令子はきょろきょろと辺りを見回して、隣のおキヌに訪ねた。

「おキヌちゃん、ここどこ?」
「ほら、白井総合病院ですよ。エミさんが先生に頼み込んでくれて・・・。」

 美神が思いのほか元気そうにしていたので安心したのか、おキヌは少し落ち着きを取り戻したのか、涙を拭いながら令子に答えた。
 令子がちらりとエミの方に視線を送ると、エミは興味無さそうにそっぽを向いていた。

「で、タイムリミットは?」

 ベッドの上で胡坐をかきながら、もう一度令子は照れくさそうにエミに問いかけた。

「一年。」
「結構あるわね・・・。呪いの方は?」

 矢継ぎ早に令子とエミは淡々と質疑応答を繰り返す。横島とおキヌはそれを呆然と見ているしかなかった。

「それがちょっと変でさ、一つはさっき見た“他者からの防御”なんだけど、もう一つは“遠視”なのよね。」
「遠視?」

 令子の眉間に若干の皺が出来た。通常、毒に何かしらの呪術をかける場合、その毒をより強力に、そして即効性をもたせるようにするか、もしくは対象者を限定して有効範囲を定めたりするために使うのが一般的だ。以前にエミが使った、対死津喪比女用のライフル弾等が代表的と言えるだろう。
 だが、今回令子に掛けられたものは、遅効性の毒の上に、他者からの攻撃を防ぎ、その上遠視と言うおよそ敵に使用するには理解しがたい呪毒なのだ。
 暫くの沈黙の後、令子は一つの可能性に思い当たった。

「もしかしてさ・・・、あの蛇、アタシがじわじわ死んでいくのを見るつもりだったんじゃない?」
「ああ、なるほどね。それは私も見てみたいもの。」

 一触即発の空気の中、エミと令子が額を擦りながら睨み合い、おキヌはおろおろとそんな二人の間で困惑の顔を浮かべる。その姿を横島は若干離れた位置で眺めながら、余裕あるなぁ、と苦笑いしつつ一人呟いた。

「もういいわ。そんで、対応策は?」

 いがみ合いをそれとなくおキヌに窘められ、ばつが悪そうに令子が尋ねた。

「解呪、解毒は基本的に無理ね。呪いと毒が複雑に絡み合ってるから、分析だけで何年掛かるか分かったもんじゃないわ。」

 こちらも乱れた黒髪を整えながら、少しふてくされた感じでエミが答える。

「そ、そんな・・・!」

 思わずおキヌが声を荒げた。ようやく戻ってきた日常の幸せを噛み締めていたおキヌにとって、この事実は耐え難い。多少取り乱したとて無理も無いのだ。
 そんなおキヌを見て、エミは思わず苦笑いした。

「ゴメン、言い方が悪かったわね、おキヌちゃん。“私が直接解呪、解毒は無理”って言ったのよ。
 ちゃんと一つだけ解決策はあるワケ。物凄い困難な障害があるけど、おたく達はもうそれはクリアしてるし。」
「困難? なによそれ?」

 おキヌとエミの会話に割って入る形で、令子が問いかけた。するとエミはまだ分からないのか、と表情で語りながら、令子に視線を合わせた。

「血清よ。血清。どんなに複雑でも蛇の毒がベースなのは間違いないんだし、ユニコーンを使えば血清なんてすぐ作れるワケ。
 困難って言ったのは、その血清を作るのに大蛇の毒嚢が要るからよ。でもおたくらはもうその大蛇倒してるんでしょ?
 とっとと死体から毒嚢持ってきなさいよ。五億で血清作ってあげるから。」
「な、なんだぁー。もう、エミさんったら! そんな脅かし方人が悪すぎますよ!」

 気楽な表情を作りつつエミがそう言ったのを、おキヌは泣き笑いの顔で抗議した。安堵感から溢れた涙を拭いながら、おキヌは少し恥ずかしそうだ。
 だが、対照的に令子と横島の表情は固まったまま、お互いの顔を窺いあっていた。

「横島クン・・・あの大蛇って、どうなったの?」
「い、いや、それは美神さんが知っているんじゃなかったんですか・・・?」

 令子の問いに横島はカタカタと奇妙な動きで首を振り、それを答えとした。

「え゛・・・?!」

 深夜の白井総合病院救急治療室に、四人の奇妙な声が同時にこだました。


今までの評価: コメント:

この作品へのコメントに対するレスがあればどうぞ:

トップに戻る | サブタイトル一覧へ
Copyright(c) by 溶解ほたりぃHG
saturnus@kcn.ne.jp