窓の外の空は暗くなり始め、傍目から見ても肌寒そうに見える。そろそろ冬も近い事だし。
何でそんな事を考えるのか? その原因は、何処かへ出掛けた筈の二人が戻って来ないから。蛍に土地勘がある訳無いし・・・心配だ。
「令子達遅いですね、大丈夫なのかなあ・・・」
「大丈夫でしょ。別に外国に行ったって訳でも無いのに、ふふっ」
蛍は携帯を置いていってしまっていた。余程急いで出て行ったのだろう。まあ、気持ちも分からんでも無い。この母親と対峙すればなあ・・・。正確にはおばあちゃんだが。
「あっ、いえ、そういう事では無くて・・・あの、ちょっと外見てきます」
「心配性ね。それだけ愛してるって事かしら?」
「そういう事にしといて下さい。一応、彼女病み上がりですし」
美智恵さんに照れ隠しするように一瞥をし、いそいそと玄関に向かう。
・・・ただでさえ今の状態は危険なんだ。蛍の身に、いつ、何が起こるか分からない。自分の考えの無さに少し呆れる。やっぱり今日も仕事を休むべきだった。
扉を開けて表に出ると、夜の空気が身体を包み込んだ。そろそろ上着が必要だなと思う。ふっと思い出したようにネクタイを緩めると、少し呼吸が楽になった。やはり緊張していたのだろう。あの人といるといつもそうだ。ずっとこちらの様子を観察されているような・・・。
ざっと辺りを見回して、二人の姿を探してみる。当たり前だがいない。一体何処に行ったんかな。確か、買い物だろ? 蛍は車は運転出来ない筈だから、電車か・・・駅にでも向かってみよう。もし、帰って来ている最中なら、途中で鉢合わせする可能性もある。
「うっし」
緊張で固まっていた身体をほぐすように腕を回し、軽くその場で足踏みをする。そういえば最近、あんまり運動してないな・・・。仕事の方も以前とは違い、額に汗というものでも無くなっている。良い事なのか悪い事なのか・・・こういう慣れというものが一番怖い。仕事に油断は禁物なのだ。
「あーっ、もう重いっ! 買い過ぎっ、ひのめ!」
「半分はおねーちゃんのでしょっ!!」
大きな袋を三つ、四つと重ねて、駅からの道を行く。ついつい財布の紐も緩くなって、こんなにお金持った事も無かったし・・・ごめんねお父さん。それに大分、遅くなってしまった。携帯も置いて出て来ちゃったから、連絡も取れない。公衆電話ってのもあるらしいけど、全然見当らなかったから。
「だってかわいかったんだものっ」
「今からそんな無計画で、主婦になる自覚あるのー?」
思わず、むっ、と口がへの字に曲がる。・・・まあ、私の事じゃないんだけど、何となく腹が立つ。
「ひのめだって、きっとママに甘えてばっかりじゃないの? 幼くして金銭感覚が麻痺すると将来大変よー」
「わ、私は・・・まだ小学生だものっ。甘えるのが仕事よっ」
その考えはいつ捨てたのかなと。あんな真面目になっちゃって。未来の姿を思い出して、苦笑する。
・・・不思議な事に、このやり取りを喧嘩とは思えないでいる。分かり合ってふざけているというか・・・姉妹ってこんなものなのかなと思った。私、一人っ子だし。
「あっ、おにーちゃんっ!!」
「えっ?」
ひのめ姉ちゃんの言葉に反応して、前を向くと、遠くの方に手を振っている人影が見えた。見慣れているようで、そうでないようなお父さんの姿。薄っすらと白い息を吐き出して、こちらに向かっている。私の横のひのめ姉ちゃんは、手をぐるぐると振り回しながら駆け出して行く。私もそれに続いた。
「なんてゆーか・・・ほんと子供だね姉ちゃん・・・」
自分だって、子供といえば子供だけども、何だか変な感じ。本当の妹・・・いや、娘を持った気分というか。まだ私、十六なのにな。こんな落ちついた考え・・・これはお母さんの思考なのだろうか。
「遅かったな・・・! 大丈夫だったか令子?」
「ど、どうしたのお兄ちゃん?おおげさだよっ、買い物行っただけなのに」
「あっ、いやひのめちゃん、ほら、まだ令子も退院して日も浅いから」
凄く心配だったって顔。それはお母さんに向けられたものなのかな。それとも「私」に向けられたもの? はたまた両方か。何だか複雑な気分。
「えっと、ごめんなさい・・・ちょっと迷っちゃって。それにコレ」
買い物袋を上げるジェスチャー。怒られるかなー。
「えっ、あっ、や、別に良いんだけど。とにかく無事で良かった」
「・・・うん」
「わっ、何そのしおらしい態度っ。まだ病気かな?」
姉ちゃんは頭に手を当ててふざける。口にガムテープでも張ったろーかな・・・。
「と、とりあえず家に戻ろっか。ひのめちゃんも、美智恵さんが心配してるぞ」
「あー、そうだった。それにお腹も空いたし」
三人揃って、家に向かって歩き出す。
何気無くお父さんの方を見ると、ひのめ姉ちゃんが、お父さんの逆の腕にしがみついてるのが見えた。
対抗心からか、すっと・・・お父さんの腕に手を回す。自然に。お父さんは少し驚いた顔をしてたけど、特に止める気配も無かった。
私は負けず嫌いなの。これはお母さんから引き継いだもの。
もしかして、この光景を後ろから見たら夫婦みたいに見えるのかな? と思った。若い・・・いや、年相応の新婚さん。ちょっと大きめの生意気な娘。でも本当なら、私が収まるべきなのは、今いる左側じゃなくて、お姉ちゃんのいる右側。
この場所はお母さんの場所。
早く、元に戻らなきゃ。いつまでも私が独占して良い場所じゃない。
娘と母親が一つだなんて、やっぱりおかしい。その考えが、手に持った買い物袋を罪悪感へと変える。こちらに居る事を楽しんでいる場合では無かった。
「あらっ? お帰りなさい。思ったより早かったわね」
「ただいまー、ママっ」
家に戻ると、部屋の奥からぱたぱたと美智恵さんが出て来た。さっと、ひのめ姉ちゃんが、美知恵さんに抱きつく。
「まあまあ、何? その袋? 何か買ってもらったの?」
「えっ、う、うん、そうだよ」
ちょっぴり気まずそうにお姉ちゃんは呟いた。んー、やっぱ美智恵さんには適わないなあ。まっ、母親だし。
「駄目よ令子っ。妹を甘やかしちゃ」
「ご、ごめんなさい・・・ママ」
油断していたところで、母親らしい視線と言葉で諭される。ううっ、やっぱ緊張する。
「ふふっ、やけに素直じゃない」
「あっ、美知恵さん、夕御飯どうしましょう? 食べて行きますか?」
お父さん・・・! ま、まあ仕方無いか。
「んー、そうね、折角の申し出だけど、これ以上お邪魔するのも何だし、今日はもう帰るわ。食材も四人分も無いのよ。作っといてあげたから。ほら、行くわよひのめ」
「あっ、わざわざすいません」
「えええっー、どっかにみんなで食べに行けばいいのにー」
「駄目よ。その代わり、私と二人ならどこでも好きなお店に連れていってあげるからっ」
「ほんとっ? じゃあお寿司が良い! 回らない奴っ」
美智恵さんが帰るっと言ったのを聞いて、ほっとした・・・のと同時にがくっと来た。美智恵さんも十分、甘やかしてるじゃない。人の事言えないっ。
「今日は大変だったんじゃないか?」
「うん、そーだね・・・何か変な感じだった」
美智恵さん達が帰って、やっと二人きりになれた。さくっと、用意されていた食事を済ませると、ソファーに座り、コーヒーを飲んで一息。肩の荷がずりっと落ちて行くのを感じた。慣れない言葉遣い。慣れない町並み。慣れない・・・とにかく色々とあって疲れた。
「そーいえば、美知恵さんとは何か話したの?」
「あっ、いや、何か誤解してたから、無理やり話を合わせといた。やっぱり、俺ら・・・やっ、その家族の問題やんか。他人という訳でも無いけど、美智恵さんまで巻き込むのは間違ってるなあって」
真面目な顔をしてお父さんは語る。似合わないけど。
「・・・上手い事誤魔化してるけど、ほんとはびびって何も言えなかったんじゃないの?」
「な、何をゆー」
見るからに汗だくだく。顔も真っ赤。分かりやすいなあ。
「嘘付けないよね、おとーさん。汗一杯かいちゃってっ」
「・・・ま、まあでも、さっき言った事も本心だぞ」
拗ねた表情で。カワイイ、ふふ。
「分かってるって・・・ちょっと、まじで疲れたからシャワー浴びて、今日はさっさと寝るね」
「あ、ああ、そーだな。そーした方が良い」
「一緒に入る?」
「だから、そーゆー冗談はっ!」
「さすがに・・・私だって嫌よっ」
私は笑いながら言葉を返し、お風呂へと向かった。やっぱりお父さんをからかうのは飽きない。未来でもこーやって遊んであげれば良かった。やっぱりどぎまぎするのかな。でも今はお母さんの身体借りてるしなー。
”娘が部屋から出ていった。くそうっ・・・どうも良いように遊ばれてる気がする。まだ中身は十五、六の子供だとゆーのに。それに・・・
「・・・普通にショックだな。まだ生まれてもいない娘に、一緒にお風呂を真剣に拒否されるのはっ」”
早過ぎるイベントに、一人悲しむ父親の姿があったという。
続く。
全体的にあったかさを感じる、というか。女の子の柔らかな主観?(知りません)
ただ、背景描写などは読者に頼っているなぁ、と感じます。改めて読み直して、街の景色などを浮かび上がらせるヒントが欲しかったかな、とも。読者の想像を束縛しない、という意味では良いとも思う反面。
>ひのめ姉ちゃんの言葉に反応して、前を向・・・
この場面で私は、薄曇の空(黒色の雲)、石畳の広場、周囲を囲うビル街、とか想像しました(はい、全然私も伝えきれてません) なんか鮮明に映ったんです。だから、私は束縛されなくて寧ろ良かったタイプかもしれませんが・・・。でも、シンバルさんの見せたかった景色を見たかったです。・・・多分(ぉぃ)
>『娘の中にある母のスタンス』
娘の中にある、自分の思考の違和感。それこそが令子女史の立ち位置なのでございましょう。寧ろ、そういう部分の違和感を出す事が、令子女史の大きさを映し出しているように感じます。
<この先は無視して頂きたい、いらない駄文>
蛍が今この時の楽しさを『罪悪感』として見た瞬間から(いや、正確にはもっと前からだけど)対横島(父親)との親愛とは違う部分のらぶが展開されるフラグが生まれたのか、とか思ってしまったりしました。
横島も蛍を蛍、として受け入れているような感じで。令子を心配する、というよりも、今、その体の中にいる彼女を大事にしているようで―――私としては、彼には『彼女ら』を心配して欲しい部分もあったのですが。それはそれ(?)
と、この部分、まるで展開強要してるようにもとられかねないな・・・と思ったので、こういう形にしました。そういう意図はなく、勝手に思った事を吐き出してしまった(駄目)だけなので、お気になさらないでいただきたく。
<駄文終了>
っと、もう一つ。
『おばあちゃん』から『美智恵さん』への変化が少し私の中に違和感として残りました。
心情として、そういう対象であることは解る(ような気がしないでもない)のですが、前話との流れの中で、ここで急にそうなるのは、妙カナ、と。
横島と蛍の一人称がだぶって見える・・・と言うのは、違和感の正体はなんだろう、として見つけた一つの答えなのですが。結局、この違和感も、読解力の無さゆえなのかもしれないわけですが、一応。
美智恵さんの誤字が多かったのも残念でした。惜しいっ。
というわけで、色々言う取りましたが、B評価で。私的に、輝く部分を上手く言葉にする事が出来なかったので、悪い部分だけを口に出してしまいましたが・・・。
娘の心の動き。考え。けしてそれだけではないのですが―――引き込まれる部分があったのも事実。具体的に示せば
>凄く心配だったって顔。それはお母さんに向けられたものなのかな。それとも「私」に向けられたもの? はたまた両方か。何だか複雑な気分。
>私は負けず嫌いなの。これはお母さんから引き継いだもの。(以下七行)
と、列挙すればほとんど並べることになってしまいそうなのでここいらで止めときます。魅力的な部分がある反面、それを損なう部分もあったかな、と。厳しく辛口で言ってしまいました(個人的に)
面白かったですよ! (鈴奴)
背景描写・・・そーいえばあんまり無いなあ、と読み返してはたっと気付きました。人物の目線にこだわり過ぎたのかも知れません。急に変えるのは多分、違和感を感じるかも知れないので、意識して少しづつ変えていこーかと思います。
とりあえず展開強要というものでも無いと思います(笑)参考になるのであれば問題無いと思いますし、どうするかまではっきりとは決めていませんし(ぉ)
後、少し、いやかなり時間空いてしまった為に、自分でも「どんな話だったっけ?」 という問題が起きてしまいまして(ぇ)<「違和感として残りました」 というのはそれが原因かも知れません。通して何度も読み返したので大丈夫かなーと思っていましたが、考えが甘かったようです。誤字も(ぉ)
それでもお褒めの部分を、伸ばしつつ、すくすくと続きを書いていこーかと思います。ご期待に添えられるかどうかは分かりませんが、頑張ります。
もう一度・・・ありがとーっ。 (cymbal)
蛍が出てきてこういう話は余りありませんのでなんとなく新鮮でした。
これからも頑張って下さい。 (鷹巳)
少しづつでも書いていこうかと思っているので・・・頑張ります。
コメントありがとーございましたっ。 (cymbal)
私自身、元々のんびりとした性格ですので、どうもテンポが速く出来ませんで(笑) 頑張りたいとは思いますが、次の話であんまり変わってなかったらすいません(ぇ)
それと一人称で書いてると、背景の事を忘れがちになるので気を付けたいと思います。
こんな地味な話に(ぉ)感想を頂けて、本当に、本当に感謝しています・・・ (深深と) その期待に答えられるように努力していきたいと思います。
次の更新もいつになるか分かりませんが(ぇ)忘れられない内に何とか・・・コメントありがとーございます! (cymbal)