「体は何ともないが、やはり疲れているな」
英夫の体調は万全だが、どこか疲れている。
「そうだ、こんな時はあそこだな」
英夫は妙神山内の癒しの場所へ向かった。
「あら、美希ちゃん。体はもういいのかしら?」
「はい。まあ、一度死んだ身ですから、何処か変かと思いましたが、何ともないみたいです。でも、一度リフレッシュして来ます」
「そうね。みんな明日には帰るんだし。残念ね。折角にぎやかだったのに」
「はい。でも、ずっとここにいるわけにはいきませんし」
一礼して去っていった。
「確かに美希ちゃんの場合、そういったゆっくりした療養が一番かもねー。ん?あれは」
前方から瑞穂が歩いてきた。
「どうしたのねー?」
「ああ、ヒャクメさん。ここって、お風呂ありませんか?」
「お風呂?ああ、この先に露天風呂があるのねー」
「露天風呂ですか」
「いいお湯なのねー。行ってみるといいのねー」
「はい。そうします。では、失礼します」
と、温泉の方に歩き出す。
「温泉?何か忘れているような?ああ、美希ちゃんか。まあ、女同士お風呂でゆっくりと長話するのもいいのねー。そういえば、昔は小竜姫とよく入ったものねー。あれは英夫君が生まれる前だったかしら?」
「俺がどうかしましたか?」
突然後ろから声をかけられる。
「わ、ビックリさせないで欲しいのねー」
英夫が立っていた。
「どうしたのねー?」
「露天風呂ってどっちでしたっけ?」
「あっちなのねー」
と、指差す。
「ありがとうございます」
「まったく。ここの管理人の息子が迷子になってどうするの?言わば、ここは貴方のお母さんの実家でしょうが」
と、愚痴をこぼす。しかし、もうそこには英夫はいなかった。
「ありゃ?逃げられたのねー」
と、肩を落とす。
英夫は小竜姫の子供だが、多忙な小竜姫に代わり、英夫が小さい頃から面倒を見ていたため、ヒャクメにとっても我が子のようなものだった。
「まあ、いいか。でも、はて?何かを忘れているような?」
ヒャクメは考えながら、自分の部屋へと向かう。
「あ!」
瑞穂と美希がいたことを思い出す。
「二人とも、温泉に行ったのねー」
と、慌てるが、
「まあ、いいか。よく考えたら面白そうだし」
と、監視室に向かった。
「へー、ここの温泉も気持ちが良いわね」
ゆったりと瑞穂は手足を伸ばす。広大な岩風呂には、誰もいないので、貸切状態だ。
『英夫さんか』
と、顔を思い浮かべる。そして、自分の右手を見る。
『お母さん』
先日、英夫に触れた時の事を思い出す。
『二人は、結ばれる運命だったのに。あの『悪霊』のせいで』
幾度となく会った、横島忠夫を思い浮かべる。
『あの人は、今でもその『悪霊』を追っているわ。まるで、自らの罪滅ぼしのために。お母さんを傷つけてしまった、いえ、『裏切って』しまった、その罪滅ぼしのために。だって、横島さんは、その悪霊を』
目を伏せる。
『いえ、それすらも、その『悪霊』のせいかしら?』
頭を振る。
『いえ、今はもう過去の事ね。私には関係のない話』
そして、英夫のことを考える。
『お母さん、やっぱり私は、あの人のことが』
と、立ち上がり何気に横を見ると、英夫の顔があった。
「え?」
下を見ると体も付いている。
「あれ?」
喋った。
「何で?」
表情も変わった。
「きゃああ!」
瑞穂は湯船に一気に飛び込む。そして、顔だけ出し、
「ちょっと、何でいるのよ?」
「何でって言われても」
と、申し訳なさそうにそっぽを向く。
「いや、誰もいないかと思って」
「まあ、確かに」
と、納得しかける。
「まあいいわ」
英夫と一緒に温泉に入るのも悪くないかと、思った時、
「あ、誰か来る」
「ええ?ちょっと!」
と、向こうの方に岩が見える。
「あっちに行っているから」
それだけを告げて、瑞穂は大急ぎで行った。
「まあ、普通の反応だな」
と、自分は男で瑞穂が女であることを改めて確認する。
そして、誰かが入って来ていることを思い出し、そちらを見る、
「げ!」
第一声である。
「!」
相手は多少驚いているようだが、無表情だ。
「美希」
声には反応せず固まっている。
「カイン様」
横に一人の魔族が跪く。
「朱雀か」
「はい。ここに」
カインはゆっくりと周りを見渡す。
「全員、来たか?」
「はい」
そこには、三人の魔族がいた。
大柄な巨人魔族の玄武。少年ともいえる姿の白虎。そして、美しい女性の姿をした青竜。
「久しぶりに、仕事だ。今回の仕事内容を説明しよう。
横島英夫は知っているな?」
全員が頷く。
「彼に、この城にお越し願いたい。手段は問わない」
「そう言うことでしたら」
青竜が立ち上がる。
「私に任せていただけませんか?」
「ほう。自信ありだな?」
「お任せください」
長い一瞬が過ぎた。
「何だ、ヒデですか」
どうでもいいかのように呟き、湯船に入る。そしてゆっくりとしゃがみこみ、一つの岩に腰掛けたのか胸の下までが湯に入る。
「どうしたのですか?入らないのですか?」
いたって冷静な声だ。
「あ、ああ。そうですね」
声が裏返っているのが情けないが、英夫もしゃがみ込む。そこには腰掛けられる岩はなかったらしく、首までもが湯に入る。
『な、何がどうなっているんだ?』
頭はフル回転している。そして、さきほどの瑞穂の反応を思いだす。
『あれが、普通だよな』
チラリと美希の方を見る。タオルを体に巻いているとはいえ、体のラインは明らかである。着やせするのか普段はそうでもないが、抜群のプロポーションを誇っている。
『うーむ。どういうつもりだ?』
そして、次の瞬間美希が横に立っていた。
「え?」
「何してるんですか?」
と、英夫を後ろから抱え挙げる。浮力も手伝ってか、あっさりと持ち上げられる。
「昔から言っているでしょう?肩まで入ると、体に負担がかかって、危ないって」
と、自分が腰掛けていた岩に英夫を座らせ、その横に美希も座る。
「え?」
「はい?何か変ですか?」
「どういうつもりよ。美希さん」
岩陰から瑞穂はその様子をずっと伺っていた。遠目なため英夫が慌てている事はもちろんのこと、美希の冷静さもわからない。
「まさか、あの二人にはあれが自然なの?」
二人が幼馴染で、常日頃から行動を共にしていることは知っている。しかし、温泉で鉢合わせても、いたって普通でいられるほど親密だとは思ってもいなかった。
しかし、英夫と瑞穂の思惑とは逆に、美希はパニックに陥っていたのであった。
『ええ!?何でヒデがこんな所にいるの』
鉢合わせた瞬間にいきなりパニックになっていたのだ。
『どうしよう?いきなり逃げたらやっぱり変かな?それは、そうよね』
と、頭をフル回転させる。
『よく考えたら、ヒデとは一緒にお風呂くらい入ったことあったわよね』
と、それがここの温泉であったことも合わせて思い出す。
『少し、懐かしいかな、って、それは幼稚園のころでしょうが!!今はもう高校生だし』
英夫は固まっている。それを見て、美希は一気に冷静になる。
『クスッ!まあ、普通はそうよね』
そして、湯船に入った後も英夫が向こうを向いて固まっていることが、段々と滑稽に見えてきた。
『ヒデッたら、肩まで浸かると体に悪いって言ってあげたこともあるのに』
と、立ち上がり英夫を湯船から引き上げる。
『ええっと、手ごろな岩は』
と、辺りを見渡すが自分が座っていた岩くらいしか見つからない。
『………。まあ、後は成り行きに任せるか』
と、英夫を座らせその横に美希も座る。
そして、もう一人。この光景を見ていた者がいる。
「わあ、美希ちゃん。大胆ね」
画面には英夫と美希が並んで座り、その様子を瑞穂が覗いている様子が映っている。
「まあ、昔からのことを考えれば、これくらいのことは許されるわよねー。あの鈍感な英夫クンが相手だし」
と、邪悪な笑みを浮かべる。
「高校生とはいえ、ここは日本であって日本じゃないのねー」
「しかし、よろしいのですか?横島英夫が成長しきっているとは思えないのですが?」
朱雀が話し掛ける。他の三人は姿を消している。
「ああ。今のレベルでも十分だ。だが、もう一皮むけてもらえたら良かったんだがな」
デビルとの会話を思い出す。
「思い通りにはいかないか。所詮は」
遠い昔に思いを馳せる。
「何か?」
「いや、彼の父親の事を思い出してな。横島忠夫を」
と、自分の体を見下ろす。
「唯一、私と互角以上に渡り合った人間だからな。ましてや、彼を中心としたチームは私すら脅かした。今思い出しても、至福の時だった。
だが、彼にも重大な欠点があった。私はその欠点を克服した横島と戦ってみたかった」
「それで、『アレ』の封印を?」
「少し、違うな。『アレ』の封印が解けたのは事故だ。私は、『アレ』から『ヤツ』を呼び覚ましただけだ。今でも横島が追っている『悪霊』をな。
まさか、あそこまで上手くいくとは思わなかったよ。あの『悪霊』も上手く立ち回ってくれた。横島の甘さを突いてな。いや、それすらもあの『悪霊』の力だったのかもしれないが。おかげで、横島忠夫は完璧な戦士となった。そして」
と、自分の服をめくる。そこには大きな傷跡があった。
「その代償が『コレ』だ。おかげで、しばらく、眠りにつく羽目にあってしまったよ。あの時の横島忠夫は、今でも私の中では最強の男だ。しかし、時間とは残酷だな。私が眠りに就いている間に、横島は年をとり、力も弱まっていた。
しかし、横島には息子がいた。そう、父親以上の力を秘めた息子がな。私はあの至福の時をもう一度味わってみたいのだ。それが、自らの滅びに繋がろうともな」
「どうしたのですか?何か言いたいことでも?」
「い、いえ。そういうわけでは」
英夫は先ほどから落ち着かず、もぞもぞしている。
『一体、何を考えてるんだ?この女?』
『もう、ヒデッたら。折角なんだから』
仕方なく、二人は笑いあうだけだった。
それからしばらくすると、一つのお盆が流れてきた。上には徳利とお猪口が載っている。まさしく、酒である。
「何これ?」
「さあ?ヒャクメさんからですかね」
早速、美希は徳利からお猪口に注ぐ。
「待て、俺たちは未成年だぞ」
「はい?ヒャクメさんがわざわざお酒を出すわけがないでしょう?気分を味わうための、中身は水ですよ」
と、一気に煽った。
「そうか」
と、英夫も口にする。しかし、明らかにお酒の味だ。
「げ!やっぱりこれ、酒だ」
横の美希を見る。
「あ、確か、こいつって」
以前の記憶がよみがえる。
「酒乱ってやつでは?」
気付いた時には遅く、美希の目つきが変わっていた。
「ああ、そうだ。僕、これから夏休みの宿題があったんだった。じゃあ、美希。ゆっくりくつろいでね」
と、立ち上がる。しかし、時は既に遅かった。
「どこに、行くの?」
手ががっしりと掴まれていた。
「いや、だから、夏休みの宿題を、ですね」
「そう言って、昔っから私のを写していたでしょう」
「そりゃあ、お前が見せてくれるし」
手を離そうとするが、凄まじい握力だ。
「じゃあ、そのお礼は?」
「お礼?」
美希が期待の篭った目で見てくる。
「何だ?どうせ、ろくなことじゃないだろ」
反対に英夫は怯えた目だ。
「そうね。じゃあ、デジャブーランドにでも連れて行ってもらおうかしら?」
「え、デジャブーランド?いや、俺は」
「そうね、ヒデは苦手でしたね。ジェットコースター」
「よく、ご存知で」
「じゃあ」
と、突然英夫の首に両腕を回してきた。
「え?」
「一度でいいから」
と、その時、英夫のピンチを救う女神が現れた。
「何をしているの?!」
その人物は、いきなり英夫を美希から引き剥がし、英夫を後方に放り投げた。
「美希さん。どういうつもり?」
美希に詰め寄る。
「どういうって?普通よ」
と、腰に手を当て、言い放つ。
「普通って?」
「私とヒデはね、昔っから」
「付き合いの長さじゃないわ」
「じゃあ、何?」
と、お盆から徳利を持ち上げる。
「まあ、コレでも飲んで」
と、手渡す。
「言っておくけど、私の田舎じゃあ、子供だってお酒くらい飲めるんだからね」
と、一気に煽った。
「いててて!!」
英夫が後頭部を抑えながら二人に近付いてきた。
「いきなり、なにするんだ?瑞穂」
と、瑞穂の手に徳利が持たれているのを確認する。
「ま、まさか?お前も?」
「大丈夫よ。私の田舎では、子供でも」
と、余裕の表情を見せる。しかも、誰もいない方向に向かって。
「あ、確かこいつも」
再び記憶が蘇る。
「あ、そろそろラジオ体操に行かないと」
と、逃げようとするが、ワンテンポ遅かった。
「ヒデ。どうしても、確認しておきたいことがあるんだけど?」
「そうね、私も」
後方から不気味な声が響く。
「な、何でしょうか?」
振り向かずに答える。それほど、怖い声だ。
「カオスさんから聞いたんだけど、ノアと仲良く暮らしていたんですって?」
「はい。でも、それは、仕方がないと、言いますか」
「何で、そんなに声が上ずっているの?」
瑞穂ものってくる。
「へー、じゃあどんな生活を送っていたのか、教えてくれない?」
「あ、私も聞きたい」
声がさらに低くなっている。
「えーっと、それは、普通にですね。朝起きて、ご飯を食べて、カオスさんの代わりに働いて、それから、その………」
「へー………」
「楽しそうですね」
さらに不気味な声だ。
その光景を、監視室でヒャクメは腹を抱えながら見ていた。
「さあ、英夫君は大ピンチです。どう出るのでしょうか?」
「そうね」
と、相槌が帰ってきた。
「面白いでしょう?ねえ……」
この部屋には誰もいなかった事を思い出す。
「どうしたの?」
声の主は冷静だ。
「あの、これは、その、ほんの悪戯心といいますか」
「そう。悪戯心で未成年にお酒を?」
声の主、小竜姫はゆっくりと近付く。
「勘弁してほしいのねー!」
「ヒャクメ!!」
「い、痛い痛い!!剣は無しなのねー!切れてるわよ!!」
数分後。ヒャクメはごみくずと化した
「まったく」
と、小竜姫はモニターを見る。
「でも」
考え込む。一人の大人としては、未成年(しかも飲酒)の男女が風呂場で揉めあっていたら、止めに入るだろう。しかし、揉め合っている、その根本の原因は自分の息子である。そして、
「まあ、いいか。ついでだからどっちが相応しいか見極めさせてもらいましょう。英夫の嫁候補として。全て、ヒャクメになすりつけることもできるんだし」
その表情は、母親の顔だった。
小竜姫がヒャクメを半殺しにしている頃、事態はさらに複雑になっていた。
「そういえば、ノアとの戦いの時も変だったわよね」
「変、と言いますと?」
「何で、あんなに攻撃をためらったのかしら?今までの魔族相手には容赦がなかったのに」
「いや、そんなことは」
「正直に答えて」
瑞穂が目の前に迫る。
「英夫さんは、ノアのことどう思っているの?」
「え?まあ、そうですね。綺麗な人だとは最初から思っていたけど、それ以上に、何か引っかかるというか」
バキッ!
何かが砕ける音がした。見ると、美希が岩を叩き割っていた。しかも、素手で。
「へー、そう?!」
「ああ、そういえば、ノアもいたわね」
小竜姫はのんきに煎餅を食べていた。自分の息子は人生最大のピンチだというのに。
「三つ巴か。母親としては、誰がいいの?」
「それは」
と、小竜姫は横を見る。ヒャクメが復活していた。
「ヒャクメ」
「まあまあ、こうなったらもう私たちは共犯なのねー。それより、誰がいいの?」
「そうね」
と、諦めたかのようにモニターを見る。
「瑞穂ちゃんとは、ただならぬ運命を感じるし、ノアにしてもそうね。美希ちゃんは子供の頃から知っているし、悩む所ね。でも、誰とくっついても文句は言わないわ。誰にも肩入れはしないし」
「でもね、小竜姫」
と、モニターを見ながらヒャクメは青い顔をしている。
「今は、英夫君に肩入れしたら?大ピンチよ」
「そう、ヒデは美人タイプが好みだったのね?」
「いや、だから」
「じゃあ」
と、瑞穂を見る。
「脱落、ね?」
「何を、突然!!」
瑞穂が食って掛かる。
「だって、あなた、美人度ではノアに負けているわよ」
「そういう、美希さんはどうなの?」
「どうって?そうね」
と、英夫の方を見る。
「ねえ、私とノアはどっちが美人かしら?」
酔っているとはいえ、とんでもない事を口にする。
「は?いや、それは比べられないんだけど。そもそも、比べる必要がないというか」
「必要があるから聞いているのよ」
凛とした声だ。そして、再び砕ける岩。
「いや、俺にとっては美希は、何と言うか、『怖い姉』といった感じで」
「こ、怖い姉?」
その一言に大きなショックを受ける。そして、そのままのぼせたのとショック、そして酒の力で後方に倒れる。
「ははは、怖い姉って……」
つられて瑞穂も酒の酔いで後方に倒れる。
英夫が水音に気付いて後方を見ると、二人が倒れていた。
「な、何なんだ、一体」
翌日、二日酔いで頭を抱えながら二人は下山していった。もちろん、記憶は綺麗に飛んでいた。
「しかし、英夫君は何ともないのねー。案外、将来は酒豪かも」
ヒャクメは最後に冷静に分析した。
いきなりラブコメに突入していましたがたまにはこういう話で息抜きするのもいいと言う点と、間にちょいちょい出てきたカイン達の会話に若干興味を引かれたというところもあったので今回の評価もA評価にさせていただきました。
しかし僕としてはこの手の話にはやっぱりバトルシーンは欠かせませんので次回では期待しています。
お早い投稿お待ちしております。 (鷹巳)