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山の上と下

8 宿場での寸劇


投稿者名:よりみち
投稿日時:05/ 6/11

山の上と下 8 宿場での寸劇

山を降りたご隠居たちは、麓で野宿をした後、間道伝いにオロチ岳につながる手前の宿場に入った。

 加江は周囲に気を配りながら、「思っていたより旅人がいますね。」

宿場と言っても、村に毛の生えた規模なのだが、見かける旅人の数は多い。

「幽霊に”神隠し”がこの辺りの名物だ。一人どころか二・三人ぐらいの人数でも、峠を越える気にはならねぇさ。ここで互いにまとまってから峠を越えるつもりなんだろ。」

ご隠居の推察通りだろうと思う加江。
「ところで、私たちはこんなに堂々と歩いていて良いんですか? 追っ手が網を張っていれば、元の木阿弥ですよ。」

「ここで網を張るほどバカでもないだろう。」涼がのんびりと応える。

引き返すことを含め幾つもの道がある以上、1ヶ所で網を張るのは賭過ぎる。同じ賭なら、まだ、相良に向かい、その手前で網を張る方が掛け率はましだ。
今頃は、相良に向けて急いでいるに違いない。

「でも、見張りを残しているかもしれませんよ?」
 勘に引っかかるものがある加江は食い下がる。

「それもないだろうよ。向こうだって七人しかいないんだ。手を分けちまうと、各個にやられるのがオチだって判っているさ。」

「手が足りなければ、役人を巻き込むって方法があります。なんたって、ご隠居は、牢抜けのお尋ね者なんですよ。」

「それはそうだ。」涼も、そのことは当初から気にはしていた。

 ただ、当事者が、平然としていることから、あえて尋ねなかった。しかし、一昨日からの状況の変化を考えると、その理由を知っておく時期だろう。

「ご隠居、どうしてお尋ね者のアンタが白昼堂々と旅ができるんだ? 差し障りのないところまでていいから、話してもらえねぇか。」

「別に隠すつもりはなかったんだが、こちらから喋る気もしなくてな。」
そこで、わざとらしく声を落とし、
「オイラが安心して歩いていられるのは、死人(しびと)だからさ。」

「死人! まさか、幽霊? 外道な呪法で甦ったとか?」

 半ば本気で警戒する加江に涼は、
「こんな元気のあり過ぎる死人がいるもんかい。表向き、死んだってことなんだろ。そうしておいて、牢から抜け出したんだな。」

「そういうことさ。死人を捕まえに来る役人はいやしねぇよ。」

 そこはほっとする加江。この話を引き受けた時から、役人とやり合うことも覚悟していたが、せずに済むならそれに越したことはない。
「しかし、牢屋敷から、そんな方法で逃げられるなんて信じられませんね。」

「このご時世、権力とか金があれば、たいていのことはできるものさ。」

 あっさりと言い切る涼に、間接的とはいえ幕府に属している加江は複雑な心境に成らざるを得ない。

‘それにしても、それだけの権力者が動くご隠居って‥‥’
そこまで考えた加江は、ある権力者に親しい人物が、昨年、罪を得て牢で病死したことを思い出した。しかし、その人物は、目の前の白髪の人物よりはもう少し若いはずだが。

「舎密(化学)の心得があれば、髪の色ぐらい何とでもなるものでね。」
ご隠居は、加江の疑問を読んだかのようにそう言うと、
「助さん、今思いついた名前を口にするのは野暮ってもんだよ。」

 『判りました。』とうなずく加江。
「そうすると、追っ手は何のために? 死人を捕まえたってしょうがないでしょう。」

「追っ手というか、あいつらを差し向けた奴の狙いは、ご隠居よりもご隠居を助けた人の方だろうな。手引きしてくれた人には敵も多いんだろ。」

「色々と世の中を変えようって考えてる方だからな。足を引っ張りたい奴は、ごまんと居るよ。」

涼とご隠居の言葉で加江も事情が飲み込めた。

 誰かが己の権力を使い罪人を逃がしたとして、それを表沙汰にできれば、その人物に大きな打撃−場合によっては致命傷−を与えることができる。ご隠居は、その生き証人というわけだ。

「オイラみたいな半端者を助けるなんて弱みを作るマネをすることはなかったんだがね。」
ご隠居から、いつもの人を喰ったような表情が消えている。
「そうそう、忠さんに言ったような言い種(ぐさ)だが、ヤバくなったら、逃げていいんだよ。ただし、その時は、オイラを殺していってくんな。捕まっちまうと、オイラを助けようとしてくれた人に迷惑がかかるからな。どのみち”死人”だ、遠慮はいらねぇ。」



 三人は、この宿に一軒だけある旅籠を訪ねる。案の定、満員御礼の張り紙が出されている。

「泊まるのは無理のようですね。」加江の口からわずかだが、ため息が漏れる。

昨夜、適当な集落で泊めてもらおうとしたが、いずれも拒絶されている。
 ”神隠し”騒ぎがある以上、見知らぬ人を泊める気にならないのは当然で、その結果、真剣勝負に次いで初めての野宿ということになった。

「さすがに、初体験は辛かったのかい。」とご隠居。

若干、オヤジが入った言い方に苦笑いの加江。
「まあ、野宿の方が疲れが取れそうなご隠居や格さんみたいな化物と違って、私はお姫様の身の上ですからね。」

情けなさそうな顔つきでご隠居は、
「格さんが『化物』だの『人外』だの言われるのは判るが、この年寄りにそれはないんじゃないか。」

「おいおい、ご隠居にだけには言われたかぁないな。だいたい、人外や妖怪の方が根が正直って奴が多いんだ。悪知恵の働くご隠居と一緒にされたんじゃ、むこうの方が気を悪くするってもんだよ。」

「まるで、人外や妖怪に知り合いがいるような口ぶりだね。まあ、格さんみたいに図太い性根をしてりゃ、人外の一人や二人、ダチにいても不思議じゃないんだろうけどさ。」

「どちらにしても、まともなのは、私一人ということですね。」とまとめる加江。

憮然と顔を見合わすご隠居と涼。

そういした雑談を続けるうちに、ご隠居に、今夜の宿について良い智恵が浮かぶ。
「確か、オロチ岳の麓には氷室神社って、けっこうデカイ神社があったはずだ。頼み込んで泊めてもらおうじゃねぇか。」

「それは良い考えですね。神様のお膝元なら、そうそう”神隠し”を怖がることもないでしょうから、泊めてくれるかもしれません。」

「『それに、そこなら幽霊見物や”神隠し”を調べる良い根城にもなる』って顔に書いてあるぜ。」
にやにや顔で指摘する涼。

ご隠居は、『そうかい』と顔を拭う仕草で答えた。


 泊めてもらう交渉の糸口としての土産と自分たちの食料を調達するため、旅籠に隣り合っている縄暖簾(食堂/酒場)に入る。そこも、昼食時ではないにもかかわらず立て込んでいた。

「まっ、覚悟のうえだ。のんびりと待とうじゃないか。」
 店の口で、庶民のエネルギーともいうべき騒々しさを見物する三人。

しばらく待っていると、人が多いことによる騒々しさと別の騒々しさが店内に広がる。

騒ぎは土間の隅からで、そこに目を向けると、いかにもヤクザとわかる若い男五人が、食事をしていた巡礼風の二人連れ−一人は十歳ほどの少女、もう一人は、少女の姉か母かは微妙な年格好の女性−を取り囲んでいる。

自然に、周囲から人が離れ、騒々しさも一転、静けさに変わる。

思わず割って入ろうとする加江を涼が『まだ早い。』と押さえる。


「何も姐さんを取って喰おうってわけじゃねぇんだ。」
五人の中では兄貴分らしい男のうわずった声が店内に響く。
「この界隈じゃ名の売れた大河の寅吉親分が、直々に呼んでいなさるんだ。ここは、四の五の言わずに、素直についてくりゃあいいんだよ。」

 大人の方が、艶のある、そして、あからさまに小馬鹿にした声で、
「困りましたねぇ、お兄さん方。これでも、急ぎの身の上なんです。寅吉親分さんでしたっけ、親分さんには、お兄さん方からよろしく言っておいてくださいな。」

「こっちも子供の使いじゃねぇんだ。それで『はい、そうですか』と下がれるもんか!」

脅しめいた台詞の後に、弟分らしいヤクザが弱気な声で、
「そうだよ。ここで手ぶらで帰ったら。姐さんからどれだけどやされる‥‥」

「余計なコトを言うんじゃねぇ!」兄貴分が、弟分の頭をはたき黙らせる。
その上で、崩れかけた空気を立て直すように強面をつくり睨みつける。

その視線にうんざりとした表情で応えつつ女性は、
「何事も引き時が肝心ですよ。今なら、まだ、痛い目を見なくてすみ‥‥」

「『痛い目』だと! このアマ!!」
 それまでも十分に上昇していたヤクザの血圧が沸点を越えた。
「女、子供と思って、やさしく言ってりゃつけあがりやがって。こうなったら、腕ずくでも‥‥」

引き立てようと手を伸ばしたヤクザは、絶句してその場にうずくまった。
 少女の方が、むこうずねを蹴り上げている。

「そら、言わんこっちゃない。子供のことなんで、笑って許してくださいましな。」

にこやかな言葉と同時に発せられた剣呑な”気”のようなものに、動けなくなる残りのヤクザたち。

そんなヤクザたちに一瞥を送ると、二人は立ち上がって、さっさと外へと出ていく。

その後、金縛りが解けたヤクザたちは、あわてて後を追う。

成り行きを見ようとする野次馬も動くが、二人ほどが残り、怒鳴りながら押し戻す。

 それを横目に、当たり前のように見に行こうとするご隠居。『やれやれ』という顔の涼と『いつでも助太刀』という感じの加江が続く。

それを遮るヤクザに対し、ご隠居は気楽な口調で、
「何に、単なる野次馬だ、手を貸すつもりなんかねぇから気にしないでくんな。」

それで納得するはずもないが、涼の一睨みでヤクザは反射的に道を空ける。


涼たちが外に出ると、追いついたヤクザが二人を引き留めようとしたところだ。

「ぐぇええ!」
 抱き留めようとした男−先ほどむこうずねに一撃を喰った男−が、蛙を十匹ほどまとめて押しつぶしたようなうめき声を発し、両膝をつく。すでに白目をむいて意識はなくなっている。残る二人も、瞬く間に地面に這った。

「それぞれ鳩尾に一発ずつですね。」
敵というわけではないのに、あまりに見事な手際に加江の背筋が冷たくなった。

「大の男を、たった一発で沈めてしまうなんて、とんでもない姐さんだね、まったく。あの威力は、何か”気”みたいな力を使っているからなんだろうな。」

「たしかに、何かの”力”は入っちゃいるが、それだけじゃないぜ。」
涼は、剣士として攻撃の速さと急所を打つ精確さに注目する。

 何らかの”力”が入ってなくても結果は同じになったはずだ。その”腕”は加江の上を行き、自分でも確実に勝てるとは言い切れない。

今の立ち回りなどなかったかのような風情で歩き始める二人。

「ここで、声をかけるのも拙いだろうな。」

人がそれなりに集まり始めているし、残るヤクザ二人の内、応援を呼ぶためか、一人はどこかへ走り去った。

「助さん、格さん、あの姐さんの後を追うぜ。」


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