美人の人妻との楽しい昼食・・・の筈なのだが、室温は空気が凍りつくかと思うぐらい低く感じる。吐く息も心なしか白いような。感じる筈の無い重力が肩に圧し掛かる。
「どう、美味しい?」
「・・・あ、はいっ。すいません。最近、あんまりまともな飯を食べて無かったもんで・・・すっげえありがたいです」
「あらそう、それは良かったわ。冷蔵庫にあるもので作ったんだけど・・・あんまり何も無かったわね」
「まじすかっ。さすがに経験が違いますね、さすがっ。ははっ・・・はあ」
・・・気まずい。どうすりゃ良いんだ。蛍はいないし・・・何がどーなっているのやら。何で美智恵さんがいきなり部屋の中に。連絡した覚えは無いし・・・、たまたま尋ねてきたのか。
「えっと・・・ところで、なんで美智恵さんは今日、家にいらっしゃったんで」
「あら、用がなきゃ来ちゃいけないのかしら?」
鋭い切り返しが俺の喉元に突き刺さる。駄目だ、会話のペースも掴めない。元々、この人に敵う訳無いんだよなあ・・・。
「い、いえいえ、とんでもない。ただ、そのちょっと気になったもので。そ、そういえば、ほた・・・いや令子は?家に居たと思うんですけど」
「ああ、ひのめと買い物に行っちゃったわよ。とっても忙しなく出て行ったけど・・・ふふ」
そ、その笑顔がめちゃ恐い。いや、綺麗なんやけど・・・なんつーか全て見透かされてるような・・・勘弁して欲しい。何かドキドキもするしな。歳いくつだっけ・・・。
「で、そろそろ本題に入っても良いかしら?」
「は、はい?」
「聞きたい事があるって言ったでしょ・・・横島君」
美智恵さんの指先が俺の顔に触れた。心臓が跳ね上がる、思わず後ろに後ずさる。椅子の引き摺られる音が室内に鳴り響く。
「ふふっ、逃げる事は無いのに、まあ時間はたっぷりとあるしね」
「・・・ごくり」
これは・・・まさか・・・いやいや不倫はあかんぞっ。第一、恋人の母親だしっ! この先、結婚控えてるし! なんぼ綺麗とは言っても・・・ああ、良い匂いすんなあ・・・。ちょっとぐらいなら・・・って何考えてんだ俺。
「ひ、秘密にしといてくれるのなら・・・僕ぁ!」
「令子に何かあった?」
「はっ?」
がたん、がたたん、がたたん。
「ちゃんと道知ってたんじゃない、お姉ちゃん。あんまり馬鹿にしないでよねっ」
「へ? う、うん。何か合ってたみたいね」
電車の中で並んで座る私とひのめ姉ちゃん。左から右へなのか、右から左へなのかは良く分かんないけど、とにかく都心の方へと向かっていた。
結果的には、道に迷う事も無く、カンで進んだ方向に駅はあった。不思議と、自然に足が動いたのだった。そう、あの時、部屋でコーヒーを淹れた時のように、頭の中で見取り図が形成されていくのが分かった。何だか一瞬自分が自分じゃなくなったみたいで、少し気持ち悪かったけど。
「ねえっ、結婚式って二ヶ月後なんでしょ? 良いなあ・・・私もドレスとか一度着てみたいっ」
「ひのめは・・・多分、まだずっと先の話なんじゃない? あっちの時もまだだったし」
「あっちの時?」
「何でもない。きっと、いつか着れるんじゃない」
他人の結婚式で。ウエディングじゃないけどね。
「そうだよねっ。ああ、もう今から楽しみー。出来たらお兄ちゃんみたいな人が良いなあ・・・」
・・・そっか。姉ちゃんって、お父さんが憧れの人だったんだっけ。この考え方さえなければ、きっと結婚出来てたんじゃないかなあ・・・。良い出会いはいくつかあった筈だし。
「お兄ちゃんを捨てたりしたら、私が容赦しないからねっ! ・・・あっ、でも、そうすれば私と・・・きゃあっ!」
「・・・多分あり得ないと思う。少なくともこの先十七年ぐらいは」
「?」
「な、何かって。えっ、・・・もしかしてもう感づいてます?」
「・・・やっぱり何かあった訳?」
「え、えーと・・・」
・・・元々この件は話すつもりだった訳で、ここで話しても問題は無い筈なのだが・・・何で抵抗があるんだろう。第一ここには 「蛍」 もいないしなあ。どうしたらええんかな。
「あんまり言いたくないけど・・・ちょっと ”ボケちゃってる” とかね? ああ、今はもう認知症って言うのかしら」
「は、はあっ!?」
「だって・・・さっき私の事、おばあちゃんって言ったのよ? おキヌちゃんの事もおばさんって言おうとしてたようだし。きっと、そうね、以前の妖毒の後遺症とか・・・じゃないの?」
「ん、んー・・・」
「それで今回の入院は連絡しにくかったんじゃない? 違う? 脳にダメージがあったんじゃない?」
・・・ぬうっ。物凄い誤解をしている。やはり現役から少し、離れたせいだろうか。少しばかり美智恵さんの頭脳の切れ味も鈍ったのかも知れない。そういえば少し、見かけも老けてきたかなあ・・・目元とか、あっ、何か嫌な想像しちゃった俺。
「えっとですね・・・その・・・そう! 実はそうなんです。あの、でも一時的なものらしいですから。しばらくすれば治る見込みはあるみたいで」
まあ良いか。これはやっぱり俺達だけで、解決すべき問題のような気がしてきた。ここはこれで通しておこう。折角、誤解してくれてる訳だし・・・。それに美智恵さんを騙せるなんて機会は多分、もう無いかも知れないっ。多少不謹慎であるにせよだ。
「まあ・・・やっぱりそうだったの。・・・本当にごめんなさいね、あなたにばっかり負担を掛けてるような気がするわ。母親として、凄く申し訳無いと思うの」
「あっ、いや、とんでも無いです。その・・・やっぱり、なんつーか・・・やっぱ令子の事は・・・好きですし」
「あらあらご馳走様。それだけで、お腹一杯だわ」
そう言うと美智恵さんはテーブルの上の物を片付け始めた。どうやら俺の言った事にも疑問を抱く様子も無かったみたいだ。・・・うん、これで良いんだよな。もう引退してる人を引っ張り出してまでなんて・・・やっぱり現役である自分が頑張らねばっ。そうだな、色々本とかも読んでみるか・・・正直、苦手だけど。
”食器をキッチンの洗い場に置くと、かちゃんと音がした。同時に私の口元がにやついてしまうのを感じる。駄目、もうおかしくって・・・。
「ふふっ、やっぱり全部、聞いちゃったらつまんないもの・・・自分で調べるのが楽しいのよ、良い暇つぶしになりそうだわ」
蛇口から流れる水はほんのり温かった。私は指先に付けていた黒い粉を洗い落とすと、何事も無かったように洗い物を始める”
「あっ、これ、かわいいっ! ねえっ、これ欲しい!」
「ほんとだっ・・・って、えっ、高っ! 三万もすんのこれ?」
「良いじゃないー、お金貯めてる癖にっ。」
私達は某駅で電車を降りて、姉ちゃんに腕を引っ張られて、連れられるがままに、ちょっと私には恥ずかしいぐらいのお店の前に来ていた。一応、中身は十六ですけど、さすがにここまでカラフルな色彩は着れない。未来のとも流行りも違うし・・・。
「駄目駄目っ! 私だってこんな値段のもの、買って貰った事も無いのに!」
「けちっ」
「あっ、でも、これはかわいい・・・かも。いくらぐらいだろ」
「げっ、姉ちゃんが着るの!? 歳を考えたら〜?」
「何をっ・・・って、あっそっか。ま、まさか着ないわよ。ちょっと合わせてみただけじゃないっ」
「それ着てたら私が、引いちゃう」
ほんと可愛げの無い。
続く。
今後の展開に期待してB。 (キリュウ)
コメント返しが遅れて申し訳無いです。テンポについてはちと考えています。少しばかりまったりと進行し過ぎているような気もしますので(笑)切り所は・・・これは色々と迷ってまして、試行錯誤しながら改善をしていこうかと思います。
次の更新は諸事情により大きく遅れる事になりそうです。ただでさえ進行が遅いのに・・・(笑)頑張っていきます。コメントありがとうございましたっ。 (cymbal)
娘逆行モノは個人的におもしろい展開だと思います。
更新遅れるとのコトですが気が向いた時にでも書き上げていってくださいませ。 (お茶)