椎名作品二次創作小説投稿広場


GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter2.HIGHPRIESTESS 『想起>>埠頭』


投稿者名:詠夢
投稿日時:05/ 2/27



そのバー・ラウンジには、一人の少女が奏でる静かな音楽が流れていた。

客はひとり。

年の頃三十代くらい、細身で長身の男がカウンター席に腰掛け、グラスを傾けている。

グランドピアノの音色が扉の開く音に遮られても、男は振り返らない。

来店した少年が、演奏する手を止め会釈する少女に片手をあげて返礼し、自分の隣に腰を下ろしても。


「…どういうつもりだよ。」


少年はおもむろに口を開く。

あまりにも不躾な質問に、男はからかうように口の端を歪める。


「いきなり何の話だ?」

「とぼけないでくれ。あの人に…横島に会ったんだろ?」


少年─刻真は、その少女のような顔に似つかわしくない鋭い表情で、男の横顔を責めるように睨む。


「何で…何でそんなことをしたんだ、パオフゥさん。」


パオフゥと呼ばれた男は、そのサングラスの下の双眸を、愉快げに細める。


「何でってなぁ…たまたま見かけたからだが。」

「そういうことじゃない! どうして、横島に俺がここに通ってることを教えたんだ!?」


声を荒げる刻真に、「冗談だ。」とパオフゥは笑って宥める。

だが、ふと真剣な表情になると。


「じゃあ聞くが、お前さんはどうして横島を、そこまで関わらせたくないんだ?」

「…横島、だけじゃない。」


睨みつけていた視線をそらし、刻真はぽつりと零す。

その態度に、やれやれと言わんばかりに鼻を鳴らして、パオフゥはグラスを持ち直す。


「…自分の復讐には、誰も関わらせたくない…か?」


パオフゥの言葉に、刻真は目を見開いて彼を見る。

その目が、どうして知っていると疑問を訴えていた。


「別に調べたわけじゃねぇ。ただな…そんな匂いがわかるんだよ。」

「匂い…?」

「…俺の名前、パオフゥの意味を知ってるか?」


ふいに、そんな事を言い出したパオフゥに、刻真は首を振る。

そんな刻真の肩を掴み、覗き込むようにしてパオフゥは言った。


「『復讐』だ。」


言葉は短かったが、その中に重過ぎる何かを感じ取り、刻真は息をのむ。

すっと、パオフゥは姿勢を元に戻し、またグラスを掴む。


「そう、俺も復讐を望んだことがある。五年かけてな、仇を討とうと躍起になった。」

「…果たしたのか?」

「いや、ダメだった。果たせそうだったが、『おせっかい焼き』に邪魔された。」


肩をすくめて皮肉めいて笑うが、どこか満足そうにも見えた。

そのままパオフゥはグラスを持ち上げ、一口呷る。


「…だがまあ、救われた気はするな。また、大事なモンも出来た。」


そう言ってまた、グラスを傾ける。

彼につきまとう自虐的なやさぐれた雰囲気は、そんな過去のため。

それでもどこか穏やかな気配は、その過去を乗り越えたためなんだと刻真は感じた。


「ようするに今回は、俺が『おせっかい焼き』ってこった。」

「パオフゥさん…でも、俺は…。」


言いよどむ刻真の前に、すっとグラスが差し出される。

見上げれば、カウンター内でグラスを拭いていたマスターが立っていた。

その出で立ちはキャプテンハットに、軍服にも似た立て襟の白い制服。

まるでマスターというより『船長』と呼ぶべきものだったが。

パオフゥが、隣から興味深そうに覗き込んでくる。


「へぇ…『ドック』か。」

「それが…このカクテルの名前? ヴィクトル?」


刻真は、ふたたび『船長』を見上げる。その真意を尋ねているのだろう。

ヴィクトルは、静かに語る。


「いつでも『港』は船を受け入れ、壊れそうになれば直してくれる。…仲間も同じだろう。」


間違った道であろうとも、仲間を信じて進めば良い。

本当に自分が駄目になりそうな時には、きっと仲間が受け入れ、正してくれるはずだから。

刻真はじっと、ヴィクトルが差し出したメッセージを見つめて。

やがて、くすっと可笑しそうに笑う。


「…俺、未成年なんだけど。」

「いいから飲め。仕事の話はそれからだ。」


パオフゥの言葉に後押しされ、刻真はくっとグラスを呷った。

その光景を眺めながらピアノを演奏していた少女が、ふと自分の傍らに目をやる。

そこにいた者とふと目が合い、どちろともなく小さく頷きあった。




          ◆◇◆




横島は、リビングの天井をぼんやりと眺めていた。

脳裏には、あの男とのやり取りが浮かぶ。


『お前さんが横島か。』

『刻真とは、知り合いなもんでね。』

『俺はパオフゥ。まあ、情報屋みたいな仕事をしてるわけだが。』

『アイツも相当わけありらしいがな…。楽しんでるとこ、邪魔して悪かった。』


刻真がわけありなんてのは、最初からわかりきってる。

だけど、どうしても腑に落ちないのは、自分たちに隠れて何かを調べてることだ。

どうして隠すんだ?

何か後ろ暗いことでもあるのか?

俺たちがそんなに信用できないのか?

ふと、視線を向かいに座るノースに向ける。

ノースは、熱心にテレビで教育番組なぞを見ている。


「なあ、ノース。」

「ホ? なんだヒホ?」

「…俺、何も聞かずに行かせちまったけど、あれでよかったのかな?」


小一時間ほど前、気配を殺して出て行こうとする刻真を呼び止めた。

パオフゥの名前を出したとき、刻真はひどく驚いた様子を見せた。

その後見せたのは…見ているこちらが痛々しいほどの、拒絶の表情だった。

だから、横島は言った。


『行ってこいよ、何も聞かねーから。お前は仲間だから…何も聞かねー。』


そして、そのまま刻真は「朝までには戻る」とだけ残して出て行った。

だが、横島はどうにも気になっていた。

不思議な話だが、出会ってから数日しか経っていないのに、刻真には妙な親しみを感じていた。

その刻真が何かを抱え込んでいる様子なのに、何も聞かないでいいのだろうかと。

だが、ノースはにっこりと、何故か嬉しげに笑う。


「あれでよかったヒホ。コクマはいつも寂しそうだから…あれでよかったんだヒホ。」

「…そっか。」


横島も笑みを浮かべる。

今日のこと、隊長たちには…まだ、もう少しだけ黙っていよう。

そこまで考えて、ふと夏子のことにまで思い至り、横島はまた思案顔に戻る。

夏子に告白されて、動揺しながらも何かを答えようとして。


「……俺は…。」


自分はあの時、なんと告げるつもりだったのだろう。

言いかけた言葉をぽつりと呟いて考えてみるが、その答えはわからずじまいだった。




            ◆◇◆




真っ暗な部屋のベッドの上。

夏子は顔を埋めるようにして、膝を抱えて座っていた。


「…告白は…した。けど…。」

『だから言ったでしょう? 彼はあなたを振り向くことはないって。』


夏子の呟きを嘲笑うような声が響く。

その声を拒絶するように、夏子は激しく首を振る。


「違う! 横島はきっと…いきなりやったから戸惑っただけや…。」

『何が違うの? あなただって見たでしょう? あなたが彼女と同じ台詞を言ったときの彼を。』

「…やめて。」

『返事を伸ばしたのは、彼が気持ちを整理するための猶予? それとも怖かっただけ?』

「やめぇ…!」

『わかっているんでしょう? 彼の中の彼女には敵わない…。』

「うるさいッ!!」


ほとんど悲鳴のように叫んで、そばの枕を掴みあげ投げる。

壁にたたきつけられた枕が、とさっという音をたてて床に落ちた。

夏子の息は荒く、体は震えていた。


『…辛いのね。私と同じ…。』


いまだ聞こえてくる声は、さきほどまでとはうって変わって痛ましげだ。

気遣うような囁きに夏子は耳を塞ぐが、それでも声は聞こえ続ける。


『願いなさい。彼はあなたのものよ─…。』

「…ゃあ…横島ァ…ッ!!」


耐えるように耳を塞ぎながら、夏子の声は助けを求めるように震えていた。

己が内より聞こえてくる、その声に。


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