季節は春になった。
横島は何とか進級できそうである。
この間の霊刀ジャック・ザ・リッパーの一件以来、シロと西条は時々警察活動におもむいている。横島は学校があるのでほとんど参加しない。ジャックのような大物や、そもそもオカルト事件では無いものばかりなので特に問題が無いようだ。
警察も最近ではオカルトGメンに手柄を取られるよりは民間のGSに捜査協力――実質依託に近い――を願い出ている。
しかし、一見上手くいっている西条の考えにも誤算があった。
それは、事件を解決できるほどの特殊能力を持ったオカルト関係者がほとんど居ない。と、いう事である。しかも、オカルト関係者と警察の連携もあまり上手くいっていない。オカルトと警察活動の両方を理解している者もまた少ないからだ。
優秀なベテラン霊能犬マーロウにレクチャーを受けた人狼シロと自身霊能者でもある敏腕捜査官西条の組み合わせは、歴史上を見ても他に類の無い稀有な例なのである。
何事も自分を基準に考えるきらいのある西条、痛恨の誤算であった。
警察もしばらくすれば、当てにならないオカルトに見切りをつけるだろう。
西条はひどく意気消沈した。あれだけ必死になって成し遂げた行為にほとんど意味が無かったからだ。横島とシロの慰めの言葉もきかず、お盆までには戻ってくると長期休暇を申請。旅に出た。
春休みに花見をした。
メンバーは横島、愛子、ピート、タイガー、それに担任教師である。
横島と担任はそれぞれ酒を持参した。互いに勺をして飲む。愛子、ピート、タイガーは飲まない。
花吹雪をさかなに飲む。メンバーに料理の出来るものがいないのでツマミが無いのだ。
ある程度酒が進むと、横島はルシオラの事を話し始めた。
オカルトに属する部分ははぶく。
自分に好きな人ができた事。
自分を好きな人が居た事。
そして、自分の不甲斐なさからその人を失ったこと。
それだけを話した。
皆、黙って横島の話を聞く。
「それで、アイツか周りのみんなか選ばなきゃいけないハメになっちまった。
そして俺は、アイツじゃなくてみんなを選んだ。アイツもそれでいいって言ってくれた。だから、みんなを選んだ。
そんで、俺はアイツと二度と会えなくなった。
それでこの話は終わり。よくある話だ、どこにでもある」
横島が話し終わっても、誰もすぐには口を開かなかった。
担任は黙って横島に酒を注ぎ、肩を叩いた。
横島はしばらく注がれた酒を見ていたが、やがてそれを顔に浴びせるように飲んだ。酒が目に入って染みる。涙が出た。
そうこうしているとクラスのメガネが通りがかった。
メガネは「なに楽しそうなことしてやがる」と花見に参加した。そこから何故か一気に人が増えた。最後にはクラスの全員と校長が参加しての大宴会となった。
皆、大いに騒いで飲んだ。
隠し芸大会が始まると、除霊委員は特技を活かして活躍した。教職の二人も負けじとベテランの宴会芸を披露する。
宴会は夜まで続いた。
◆ ◆ ◆
横島は迎えに来たシロに肩を借りて家路につく。足元がおぼつかない。
「情けないでござるぞ、横島先生。酒を飲むのはたしなみでござるが、飲んでも飲まれてはいけないでござる」
シロは横島をたしなめた。右肩に感じる体重を何故か嬉しく思う。尻尾がバタパタと揺れる。
「うるへー。俺にだって飲みてー時の一つや二つはある!」
横島は右手を振り上げ叫ぶ。
「ああ、近所迷惑でござるから、もう少し静かにするでござる」
シロがなだめる。
まだ、ブツブツと文句を言っている横島の横顔を見た。横島が気づいて見返す。
「あんだ? 俺の顔になんかついてるか?」
「何にも。でも、真っ赤でござる」
左手の人差し指で横島の頬をつつく。
横島は鬱陶しそうにその指を払う。
「お前。何でそんなに嬉しそうなんだよ?」
横島は不満げに尋ねる。
「分からないでござる。けど、何だがとっても幸せな気分でござる」
シロは幸せそうな満面の笑みを浮かべた。
横島は毒気を抜かれて「それはよーござんしたねー」と言って、シロに寄りかかって体重を預けた。
「はい! よかったでござる!」
シロは元気に返事をして、横島を支えなおした。
横島の重さと温もりを感じる。
嬉しくなって空を見上げた。
空には満月が浮かんでいた。
アパートに着いた。
シロは横島を部屋に運び入れる。
布団をしいて横島を寝かせる。コップに水を入れて差し出す。
「はい、先生。水でござる」
横島は受け取って一気に飲み干した。寝転がったまま飲んだのでかなり零れる。シロは横島からコップを受け取って、ハンカチで口元や首筋を拭く。
横島はくすぐったそうに「あひゃひゃ」と笑った。
「先生。もう寝るでござるか?」
シロは横島の枕もとで崩した正座をする。
「んー。アチィからなー。もうチョッと酒が抜けてから寝るー」
横島は今にも寝てしまいそうに目を細めて答えた。
シャツの襟を引っ張って手でパタパタと仰ぐ。
シロはハンカチを水でぬらして横島に渡す。横島はそれを額に当てる。テーブルの上に載っていたノートを取って横島を扇ぐ。
横島は気持ちよさそうに「うぃー」と言った。
明かりのついていない部屋には窓から月明かりが差し込んでいる。
シロは横島の側で満たされる自分を感じていた。
「先生……寝たでござるか?」
しばらく扇いだ後にシロが声をかけた。
「んー。まだだー」
横島は夢うつつに答える。
「先生。何で美神どのの事務所辞めたでござるか?」
シロは横島に尋ねる。
今なら答えてくれそうな気がした。
「…………」
横島は黙り込む。
シロは横島の枕もとで崩した正座で座っている。
「先生……?」
シロが横島の顔を覗き込む。顔と顔が近づく。
横島は目を開けていた。シロを見上げる。
シロは不安を感じた。顔を近づける。
「先生――」
「多分。その場のノリと勢いだな」
横島が告げた。
「え?」
予想外の答えにシロが驚く。身を引いて顔を離す。
「ノリと、勢い、でござるか……?」
シロは座りなおして聞き返す。
「そうだ。ノリと勢いだ」
横島は断言する。
「今考えると何で事務所を辞めなければいけなかったのかサッパリ分からん」
横島は自分でも本当に不思議に思っていた。何か確かな理由があったような気がするのだが、どうしてもそれに思い至らない。
「前に失恋したって言っていたのは……?」
シロが恐る恐る尋ねる。
「失恋。失恋か……」
横島は反芻しながら二度つぶやく。
「関係ないな」
断言する。
「か、関係ないって、拙者を里に迎えに来た時、あんなに思わせぶりに言ってたじゃござらんか!?」
シロは納得できずに食い下がる。
「いやー、あんときは関係あるような気がしてたんだよ。
でも、よく考えたら全然かんけーねーんだなこれが」
横島は何かとても面白いことのように話す。
「確かに俺は失恋した。いやーあれはひでー悲恋だった。ハハハハ……
でも、そのことで誰かを恨んだりはしてねーんだよ。無論、美神さんのことだってな。
だから事務所を辞める必要なんて全然まったくなかったんだ」
横島は寝転がって天井を見ながら楽しそうに話す。
「でも、だったら何ででござる?」
「いや、だからそれはその場の勢い。
あの時、俺はとにかく何かしたかったんだな。でも、何をしたらいいか分からなかったからとりあえず事務所を辞めた。そーいうことだな。
うん。どうもそーらしい」
「そーらしいって……」
シロは呆れた。
「いや、今気づいたんだ」
横島はバッと跳び起きて両手を上げて背伸びをする。
「んー。いー気分だ。わだかまってたもんが全部酒と一緒に抜けてったみたいだな」
深呼吸をする。
「じゃあ、美神どのの事務所に復帰するでござるか?」
シロが尋ねる。
横島はギョッとしてシロを見る。
何か恐ろしい事に気づいたように考え込む。
「……復帰しない……」
横島がポツリとつぶやく。
「どうしてでござる?」
シロが不思議そうに尋ねる。
「今さら戻れるか! そんなこと恐ろしゅーて情けのーて格好悪くてできんわい!」
横島は自分がまた雇ってくださいと美神に頼みに行くところを想像した。
恐ろしい想像になり体をブルッと震わせ「できんできん」と頭を振ってうつむく。
「それに、今はやりたいことが見つかったしな。それは美神さんトコでは実現できんからな」
「やりたいこと、でござるか?」
「ああ」
「それは何でござるか?」
横島はシロの方を向いて少し考え込む。
「シロ。お前、里の人狼たちのことは好きか?」
「もちろん大好きでござるよ!」
「じゃあ、人間のことはどうだ?」
「人間のこと……」
シロは「ウーン」と唸って考え込む。
「よく分からないでござるが、先生や美神どの、おキヌどのに西条どの達のことなら好きでござるよ。もちろん一番好きなのは先生でござる」
シロは目をキラキラと輝かせて尻尾を振りつつ答えた。
横島は嬉しそうに「そうか」とうなづく。
「だったら、シロにも手伝ってもらうか、俺のやりたいこと」
座っているシロの前にしゃがみ込み見つめる。
「だから、やりたいことって何でござる?」
「まだ、形になってねーんだ。でも、やりたいことは確かにある。その内、形にする。手伝ってくれるか」
シロの顔を覗き込む。
「はい。もちろんでござる。先生の頼みとあらば」
横島はシロの頭を撫でた。
「先生。失恋の方の話はどうなったでござるか?」
シロは本当に気になっていた方の話を聞いた。
「お、お前なー。いい話で終わったのに蒸し返すんじゃねーよ」
横島は半眼でシロを見る。
「だって気になるでござるよ」
シロは人差し指を唇に当てて「むー」とむくれた。
「どうなったっつても。失恋したから、失恋したんだぞ」
横島はどう言ってやればいいのか分からない。
「まだ、忘れなれてないでござるか……?」
シロは不安そうに横島見る。尻尾が垂れている。
「あたりまえじゃねーか」
横島は即座に断言した。
シロはうつむく。ひざの上で拳を握り締める。
「あれは忘れられるもんじゃねー。なんせ世紀の大失恋だ」
横島は懐かしそうに語る。
シロは唇を噛んだ。
「でも、引きずってるわけじゃねーぞ」
シロはハッと顔を上げて横島を見る。
「少なくとも今はな。
そりゃ、時々ふと思い出してしんみりしたりはするだろーけど。引っかかってはいねーよ」
横島は微笑む。
シロは嬉しがって良いのかどうか分からず困ったような顔で横島を見る。
「ったく。もう寝るぞ」
横島は布団の上に寝転がる。
「先生。もう遅いでござるから今日は泊まっていっていいでござるか?」
シロが横島に近寄って聞く。
「んー。そうだなー。別にいいぞ」
横島は投げやりに答えた。
「その……一緒に寝てもいいでござるか?」
シロは恥ずかしそうにモジモジとしている。
「春とはいえ夜は冷えるからな。狼になるんだったらいいぞ」
シロは残念そうに「分かったでござる」と言うと精霊石のペンダントを外してテーブルの上に置き、狼の姿になった。
横島は掛け布団をかぶる。シロがその中に潜り込んだ。「クーン」とないて鼻先を擦り付ける。
「起きた時、獣臭いのは嫌だからな。舐めるんじゃねーぞ」
横島は頭を撫でてシロの鼻先を避ける。
シロは「ウー」と不満そうに唸る。
「あーハイハイ」
横島はほとんど眠りながら答えて、シロの背中を撫ぜる。
シロは物足りないものを感じたが、背中を撫ぜる横島の手は心地よくて、夢見心地で眠りに落ちた。
次の話こそは本当に幕間になると思います。多分。 (ダイバダッタ)
この時期って、色んな事を悩んだり、柄にも無く考え込んだり、ちょっと前を振り返って笑ったり、そういう事って結構よくあると思います。
一つの悲劇を経験したからっていきなりガラリと変わって成長しちゃう・・・・なんて事は実際滅多にあるもんじゃないですから、何ていうか成長のプロセスとしていい描写だなと思いました。
次回も期待しています。 (柿の種)
横島って、シロが擬態した時もルシオラのこと一言も考えなかった(言わなかった)んだよねぇ・・・。って言うよりも・・・作者の意図だったのかな? (濳炉腹蔵)
それと横島の心境変化については、まだまだ18足らずの若造なんだから行動に未熟な点があるのは仕方ないですね。
とりあえず一区切りついてこの先どう話が展開するのか非常に楽しみです。頑張ってください。 (ビンタビンタ)
後、ルシオラの話をしだすのも唐突で理由がないし。自分が可哀想だと同情を引こうとしているようで気持ち悪いです。原作じゃ唯一美神に泣き言を言った程度で、それ以外の仲間には「辛かった」なんて口に出していないのに。 (g)
>「今考えると何で事務所を辞めなければいけなかったのかサッパリ分からん」
でふっと笑って、何やら吹っ切れた様子の横島にほっとしました。 (kurage)
物語初期の頃の横島はまだショックが抜けきれていなかったので堅かったのです。
そろそろ普段通りの、でも少し変わった横島になりつつあります
>濳炉腹蔵
まあ確かに酒を飲ますのはどうかと思ったのですが、酒もなしにルシオラのことを切り出すのは無理だと思ったので飲ませました。
>ビンタビンタさん
散々西条には違和感があると言われたので旅立ってもらいました。
美形は死ねーっ!
>gさん
西条が長期休暇を取ったのはやる事が無くなったからです。
作中では今、オカルト事件の発生率が著しく下がっています。
やる事が無いので無理やり見つけたやる事をオフィスに泊り込んでまで頑張ってやってみたら裏目に出たので意気消沈しているのです。
さらに違う何かをやろうという気力は残っていません。
お盆までには帰ってくるというのはその頃にはオカルト事件の発生率も戻っているし、お盆はオカルト関係者が忙しい時期だからです。
横島が語ったのは作中のキャラがドイツもコイツも話せ話せと五月蝿いからです。
必死で笑いながら言って、同情されるのを防ごうとしています。
>kurageさん
うぃー、ほっとして下さい。
でも、その内またズン底に落とし込んでやります。
「飛び立つ前には一度沈まねばならんのだ!」by逆境ナイン (ダイバダッタ)
続きがきになる! (HF)