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after day

第7話「それが存在理由 後編」


投稿者名:ダイバダッタ
投稿日時:05/ 2/17

 横島はシロを連れてGメンビルを訪れた。西条が出迎える。
「待ってたぞ横島クン。現場指揮権は無理だったが、捜査権の方は何とかねじ込んだ。これで捜査できる」
 西条はいつもの疲れた姿ではなく、スーツをビシッと着こなしている。無精ヒゲなど生えていない。
「おお! 西条どの。久しぶりでござるな!」
 シロは右手をシュタッと上げて挨拶する。
「やあ、シロ君。久しぶりだね」
 西条は両手を広げて歓迎する。
 おや、と何かに気がつきシロをよく見る。右の拳をアゴに当てて考え込む。
 納得したのか何度かうなづき「そうか」とつぶやく。
「少し女っぽくなったかい? いっそう魅力的になったね」
 シロは目をキラキラと輝かせる。
「さすが西条どの! 分かるでござるか!」
 横島の方に向き直る。
「ホラ見るでござる。分かる人には分かるでござる。先生も速く拙者の魅力に気がつくでござる」
 シロは頭の後ろに右手をやり左手を腰につけてウインクする。
「こいつはただ単に女の扱いが上手いだけだろーが」
 横島は西条を指差し不満げに言う。
「はぁ、まったく。横島クン、ここを見たまえ」
 西条がシロの耳たぶを示す。赤いピアスがついている。
「……だから、なんだってんだよ?」
 横島には理解できない。さすがにシロも呆れる。
「先生。そんなことではおなごにモテんでござるよ……」
「うっさいわーっ! 余計なお世話じゃー!」
 横島は激昂した。

「それで早速捜査したいんだが」
 西条はシロに何かを手渡す。首輪だ。
「……なんでござるか、これは……?」
 シロがこめかみに青筋をたてながら聞く。
「警察犬用の鑑札のついた首輪だよ」
 西条が答える。
「拙者犬じゃないでござるーっ!!!」
 シロが怒って西条につかみかかろうとする。横島は慌てて止めようとシロにしがみつく。
「お、落ち着けシロ!」
「な、まだ話していなかったのかい横島クン!」
 男二人は必死でシロをなだめる。

「それで、一体どういうことでござるか?」
 シロは怒りを隠そうともせずに尋ねる。
 見るも無残に散らかった部屋の中央に横島と西条が正座させられている。
 横島と西条は互いに目でお前が話せと牽制しあっている。
(君が納得させるって言ってたじゃないか!)
(うるせー! この仕事は本来お前のものだろーが!)
「どっちでもいいからとっとと話すでござる!」
 シロが一喝する。
 横島は観念してシロに事情を話す。
「むむむむ……事情は分かったでござるが……
 なにも拙者が首輪をつけずともよいでござろう?
 このまま犯人探しをしては駄目でござるか?」
 シロはとうてい納得など出来ない。
「それが駄目なんだ。
 ウチは今、ひどく危うい立場にある。
 外部のものに捜査を手伝ってもらっている事を知られたら厄介なことになる」
 西条は悔しげに告げる。
「だからといって……」
 シロはまだ渋る。
「シロ――」
 横島が土下座をして頭を床につける。
「頼む。ここは折れてくれ。お前が捜査を手伝ってくれれば、たくさんの命が救われるんだ!」
 西条はそれを見て慌てて自分も土下座する。
「頼む、シロ君! 僕からもこの通りだ!」
 シロはひどく狼狽する。
「や、止めるでござる二人とも! 大の男がそのようなこと……」
 二人はそれに答えず、頭を下げつづける。
「頼む、シロ!」
「お願いだ、シロ君!」
 シロは「うー」と唸る。
「分かった! 分かったでござる!
 首輪でも何でもつけるから、頭を上げるでござる!」
 シロはついに折れた。
 横島と西条は頭を上げて分かってくれたかと安堵した。

 シロは首輪をつける。
 首輪は少し太めの赤いもので、特に装飾などはついていない。前の部分に鑑札がぶら下がっている。
 横島は倒錯したものがあるなー等と馬鹿な感想を抱いた。
「それとシロ君。これに着替えてくれ」
 西条がシロにクリーニング店の紙袋を渡す。
 シロは紙袋の中を覗き込む。中に入っているのは紺色の服だ。
「あっちの部屋で着替えてくれ。横島クンは僕が見張っている」
 西条はドアを指差し、横島とドアの間に立つ。
 横島はさすがにシロの着替えなんぞ覗かんちゅーにとふてくされた。

 着替え終わったシロがドアを開けて部屋に入ってきた。
「こ、これは……」
 横島は驚く。
 シロが着ているのは婦警の服だ。西条の方を見る。
「西条。お前って奴は……」
「必要な事だ」
 西条は即座に断言した。
 横島はもう一度シロを見る。網タイツにハイヒール、ミニスカ。指差して西条に問う。
「あれも、必要なことなのか?」
「必要な事だ」
 西条は繰り返す。
 横島はシロを凝視する。
「先生。そんなに見つめないで下され」
 シロが照れた。
「西条――」
「ひ・つ・よ・う・な、事だ!」
 西条は断言した。

   ◆ ◆ ◆

「ここが殺人の現場だ。先入観を与えないためにこれ以上の事は教えない。捜査を始めてくれ」
 都心の一角。ガード下にある横断歩道の脇の広い歩道の上で西条が告げた。
 シロは早速地面に這いつくばって臭いをかぎだす。
 横島はそれを居心地悪そうに見る。
「うら若き少女が地面に這いつくばって臭いをかぐ。いたたまれん光景やなー。
 イヤイヤ、シロは人狼。そんな偏見は捨てて、真摯な目で見守らねば」
 地面に這いつくばっているシロを後ろから凝視する。
「って俺はロリコンとちゃうわー!」
 そばの電柱に頭を打ちつける。

「大体分かったでござる」
 死臭は現場から三本伸びている。
 一つは道路の方に向かい、途中で途切れている。
「それは、警察がガイシャの遺体を救急車で運んだ奴だな」
 西条が補足する。
 後の二つはどちらも途切れることなく歩道の上を続いている。
「連続殺人犯だからな、ここのガイシャ以前の死臭をさせているんだ」
「でも、こっちの方には――」
 シロが歩道の上を指差す。
「被害者の死臭も含まれているござる」

 一同はシロを先頭に死臭をたどる。
「それにしても、凄い感覚だな。我々には霊波自体が感知できないのに」
 西条が感心する。
「へっへっへー♪」
 シロは誉められて尻尾をふって喜ぶ。
「シロ。お前は確かにすげー感覚を持ってるかも知んねーが、事件捜査の経験自体は全然ねーんだから気をつけろよ」
 横島がシロをたしなめる。
「先生は拙者を疑うでござるか!?」
 シロは「クーン」と悲しそうに横島を睨む。目に涙がにじんでいる。
「いや、そういうわけじゃねーが……
 そうだな、前にマーロウと追跡した事があっただろ。あの時みたいにやって見ろよ」
「む、マーロウでござるか?」
 シロはあの時のことを思い出す。
 雑霊の霊気が多すぎて対象のわずかな霊気を嗅ぎ取れなかった。
 嗅覚に意識を集中させる。被害者たちの死臭以外のものがわずかに臭った。
「これはっ! 被害者の人たち以外の霊気――いや、妖気の類が臭うでござる!
 それに、追っているはずなのに臭いが弱くなってきているような気がするでござる!」
「なんだって!? どういうことだ!?」
 西条が驚く。
「落ち着け。相手が被害者を操れるとしたらどうだ?」
 横島はマーロウとシロの共同除霊の時、不覚を取った。ネズミのネクロマンサーに操られたのだ。その時の経験を元に判断し告げる。
「だとしたら、あの事件現場で殺人を犯したのは倒れていた被害者ということでござるか!? 拙者は逆方向に霊波をたどっていたんでござるな!」
「今ならまだ間に合うはずだ! 現場に戻ろう!」
 西条はそう言うと踵を返して走り出す。

「あの……」
 走り出した西条の前に人影が歩み寄る。
「警察か何かの方ですか?」
 二十代半ばの女性でなかなかの美人だ。
 白っぽいコートの前をしっかりと閉めて両手をポケットに突っ込んでいる。
「今そこで変なものを拾ったんですけど……見てもらえますか?」
「…………?」
 西条は走り出すのを止めて女性に近づく。
「変なもの……ですか……?」
「ええ、実は――」
「その女! 死臭がするでござる!!」
 シロが叫んだ。
 女は右手をポケットから出して西条に切りつける。手には古めかしいアンティークなカミソリが握られている。
 横島はとっさに西条の襟首をつかんで後ろに引きずり倒す。同時に左手にサイキックソーサーを展開して相手の攻撃を受け止めた。
「助けろっ!」
 横島が叫ぶ。
「このっ! 先生から離れろっ!!」
 シロが右手に霊波刀を作って女に切りかかる。
 女は後ろに飛びのいてシロの一撃を避けた。
 シロは追撃をかけようとする。
「シロッ! いったん離れろ!」
 横島がそれを止める。
 シロは横島の言う通りにいったん距離をおく。目線で横島に問いかける。
「恐らく奴は妖刀の類だ。シメサバ丸と雰囲気が似てやがる。
 いいか、かすり傷一つ負わされるな!」
 女は意外そうな顔をする。
「察しが早いな。さすがはその道のプロだ。
 お前の言う通り、俺は霊刀ジャック・ザ・リッパー。
 俺の正体をこんなにも早く見破ったのはお前らが初めてだ」
 ジャックは面白そうに笑ってカミソリを揺らす。
「ジャック・ザ・リッパー!? そんな大物だったのか!?」
 西条はジャックの名に驚く。
 横島とシロはよく分かっていない。
「その身体。死んでいるのか?」
 横島がジャックを睨みつけて尋ねた。
「ああ、そうだ。死んでる」
 ジャックは左手でコートの前をはだける。その下のセーターは真っ赤に染まっていた。
「くそっ! なんでそんな事しやがるんだ!?」
「さあな。いつからこうやっているのか自分でもわからねえ。血を吸うとそいつの体を使って動けるようになる」
 ジャックは女の胴体を軽く切りつけて血をカミソリにつけると、それを口元に持っていきベロリと舐めた。
「女を狙うのはその方が宿主として相性がいいからさ」
 ジャックは「ヒヒヒ」と気味悪く笑う。
「血を吸うと体を操れるって言ったな。だったら、殺す必要はないんじゃねーのか?」
 横島はシメサバ丸の事を思い出す。あの時、妖刀に操られていた自分は死んでいなかった。
 ジャックは横島を見る。面白そうに笑った。
「ああ、そうだ。別に殺さなくても切りつけるだけで体を乗っ取る事が出来る」
「だったら、なぜ?」
 横島は感情を見せない瞳でジャックを見つめて返答を待つ。
「さあな。だが、多分――
 それが、
 俺の
 存在理由だからさ」
 横島は目を見開いてジャックを見る。
「シロ、西条、手を出すな。こいつは俺がヤる」

 横島は考える。
 文珠で動きを封じるか?
 駄目だ、狙うべきは右手のカミソリのみ。動きを鈍らせて守勢に回らせると逆に厄介だ。女性の体に攻撃したくはない。
 ここは、攻撃させてそこを狙うべきだ。俺が狙う場所は奴自身であり、攻撃のための武器でもあるカミソリだからな。
 だが、俺には剣術の心得なんて無い。カウンターなんて高度な真似はできねー。
 だったら――
 横島は両手を軽く握って、左を前に半身になる。左手を身体の前に持ってきて右手を腰につける。
 横島に格闘技の心得は無い。その構えはその場に居る全員の目には隙だらけに映る。その構えのまますり足でジリジリとジャックに近づいていく。
 無論、すり足だって出来はしないのだからそれはただ単に重心を揺らしながら、ゆっくりと敵の間合いに入っていっているだけだ。
「先生! せめて霊波刀を出して相手より遠い間合いから攻撃して下さい!」
 あまりに無謀なその行動に思わずシロが叫ぶ。今にも突っ込んでいきそうだ。
「安心しろ、シロ。お前の師匠を信じろ」
 横島はいたって平静に告げる。
 ジャックは馬鹿にしたように笑う。無造作に突っ込んでいき横島の咽を切りつける。
 横島は左手にサイキックソーサーを作ってそれを防ごうとする。
 ジャックはカミソリの軌道を途中で曲げて横島のがら空きのわき腹に切りつけた。
「はっ、終わりだ」
 ジャックは勝利を確信して笑う。
 後はこの男の体を使って残りの二人も片付ける――
「な、なにっ!?」
 乗っ取ることが出来ない。ジャックは驚愕する。
 横島はその隙をついて右手をハンズオブグローリーで覆って、カミソリを握りつける。
「ば、馬鹿な。なぜ切れていない!」
 ジャックは納得いかないと叫ぶ。
「さっき構えた時に右手に文珠を作って服の下を霊気の鎧で覆ったんだよ。妖刀相手にはこの手が一番だ。俺の師匠の真似だけどな」
 横島は右手に力を込める。
「な、なんだそれはっ! やめろ! やめてくれ! 死にたくない!」
 ジャックはうろたえて恐怖し泣き叫ぶ。
 横島はやめない。
「許してくれ! お願いだ! 死にたくない! 死にたくない!」
 横島は感情を見せない瞳でジャックを見る。
「すまない……お前を生かしておくわけにはいかねーんだ」
 横島は手の中のカミソリを握りつぶした。

 女の右手からカミソリが離れる。体から力が抜けて地面に倒れていく。
 横島は左手で女の体を支え、優しく地面に横たえた。
 シロと西条が駆け寄ってくる。
「やったでござるな先生! さすがでござる!」
「ああ、まったくだ。君がここまで凄いとは思わなかった」
 二人は横島をたたえる。
「それほどでもねーよ。結局全部美神さんトコに居た時に失敗して覚えたことばっかりだからな」
 横島は事も無げに返す。
「いや、それだけでも凄いことだよ。君は令子ちゃんの下で本当に色んな経験をしたんだな」
 西条は本当に感心する。
「犯人も退治できたし、これで一件落着でござるな。よかったでござる」
 シロが横島の右手の中のカミソリの残骸を見ながら言う。
「…………ねーよ……」
 横島が何かつぶやく。
「え?」
 シロは人狼の鋭敏な聴覚でそれをとらえ聞き返す。
「よくなんかねーって言ったんだ」
 横島は地面に横たえた女性を見る。
「たしかにこの人を助けられなかったのは残念でござるが、これ以上の被害を――」
「違うぞ、シロ」
 横島はシロの言葉を遮った。
 地面に横たえた女性を見る。いや、握り締めた拳の中のカミソリの残骸を見ている。
「違うんだ」
 横島はシロの方を見る。
「シロ。俺はコイツを殺したんだ」
 右手に握った残骸をシロに示す。
「でも先生。それは仕方が無かったでござる……」
 シロは横島の言いたいことが分からない。
「そうだな。確かに仕方が無かった。それはそうだ。
 でもな、シロ。コイツを殺さなければいけなかったのは俺の未熟さのせいだ」
「そ、そんなことはござらん! 先生は、先生は十分凄かったでござる!」
 シロは思う。
 先ほどの先生の戦い振りは素晴らしかった。未熟な自分はあんな戦法は思いつけない。自分に文珠は使えないが、だからといって先生の作戦の見事さが損なわれるわけではない。
「いーや。やっぱり俺が未熟だからさ。
 以前、シメサバ丸っていうコイツと似たような妖刀を除霊した時。美神さんはシメサバ丸を包丁として生まれ変わらせた。
 今回も何か方法があったはずだ」
 横島は悔しげに告げる。
「でもでも、コイツはどーしようもない奴でござった。だから――」
「シロ」
 横島はまたもシロの言葉を遮った。
「シロ。確かにコイツはどーしようもない奴だった。
 女を狙うのは相性の問題で、殺すのはそれが存在理由だからっていうどーしようもない奴だ。
 でもな、シロ。コイツは女を殺すことを望んだ。だけど、女を殺す存在として生まれてくることは望んでいないんだ。
 コイツは妖刀だ。作られたにしても、自然発生したにしても、そんな風に生まれてきたのには原因がある。それはコイツのせいじゃねー。分かるか?」
 シロは納得できずに黙り込み、うつむいて上目遣いで横島をうかがう。
「シロ。なるべくなら殺すな。殺したら取り返しがつかない。後でそんなに悪い奴じゃなかたって気がついても遅いんだ。操られていた可能性だって否定できないしな」
 横島は握り締めたカミソリの残骸を見る。
「コイツを殺したのは、俺だ」
 右手を思い切り握り締める。カミソリの破片が突き刺さり血が流れる。
「そうさせたのは、俺の未熟さだ」
 横島は右手の中に文珠を二つ作り、「昇」と「華」を刻み発動させる。
 カミソリの残骸は光る玉に覆われ空へと上っていく。
 横島はそれを悲しげな瞳で見つめる。
「シロ。なるべくなら殺すな。
 そして、どーしようもなくて殺す時は、自分の未熟さがそれをさせるんだって覚悟しくれ。
 お前が俺の弟子なんだったら、そうしてくれ。お願いだ」
 カミソリの残骸は光る玉に覆われて空へと上っていく。
 横島はそれが見えなくなるまで、ずっと見つめていた。


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