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after day

第5話「殺す」


投稿者名:ダイバダッタ
投稿日時:05/ 2/14

 尻尾が一本と右の後ろ足が吹っ飛んだ。

 痛い痛い痛い。
 痛みにのた打ち回る。
 遠くで轟音が響いている。
 周りの草木や地面が弾ける。

 逃げなければ。
 本能が告げる。
 痛みを無視して走り出す。

 犬が吼える。追い立ててくる。
 沢山の足音。轟音が追ってくる。

 此処は何処だ。
 私は誰だ。
 何が起こっているのか。

 尻尾がまた一本千切れて飛んだ。

 助けて助けて助けて。
 辺り一帯に嫌な臭い。
 囲まれている。

 体を衝撃が貫いた。
 痺れて痛い。
 動けない。

 人影が二つ。
 助けて助けて助けて。

 光る鞭で打ち据えられる。
 痛い痛い痛い。
 嫌だ嫌だ嫌だ。

「ミカミサン――」

 誰の名だ。

 嫌なものが近づいてくる。
 身体が爆ぜた。

 殺してやる。

   ◆ ◆ ◆

 やりたい事は決まったが、まだ具体的なものにはなっていなかった。
 美知恵が出産で忙しくなったからだ。
 生まれた赤ん坊は特殊能力者でひと騒ぎあったらしい。
 文珠をかなり使ってしまったらしいので横島は契約より多く渡しておいた。
 美知恵に対する警戒感もかなり薄れ、今では理想達成のパートナーか指導者としてさえ見ている。美知恵と話していると自分の中の色んなわだかまりがとれて進むべき道が見えてくるような気がするからだ。
 それに、アシュタロスの件が終わった後の美知恵は当時の冷徹さを全く見せず、完全な善人で通っている。時おり見せる意地悪さ以外はとても美神の母親とは思えない。
 しかし、依然美神とは顔を会わせていない。
 今会ったとしても、わだかまり無く和解したり、ましてや出し抜いて一人前の証を手に入れることはできないと思ったからだ。

 それからそれなりに色々あった。

 新しく来た美術教師はドッペルゲンガーだった。
 あまり似ていなかったので、「すり替わるのは無理だし、意味が無いから諦めろ。お前は本物のお前になれ」と説得。
 ドッペルゲンガーは自分の名前を自分で決めて、本物にライバル宣言。独自に画家を目指すことに決めた。
 新たに保護観察処分者を受け入れる羽目になり、激務に追われるオカルトGメンの西条が何か叫んでいたが、無視した。

 クリスマスはおキヌと過ごすつもりであったが、結局会えずじまいだった。美神と何かやらかしていたらしい。
 後で美神が誰かの借金を肩代わりしたとかいう信じがたい話を聞いたが、無論のこと信じなかった。
 家に帰ると、小鳩にささやかなクリスマスパーティーに誘われた。
 招かれてみると、ケーキの形に固めたご飯が在った。苺の替わりに梅干。
 お互い貧乏ではなくなったと思っていたが、彼女が貧乏なのは貧乏神のせいだけではなかったらしい。

 二ヶ月がたち、年が明けた。

   ◆ ◆ ◆

 横島は自宅でオカルトの勉強をしている。まだ冬休み中だ。
 美知恵の編纂したオカルトGメンの研修生用テキストを読む。内容は横島にとってかなり難解だ。
 なにしろ横島は基礎が信じられないほど無いのだ。パソコンのマウスとは何かから説明しなければならない人間に、クリックだのドラッグ&ドロップだのの用語があたりまえに出てくる仕様書を読ませるようなものだ。
 美知恵の美神と横島に対する認識はまだまだ甘かった。
 それでも横島は辛抱強くテキストを読む。前後の言葉から類推して意味を読み解こうとする。分からない単語を示す赤線がページの大半を埋めた。
 ある程度の単語の意味がおぼろげに分かってきたら、最初に戻って読み直す。意味が通じないことが結構あって、何度も何度もやり直す。遅々として進まない。
 しかし横島は投げ出さない。目的のためには必要なことだからだ。なにより美神と顔を会わすよりはよっぽど気が楽だ。

 ドアがノックされた。
 勉強を中断してドアを開ける。おキヌが居た。
「こんにちは横島さん。今、空いてますか?」
「ああ、大丈夫。ヒマだよ」
 おキヌを部屋に招く。
「ご飯作りに来たんですけど……自炊始めたんですよね?
 迷惑でした?」
 買い物袋を見せておキヌが尋ねる。
「いや、全然そんなことないよ。自炊始めたけど料理できるわけじゃないからね。大助かりさ。
 小鳩ちゃんは料理できないわけじゃないけど、その……こんなものまで食べれるの……? っていうちょっと特殊な料理を作る娘だから……」
 横島は顔をそらして涙を隠す。
「そ、そうなんですか……
 えーと……もう、作り始めていいですか?」
「ああ、早速頼むよ」
「それじゃあ、お台所借りますね」
 おキヌは玄関の横の台所に入る。
 その時、おキヌの視界に居間のちゃぶ台が入った。
 その上にびっしりと書き込みのされたテキストとメモ用紙が乗っている。
 おキヌはなぜか少し寂しさを覚えた。
「おキヌちゃん。料理してるトコ、見せてもらってもいいかな?」
 横島がおキヌの後ろから声をかける。
「え? ええ、もちろんいいですよ」
 おキヌは慌てて答える。
「今日は親子丼とキンピラゴボウに豆腐とワカメのお味噌汁を作りますね」
 買い物袋から材料を出して流し台の上に並べていく。
「ご飯は炊けちゃってますか?」
「ああ、ご飯だけは炊いておくことにしてる」
 横島は炊飯器を指差す。
 おキヌはシャモジを洗って水を切り、炊飯器のフタを開ける。
「すぐに食べるんじゃなかったら、少し蒸らした後にかき混ぜて置いてくださいね」
 言いながらかき混ぜて、シャモジについたご飯粒を取って食べる。
「水の量はいいみたいですけど、研ぎすぎですね。最近の精米してあるお米は無洗米じゃなくてもそんなに頑張って研がなくて大丈夫ですよ。優しく二三回研ぐだけで十分です」
 炊飯器のフタを閉めて、横についている穴にシャモジを差し込む。
 流し台の前に戻って、まずは野菜を洗い出す。
 次に包丁を取り出し、ひどい汚れがないか、研ぎは大丈夫かを調べた後、軽く水で洗う。
「包丁は料理が終わって洗ったあと、しまいこむ時以外は布きんで拭かないで下さい。水は包丁を軽く振って飛ばしてください」
 そう言って包丁を振る。
 ヒュンッと音がして水気が飛ぶ。
「あと、これは霊能者にしか出来ないんですけど、包丁に軽く霊波を当てて金気を飛ばしてから切ると、少し美味しくなりますよ」
 包丁にヒーリングを当てて、ニンジンのヘタと先を落とす。
「包丁の扱いに慣れるまでは皮むきは皮むき器を使ってください」
 横島の方を向いて言いながら皮をむき出す。
「あ痛――」
 おキヌは指を切った。
「大丈夫?」
 横島はおキヌの手をとって指先を見る。左手の親指の先がわずかに切れている。
「ヒーリングで治せないかい?」
 おキヌの目見る。
「よく分からないんですけど、ヒーリングでは自分の傷は癒せないみたいなんです……」
 おキヌはうつむく。
「じゃあ、バンドエイドを貼っとこう」
 横島は居間に戻ろうとする。
「駄目です! お料理中に絆創膏なんて厳禁です」
 おキヌは慌てて引き止める。
「それじゃあ、料理中に怪我したときはどうすんのさ?」
「小さい怪我で血がそんなに出ないときはそのまま料理を続けちゃってください。いっぱい切っちゃった時はさすがに料理を止めて手当てしてください。
 それでも、どーしても料理しないといけない時は”あろんあるふぁ”で傷口を塞いじゃってください」
「あ、アロンアルファ!? 大丈夫なのそれ?」
「ええ、すぐに固まっちゃいますから。水に溶けるものじゃありませんし」
 そう言い終えると、料理を続けようとする。
「いや、おキヌちゃん。いいって別に。料理止めて手当てするなり、バンドエイド貼っちゃおうよ。俺は別に気にしないからさ」
「大丈夫です。この程度の傷なら血もすぐ止まっちゃいます。
 人に教えながらするのって初めてだから、ちょっと失敗しちゃっただけです。今日のお料理講座はこれくらいにして、手早く作っちゃいますね」
「おキヌちゃん」
 横島はおキヌの左肩に手を置いて止める。
「どーかしたのかい? なんか変だよ?」
 おキヌは答えない。
 肩を震わせて、うつむく。
「……なんで辞めちゃったんですか……?」
 ツブヤキがもれる。
「え?」
 よく聞き取れなかった。
「美神さんの事務所。なんで辞めちゃったんですか?」
 少し大きめの声で言い直す。
「それは……」
 横島はとっさに答えることが出来ない。
「やっぱり――」
「おキヌちゃん」
 冷たいもののまじった声で横島がさえぎる。
「おキヌちゃん。言いたいことはそれじゃないだろ」
 おキヌの右手から包丁を取り上げ、流し台の上に置く。
 横島がおキヌを後ろから抱きしめた形になる。
 おキヌは横島の体温を背中で感じた。細身だが筋肉質の身体に包まれる。
 おキヌはそのまましばらく横島感じる。
 横島はおキヌがしゃべり出すのをそのまま待つ。
「昨日、除霊の仕事があったんです……」
 おキヌは語りだす。
「お国からの仕事の依頼で、美神さんは久しぶりの大口の仕事だって喜んでました。
 でも、現場に行ったら自衛隊の人が居て、あと、隊長さんや西条さんも居ました。
 みんな何だがすっごくピリピリしてて、言い合いを始めちゃって……
 美神さんが隊長さんに何かを叫んで、すっごく怒りながらこっちに来て、仕事を始めるって……
 私は美神さんが怖くて、黙って後をついて行ったんです。
 それで現場――那須高原の森の中なんですけど――について、美神さん、結界を創って連絡を入れたんです。そしたら、辺りで銃声や犬の吼え声がいっぱい聞こえてきて……その……狐が飛び出してきたんです……
 尻尾の数が多かったけど……小っちゃくて、すっごくボロボロに傷ついた狐……
 私は驚いて、その……動けなかったけど。美神さんは……神通棍で攻撃して……
 私、止めたかったけど……止められなくて……
 美神さん……破魔札……投げつけて……
 それで……それで……」
 おキヌは横島の方に向き直り、しがみついた。涙を流している。
「なんでなんですか!?」
 おキヌは絶叫する。
「なんでなんですか!? 横島さん!?
 なんで美神さんはあんな事出来るんですか!?」
 横島の胸に顔を押し付け泣きじゃくる。
「あんなの……あんなの……ヒドイです……」
 いきさつを語り終えたおキヌは、横島の胸で泣きつづける。

 横島は腕の中のおキヌの頭をなでる。
 おキヌは嗚咽を漏らして泣きつづける。
「おキヌちゃん。理由はきっと沢山ある。
 お金のためとか。母親に説教されて逆切れしたとか。契約違反時の罰則事項が取り分け厳しいものだったとか。妖怪を殺すことにそれほど忌避感がないとか。その場の雰囲気とか勢いとか――
 たった一つの明確な理由なんてあんまりないんだ。
 それに――
 君が美神さんを止めなかったのも理由の一つだ」
 おキヌの身体がビクリと振るえた。恐る恐る顔を上げて横島を見る。
「私が……止めなかったら……?」
 おキヌは呆然と横島を見上げて、聞き返す。涙が止まっている。
「そうだ、君が止めなかったからだ」
 横島はキッパリともう一度告げる。
 おキヌは横島から少し身体を離して視線をそらす。横島はおキヌを離さない。
「そんな……でも、わたし……だって……」
 オロオロと視線をさまよわす。
「わたしの……せい……?」
 横島を見ずに尋ねる。答えは聞きたくなかった。
「そうだ。君のせいだ」
 おキヌの身体がまたビクリと振るえる。
 横島の胸に両手を当てて押し離そうとする。だが、横島は離さない。
「だって……わたしは……わたし……」
 横島はおキヌの目をしっかりと見て、ゆっくりと告げる。
「そうだ。君は殺してない。だが、止めなかった。違うかい?」
 おキヌは放心したように脱力し、力なくうつむく。
「ちがう……わたしは……」
「止めるために声をかけたって言いたいのかい?」
 おキヌは黙ったままうなづいた。
「でも、名前を呼んだだけなんだろう?」
「なんで……?」
 おキヌの目に驚きが宿る。
「おキヌちゃんとは短いけど、すげー長くて濃い時間を過ごしたからね。もちろん、美神さんとも。だから分かる」
 横島は優しく告げる。
「わたし……分からない……
 美神さんのことも……横島さんのことも……ぜんぜん、分からないです……」
 おキヌはイヤイヤと首を振る。
「スンゲー変わっちゃったのさ。俺も美神さんも。
 でも、おキヌちゃんは変わらないでいてくれた。それは嬉しい」
 横島はおキヌを抱きしめる。おキヌは反応しない。
「でも、変わって欲しい。おキヌちゃんにも。変わらないまま、変わって欲しい」
「分からないです……」
 横島はおキヌの頭を撫でて優しく告げる。
「おキヌちゃんには、美神さんを見ていて欲しい。今までだって見てただろうけど――もっとよく見ていて欲しい。
 間違えそうになったら止めて。間違えたら怒って、慰めて。
 今回、一番悪いのは美神さんだ。
 自衛隊は殺すように依頼して。美神さんが殺して。美知恵さんと西条は止められなかった。そして、君は止めなかった。
 だから、狐の命に対する責任が一番あるのは美神さんだ。
 あの人は、それがたとえ悪いことであっても実行することが出来る。ああ、このさい法律的なことは置いといてくれ。それを入れるとややこしくなる。
 それがたとえ悪いことであっても実行できる。でも、わり切る事は出来ないから後味の悪い思いをする。絶対だ。
 今ごろあの人は、説教して怒る美知恵さんや西条に逆切れして――酒飲んでクダ巻いて愚痴って。起きたら二日酔い確定で泥のように眠ってるんだ。そして、起きたら――酷い頭痛と強烈な後味の悪さを味わうんだ。そんで『なんで殴りたい時にそばに居ないのよ!?』とか言って怒る。絶対」
 横島は懐かしそうに語った。
「だから――おキヌちゃんには美神さんを見ていて欲しい。もっともっと、よく見ていて欲しい。
 そして、間違えそうになったら止めて。間違えたら怒って、慰めて――
 そうして欲しい。美神さんのために。おキヌちゃんのために。死んでしまった狐のため。これから失われるかもしれない命のため。美知恵さんや西条のため。他の誰かのため――
 それに、俺のためにも」
 おキヌは目線だけをゆっくりと横島に向けた。
「よこしまさんの……ため……?」
 横島はうなづく。
「ああ。死んでしまうのは悲しい。おキヌちゃんが悲しむのは悲しい。美知恵さんが悲しむのは悲しい――
 ……美神さんが、酷いことをして、後味の悪い思いをするのは、嫌だ。
 だから、俺のためにも――」
「横島さんっ!」
 おキヌは横島に抱きついた。
「横島さんっ! 横島さん! 横島さん!」
 何度も名前を呼んで泣きじゃくる。
「おキヌちゃん」
 横島は優しくおキヌの名を呼んで頭を撫でる。
 おキヌが泣き止むまで、ずっとそうしていた。

   ◆ ◆ ◆

「それで一体なにがあったんですか?」
 二人が悪いわけではないのに、かなり棘のある声で横島は尋ねた。
 あの後、色々あって泣き疲れて眠ってしまったおキヌを隣の小鳩に預けた横島はGメンビルに来ていた。昨日何があったか詳しく聞くためだ。
 二人は昨日あった事の対応に追われていたが、横島を会議室に通した。
「端的に言って、金毛白面九尾の狐が死んだ。令子ちゃんが殺したんだ」
 西条は椅子に座って机の上に両肘を乗せ、絡ませた両手に額をつけてうつむいたまま暗い顔で告げた。
「それは知ってる。おキヌちゃんに聞いた。俺が聞きたいのは、何でそんなことになったのか、だ」
 横島は少し苛立って話す。
「主導権争いよ。防衛庁が早急に対妖怪の功績を欲しがったのよ」
 美知恵は部屋の奥の窓際に立ったまま答える。顔が逆光でよく見えない。
「そんなくだらないことで……」
 横島は激しく憤る。
「自衛隊史上初の治安出動だ。相手が人でないから議会も承認したらしい。たかが狐一匹に一個師団を投入、虎の子の空挺部隊まで連れて来ていた。令子ちゃんはオブザーバーとして呼ばれたらしい。
 防衛庁にはオカルトのプロは居ないからな」
 西条は吐き捨てるように告げた。
「まてよ。オブザーバーとして呼ばれた美神さんがなんでとどめを刺すんだ。
 だいたい、妖狐が相手ならシルバーブレットどころか普通の弾丸でも殺せるだろ。現に美神さんの前に現れた時はボロボロだったそうだぞ。手柄を民間GSに渡す理由がわからない」
 美知恵と西条は押し黙る。
「それは……なんとなく予想できるけど結論は出ないわね。まだなにか私たちの気づいていない権力構造があるのかも知れないわ」
 横島は考え込む。
「くそっ! 防衛庁って所は何をそんなに焦ってやがるんだ!」
 横島は拳を強く握り締め、歯をギリギリと食いしばる。
「それは――私のせいね」
 美知恵が告げる。
 横島と西条はハッと顔を上げて美知恵を見る。
「先のアシュタロス事件の時、私は事件に関する全面的な指揮権を与えられたわ。一介のGSがGメンのトップに臨時で座り、さらにGメンは世界中の指揮権の上に置かれた。
 私は主にGSを重用したわ。相手は魔神なんですもの、当然の処置よ。
 そして、軍が必要な時は世界でもっとも信頼の置ける軍隊である米軍を使った。
 自衛隊は使わなかったの。実戦経験の無さ。硬直した指揮系統。なにより、オカルトに対する否定的な意見が渦巻いていた現状を鑑みれば考えるのも馬鹿らしいくらい当然の処置よ。
 アシュタロスとの最終戦。日本の首都防衛の時でさえも、私はGSと米軍を使った。
 自衛隊は完全に蚊帳の外に置かれたのよ。
 だからだわ。ここまで強引な動きをするのは」
 美知恵はそう言ってため息をついた。
「でも、だからって別に先生が責任を感じることは――」
「なるほど。確かにそれはあなたの責任ですね。
 そして、俺の責任は――
 こうなるかも知れない事に気づかずに美神さんの元を離れたことだ」
 横島が西条の言葉を遮って話す。
「な、なにを言っているんだ君は――」
「そうね。だったらあなたは令子の元に戻ってもらえる?」
 美知恵も西条を無視して話す。
「先生……」
「無理です」
 横島は即座に否定する。
「確かに、俺が美神さんの元に戻ったら色んなことが上手くいくかもしれません。
 でも、だからって割り切れるもんじゃないです。それに俺には目的があります。それは美神さんの元では実現できない。多分ね」
 実のところ、おキヌに優しい言葉をかけた横島ではあったが、美神に対するわだかまりはさらに深いものとなっていた。
「そう……そうよね……」
 美神令子は私の娘だ。
 世界を天秤にかけてまで助けた私の娘だ。
 そのためにこの少年の身を危険にさらした。
 失われたのは一つの命。
 なのに、なのにこれでは――
「大丈夫ですよ。美知恵さん」
 横島は静かに首を横に振る。
「大丈夫です。あの時のあなたの判断は間違ってなんかいなかった。少なくとも、俺たち二人のことに関しては――」
 横島は美知恵の目を見て告げる。
「ゴメンなさい……」
 美知恵は後ろを向いて窓の外を見る。
「感謝してますよ。あなたの命令が無かったら、俺たちは分かり合えなかった。そこから後は、俺たち二人の責任です」
 横島は微笑む。
「ありがとう……」
 美知恵がつぶやく。
 涙が一筋。零れて、落ちた。


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