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after day

第2話「ハッピーエンドであるはずもない」


投稿者名:ダイバダッタ
投稿日時:05/ 2/10

 ハッピーエンドであるはずが無い。

 美神令子は言った。
「とりあえず……
 これでハッピーエンドってことにしない?
 いつか将来、生まれてくるあんたの子供に愛情を注いでやれば……
 ルシオラも幸せになれるんだし……ね?」

 ハッピーエンドであるはずが無い。

 その結末でいったい誰が幸せになるというのか。
 かつての恋人の生まれ変わりを子供に持つ横島か?
 自分の子供が前の女の生まれ変わりである女性か?
 父親の恋人の生まれ変わりであるその子供自身か?
 それとも……
 恋敵を失った美神自身か。

 ハッピーエンドであるはずが無い。

 美神の言葉を聞いた時、妙に覚めていく自分を感じた。
 これは呪縛だ。
 恋をすれば不幸になる。
 恋した相手に引け目を感じ。
 生まれてくる子供のことで悩み。
 彼女のことを後悔する。

 だかしかし、それでも、愚かな自分はいつかまた、必ず恋をするだろう。
 横島忠夫はそう考える。

 ハッピーエンドであるはずが無い。

   ◆ ◆ ◆

 力なく自分の名を呼ぶ美神に答えず、別れを告げて事務所を出た。
 ため息を一つ。
 意味も無く空を見上げ心が落ち着くのを待つ。
 両手をポケットに入れて目を閉じ、耳を澄ます。
 静寂が聞こえる。
 まさかあんな事を言われるとは。
 関係ないわけが無い。先ほどの自分の言葉を否定する。
 関係ないわけが無い。
 彼女との出会いと別れはまさに劇的で、決定的な何かを自分の心に残した。
 でなければ決断できたわけが無い。
 おそらく以前ならば手遅れに近い――いやすでに手遅れであっても決断することは出来なかっただろう。
 何とかなるかもしれないと思っていたわけでもないのにだ。
 ため息を一つ。

 事務所の隣にあるICPO超常犯罪課日本支部のビルに入る。
 かつてはビルのテナントの一つに過ぎなかったオカルトGメンであるが、アシュタロス事件以来の予算倍増によりビルを丸ごと買い取ったのだ。もっとも人員は相変わらず非常勤顧問の美神美知恵と警視庁から出向してきている西条輝彦の二名のみだが。

 まずは西条に会うために2階のオフィスに入る。
 オフィスの中はありていに言って散らかっていた。隅に置かれた机でひどく疲れた顔の西条が仕事をしている。汚れたシャツを着て無精ひげも剃っていない。
「ん? 横島クンじゃないか。どうしたんだい?」
 書類から目を離さないまま横島に声をかける。
「いや、隊長に用があってな、居るか?」
「ああ居るよ。本当は産休中なんだが、今日は来ているね」
「俺が呼んだからな」
 西条は少し驚いた。
「そうなのかい。でも、なんで?」
「今後のことでちょっと相談したいこととかあってな……」
「相談……令子ちゃんにじゃ駄目なのかい?」
 西条は仕事の手を止め、横島に向きなおる。
「美神さんの所はたった今辞めてきた」
 西条は今度こそ本当に心のそこから驚愕し、目を見開いた。
 少しどもりながら尋ねる。
「一体どうして、何かあったのかい?」
「ただ単にこれ以上学校をサボる訳にはいかなくなっただけだよ」
 横島はあくまで冷静に答えた。
「だからって、何も辞める必要はないんじゃないかい?」
「出席さえしてれば進級できるところじゃないだろ、高校は」
 窓の外を見ながら「俺は頭が悪いからなー」と付け加える。
「そ、それはそうだが……
 でも、だからって先生に一体なにを相談するんだい?」
 横島はいまだ窓から空を眺めながら気の抜けた声で答えた。
「いやー、俺ってさ。この間の事件の時、隊長の命令で臨時でオカGの隊員やってただろ。その時休んでた分を公欠にしてもらえないかなーって思ってさ」
「…………」
「…………」
「そ、そんなことを! って、公欠になってなかったかい……?」
「なっとらんわい! それどころかおのれらロクなフォローもせんかったやろ! あの後取材に来た連中はピート撮ってくばっかりやし、お詫び文は隅っこの方にちょこっと載っとるだけで誰も読まんわで未だに時々大変なんやぞ俺!」
 横島は荒い息をつきつつ西条をにらむ。
 さすがに西条も神妙に謝罪をした。
「いや……すまない。気がづかなかった……」
 横島は完全に疲れきって憔悴している西条に素直に謝られて苦笑するしかない。
「まあ、これからそれを隊長に頼みに行くからいいが……
 何でビル丸ごとGメンにしたのに、お前しか人がいないんだよ?」
「霊能力を持った人間は非常に少ないからね。それに、今のところ特殊な才能を持った人間は公務員をするより個人でやった方がはるかに儲けがいいし、しがらみも少なくてすむ。
 令子ちゃんほど極端じゃないけどGメンになりたがる物好きはそうはいないのさ」
「なるほどな……」
「と、いうのは表向きの理由だ。
 この間の事件の時、先生は令子ちゃんを助けるために色々と無茶をしたからね。安易に人員を増やすわけにはいかないのさ。
 それにお偉方は霊能の重大性を認識した。自分たち主導でとりたがってる。
 防衛庁や公安も動いているようだ」
「そうか……大変なんだな」
「ああ、大変だ。しかしまあ、君にはあまり迷惑がかからないように気をつけることにするよ」
「あんがとよ。隊長は上か?」
「ああ、顧問室に居るよ。妊婦だからな。あまり失礼な真似はするなよ」
 西条はにこやかに告げた。
「アホ。俺はそこまで命知らずじゃねーよ。
 それじゃあ、まあ、よろしく頼むぞ」

   ◆ ◆ ◆

 顧問室の前に立った。深呼吸をする。
 まったく、あの親娘はどちらも人の心をかき乱す。
 チャイムを鳴らして、少し待つ。ほどなく美知恵がドアを開けて横島を招いた。
 「まあ、座ってちょうだい。今、お茶を出すから」
 部屋の真中に置いてあるテーブルを囲む三つのソファの内の窓に一番近いものに座る。落ち着かなさ気にあたりを見回し、さりげなく室内を観察する。
 電灯はついておらず、大きな窓から入ってくる陽光だけが光源だ。明るい所と暗い所のコントラストがきつく細部まで見ることが出来ない。少し緊張する。
 美知恵が湯飲みにお茶をついでこちらに渡してくる。
 礼を言って受け取るが、もちろん口をつけたりはしない。
「それで、この間お話した件なんですけど……」
「私と取引したいというやつね?」
 横島はうなずいて返した。
「あなたが私に文殊を定期的に提供する変わりに――」
「隊長が俺の身の安全と当面の生活費を保証する」

 横島の身の安全。実のところ、これは早急に何とかしなければならない課題である。
 文殊はかなり汎用性の高い霊器だ。その効果は霊的事象以外にすら作用する。しかし、万能ではない。そのうえ誰でも使うことが出来る。
 非常に魅力的な手の届く伝説だ。誰だって欲しいに決まっている。
 今までは美神が取り上げてほとんど除霊に使用していただけだが、その能力は恐るべきものだ。
 記憶を探る。
 記憶を消す。
 完璧に化ける。
 これだけでも一国を支配することが可能なほどの力だ。
 しかも、まだまだ可能性を秘めている。
 したがって横島は政府や裏社会に目をつけられているのだ。

 横島は思う。
 自分はすでに人を超えている。本来ならば山奥――妙神山にでも篭り一生を終えるべき存在だろう。
 だが、そんな生き方はまっぴらゴメンだ。
 だから、そのための努力を惜しむつもりは無い。

 美神美知恵を利用する。
 まずは文殊を世界に流通させる事だ。
 美知恵は渡した文殊を自分で使ったり、あるいは取引に利用するだろう。
 横島以外からも文殊が手に入るとなれば、横島自身を狙う必要性はかなり低下する。それに、美知恵やその取引相手は自分の権益を守るために、結果的に横島の身も守るだろう。
 それこそが横島のねらいだ。

「で、どうです?」
「ええ、そうね。いい取引だと思うわ。取引という言い方がちょっと気に入らないけど……」
「俺も少し違和感ありますけど、仕方が無いですよ。隊長は俺の保護者じゃありませんから」
 横島のその台詞に美知恵は少し考え込む。
「ねぇ、横島クン……令子のことは、どう、思っているの?」
「どう、と言われても……元の雇い主ですね。もちろん、それだけじゃありませんけど。それ以外に表現のしようが無いです」
「……恨んだりとかは、してないの……?」
「ルシオラのことでですか?
 ないですよ。ルシオラのことはルシオラと俺の問題です。美神さんはあの場に居合わせただけで、関係ありません」
「…………」
「俺たちは馬鹿だったんですよ。お互いに庇いあって、相手の盾になるつもりで、相手の幸せのことを考えていた。
 悲壮感とか、使命感とか、義務感とか――そんな風な感情に酔っていたんです。
 考えるべきは二人で幸せになることだったのに。
 相手を助けるために自分を犠牲にしたら意味が無いんです。それに、ベスパと戦う必要があったのかどうかすら怪しいですし……
 だから、ルシオラが死んだのはルシオラの責任で俺のせいです。
 美神さんは関係有りません。
 少しは後悔してるけど。アシュタロスも含めて俺は誰も恨んだりはしていません」
 いつの間にか部屋には夕日が差し込んできていた。
 横島は笑顔を浮かべた。
 ゴメン、ルシオラ。
 俺はいつか、きっとまた恋をする。
 お前のこと忘れたりはしないけど、きっとまた恋をする。
 でも、いまはまだ……もう少し……

 日が落ちて、明かりの無い室内で二人は向き合って座っていた。
「わかったわ……
 あなとの取引に応じます」
 美知恵は自分が許された気がしていた。
 後悔はしていなかった。今考えてもあの時の自分の判断に誤りは無かったと思っている。
 しかし、それでも少なからず負い目はあったのだ。
 その全てが今、晩秋の儚い陽光と共に消えていった。
「ありがとうございます。
 とりあえずこれは手付です」
 そう言って横島はテーブルの上に文殊を五つ置いた。
 ソファから立ち上がる。
「あとは週一個のペースでお届けします」
「ええ、わかったわ」
 横島はドアを開けて廊下に出た。
「横島クン――」
 振り返って美知恵の方を見る。
「ありがとう」
 横島は微笑み返すと、ドアを閉めた。

 美知恵はソファにしなだれかかりため息を一つ吐いた。
「あんないい男を逃がすなんて――」
 文殊を指でもてあそぶ。
「育て方間違ったかしら」
 無責任な暴言を吐いた。


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