ゆるゆると目を開ける。
見えたのは、硬質な光沢をもつ半球状の天井だった。
ゆっくりと身を起こして、首を巡らす。
天井どころか、この部屋全体が半球状のドーム型をしてるようで、ドアは一つ。
ドームの上部には、おそらく硬化ガラスだろう窓がついている。
部屋の中央にあるベッドに腰掛け、ぼんやりとしていると、小さな電子音がしてドアが開いた。
ファイルバインダーを持った青年がこちらへと歩み寄ってくる。
「…起きたようだね。」
その表情からは、巧妙に隠しているのだろうが、どこか警戒の色が見えた。
おそらく、自分が武器を隠し持っている可能性を警戒しているのだろう。
そんなものは無駄だというのに。
分かったところでどうにかなるものでもないし、もとよりこの人に危害を加えるつもりもない。
青年はベッドの傍らに置かれていた椅子に腰掛け、ファイルを開く。
「早速で悪いが、事情を聞かせてもらうよ。僕は西条輝彦だ、よろしく。」
まずは自分が名乗り、相手の名前を聞き出す…定石どおり。
にこやかな挨拶の裏にある真意は、とりあえずこちらの警戒を解こうといったところ。
もっとも、彼らに対して警戒なんて、するはずもないのだが。
「……刻真。姓はない。…ただの、刻真だ。」
◆◇◆
「やはり、ダメみたいね。」
戻ってきた西条に、美知恵は特に落胆した様子もなく言う。
西条も、「ええ。」と頷き返す。
「自分の素性に関しては、完全に黙秘しています。それ以外の情報なら渡すと言っているんですが。」
「こちらに敵意がある可能性は?」
「…いえ、その線は薄いと思います。」
西条の言葉に、「そう…。」とだけ返し、美知恵は窓から下を眺める。
視線の先では、刻真と名乗った少年がベッドに横になって天井を見上げていた。
先ほどまではどこか苛立っているようにうろうろしていたが、それでも暴れだすということは無かった。
「…あなた達の意見はどう?」
美知恵が振り返った先では、美神たちがモニターに映し出されている少年を見ている。
「早く出してやるヒホ! これじゃあ、まるで犯罪者扱いヒホ!」
ノースが手を振り回して抗議する。
犯罪者も何も、刻真は不法侵入の現行犯なのだが。
「……拙者も、そう思うでござるよ。」
ちょっと遠慮がちに同意したのは、シロだ。
助けられた恩を感じての発言だろうが、相手の素性が知れない以上、強くも主張できないようだ。
美知恵は困ったように苦笑する。
そうしてあげたいのはやまやまだが、状況が状況だけに念のため、こういう扱いにならざるを得ない。
ちらりと横島を見る。
「…横島君、どう?」
「それが…やっぱダメみたいッス。」
言ってるそばから、横島の手の中の文珠が、軽い音を立てて割れる。
先ほどから、横島の『模』の文珠で裏付けをとろうとしているのだが、上手くいかない。
「アシュタロスの時みたいに、ジャミングみたいなのが効いてるみたいで…。」
「霊的干渉に強い耐性があるようね。さて、どうしたものかしら…。」
とりあえず敵意はないらしいが、もしもそれが演技だとしたら…。
思わず頭を抱える美知恵。
「…別にいいんじゃない?」
ふと、モニターを眺めていた美神が口を開く。
「このままじゃ結局、何も進まないしね。とりあえずは話を聞いてからでしょ。」
「…やっぱり、それしかないわね。西条君、彼をブリーフィングルームに通してちょうだい。」
美知恵の指示に、西条は頷いて部屋を出る。
ぞろぞろと皆が移動する際、美神の袖をタマモがくいくいと引っ張る。
「何? どうしたの、タマモ?」
「美神さん、あのね……ううん、いいや。何でもない。」
曖昧に笑うタマモを訝しがりながら、美神はすっと部屋を出て行く。
その後を歩きながら、聞こえないくらい小さな声で、タマモがぽつりとこぼした。
「…なんでアイツから、あの匂いが…?」
◆◇◆
円卓についた美知恵は、向かいに座っている少年を見据える。
「刻真君…だったわね。聞きたい事は山ほどありますが、まず『アクマ』について聞かせてもらえますか?」
対して刻真は、逸らしていた視線をちらりと向ける。
その態度からは、美知恵らに壁を作っていることが、ありありと窺えた。
だが、話すつもりはあるらしく、少し考え込むようにして口を開く。
「…どこまで、知っている?」
「通常の魔族と異なり、魔界の住人でないこと。また、天使や精霊も含めた総称であること。」
「彼が教えてくれました」と美知恵が指し示したのは、シロやタマモと話しているノースだ。
刻真はそれを一瞥して、納得したように頷く。
「だけど、それ以外は全く分かっていません。どこから来たのか、また具体的にはどういう存在なのか…。」
「何か知っているのなら、教えて欲しい。」
美知恵、西条の口調こそ穏やかなものの、そこには有無を言わさぬ何かがあった。
これも一種の職業病なのだろう。
だが、それを受けても刻真の態度に変化は見られず、彼は変わらぬ調子で答えた。
「彼らは『召喚』された存在だ。」
「召喚? 一体誰が…。」
美知恵の言葉に、刻真が無言で指し示したのは…。
「わ、私!?」
「令子!? あなた…ッ!!」
今の今まで、無言で自体の成り行きを見ていた美神だ。
「み、美神さん…何て事をしとるんですか、アンタはーッ!!」
「アホかいッ!! そんなわけないでしょーがッ!!」
詰め寄る横島に、美神の突っ込みが飛ぶ。
「令子!! あなたはやって良い事と悪い事の区別もつかないの!?」
「ママまで…ッ!!」
「いやいや、隊長。それは今更ッスよ。この人は前からそんなもんの区別は…。」
「おのれは黙っとれ!!」
横島の顔面に、美神のフィニッシュブローがめり込んだところで、ドタバタ終了。
一方、それを静観していた刻真の指は、さらに別な人物を指す。
「お、俺!?」
「横島君、アンタが!? …って、横島君にそんな真似できるわけが…。」
それどころか、刻真の指は次々とその場にいた人物を指していき、最後に彼自身を指した。
「つまり、俺たち全員…いや、この世界全ての人が召喚者なんだ。」
「? よく、わからんのでござるが…。」
シロが、頭を抱えてぼやく。
美知恵や西条すら、当惑した表情を浮かべている。
だが、それを意に介した様子もなく、刻真は淡々と話し続ける。
「現在、ネット上にとあるウィルスプログラムが流れている。ほんの数バイトほどの画像データを載せたものだ。」
そういうと、彼は胸のアミュレットに手を伸ばし、それを二つに割った。
いや、最初から小物が入るようになっていたらしく、中から小さなメモリーディスクを取り出す。
西条はそれを受け取ると、すぐに自らのノートパソコンを起動させ、それを挿し込む。
「パソコンのモニターは言うまでもなく、テレビや携帯電話のディスプレイにまで、それは映し出されている。」
とりあえず、ディスク内をチェックしてから、西条はそのデータを部屋のモニターに送る。
「わずか20ミリ秒以下の映像…サブリミナル効果で潜在意識に焼き付けられた召喚魔法陣。」
壁一面を使った大画面に映し出されたのは、奇妙な魔法陣だった。
二重円の内側に六芒星。
星の頂点の内側には、神の名テトラグラマトンの綴りが六分割されて書かれている。
そして中央には、人の顔…仮面が描かれたそれ。
「デジタル・デビル・サモン・プログラム…DDSプログラム。それが、そのウィルスプログラムの名前─。」
読んでくれてアリガト。タマモよ。
今回の部分が、改稿前と一番変わったって作者が言ってたけど…私は知らないから、どーでもいいわ。
それより、魔法陣とか出して大丈夫なの?
こーゆーのって、作者がちゃんと設定しないと、色んなとこから突っ込まれ放題になりそうだけど。
作者が苦労するだけならいいけど、読者へのフォローは忘れないで欲しいわ。
次回、魔鈴さんが解説してくれるの? なら、いいか。
主人公…刻真って名前なんだ。
台詞、少ないけど。
え? もともと口数は少ない方? おまけに今は周囲を拒絶してるから余計に?
まあ、わけありなのは確かみたいだし…。
私の台詞も重要ポイントなんだ? ふーん…。
とにかく、今後に期待してもいいのね。
じゃ。そーゆーことらしいから、皆も今後の展開を期待しててね。 (詠夢)
正直言って前話までは、感想を言いたくなるほどの印象を受けない展開でした
なぜかと言えば、わたしは改稿前のアルカナ大作戦を読んでいまして……それ故に、先の展開を思い出せてしまうのです!
大幅な改稿とは言え、途中が変化しても結末が変化しなければ、それは瑣末に感じられるものです
注目はしていましたが、前読んだ部分が終わるまでは「保留かな」という気分でした
コメントの付きが悪いようですが、以前からの読者が多いのかもしれませんね?
今回、事件の発端を示す言葉が出てきて、俄然興味がわき出しました
「DDSプログラム」って、誰が? 何のために?
次回が楽しみです、それでは (足岡)
足岡 様:
改稿作品ですので、まあ、前身を知ってる人はちょっと退屈するかもしれないとは思っていました。
今回、DDSプログラムという設定にしたのは、改稿前の設定だとどうにも理由付けが弱い気がしたからです。
そこで真・女神転生の作品群に通して登場する「悪魔召喚プログラム」を引っ張ってきたのです。もっとも、借りたのは名前だけで、設定は違いますが。
DDSは女神転生の別名「デジタル・デビル・サーガ」をもじったものです。
こういう設定面での変更や、展開の変更は多いので、これからも楽しみにしててください。 (詠夢)
ここまで読んでみて、やっぱりペルソナを知ってさえいればもっと楽しめる作品だということは感じました。 登場する元となっているアクマがどういう者達か少しは理解していますが、『クエレプレ』や『エリゴール』といったアクマがゲーム中でどの程度の強さで、『ブフーラ』などの魔法がどの程度の強さなのか、ゲームをプレイして音や映像で認識しているのと認識していないのとでは幾分差があるように感じます。 もちろん文中からできる限り読み取ろうとしているのですが、ゲームを知らない分だけ少し不利かもしれません。 ですが文章自体は読みやすいですし、コメント欄での妖魔の補足といった配慮は助かります。 お話も進んで少しずつ話の流れが見えてきましたし、召喚魔方陣が両作品にどう影響していくのかも気になる所です。続きをお待ちしています。 (ヴァージニア)
コメント、ありがとうございます。
登場悪魔の強さについて、ゲーム中での強さはそれほど意識してないので、一応出てくるタイミングや、話への絡み方などで優劣はつけようとしているのですが、なかなか上手く出せてないようです。
魔法についても、頭の中で「人間大の氷塊が出現する」などのイメージが映像として浮かぶのですが、文章に起こしてさらに話の流れを壊さぬようにしようとすると…改めて、難しいものだと実感。
コメント欄での補足は、その辺からの精一杯の悪あがきだったり(汗
もっと、自分のイメージをダイレクトに文章にしたいなぁ…要スキル、要課題に決定。 (詠夢)