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GS美神 アルカナ大作戦!! 〜Endless Expiation〜

Chapter1.MAGICIAN 『予兆>>事件』


投稿者名:詠夢
投稿日時:05/ 1/17



「ここか…。」


横島はそのビルを見上げた。

まだ小奇麗で新しいビルだが、人の気配はまったくと言っていいほどない。

依頼人はこのビルを所有している会社で、この日、社員には全員休んでもらっている。



話によると、最初は『社内で奇妙な生き物を見かける』という社員の噂だった。

噂で済んでいれば良かったのだが、とうとう先日被害者が出た。

深夜、残業をしていた社員が襲われ、必死に外へと逃げ出して通行人に助けを求めたのだ。

彼は事情聴取の間ずっと、「化け物に襲われた!」と繰り返していたという。

そこで調査を兼ねて、美神除霊事務所へと依頼が来たのだ。



横島はちょっとだけ、頬をひくつかせた。

目の前のビルからは異様な威圧感が滲み出ており、横島の肌をぴりぴりとした刺激が走る。

どうにも調査だけでは済みそうに無い雰囲気に、横島は溜息をつく。


「行くっきゃねーよなぁ…。」


心を決めて横島がビルの入り口へと向かおうとしたとき。

ふと、入り口で横島と同じくビルを見上げている人影に気付いた。

黒いゆったりとしたローブのようなコートを羽織っている。

チャラ、と裾やら襟やらから垂らされた細い鎖がこすれあって、小さく音を立てる。

一体、いつからそこにいたのだろう?

横島は不思議に思いながらも、何か惹きつけられるものを感じた。


「おい、アンタ。ここの関係者か?」


横島の呼びかけに、その人物は振り向いた。

その振り返った姿を見て、横島はぎょっとして身を強張らせる。




仮面だ。




何の飾り気の無い、仮面がこちらを見ている。

目や鼻の位置にあるわずかな起伏だけが、それが人の顔を模しているのだとわからせる。

滑らかな曲線を描く鏡面のようなそれに、周囲の風景が映り込んでいた。

異質だった。

周囲には何の変化も無く、その光景は普段見る日常となんら変わらないように横島には映った。

それが不気味だった。

日常を非日常が、あまりにも自然に侵食しているかのような。

それに違和感を覚える自分こそ、まるで異質なもののように思えてくる。


「そう、怯えるな。」


仮面の人物が、くぐもった声で言う。

どこか笑いの気配を滲ませた、嫌な声だった。


「せっかく役者が揃ったのだ。繋ぎの少年よ…役目を果たせ。」

「な、に? 何の…ことを言ってるんだ…?」


横島はどうしようもなく沸き起こってくる不安を抑えながら、ようよう声を絞り出した。

何が不安かわからないが、こいつと向き合っていると、心臓を鷲掴みにされている錯覚を覚える。

当惑と怯えの入り混じる目で横島が睨み付けていると、仮面の人物がすっと身を引く。


「行きたまえ。仕事があるのだろう?」


仮面の人物はそれだけ言うと、大通りへと向かって去っていく。

いつもと変わらぬ町並みを、異様な存在がごく自然に歩いている。

それが、怖い。

その後姿が見えなくなってから、横島は安堵の吐息をもらした。


「あ〜、ビビッた…! なんだったんだ、アレ…?」


話の内容は何一つ理解できなかった。

だが、漠然とした何かがしこりのように胸の奥に残っていて、どうにも引っかかる。


「…えぇ〜い、止めだ、止め! とにかく今は、仕事を片付けないと…!」


横島はそう言って、無理矢理思考を切り替えると、ビルの扉を押し開いた。



          ◆◇◆



彼女は、散らかった自分の机の上を、がさごそと探っていた。


「あっれー? どこやったかなー?」


昨日、ここに置き忘れたと思われる携帯電話を探しながら、彼女はそう独り言を漏らす。

もともと独り言は多い方だが、今は不安を押し隠すためというのが正しいだろう。

つい先日、同じ部署の先輩が化け物に襲われたらしい。

どうせ突拍子も無い噂だ、と思う。

大方、強盗とかに襲われてパニックを起こして、格好悪いからそう言ってるだけなんだ。

そうは思うのだが、なぜか胸がざわつく。

頭の中の理屈も、もはや自分を納得させたいだけのような気がしてきた。

早く見つけて、ここを出ないと…。


「…あ、あった!」


資料の間に挟まれてた携帯電話を見つけたとき、ひどくほっとした。

ディスプレイを見ると、友人から二件、恋人から五件のメールと数件の着信履歴が残っていた。

きっと自分が電話に出ないから、心配したのだろう。

「ごめんね。」と苦笑して、そのまま部屋を出る。

早くここを出て、恋人にでも会いに行こう。

だが、部屋の外で待ってもらっていたはずの警備員の姿が見えない。


「あ、あれ? どこに行ったのかしら…?」


玄関にでもいるのだろうかと、出口へと向かう。

通路を曲がったところで、階段に向かう通路の途中に立つ、警備員の後姿が見えた。

なんとなく、ほっとしながら彼女は声をかける。


「いたいた。すみませーん、忘れ物ありましたー。」


だが、警備員は返事どころか振り返りもしない。

どうしたのだろうと、彼女がさらに一歩近づいたとき。

警備員の制服の腰の辺りが、制服の内側から押し上げるような形に、不自然に跳ねた。


「え…?」


思わずそう声を漏らすと、さらに背中の方でも同じことが起きて、ぐらりと後ろに倒れてくる。

警備員の『上半身だけ』が。

どちゃっ、と床に落ちたそれを見て、彼女は初めてそこに血だまりが出来ていたことに気付いた。

残された腰の上と、床に転がった上半身に『何か』がびっしりと張り付いている。

それは子猫ほどの大きさの、角を持つ甲殻に包まれた蛇のような生き物。

化け物。

無数の赤い目が、こちらを睨んだ。


「ひっ…!!」


全身を駆け抜ける恐怖に、息が詰まる。

ろくに悲鳴も上げられず後ろへよろけたとき、何かに肩を掴まれた。

ごつごつとした感触に後ろを振り向く。

見えたのは、毒々しい赤と、大きく開かれた顎と牙。

彼女の掠れてしまった小さな悲鳴は、その中に呑み込まれた。





咀嚼し貪る音と、鮮血が飛び散り骨が砕ける音が混じりあう中。

床に落ちた携帯電話が、赤く染まりながら着信を告げていた。


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