横島さんが、泣いてる…。
ルシオラさんが死んでしまったから?
それとも、彼女を守れなかった自分が不甲斐無いから?
私の力は、美神さんを救うことができたのに、横島さんの心を守れなかった。
彼の好きな人を、私たちは助けられなかった。
(本当に、そうなの?横島さんが悲しむって分かっていて、彼女を見殺しにした可能性は…)
私には、美神さんみたいに、横島さんを抱きしめ慰めてあげる資格がない。
泣いている横島さんを、遠くから見つめることしかできない。
(もう、あんな思いはイヤだ)
ルシオラさん…。貴女は、幸せでしたか?
とても短い時間の中で、横島さんに出逢い、恋に落ち、一緒に戦い、彼を助けるために自分を犠牲にして、その存在を彼の心に深く刻みこんだ…。
美神さん…。私は、貴女が羨ましいです。
どんなに罵っていても、心の底で横島さんと繋がっていられるのだから。
横島さん…。貴方の優しさが、どれだけ私の力になっているか知っていますか?
私は、貴方の悲しい涙を見たくないです…。
私に、ルシオラさんや美神さんの代わりはできない。ううん…、代わりなんてしません。
それでいいんですよね?
横島さんは、覚えているかなぁ…。
『ホラ、おキヌちゃんがいてよかったろ?』
何気ない言葉だったかもしれないけど、私はとっても嬉しかったんですよ。
だから、私は私なりに強くなります。
あんまり頑張りすぎちゃうと、横島さんに怒られちゃいますからね。
今はまだ、どうやって強くなるとか分からないけど、大丈夫ですよね?
だって、横島さんが美神さんのために強くなれたのなら、私だって、きっと!
(お、おキヌちゃんがGSに…?しかも、『一流』の…)
途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、横島は考えている。
(シロ、タマモだけでも、充分、俺の存在意義を脅かしているってのに、その上、おキヌちゃんまでが強くなってしまったらぁぁぁ〜っ!!あぁ、あかんっ。これ以上、給料を減らされたら生きていけんではないかーっ)
頭を抱えて、もがき苦しみ出す横島。
そんな横島を気にする様子もなくタマモは、おキヌの顔をじっと見つめる。
「…」
「た、タマモちゃん?」
「…さすがに、びっくりした」
「えっ?」
「ほら、おキヌちゃんって、争いごととか嫌いじゃない?」
「うん…」
「だから、いつかGSっていう職業が許せなくなって、この事務所から離れてしまうんじゃないかなぁ、って思ったりしてたの」
「タマモちゃん…」
タマモは、狐の本能から、群れることが好きではない。
ただ、この事務所の居心地は嫌いではなかった。
横島を中心に集まっているというのは、ほんの少し気に入らないが、自分の気持ちに正直なメンバーには好感を持っている。
ここでは、仲間同士で策略を巡らせることもなければ、お互いを裏切ることもない。あるのは、お互いの信頼感だけ。
遠い記憶の中での自分の居場所に比べれば、まるで天国のような場所である。
しかしそれは、タマモの主観でしかない。
他人の痛みに敏感な、横島やおキヌにとって『GS』という仕事は、辛いことも多いはず。
(私だったら、逃げちゃうな…)
タマモの指摘は、間違いではなかった。おキヌは、今でこそ人間として暮らしているが、元々は幽霊だったのだ。
除霊が終わった時に、自分と除霊された霊とどう違うのかを考えることも、少なくない。
それを考えると、胸が痛くて、泣きそうになることもあった。
「…私も本当のこと言うと、何度か逃げ出したくなったことはあるのよ」
「逃げなかったのは、『あれ』がいるから?」
そう言って、タマモは頭を抱えて呻いている横島を指差した。
「そうね…。でも、横島さんだけじゃなくて、美神さん、シロちゃん、タマモちゃん、鈴女ちゃんもみーんな、私の大切な仲間だから。そんな宝石箱みたいな事務所から出て行けないでしょ?」
「宝石箱…か。随分、汚れた宝石もあるけどね」
「もぅ…」
(ま、待てよ…。おキヌちゃんの言う『一流のGS』ってのは、間違いなく美神さんだろう。ってことは、おキヌちゃんもあんな色気ムンムンな格好するってことなんかーっ!しかも良識派の彼女のことだ、給料はちゃんとくれるはず…。なら答えは、簡単やないか…。美神さんを追い出して、ここを『氷室除霊事務所』にしてしまえばええんやーっ!!)
「ごめん、おキヌちゃん…。汚れてるんじゃなくて、宝石ですらなかったみたい」
「…タマモちゃん、ちょっとだけ焼いちゃっていいよ」
横島の悪癖『思ったことを口に出してしまう』が発動されていた。
「オッケ〜。…えいっ」
タマモが、そう言って横島の方を指差すと、横島の頭上数センチのところに狐火が発生した。
ちりちり…。
「ん?…ぎゃーっ!頭が、燃えているぅ〜っ」
横島は、突然のことにパニック状態になり、部屋中を走り回る。
その姿が、あまりに滑稽でタマモは、お腹を抱えて笑っている。
「あははっ、横島、おっかしい〜!」
「よ、横島さ〜んっ」
タマモに狐火を出させたのはおキヌだったが、横島の慌てように気が動転してしまう。
『第一消化装置始動』
人工幽霊1号の声がしたかと思うと、壁の一部分が開きホースのようなものが出てくる。
そのホースが、動き回っている横島に標準をつけ、
『消化、開始』
その一声で、物凄い勢いで水が横島を襲う。
「ぎゃぁーーーっ!!」
水圧に後頭部を叩かれたような状態の横島は、そのまま、床に倒れこむ。
「あーははっ、だ、駄目、お腹痛い…」
車に轢かれたカエルのような姿の横島を見て、涙を流しながら笑い転げるタマモ。
「大丈夫ですか、横島さん!?」
横島に駆け寄り、体を揺する。
おキヌは、横島の口が小さく動いてるのを見つけ、耳を近づける。
「…(ぱくぱく)」
「…えっ?」
「パ、パト○ッシュ、何だか、眠くなってきたよ…」
「あぁっ、何か空から可愛い天使がたくさん降りてきてますよ〜っ!お、起きてくださ〜いっ、横島さーんっ!!」
「ふぅ、危うく『無口だけど優しいおじいさん』のいるところに行くところだった…。天使も見えたしな〜」
横島はそう言うと、おキヌが入れ直してくれたお茶を飲んだ。
ちなみに、おキヌも目撃した天使の集団は、タマモの幻術だった。
『な〜んか、横島とおキヌちゃんの構図がそんな感じだったから、やっちゃった』
タマモの表情が、少しだけふてくされているように感じたのは、おキヌの考え過ぎだろうか。
「でも、いつの間にあんな装置ができてたんでしょうね?」
おキヌは、先程ホースの出てきた壁を見ながら呟いた。
「そういえば、何か美神さんが『ひのめ対策』とか言って、二人が学校に行ってる間に設置させてたわよ。うるさくて昼寝もできなかった…」
「あー、なるほど。…しかし、なんもあそこまで殺傷能力を高めんでも」
後頭部をさすりながら、横島が呟く。
横島以外に、あれほどの衝撃を受けて無事でいられる人間がいる訳ない。
「で、おキヌちゃんがGSになりたいって話なんだけど…」
ようやく笑いの連鎖から開放されたタマモは、涙を拭きながら尋ねた。
「おキヌちゃんの実力と実績なら、すぐにでもGSになれるんじゃないの?」
「仕事なら問題はないんだけど、GS試験っていう状況だとちょっと辛いかもな」
「えっ、GSになるのに試験なんているの?」
「当たり前だろ。かなり特殊な資格だからな、『僕、GSになりたいんです』って言われて『はい、あなたは明日からGSですよ〜』とは、ならないだろ」
「ま〜ね、そう言われてみればそうかも。で、試験って、どんなことするの?」
「俺の時は、霊力測定と受験者同士の一対一のトーナメント戦だったぞ」
「先生たちに聞いたら、基本的に要綱は変わらないみたいです」
「霊力測定はともかく、トーナメントでは相手に勝てないと駄目なのよね?ってことは、何か決め手になるのが欲しいところよね」
タマモは腕を組みながら、考え込む。
(おキヌちゃんの能力は、完璧に後方支援型…。しかも、唯一の武器が『笛』ってのは、致命的ね…)
「こんな時、美神さんがいてくれりゃー、何か反則的な手段を考え付くんだろーけどな」
「…どっかのゲンコツ大の脳みそが考えるより、何百倍も有益でしょうね」
「…ほぉ?」
「『バカの考え休むに似たり』って言葉、私、好きだなぁ」
「…お前には、さっきの放火に対する報復がまだやったな〜」
「未遂じゃない、未遂」
「あほかーっ!!未遂で死にかけてたまるかーっ」
横島がタマモに掴みかかろうとした時
『ミスおキヌ、玄関に来客のようです』
と、人工幽霊一号の声がした。
「美神さんたちかな?」
『いえ、反応は神族のものです』
ぴ〜んぽ〜ん。
家中にチャイムの音が、響き渡る。おキヌは、パタパタと玄関に向かう。
「神族って…」
「また、厄介ごとじゃないだろうな…」
タマモと横島は、お互いに顔を見合わせた後、玄関の様子を伺う。
世界広しと言えども、ここの事務所ほど様々な種族が来訪する場所も少ないだろう。
それだけに、その目的もバラエティーに富んでいる。
美神がいない状態では、断れるものも断れないので、横島は彼らとの接触をできるだけ避けたかったのだ。
「…あっ、小竜姫様!」
玄関の方から、おキヌの声が聞こえる。
「ねぇ、横島。小竜姫って…?」
「タマモは会ったことなかったか。妙神山修行場ってところの管理人さんだよ」
「神族で管理人なの?」
「正確には、竜神族なんだけどな」
「ふーん。相変わらず、変な人脈ねぇ。でも、何しに来たんだろう?」
「まぁ、ご都合的な展開って言うか、宇宙意思って言うか…」
「?」
「で、今日はどうされたんですか?」
おキヌは、小竜姫にお茶を出しながら聞いた。
「ありがとうございます。いつもは無理ばかり言ってますので、たまには普通に遊びに行こうかなって…。ご迷惑でしたか?」
「迷惑だなんてっ!わざわざ俺に会いに来てくれたってことは、よーやく小竜姫さまも俺の思いにっ…」
横島はそう言って、小竜姫に抱きつこうとするが、
「もう、横島さんは相変わらずですね〜」
微笑みながら、剣を横島の喉元に突きつける小竜姫。
「い、いやぁ〜、小竜姫様もお変わりないようで…。あははは…」
横島は、汗を大量に流しながら、乾いた笑いを浮かべる。
「何やってんだか…」
おキヌの用意したお茶菓子をつまみながら、タマモは呟いた。
「弱点の克服?」
「そうなんです…。私、あんまり攻撃って得意じゃなくて」
「ネクロマンサーの笛も、息が続かないと駄目だしな」
「えっ?」
小竜姫は驚いて横島の顔を見る。
「な、なんですか?まだ、何にもしてないっすよ」
「そうじゃなくて、今、何て言われました?」
「い、息が続かないって…」
「おキヌちゃん、まさか、本当にネクロマンサーの笛を吹いているんですか!?」
「えっ、えっ?だ、駄目なんですか?」
小竜姫の剣幕に、少しパニックになるおキヌ。
「駄目ってことではないですけど…。今まで、誰かに使い方を教えてもらったことは?」
「ないです…。実戦で使えるようになりましたから」
「そうですか…」
(美神さんの関係者は、どうして規格外の人ばかりなんだろう…?)
自分のことは棚に上げて、小竜姫はそんなことを考えていた。
「まずは、本当に基本的なことから教えましょうね。皆さんは、言霊って知っていますか?」
「ことだま…?横島さん知ってます?」
「おキヌちゃん、俺が知ってるわけないじゃん」
「偉そうに言わないでよ、バカ横島」
「そういうお前は知ってるのかよ、タマモ」
「あのね、わたしは『九尾の狐』なのよ?知らないわけないじゃない。言霊ってのは、そのままの意味で、言葉に魂を込めたものよ」
タマモは、胸を張って答える。その答えに、小竜姫は頷く。
「ええ、彼女の言うとおりです。口というのは、それだけ霊力を込めることができるんです。ほら、GS試験の時、横島さんのバンダナに神通力を授けましたよね?あれも、意味なくしたわけではなく、あの方法が一番効率がよかったんです」
「あぁ、なるほど(少し期待したりしてたのに…)」
「ネクロマンサーの笛は、口に集中した霊力を集約・増幅した霊力を音に変換し、さらにその音を霊体コントロール波にするブースターのようなものなんです。もちろん、使う人を選ぶ霊具ではありますけど…」
「あのバアさん、そんなこと一言も…」
「でも、随分とめんどくさいのね」
「結果が出るまでの過程が複雑であればあるほど、その結果は効果の高いものになるんですよ」
「つまり、浄水器もデカイ方が綺麗な水になるってことか…」
「まぁ、大体は間違ってないですけどね…」
小竜姫はおキヌにネクロマンサーの笛の正しい使い方を伝授する。
「まさか、笛を吹かなくても音が出るとはな〜。何か反則っぽいけど…」
横島は、小竜姫の講義を真剣な表情で聞いているおキヌを見ている。
「おキヌちゃんの抱えている問題の根本的解決には、まだなってないけどね」
「それでも、間違いなく一歩前進だろ?」
「まぁね。でも、小竜姫様、何か嬉しそうに話してるわね」
「基本的に教え魔なんだよ、あの人。なのに美神さんとかって、手早く強くなりたいタイプだから、ストレス溜まってたんじゃないか?」
「ふぅ〜ん、神様も色々大変なのね〜」
「おい、待てっ」
最後のお茶菓子を取ろうとしたタマモの手を、横島が掴む。
「な、何よ?」
「その茶菓子は、俺のもんや〜っ!!」
「ば、バカっ、手を離しなさいよっ!」
「じゃあ、食べないと約束するか?」
「いや」
「ぐっ、な、なんてヤツだ…。こんなに貧乏な俺に譲ってやろうという優しさはないんかーっ」
「そんなの知ったことじゃないし、私が食べたいの」
お互いに片手で牽制し合う。隙があれば、すぐにでもお茶菓子を取るつもりである。
「「横島さ〜ん…」」
おキヌと小竜姫の声が揃う。その雰囲気は、あきらかに淀んでいる。
「イチャイチャするなら、外でやってくれませんか?」
と、小竜姫。
「やっぱり仲いいですよね〜…」
と、おキヌ。
「ま、待って二人ともっ。冷静に話そうっ」
「もう、強引なんだから横島は…」
そう言って、恥ずかしそうに顔を赤らめるタマモ。
「ば、バカっ。何が強引なんだっ!」
「「……」」
「あぁっ、ち、違うっ!俺は、何もしてないっ、無実なんやーっ!!」
「「問答無用ですっ!!」」
二人の殺気が最高潮に達した瞬間、横島も命の危機を感じていた。
「ぎゃーっ!!!」
横島の叫び声は、遠く唐巣神父の教会にいたピートにまで届いたという。
タマモは、最後のお茶菓子を手に取り、味わって食べる。
「あ〜、おいし」
『ミスタマモ…。ちょっと酷くないですか?』
「ん?いいのよ、横島は少しぐらい痛い目にあった方が…」
タマモは、横島を見ながら、『べーっ』と舌を出した。
今回のメインは、『ネクロマンサーの笛』を使い勝手のいいものにすることでした。そのために、ありがちですが小竜姫様に出演していただきました。おキヌちゃんは、真面目だから、きっと彼女の良い生徒になるのではないでしょうか。
今回も、皆さんに楽しんでいただければ幸いです。 (徒桜 斑)
おキヌちゃんの想いがなんとも。
それに恋心とまでいかなくても、横島君に好意を寄せる小竜姫様とタマモもいい感じです。
それと前話でのコメント返しでタマモのクール云々ですが、私も前世の記憶を思い出したとか原作終了数年後とかでない限り、見た目通りの精神年齢というのは大賛成です。
私はクールすぎるタマモは苦手なので、このお話のタマモはとても気に入りました。 (ライラ)
小竜姫様も随分フレンドリーになって(でも、どうせならパピリオも連れて来れば良かったのに)
そういえば、おキヌちゃんも充分規格外でしたね。(汗)
原作終了後、横島が傷ついてる話はよくありますが、美神やおキヌちゃんも気にしてないわけありませんものね〜〜〜。おキヌちゃんの心理描写が上手いです。
では次回で!! (法師陰陽師)
……と、まぁ。場所の主旨どおりの真面目な感想はここまでにしましょう。(ゑ
で、タマモさまですが(ゑ 横島との絡みが非常に可愛いのです。横島の頭を燃やしているところなどもぅ。この小悪魔さんめっ。(←謎)……と、とにかく。この作品のタマモさまには大賛成なので、是非ともこの雰囲気のまま続けて欲しいです。
次回を楽しみにしてます。
(ロックンロール)
おろしろいですね、次回も期待しちょりますよー (ユキナリ)
>紅様
一応、最初は『ヒロインはおキヌちゃんで!』と意気込んでいたのですが、気付いたら表紙はタマモ状態になっちゃいました。おキヌちゃんが、草葉の陰からこちらを睨んでいそうです…(汗
>ライラ様
時代設定は、原作終了前後です。どうしても、デジャブーランドではしゃいでいるタマモの印象が強いんですよね。
>法師陰陽師様
え〜、実は小竜姫・パビリオ登場パターンも書いてます。ところがパビリオが参加するだけで、収拾のつかない状態になりそうな雰囲気だったので、急遽、辞退してもらいました。
あっ、今、おキヌちゃんの横で殺気を漂わせているパビリオが…。
>ロックンロール様
褒めていただいて、ありがとうございます。なるべく、原作のイメージを意識して書いているので、最高の褒め言葉でした。
タマモですが、彼女は野放しです…。ただ、私の作品はタマモのおかげで、美神とシロがいなくても、ドタバタコメディーを維持できているので、大変ありがたい存在になっています。
>ユキナリ様
コメント、ありがとうございます。
なんとかおキヌちゃんにも、振り向いてもらえるよう頑張ります。
さすがはタマモ。「金毛白面九尾の妖狐」の名は伊達じゃないようです。
場合によっては、ヒロインの座を奪い取ってしまうかも…。 (徒桜 斑)