『人界での調査か・・・』
使節団帰国後、ワルキューレが提出した簡単なレポートに目を通した師団長は、それをデスクに置くと表情を曇らせた。
『現在の我々と人界の関係をよく理解した上で、君はそういっているのだろうね。』
『それは十分承知しております。』
現在人界と魔界との関係は冷え切っていた。元々両者の関係の基調は敵対関係であり、加えて先の大戦の影響で人界側の
感情的な反発はますます先鋭化してきていた。このままでは人界での神・魔のバランスが決定的に崩れ、ハルマゲドンの引
金にも成りかねないことを危惧した魔界上層部は、密かに人界での活動を当分の間必要最小限にとどめ、極力人界を刺激し
ない方針を決定していた。
要はほとぼりが冷めるのを待とうということだ。500年もすれば人界では大戦のことなどだれも気には留めなくなる。
もちろんこれは極秘事項であり人界及び神界にはしらされていない。このすきに神界側に勢力を拡大されたらなんの意味も
ないからだ。
『ならばわざわざこの時期に人界に行く理由を説明したまえ。納得できなければ許可はできない。』
『理由としては第一に今回の件に深い関りを持つとおもわれるブルタスクが人界にいる可能性が高いこと。第二の理由と
してドルーズには私を知っている移住者も多く、隠密活動がとりにくいことがあります。そのような状況で闇雲に動き
回ってもドルーズとの関係を悪化させるのみで得る物があるとは考えられません。』
『最初の理由はまあ解るとしても、ドルーズに関して言えばなにも君が直接現地にいくのではなく、信頼できる部下を派遣
するという選択肢もあるだろう。』
『それについては私も検討いたしました。ただ今回の任務の場合、背景がいまだ全くの未知数です。たんに人界からの密輸
品がながれてきただけかもしれないし、逆に大掛かりな陰謀が実行されている可能性もある。部下を投入するのであれば
もうすこし状況が把握できてからにすべきだと考えます。』
『だが、人界でトラブルが発生した場合はどうするのかね。』
『今回の件については魔界内部の問題であることを説明すればさほど大問題にはならないと思います。最悪の場合、人界の
勢力がこちらになんらかの干渉をおこなった形跡があるとして、逆に人界側の責任を追及することも可能かと。』
師団長は座っていたデスクから立ち上がるとワルキューレの右手側にある窓のそばに立ち暫く外を見ていたが、やがて彼女
の方を振り向いた。
『よかろう。人界での活動を許可しよう。ただし、トラブルの原因となるような行動は極力避けるように。』
『ありがとうございます。』
『ところで、システムへの侵入の方はどうするのかね。』
『そちらの方はシステム部門にいる知り合いに個人的に調べてもらっています。こちらが気付いたことを悟られたくないの
で、まだ内密に願います。』
『わかった。だが総司令にだけは報告しておくぞ。』
『わかりました。』
ワルキューレは師団長に敬礼し執務室を出た。
「で、その結城ってやつにだまされて部屋にいったらワルキューレがいて、ケガの治療に文殊を2個も使って、お礼にキス
してもらったってわけね。」
除霊の翌日、昼下がりの事務所に美神令子の声が響く。ニコニコ笑顔を浮かべてはいるが、こめかみには「#」マークが張
り付いていた。美神除霊事務所恒例、鉄拳制裁の幕が上がろうとしていた。
「ヒッ、そっ、そうです。そのとうりです。」
答えながら横島は反射的に頭を両腕で抱え身を縮める。
あの除霊の後、事務所に帰ってクライアントへの報告を含む事務処理等が全て終わり、事務所のメンバーが体を引きずるよ
うに自室にひきあげた時には、時計の針は既に午前1時を回っていた。
すでに終電の時刻も過ぎていたので、横島はおキヌから毛布を借りて事務所のソファーで休むことにした。明日はここで
朝食を食べてそのまま帰ろうと考えていたが、連日の徹夜作業がこたえたのか、お昼におキヌに起こされるまで眠りこけて
しまい、鉄拳制裁にさらされるはめになってしまった。
だが、いつまでたってもいつもの衝撃は襲ってこない。
(殺すんならひとおもいにやってくれ〜〜〜。なぶり殺しはいやや〜〜〜。)
胸の内で悲鳴をあげる。さらに待つこと数分、とうとう堪えきれなくなりきつく閉じていた目を恐る恐る開き、両腕の隙
間から令子の様子をうかがった。
令子はデスクに腰掛け、なにごとか考えるようにじっと横島をみつめていた。
「それで、ワルキューレはなんのためにこっちにきていたの。」
「なんか、魔界の過激派が人界に逃げてきたのを追ってきたっていってましたけど。」
「それで返り討ちにあったのが六日前のあの事件?、しかも、ワルキューレのチームを壊滅させたのが人間の武装集団で
すって?、ちょっと信じられないわね。」
「ほっ、本当ですって!。ワルキューレは確かにそういってました。」
ここで令子の大きな瞳が意地悪そうに輝いた。
「ふーん。でもあんた、そんなことまでしゃべってよかったの?。彼女に口止めされたんじゃないの?」
横島の顔色が変った。もしこの事をオカルトGメンが知れば当然彼等はワルキューレを追うだろう。加えて、令子の母親
はオカルトGメン日本支部の実質的な指導者だ。
「美神さん、このことは誰にも、特に隊長や西条には言わんで下さい。お願いします。」
思わず令子につめよる。それに対し、令子は平然とからかうような調子で応じた。
「さぁどうしようかしら♪。この場合、やっぱり通報するのが市民の義務だとおもうのよね。」
「美神さんの場合先にもっと果たすべき義務があるじゃないですか。たとえば納税の義務とか・・・ブベラッ。」
令子の立ち上がりざまの右ストレートが顔面を直撃し、横島はすわっていたイスごとひっくり返るとそのまま床の上を滑
り、壁に頭をぶつけて停止した。
「人聞きの悪いこと言うんじゃないわよ。私はきちんと適正な額を納税してるわよ。」
『でも、それって美神さんの基準でござろう・・・?』
「あたりまえでしょ。私が稼いだお金なんだから。」
さらに何か言い募ろうとしたシロの服のすそをタマモが引っ張り、シロはあわてて口をつぐんだ。
「まあまあ美神さん、ワルキューレさんは私達のお友達じゃないですか、今回はワルキューレさんは悪くないみたいです
し、今すぐお母さんに報せるんじゃなくてもう2,3日待ってあげてもいいんじゃないですか。」
ここで、これまで黙ってやり取りをきいていたおキヌが苦笑しながら救いの手を差し伸べてくれた。
「お、おキヌちゃん・・・・・。」
横島と目が合うとおキヌは美神に見えぬようにパチリと片目をとじた。これが最後のチャンスとばかり、横島は令子に頭
を下げた。
「美神さんお願いします。隊長に話すなとは言いません、2,3日でいいんで待ってください。」
しばしの沈黙の後、令子はきっぱりと答えた。
「・・・・・・、いやよ。」
「なぜですか!!」
「美神さん!」
横島とおキヌは思わず大声をあげた。そんな彼らを哀れむように令子は言葉をつづける。
「やっぱり、あんた何にも解ってないわね。ワルキューレはね、あの事件で人を殺したのは魔族軍ではないってことを
ママ伝えたくてあんたを呼んだのよ。」
「えっ、それってどういうことッスか?」
「彼女、あんたに話せばいずれ私を通してママに話が伝わるって考えたのよ。よく考えてみなさい。あのプライドの高
い女がなんの思惑もなく自分の任務のことを、しかも失敗した話を人間にすると思う?」
「でも俺、もし他人にしゃべったら半殺しにしてやるってスゲー脅されたんスけど。」
「多分身を隠す時間をかせぎたかったんでしょ。いくらママとは気心が知れているといっても所詮は魔族と人間、完全
に信頼できるわけじゃない、Gメンが自分を捕らえようとする場合にそなえたかったのよ。いくら横島君でもこっぴ
どく脅しておけば一日ぐらいは黙っていられるだろうって考えたんでしょうね。」
『でもそんな話を聞けばGメンは当然ワルキューレをおっかけるんじゃないの?』
タマモが口をはさむ。
「人間に化けた魔族を探し出すのは本当に難しいのよ。ママはそんな無駄なことしないわ。それより森村って奴の背後
関係を調査した方がずっと効果があるもの。ワルキューレもその辺は解っているはずよ。」
「じゃあ今回はしゃべっても問題ないんですね。」
横島はほっとしたように肩を落とした。
「まあね。でもこんなことも解らないんじゃ、あんたまだ当分見習のままね。」
なぜか、少し嬉しそうに令子は言った。
『さすがは美神殿、先生が師事するだけあって鋭い洞察力でござるな。』
シロが関心したように呟く。
『そうかしら、似た者同士で相手のことが良く解るだけじゃないかしら。』
タマモがまた口をはさんだ。
『タマモ、それってどういうことでござるか。』
『美神さんとワルキューレってプライドが高くって意地っ張りで、見栄っ張りのくせに目的のために手段を選ばない所
があるじゃない。この場合美神さんは自分だったらどうするかって考えただけじゃないかしら。』
『ふむ、言われてみればそのとうりでござるな。』
「ああ・・・、シロちゃん、タマモちゃんそんなこといってると・・・、」
この後二人に起こることを予期したおキヌがあわてて声をかけたがすでに遅かった。
「シロ、タマモ、あんた達今日から一週間肉油揚げぬき。」
問答無用といった調子で令子は二人に刑を宣告する。
「あの・・・、美神さん、一週間てのはちょっとかわいそうなんじゃないですか。」
「甘いわよ、おキヌちゃん。二人とも居候なんだから自分の立場をしっかりわきまえさせなきゃ。」
石化した二人の代りにおキヌが控えめに抗議したが、非情な答えにあえなく沈黙する。
『タマモ、お前がわるいんでござるぞ!』
『なによ、あんただって言われてみればそのとうりだって言ったじゃない!』
やがて石化が解けた二人はいつものように口喧嘩を始めた。
(タマモの評価を聞いたらワルキューレはどんな顔をするかな。)
その場面を想像してニヤニヤ笑っていた横島の耳に、来客を告げるブサーの音と人工幽霊一号の声が飛び込んできた。
『オーナー、西条様がおみえになりました。』
「わかったわ。おキヌちゃんお願い。」
「はい。」
おキヌが玄関へ向かう。やがて、応接の入口に西条の姿が現れた。
「やあ、令子ちゃん、相変わらず賑やかだねここは。」