椎名作品二次創作小説投稿広場


BACK TO THE PAST!

黄昏のバー


投稿者名:核砂糖
投稿日時:04/ 9/ 3

ヤツは悪魔だ。
人を殺した。

ヤツは悪魔だ。
あの子を殺した。


ヤツは助けた。
人を助けた。

ヤツは助けた。
誰でも助けた。

ヤツはあの子を殺したのか?

ヤツは・・・悪魔か?



カランカラン・・・

ある日の夕暮れ。
その古ぼけたバーのドアを開けるとドアベルがやけに哀愁漂うくぐもった音を出した。
店の奥の方で、半分ほど暗闇に隠れているマスターは、グラスを磨きながら「いらっしゃい」とこちらを見もせずに言った。

店の中は薄暗く、天井では大きなファンが音も無く回転している。あまり多くないテーブルの上にはあまり手入れをしていないのか、ホコリが積もっている物もある。
そして壁際には昔ライブでもやっていた名残か、古びたピアノが1台、汚れて壁に同化しつつあった。

今入ってきた人物はカウンター席へと向かう。
始めからいた、浮浪者のような、もしかしたらほんとに浮浪者かもしれない男は、安物の酒をあおりつつ暖炉で足を暖めながら、首だけをこちらに向けていかぶしげに目を細めた。

「オーダーは?お嬢さん」
マスターがまだグラスを拭きながら目も向けずに言った。
すると彼女は注文の変わりに何やら警察手帳のようなものを突きつける。
「オカルトGメンよ。それと私もうお嬢さんなんて年でもないわ」
「・・・・承りました」
マスターは始めてこちらに目を向け、一旦手を止めた。

「注文は・・・解るわね?」
女性はノーと言わせない気迫で言った。
「・・・・ただいま」
マスターは何やらカクテルを作り始める。
「ちょっと・・・こっちには時間がないのよ?」
彼女の目的はカクテルではなかったらしく、いやな顔をした。
しかしマスターは無言でシャカシャカとシェイカーを振りつづける。
「・・・・・・・・・・・・・・・この店のオリジナル、ブラッドティア。疲れに効きます。あなたは少しやつれている。私のおごりです。お飲みなさい」
トン、と軽い音を立てて透き通るような真紅の液体が入ったグラスが彼女の前に置かれる。
「・・・どうも」
女性は拍子抜けたような声を出した。

「ジョージ、出番だ」
続いてマスターは先ほどの浮浪者のような男に向かって硬貨を弾いてよこす。男はそれを片手でキャッチすると「了解!」髭もじゃの口をひん曲げてニカッと笑って、古びたピアノへつく。

「そう・・・ですね。彼が来たのもちょうど今みたいな黄昏時でしたよ」
その時ももう冬の足音も聞こえた寒さでしたよ。とつけたし、マスターは目をつぶり、過去を回想し始めた。そしてジョージの奏でる、彼の見た目に似てもつかない、スローテンポの見事なピアノの音が邪魔にならない程度にバーを包み込む。

「もう何年前になりますかね。彼は突然にふらっとこのバーに立ち寄りました。
その頃はこのバーは結構人気がありましてね、結構な人数が店の中にいたのを覚えています」




三年前・・・。ちょうど悪魔ヨコシマ逃亡生活1年目の話だ。


がやがやと客たちの談笑する声に混じり、ステージでは数人のミュージシャンが周りを邪魔しないように楽器を演奏している。

「マスター!いつものおかわり!」
ほろ酔いの客が元気良く声を上げるのを耳にし、マスターは早速新しいカクテルを作り始める。
「ほらよ、ケビン」
カクテルのグラスは細長いカウンター席をカーっと平衡移動し、先ほどの客ケビンの目の前でピタリと停止する。
「ひょう、相変らずアンタはすげぇな!」
ケビンは楽しげにカカカと笑った。

ちょうど、その時だった。

カランカラン・・・

誰かがドアベルを鳴らして店に入ってきた。
薄暗くなっていた店の中に急に真っ赤な夕日の光が入り込んで、壁という壁が真紅に染まる。
そんなもんだから店中の人間の目がそいつに集中した。
しかし、そいつはそんな事全くも気にせずにカウンター席へと向かう。
東洋人のように見える男は酷く薄汚れたフード付のトレーナーに、こちらもボロボロのGパンという意外と普通の服装だった。フードはしっかりと被さっている。
怪我をしているのかだらりと右腕を下げ、一歩ごとに左足を引きずっているそのフード男はまだ若かった。

いつの間にか楽器の演奏まで止まっている。

「いらっしゃい」
店中の視線が集中する中、マスターはいつもどおりの柔らかな営業スマイルを崩さずに語りかけたが、フード男は黙ったまま答えない。
「ほおって置けよ、マスター」
ケビンはいけ好かない目でフード男を見る。
マスターはフード男に背を向けた。しかし一瞬後には真っ赤な液体の入ったグラスをフード男の目の前にコトリと置く。
「ブラットティア。疲れに効きくぜ。俺のおごりだ」
フード男はちらりとグラスに目を向ける。
「ブラットティア・・・血涙か・・・」
マスターはふっと小さく笑った。
「名前は悪いが、効果はある。アンタみたいな奴には特にね」
フード男が左腕でぎこちなく(たぶん利き腕ではないのだろう)グラスを掴む。ケビンの目が彼の左手に巻かれた紅いバンダナに吸い寄せられた。

そして男はゆっくりとグラスをあおった。

「・・・・うまいな」
「・・・・あたりまえだ」
マスターはまた笑った。


「・・・・・・・・・ありがとう」
フード男はまたグラスをあおってから小さく言った。


「ぶぁっはっはっはっはっはっは!!なんだよ、意外といい奴じゃァねぇか」
突然聞こえた笑い声に店中が振り返った。
ステージの上で人懐っこそうな顔をした中年がニカッと笑っている。
「皆そんなに怖がる事も無かろうが!よし、ついでにこのジョージ様がそこのアジア系兄ちゃんのためにいい曲をプレゼントしてやる」
彼がそう言って調子のいい曲を弾き始めると、周りのメンバーもそれに合わせ始める。
いつしかバーの中はいつもの雰囲気に包まれていた。

「・・・いい店だな」
「・・・あたりまえだ」
フード男が呟き、マスターが楽しげに答えた。

ケビンがいつの間にかいなくなっているのに気が付いたものはたくさんいたが、別段気にする者はいなかった。


「アンタ・・・悲しい目をしてるな」

「何でそう思うんだ?」

「何となくだ。この店にはそういう奴が結構集まるんだ」

「へぇ・・・」



それからしばらくして、ケビンが店に帰ってきた。

「ほら、あいつだよ!左手にバンダナの東洋人風の男!!」
ケビンは何やら変わった黒服男を二人ほど引き連れていた。
「・・・確かにヤツだ。うけとれ、報酬だ」
男の中の一人が、札束をケビンに握らせる。
「へっへっへ・・・」
ケビンは嬉しそうにそれを数え始めた。
「ケビン!この男を売ったのか?・・・気に食わねぇ事しやがる・・・」
ジョージは不機嫌そうに言った。
「へっ、よそ者の事何ざぁ俺が知るかよ」
ケビンは意地の悪い笑みを浮かべる。
「それにこいつはかの有名な犯罪者、あの日本で何十人も人を殺してさらに神様に悪魔たちまで殺してるっていうあの悪魔だぜ?」

ざわり、と店の中で動揺が起こり、マスターとジョージを除く全員がフード男から一歩はなれた。



「・・・ポイント1497にてターゲットと接触。応援を頼む」
男の一人が誰かに連絡を取り、次にフード男に向かって歩き出す。
と、その拍子で誰かの背中にぶつかり、ぶつかられた男はビールまみれになった。
「うわ・・・てっめーなにしやがる!」
そいつは短気だったのか、黒服男たちに殴りかかった。しかし、今回はそれが災いしたらしい・・・。
「任務の邪魔だ」
ビールまみれの男は一撃で壁際までぶっ飛んでいった。
思いもかけない事に店中が固まる。

「何だぁ?あいつら・・・」
マスターはアイスピックを握り締めて身構える。
すると目の前にいたフード男が突然立ち上がった。

「すまん。迷惑かけちまいそうだ」
「は?」
マスターが困惑して情けない声を出した瞬間、男の姿は掻き消えた。



先頭に立っていた黒服(次から黒服A)は、突然足払いを掛けられ、床にひっくり返る。つづいて打ち込まれた掌底突きで背中から床をぶち抜いた。

「貴様・・・」
もう一人の黒服(次から黒服B)はうめくようにそう言うと、常人には目にも見えない速さの拳を何発も放つ。

ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ!!!

フード男はそれを全て左手で受け止めた。

「くそっ」
黒服Bは一旦距離を取り、懐から拳銃を取り出して男に向ける。
フード男はかわそうとして身をひねるが、自分の後ろにはマスターがいることを思い出して、その場にとどまった。

バババン!

数発の銃声が店の窓をビリビリ言わせた。



しゅぅぅぅ・・・・・

フード男の左手の中から煙が上がる。
手を開くと焼け爛れた手の平から銀で出来た銃弾がバラバラと地面に散らばった。

「ば・・・ばかな!」
黒服Bがたじろいだ瞬間、フード男の猛然とした当て身が襲い掛かる。
「うっぉぉぉぉおおおお!!」

どむっ!と言うくぐもった音と共に黒服Bの体が宙を舞う。
そしてやっとこさ穴から這い出した黒服Aを巻き込んで窓を突き破り、外へと飛び出していった。

「神族が人間を巻き込むんじゃねぇよ・・・」

フード男はそう言ったが、その意味を理解できたものはいなかった。
「いいか、絶対に店から出ないでくれよ・・・。店から出ない限り、できるだけ安全は保証する」
最後に「すまねぇマスター」と付け足すとフード男はドアから飛び出すように外へと出て行った。

「なんだよ、一体・・・」
ケビンが訳も解らない、と言う顔をしている時・・・突然大きな爆音がした。

店全体が揺るがされ、ちょうどケビンの真上の棚から酒瓶が落下してケビンの頭を直撃する。
パキャン!
「がっ!」
ケビンはみっともなく気絶した。

その後も爆音は絶え間なく続き、そのたびに店の中で何かが壊れた。

「うぉっとっと・・・・こりゃあちょっとばかしヤバイんじゃぁねぇのか」
ジョージがよろめきながらカウンター席に歩み寄る。
「そうだな・・・・だがまあ気にする事もない」
「何だと!!」
マスターが呟いたのに客がキレ始めた。
「てめぇまさか、あの悪魔の言うことを信じる気か!!」
「あいつ悪魔だぞ!」
「人を殺してんだぞ!」
連中はがやがやと喚きながらマスターに詰め寄った。
マスターは動じることもなくグラスを磨いている。
「もういい!俺は出て行く!」
一人の男が扉から逃げ出すように飛び出した。

そして一人、また一人と最終的にはほぼ全員が出口に殺到する。

「・・・とめないでいいのかい?マスター」
ジョージがマスターの顔を覗き込んで問う。
「いや、あいつらの言うことももっともだからな。もしかしたらあいつらの方が正しいかもしれんだろう?」
その答えを聞いてジョージがプハハハと笑う。
「何だよ、それじゃあお前はあいつらよりあの悪魔を信じるってのか」
「・・・目を見たらな。何となく信じる気になった」
マスターはいたって自然体で、振動と共に落下してきた高そうな酒瓶をキャッチしていた。

いよいよジョージも楽しくてたまらなくなってきた。
「くははははははは!!よ〜し、俺も付き合う!何を弾こうか?」
「ショパンの何か」
マスターは言い、ピンとコインを指で弾いてよこす。


爆音で揺れる店の中、場違いなピアノの音が不思議なハーモニーをかもし出した。





「・・・っというところですね」
マスターはそこまで話すと一息ついた。

いつの間にかピアノの演奏は終了しており、後をジョージが引き継ぐ。
「俺はあの光景を忘れねぇ・・・
爆音が収まって、もう大丈夫なのかとマスターがドアを開けたんだ。

外はまさに死屍累々。いたるところに・・・悪魔か、天使かが倒れていた。
さっき店を出てったヤツらも何人か死んでいた。
それだけじゃない。この村で生き残った建物はこのバーだけだったんだ。

あの兄ちゃんはあれだけの敵と戦いながらもこのバーだけだったが守りぬきやがった。
今でも目に浮かぶ。
噂に聞いたとおりの真っ黒いマントのヤツが目の前に仁王立ち、そこから後ろのこのバーだけを残して、全壊してるこの村のありさまを

『マスター』はヤツに駆け寄った。
それがいけなかったのかなぁ・・・敵の意識がまだあるヤツが見当違いの方向に何かを打ち出して、それが偶然『マスター』の方に。
当然ヤツも庇おうとしてたんだが・・・」
彼はそこで話を打ち切り、また酒をあおりに席へと戻った。

「・・・・そう。それでその後ヤツが何処に行ったとか解る?」
美智恵はそう問うてみたが、マスターは首を振った。
最初からこうであろう事は予測していたのか彼女は素直にそれを信じ、席をたった。
「でしょうね、じゃあご馳走様」
そうして扉へと向かう。
その背中に、マスターが声をかけた。
「あの男、いや悪魔は・・・本当に噂どおりの殺人者なんですか?
確かに・・・・あの悪魔は人を殺すと思います。でもそれはどうしようもない時だけ、しかも殺さずにすむならたぶん・・・殺さないんじゃないでしょうか?
それを思うと・・・彼は噂に聞くような冷酷な殺人者には見えないんですよ」
マスターはそう言うと、まるで自分が悪い事を言ったかのようにうつむいた。
彼女は立ち止まり、
「・・・そう、かもしれない。でもね・・・」
なんとも言えない顔で振り返った。
「あいつは・・・私の娘を殺した。・・・かもしれない。
もしかしたら本当は違うかもしれないんだけどね・・・」
彼女は疲れきったような顔だった。

その彼女の言葉を聞き、ジョージが目を見開く。
「おまえさん・・・ミカミミチエか?」
「そうだけど」と、美智恵は答える。
「いやーまさかほんとに来るとはな・・・」ジョージはしきりにそんな事を呟きながら立ち上がり、彼女の前まで移動する。
「例の悪魔から伝言だ。



『娘さんを殺したのは、俺だ。悩む必要など無い』



・・・・だそうだ]
美智恵は一瞬言葉に迷った後、
「そう・・・そうよね」
と呟いて店を出て行った。

その足取りは、さっきよりも軽かった。







ジョージは彼女がいなくなるのを待って、あの日を思い出しながらまた口を動かす。
「『・・・お前は殺してないだろうって?ああ、確かに殺していないさ・・・だがな俺が殺したようなもんなんだ。
それに彼女に残された人は誰かを恨むだろ?それが恨めないような相手より、俺という世界の敵であった方がずっと気が楽だ。

俺だけでいいんだよ。苦しむのは・・・』か・・・」
ジョージはそう言ってから、マスターにカクテルを注文する。
「かしこまりました・・・・・・・・・そういえば私も覚えてますよ」
マスターは慣れた手つきでカクテルを作り始める。
「確かに村は全壊しました。しかし死者はたったの5人。
村の皆は結局はすべて例の悪魔の為だと言っていますが、そこまで死者が押さえられたのは例の悪魔が治療を施して回ったおかげだと言う事を知っているものは極わずか。
村人が村を捨てて何処かへ行ってしまった今、その真実を伝える事すら出来ないですがね。
そして後から気づいたんですが、彼は敵でさえ誰も殺してはいなかった・・・皆何かしら「化け物めが!」とかうめいていましたよ」
ま、村は無くなりましたけどね。とつけたしてから、マスターは作り終えたカクテルを、ジョージの座っている席めがけてカーっと滑らせる。

しかし途中でグラスは倒れ、中身はこぼれてしまった。

「・・・ケビン、いつまでたっても下手くそだな」
ジョージは眉をひそめた。
「『マスター』にはかないませんよ・・・」
マスターは雑巾を取り出した。

「さーて、あの悪魔にいい曲でもプレゼントしてやるか!」
ジョージはのびをすると、ピアノにつく。
ピアノからは物悲しいレクイエムが奏でられ始めた。
「よしなさい、ジョージ。縁起が悪い」
マスターが床をこすりながら言う。

しかしその曲は案外素晴らしくて、



もはやすっかり暗くなった村の廃墟に、すーっと広がっていった。













「しかし、一つだけ解らない事があった」
「なんですか?」
「さっきから俺たちは何語を話しているのか?」
「ジョージ、そういうことは気にしてはいけません」


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