椎名作品二次創作小説投稿広場


燈の眼

其ノ十 『炎瞬』


投稿者名:ロックンロール
投稿日時:03/11/ 8

























 ――ヤミニ……ホムラマタタク…… ――

































 誠がその日、修学旅行に行っていたのは運命と言って良かった。
 その当時通っていた、地元の高校。学校の成績は決して悪い方ではなかったとは思うが、それでも誠は問題児ではあった。――父。彼に比して。
 父は死んだ。修学旅行二日目――口説いた女と共に誠がベッドの中にあった時。正にその時に、遠く離れた東京では、父の命が消えていた。――それはある意味何でもなく、ある意味重要な意味を持つ。何にしろ、変わらない事はひとつ。父は死んだ。

 母は強かった。父の死という事実を乗り越え、全てを裏切る事なく生きる事が出来た。少なくとも誠自身以上には、母は父の死を受け入れていた。
 父は強かった。――それはそのままの意味でもあるし、それ以上に深い意味でもある。頭の薄くなったその姿はお世辞にも『格好良い』と表現出来るようなものではなかったが、それでもその姿は誠を魅了した。剣を執り斗うその姿には、万人からの惜しみない賞賛も与えられていた。

 父は死んだ。その限りない栄光を無に帰して。

 その遺体には、あたかもエジプトのミイラの如く包帯が巻かれていた。――最も重要な、顔の部分にさえも。その部分には父の遺影が置かれていたが、その一葉の写真は誠に何も与えてはくれなかった……
 その父の死の理由はなかった。
 父の死の後、誠は理由を知った。――公式発表ではなく、現場を見た人の口から直接。Gメン上層部は混乱を恐れ、事態を可能な限り隠蔽する道を選んだ――

 彼らは、取り逃がしている。『父の死』を。

 そして――――
 父の死は、彼らにとって……そして彼らによって無意味なモノに成り下がった。
 父の死は『殉職』にすらならなかった。実際に父はその時勤務時間外であったし、時間帯が時間帯だったからこそ、オカルトGメン内の職員の死傷者は少なくて済んだのだろう。

 ――それでも、父は往った。そして、帰っては来なかった。
 オカルトGメン上層部はその行為を冷静に分析し、『殉職』には当たらないと判断した。――父の死はその実態以上に空虚なモノとなり、父がその生涯を掛けたオカルトGメン内部では、大規模なトップの挿げ替えが起こる事となった。
 皮肉だ……あまりにも……皮肉すぎる。――かつて、父がその中にいた派閥――あの“美神美智恵”から成るGメン内部の一塊の人々は、その際に残らずGメンを去らざるを得なかった。
 それ以後は、何もない。
 父の死の朝、その命を奪ったのは猛火だったらしい。かつてのオカルトGメン日本支部を中心として、半径七十メートル。その範囲に家を持つ者で、生き残った者はいない。

 その名前を聞いたのはつい最近の事だった。
 美神ひのめ。幼い頃は良く世話にもなっていたらしい。――ここ十数年は殆ど会ってはいなかった、誠自身にとっての意味のある存在。

 炎。

 念力発火能力者――パイロキネシスト。

 その意味は、調べずとも簡単に手に入った。
 意味。その意味。
 父の死からも――また、その意味の焼失からも――四年。

 誠は――西条誠はGSになっていた。
























   ★   ☆   ★   ☆   ★




























 夜闇の中に草木は沈み、虫の声はむしろ粛々とその静謐を強調する。郊外の空家には動くモノもなく、ただ影の匂いだけが暗闇を支配する。
 そこには音はない。ただ沈黙のみが存在する。虫の音は既にその音たる意義を失い、闇は沈黙の中にその深みを増してゆく。
 ――闇に、変化が生まれた。

「ここね。今回は」

「ちゃっちゃと済ませちゃおーよ。折角新界(シンチェ)にまで来たんだからぁ」


 無言で――しかし断固として振り上げられる拳に、頭部を殴られて蹲る影、一つ。
「あんまり悪ふざけしてるとまた師匠に怒鳴られるよ、パピリオ。アタシは、あんたを庇って一緒に怒られるつもりはないからね」

 痛みに蹲っていた影――パピリオは、相棒のその言葉に何とか舌を出す事で答えた。実際のところ、彼女自身に対する痛みはそれほどのものではない。――ただ、師匠である小竜姫の怒りのみが恐ろしい。

「言ってくれるね……三年前までは鬼門ちゃん達に歯が立たなくてヒィヒィ言ってたくせに……」

 その言葉に対する答えは、再びの脳天への激痛であった。

「黙ってな。そろそろ始めるよ」

「…………いたい」

 闇の中に、虫の声のみが木霊する。――ただ、その声は意思を持たない。擬人化された『声』という単語は、事実上は羽の擦り音でしかない。
 その声に負けてしまう程の――その程度の声。パピリオはうめいた。

「いたいけな子供に対する虐待……嗚呼、この世の中は狂ってるわ…… か弱い少女の私に対する虐待……天国のルシオラちゃん、パピリオはもうすぐ傍にいけそうです……」

「……アンタ、二十四歳でしょ? アタシより年上じゃない」

「心は乙女よ。そもそも、人間とは歳のとり方が違うの!」

「だから静かにっ」

「……っと」

 言いつつ、パピリオは地面に伏せた。――晩夏の青草の臭いが胸一杯に広がってくる。悪い気はしない。むしろ、青臭い臭いに快い新鮮さすら覚える。

(精進生活に慣らされちゃったのかもね……)

 目下、それがパピリオの最大の悩みの種だった。
 約二十年にも及ぶ妙神山での修行の毎日。――無論、師である小竜姫などが彼女に対して殊更にそれを要求する訳ではないが、それでも習慣とは恐ろしい物ではある。いつの間にか――本当に、いつの間にか自分は其処に適応し、気づけば幼いとは言えなくなった。――神魔としては未だ幼年の範疇に入るところだが、彼女の外見年齢は人間で言う十四〜十五歳位には成長している。
 隣の人影が、闇の中で唇を開くのが見える。

「……んで、付近に人はいないのね?」

「ん……確認したわ。やっぱ神族のレーダーは高性能ね〜」

「じゃ……やるわよ。サポート宜しくね」

「りょーかいっ!!」

 額に手を当て、敬礼のポーズを取ってみせる。――無愛想な相棒は肩をすくめただけであったが、それでも多少は苦笑のようなものを覗かせたようだった。
 苦笑し、パピリオは背中に背負ったお気に入りのナップザック(牛)から呪縛ロープを取り出した。
 本来パピリオの力を持ってすれば、この程度の空家を更地にする事など容易い。それこそ、ものの二分で片付く。
 それを遭えて相棒に任せるというのは、彼女にとっては偏に小竜姫の言葉故であり、相棒――彼女自身の境遇の故でもあった。

 ……それに、もうひとつ。

「さぁーってと……」

 既に、相棒は駆け去っている。妙神山に着たばかりの頃は、霊力は最低レベル……体力は上の下程度と、決して褒められた能力を持っていなかった彼女。――しかし――

 美神ひのめ。

 炎の業を背負う、赫の女。

「出来れば楽させて欲しいよ―― ……ねぇ、ひのめちゃん♪」

 夜空の下……聞こえるはずのない空家の中に、アシュタロスの乱――反乱軍側生き残り・パピリオは楽しげに笑いかけていた。

























   ★   ☆   ★   ☆   ★


























 ――そして美神ひのめは今、戦闘装備――と言っても、対霊結界スーツを着込んでいるだけだが――に身を包み、闇の屋内へと身を進めていた。

(……霊気――は感じないわね)

 今はもう通じていない家庭用の電話機が、片付けられる事もなく放置されている――闇の中で見てすらカラフルと解る暖簾を潜り抜け、廃屋の据えた空気を胸一杯に吸い込む。
 その感触はある意味新鮮だった。開放的な屋外の空気を吸い慣れた身体には、むしろ屋内の澱んで沈んだ空気を快く感じてしまう。――それが危うい事だという事は十二分に理解していたが、それでもひのめは、『仕事』特有のこの沈殿した空気が嫌いにはなれなかった。
 鼻をひくつかせ、空気の臭いを嗅ぎ取る。

(パピリオは……取り敢えず結界だけは張ってくれたみたい――ね)

 ありがたい。少なくともこれで、『人死に』は出ないだろう。
 手をついた壁の冷たさに心は冷え、より鋭い形へと洗練されてゆく。その感触はひのめ自身決して嫌いなものではなかったが、今はむしろその昂揚さえ無用に仰々しいものに思えた。
 今回の『仕事』は単純だった。

(幽霊屋敷の悪霊の除霊――及び、近々大型ビルディングが建つ予定のこの家屋の取り壊し……か。確かに、アタシらみたいなのにしか頼めない仕事かも知れないわね……)

 実際、通常のGSならばここまで無茶な内容の依頼は請けないであろう。GSに悪霊退治と土建屋の真似事を両方やってもらおうなどと――虫が良すぎる考えではある。

 ――本来ならば――――

「それが収入源……ってんだから。やるしかないか」

 ――本当に。あの男が取ってくる仕事は、いつもこんなモノばかりだ……!
 胸中の罵倒は、そのまま胸中へと留め置く。
 建物への被害が特に指定されていないのならば、必ず建物の何処かに潜んでいる悪霊をおびき出す方法は極めて簡単だ。――即ち、建物ごと破壊して、燻し出してしまえば良いのだ。

(始める……かな?)

 敷地の周囲には呪縛ロープが張り巡らせており、たとえ逃れ出でたとしても、悪霊が敷地外に逃げる可能性は皆無。――更には、ひのめ自身の『力』をも防いでくれるはずだ。
 たまたま見つけた、かつては居間であったと思しき部屋に潜り込み、その中央で座禅を組む。――特に場所や姿勢には拘りはない方ではあるのだが、やはり妙神山修行場で四年間叩き込まれた座禅の姿勢が精神集中には効率が良い。
 静かだった。未だに霊気は感じない。
 悪霊は隠れている。――本能的に自らよりも強い者が来訪した事を知り、その強い者に場を明け渡すべくひたすらに隠れつづけている。
 静かだった。
 ――ポッ――――
 それは唐突だった。
 部屋の中央――ひのめが組む禅の真上に、鬼火。ソレは闇を圧し、狭苦しい部屋を赫く赫く染め上げる。光芒は部屋の中央に成長し、徐々に徐々に……その眩さを増してゆく。

(取り敢えずは……この部屋っ……!)

 得る苦しみと失う苦しみは、決して等価な物にはならないと言う。――得るものに比して、失うものはあまりにも多く。失うものに比して、得るものはあまりにも儚く――



 燃えろ。







 燃えろ。






















 ――燃えろっ…………!























 感情の奔流は、そのままひのめ自身の『力』となった。
 頭上の灯火の爆発――それに伴う、狭苦しい室内の急激な気圧の変化。熱風が炎を辺りに撒き散らし、爆炎が新たな気流を作り出す。――それは広がり、広がり……そして――――
 部屋は内部に向けてひしゃげ、次の瞬間破裂した。渦中にいて、視力は半ば封じられている。――だが、自然とひのめにはその事が理解出来た。
 何処かで、悲鳴も聞こえる気がする。……きっと、隠れていた悪霊の焦燥の悲鳴だろう。だが、もう遅い。既に自分の『炎』から逃げ延びる道は、この建物内の何処にもない。

『ギィィィィィィィィィィィィィッ!?』

 それは、断末魔に近いような声だった。――恐らく二階の何処かに潜んでいたのだろう――逃げ場をなくした猛炎に包まれ、燃えて消えゆく躰を見つめながら――
 そして、燃えて――

「…………ッ……!」

 唇を噛んだ。今このとき、絶対に精神集中を乱す訳にはいかない。
『力』はその行き場をなくしつつあった。触れた全ての物質を炎の舌が舐め、その命をこそぎ取ってゆく。その生と死の奔流の中で、厳然としてその家屋は崩壊を開始した。
 落ちて来た瓦礫は、一階の床に接触する前に燃え尽きる。頭上の裸電球が派手な音を立てて割れ、破片はそのまま飴のように融けて消える。

(自制……するっ!!)

 コントロールを失えば、恐らく炎は臨界点を突破する。――それは、悪夢を再び巻き起こす事となる――

(触れない……触れられないッ!! 今のアタシからは……何もかもみんな――全部が離れていってる! だからっ! だからっ! だからぁっ!!)

 既に、悪霊の断末魔は聞こえなかった。――轟音と共に、気がつけば全てが開放されている。……先ほどまで四方を包んでいた圧迫感が、ない。

「アウンッ!!」

(消えろ……ッ!!)

 遮る壁を失った業火は、広大な空間にその舌を伸ばす。燃え盛る。

「――消えろぉッ!!」

 そして――消えた。
 現れたときと同じく、突如として炎は消えた。燻る下草を残す事もなく、完全に、この世から。――既に崩壊したかつての空家と、円状に作られた不可思議な無草地帯を残して……

(……また……か)

 ひのめは心中で嘆息し、そして、力尽きて倒れ臥した。


























 ――何で……アタシ、こんな事してんだろ…………?――
























 〜続〜


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