講演「笑いとデペイズマン」/中島らも

 レポートする事を考えずにただ聞いていただけなうえに、なにぶん時間がたってからのレポートなので、部分的な記述かつ話が前後しているかもしれないが、ご了承願いたい。

 会場には学会員と思われる人達だけでなく、芸大生の姿も多く見られた。芸大生の数は2、30人ほど、会場の半分くらいを占めていた。講演は日本笑い学会総会議事のあとだ。講演の前の中島らも氏の紹介をしている時に何気なく入口のほうに目をやると出番を待つらもさん本人がいて少し驚いた。そして講演ははじまった。講演はアシスタントの大村アトム氏との対話形式である。
「今回は大村アトムとタグマッチ形式でやらさせていただきます」…出で立ちは皮製の帽子に黒っぽいマント、小説「エキゾティカ」発刊時に広告で見せていた格好そのものの黒尽くめであった。

「俺はここ(註:会場の大阪芸術大学のこと)に来るのは20年ぶりくらいかな、ひさしぶりやなぁ」
「その頃ってどんな感じでした?」
「坂登ったら(註:大阪芸大は校門の少し前から急な坂が存在する、通称・芸坂)今みたいに建物がそんなに建ってなくて、だだっ広かったな。こんな建物(註:講演を行った情報ホールのこと)もなかったし。初めて芸大に来た時、坂登る手前になんか看板が地面に立ってたんや。何かなぁ、と思って見たら『まむしに注意』て書いてあったんや。『コラえらいとこに来たなぁ』て思ったな」

「らもさんは笑いとはどんなものだと考えておられますか?」
「この前、3年くらい前かな、亡くなった桂枝雀さんと朝の6時まで『笑いとは何か』で話したんや、零時から」
―しかし結局結論は出なかったらしい。らもさん自身は「緊張の中の緩和」と捉えているそうである。
「そんなに長い時間話しあって答え出なかったんですか?」
「でぇへんよ、そんなん。簡単に出たら今日のこの学会(日本笑い学会)がなんであるのか分からんやろ」

「俺自身は笑いとは差別やと考えている」
「モンティパイソンで…」
―田舎のある村に、村一番のバカと呼ばれる男がいる。仕事もせず、歌ったり踊ったりしていた。しかし、彼は村民が見ていないところでは難しい哲学書などを読んだりしている。そんなときに村民が家の前を通ると、さっと読んでいた本を隠し踊ってみせる。それを見て村民は「あぁ、やっぱりコイツは村一番のバカだなぁ」と思いつつ通りすぎてゆく。通りすぎると男はまた本を読み始める。

「つまり彼は本当はアタマ悪くないんやけど『村のバカ』を演じている訳やね。実は何処の村にもこの『村のバカ』は必ず一人おるんや。で、その『村のバカ』がこそっと村を出て定期的に寄り合いを開いてるんや『バカ学会』てゆうてな…」
「決してこの会をバカにしてるのと違いますからね」
「これは村の人間が『村のバカ』を見て「こんなバカがおる」という意識を彼を見下ろして、安心感によって生活が成り立ってるんやね」

「自分より劣っている人間を見て自分に対して安心して笑う、これが笑いの根底やと思う」
「昔、吉本新喜劇の平参平さんが足を使って芸やってたけどまさしくこれやね」
「…あんなんも今はもう放送できないやろうね」
―愚かなもの、弱いもの、醜いもの、悲惨な目にあっているもの、それら自分より劣位にあるものに対して起こるのが笑い。当事者にとっては悲劇であることを、少し離れたところから見ると悲劇は喜劇に転身する、と、らもさんは考えているそうだ。

―ここで話は自然と放送禁止用語の話へ。
「昔、FM放送の収録をやってる時に俺が『虚無僧』て使た(つこた)んや。そしたらディレクターが『中島さん、すいませんストップです、たぶん”虚無僧”は禁止用語です』て言うたんや。だから『それはおかしい、もしそれが禁止用語やったら頭丸めて出家するわ』て言うたんやけど……これは調べたらC級に指定されてたんや」
「C級?」
「放送禁止用語ていうのはな、ランク付けがされてて、例えば『気違い』、はA級。虚無僧はC級、これは『使い方によっては職業差別になりうる要注意語』で、例えば『おまえの父ちゃん、虚無僧やろ〜』て感じでバカにして使うたらアカンていうことや」
「それって『おまえの父ちゃん散髪屋やろ〜』でもアカンのと違いますの?」
「そう思うんやけどな。皆が知ってる放送禁止用語で『乞食』てあるやろ。あれ何でアカンねやろうと思って調べたんや。そしたら『日本という国は日本でも有数の福祉国家である。失業者や病気で働けない人などに対して国が保障を行っている。つまり日本の社会において”乞食”というのは存在しない。したがって”乞食”という言葉を使用するのは好ましくない』て書いてあったんや。…俺は街でいつも幻覚を見てるんやな」
「お酒も飲んではらへんのにねぇ」

「その点、モンティパイソンには『21』ていう話がある。アメリカのスラム街を金持ちの白人が車に乗って通ろうとすんねん。そしたら路上で一人の黒人の男がマンホールの上で飛び跳ねてるんや。黒人は『21、21、21、21…』て言いながら楽しそうに飛んでる。それを見た白人は黒人が何をしてるのか分からんけど何か楽しそうに見えるのよ。で、白人は車から降りて黒人に『何だか楽しそうやから俺に変わってくれ、2ドルやるから俺にもやらせてくれ』て頼むんや。そしてら黒人はいいよ、って言うて代わったげる。白人は『やったぁ』て思ってマンホールの上に立つ。立って『21…』て言うて宙に飛んだ瞬間に、横にいた黒人がさっとマンホールのふたを横にずらすんや。そしたら白人は『わぁ〜…』て叫びながら穴の中へ落ちてゆく。そのあと黒人は、またさっと蓋を元に戻して上に立って飛び始める。『22、22、22、22…』て言いながら」
「それって凄い民族関係のでたネタですね」
「これなんかはものすごい差別から来た笑いやね」

―ところで「デペイズマン」とは何なのだろう?
「今回の講演タイトルは『笑いとデペイズマン』ということですが、この辺でこのタイトルの説明をしときましょうか」
「デペイズマンていうのはシュールレアリスムの手法のひとつで日本語にすると『あるべきない所に、あるべきでないものが出現することによって起こる衝撃』。意外性を引き起こす手法で、俺はよくこれを広告で用いてる。」
「例えばビールのCF。ビールと考えてゆくと『茶の間でくつろぐお父さん』というのが浮かんでくる。これをこのお父さんの代わりに『茶の間に一番いそうにないもの』は何か、を考えていくわけや。例えばお父さんをオオアリクイに置きかえる」
「ということは『茶の間でオオアリクイがビールを飲んでいる』てなるわけですね」
「そう、なんにしても普通の人が考えつきそうなアイデアを消去していくんや」
「これは笑いを作るのにも用いますか?」
「使う。とんでもないもの同士を組み合わせたらどうなるやろう、考えながら連想を続けていく。この前は『回る寿司屋』をもとに考えていったんや。何が回っていたら意外かって考えていったら……寿司屋のベルトコンベアが回ってて、その上に白衣を着たお医者さんとか看護婦さんが何人も乗ってるんや。で『はい、内科、外科、産婦人科、泌尿器科、どれでもお好きなのをお取りくださぁい!』て兄ちゃんが声を掛けてる。『回る医者』やね」
―笑いのもとはシュールレアリスム。やはり頭を使う作業のようだ。

「意外性という点では落語、古典落語というのは全く違う質のものやね。俺は昔小学生の頃に『時うどん』を初めて聞いたんやけど、その時に『時うどん』がどんなもんなんかを知った。それから2年ほどしてまた『時うどん』を聞いた。この時に『時うどん』を把握した。それから3度目に『時うどん』を聞く時には既にもう『時うどん』の批評家になってる訳や。でも何度でも落語ていうのは演じられる。これはおかしいんと違うか、と思って俺は落語も書いてるんや」

―その作品は「らも咄」として刊行されている。ここで東京で行われるイベントの話がされた。そこではその落語がされる。
「今度やる咄で『牛相撲』ていうのがあるんやけど、これは強い力士のおらん相撲部屋の親方が『強い奴を獲得しに日本中を探してくる』言うて旅に出て、『やっと強い奴を見つけてきた、外におる』て帰ってくる。でも女将さんが外に力士を見に出るんやけど、そこには力士おらへんねん。おるのは大きな牛だけや。『何処におるの?』て女将さん親方に聞いたら親方は『そこにおるソイツがこうや、高知でやっと見つけたんや』ていうて牛を指差す。『そんなん言うたかて牛やないの』『そいつの顔の毛を剃って髪結って角隠したらわからへん』て言うて牛を相撲に出させようとする話やねん」
「ここで話ししたらお客さん来んようになりますよ」
「ええよ、どうせ客来えへんねんから」

「『笑い』と『恐怖』ていうのは近いものがあるね。どちらも意外性が基になってるから作るプロセスも似てる。笑いと恐怖は紙一重やね」
「紙一重やねんけど、一緒になってはダメで一緒になると『アタック・オブ・ザ・キラートマト』みたいになる」

―もうかなり笑いを作る側の立場にたっているらもさんだが、笑いについて思うことがあるという。
それは自分が作り手ゆえに「笑う事ができない」こと。どうしても笑い(ネタ)の裏側(仕組み)を考えてしまうのだそうだ。最近笑ったのは7年くらい前に枝雀さんが咄しの途中に言った下ネタだという。

「最後にらもさん、芸大生の方も多くいますけど、何か言っておきたいことありますか?」
「…みんな一緒にバス乗って帰りましょうねぇ〜」

 以前に本などで知っていた内容もあったが、本人の口から聞く話は面白く、重みがあった。講演が終わった後、会場は一旦休憩に入った。と同時にらもさん、アトムさんとともに会場を占めていた芸大生たちも続いて出ていった。大阪芸大の坂を下り終え、タクシーに乗るまでらもさんはサイン&握手&写真ぜめにあっておられた。やはり芸大、共感者は多かった。

 

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