奈良県立大学「研究季報」第12巻第1号(2001年8月10日)
「高度化資金によるアーケード建設の会計と実務」
堀 裕 彦
はじめに
T 高度化資金の概要
U アーケード建設会計の論点
V アーケード建設の具体的事例
むすび
はじめに
昭和61年12月を端緒として4年3カ月に及んだ平成(バブル)景気も、平成3年3月以降は不況の局面
に転じ、「先行き不透明」と「将来不安」をキーワードに、10年を経過した今日でも全く改善の兆しが見
られない(1)。さらに、今回の個人消費の低迷を主因とする不況と時機を同じくして、わが国の商業政策
の根幹を形成してきた「大規模小売店舗法」(大店法)が廃止された。それは流通業界にとどまらず、商
業のあり方の大変換を意味するものであり(2)、延いては産業界全体に与える影響も大きい。本稿では、
国の商業(中小小売商業)政策の考察を直接の目的としているわけではないので大店法廃止に至るまでの
経過や廃止後の評価に言及するのは差控えるが、従来大店法の保護対象になっていた中小小売店のうち商
店街に視座を据えて、ハード面からの活性化対策としてのアーケード建設に着目することにしたい。そこ
で前半では建設資金的側面から公的支援策としての高度化資金制度の概要にふれ、後半では高度化資金に
よるアーケード建設に伴う会計処理的側面から主として税務上の論点を整理し、最後に実際の事例から時
系列的にアーケード建設事業の軌跡を紹介してみたい。
T 高度化資金の概要
低迷する商店街が活性化対策の一環としてアーケードの建設を実施するに際しては、資金面からの公的
支援制度として国(中小企業総合事業団)(3)が予定している「高度化資金」の融資対象となる。高度化資
金とは中小企実総合事業団が実施する一連の施策(4)のうち「高度化事業」プロパーに合致し、「共同化形
態」の類型に該当した場合に実行される貸付条件の優遇された制度融資のことを意味する。以下の本草で
は主題の理解に資すると思われる範囲内で「高度化資金」の概要にふれておきたい。
1 高度化資金の趣旨
高度化事業制度の要件に合致した事業の実施主体に貸与されるのが、いわゆる高度化資金であるが、そ
もそも高度化実施の趣旨は「中小企業者が共同して経営体質の改善、環境変化への対応を図るために工業
団地・卸団地、ショッピングセンターなどを建設する事業や第三セクターや商工会などが地域の中小企業
者を支援する事業に対して、資金面から支援する制度」(5)である。
2 高度化事業制度の内容
〈1〉 実施主体
高度化事業制度の支援対象となる事業者は「中小企業者」および「小規模事業者」、そして「第三セク
ター」に三大別され、前二者が「中小企業者が実施する事業」の支援対象となり、後者が「第三セクター
などが実施する事業」の支援対家となる。中小企業者は、さらに「特定中小事業者」〔6)、「特定中小企業
団体」(7)、「企業組合」、「協業組合」に分類される。なお「小規模事業者」は実質的には「中小企業者」
の概念に包含されるが、文字通り小規模川)であるがゆえに、貸付条件を緩和する際の形式的分類の意味
を有するにすぎない。他方、「第三セクターなど」については中小企業者のそれに比して公共性の強いこ
とが前提となっている(9)。
このように高度化事業の趣旨が中小企業施策であることから、規模の限定については厳格であるが、業
種については緩和されており、「風俗営業及び性風俗特殊営業を行う者」を除いて広く支援対象に含まれ
ている。なお、本稿では商店街形態をとる「事業協同組合」および「商店街振興組合」を実施主体として
想定しており、「株式会社」組織との異同点を《表1》 により明らかにしておきたい。
(2)高度化事業の形態
高度化事業は前項の実施主体により「中小企業者が実施する事業」と「第三セクターなどが実施する事
業」に二分類されるが、本稿では前者に主眼をおいて考察する。すなわち、中小企業者が実施しようとす
る事業は次の4つの形態に該当しなければならない(10)。
@ 集団化形態:市街化などに散在している中小企業者が、まとまって立地環境の良い地域へ工場や
店舗などを移転する形態。
A 集積整備・再開発形態:商店街の小売業者などが共同で、老朽化した店舗の建て替えなどを行うと
ともに、アーケード、カラー舗装、駐車場などの整備を街ぐるみで行うものや工場
などが集積している区域を整備する形態。
B 共同化形態:中小企業者が、各社の事業の一部を共同で行うために共同の施設を設置し、その施
設を利用する形態。
C 事業統合形態:中小企業者が、各社の事業の全部または一部について協業化などの事業統合を行う
ために施設を設置し、事業を行う形態である。
なお、本稿で採りあげる商店街形式の単独組合が組合員の経営の近代化・合理化を図るための共同施設
を設置・所有し、組合員が共同利用するようなアーケード建設事業は、Bの形態に該当すると思われる。
(3〉 高度化事業の特徴
その趣旨が中小企業の体質強化と地域振興に根差していることから、次の5点が挙げられる。
@ 政策性の高い事業を内容にしていることから、事業の要件が法令などにより規定されていること。
A 融資条件が通常に比べて長期・低利であり、所定の要件を満たせば無利子であること。
B 過大投資回避や他の成功事例を参考にするため、診断・指導が義務付けられていること。
C 国(中小企業総合事業団)と地方(都道府県)が協調して貸付けるが窓口は各都道府県であること。
D 国税及び地方税等、税制上の特例措置も講じられていること。
3 貸付対象資産
高度化資金の貸付対象となるのは、建物及び構築物(関連施設を含む)、土地等そして設備、その他で
およそ資産として計上されるものである。もっとも土地以外の資産については耐用年数が5年以上という
条件が付いている。
(1)建物及び構築物
貸付対象金額には施設自体の取得価額に加えて、既存施設の取壊費用や一時的に仮設する建設費用等、
付随費用も含まれることになっている。建物・構築物の範囲については、「減価償却資産の耐用年数等に
関する省令(昭和40年3月31日大蔵省令第15号);以下、耐用年数省令という」の別表第一に定める建物
及び構築物が予定されているものと思われる。なお、その関連施設としては同別表第一の建物付属設備を
はじめ、具体的に列挙されている(11)。
〈2〉 土地等・設備・その他
上記建物及び構築物の設置に必要な限りにおいて、土地、地上権・貸借権、さらに土地を目的どおり利
用するために必要な水利権・専用側線利用権・水道施設利用権等々も資産計上できるものは貸付対象とさ
れる。また、事業の用に供する設備で、一台又は一基の取得価額が50万円以上で、かつ耐用年数5年以上
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(中略)
・
・
・
むすぴ
商店街の活性化をかけたアーケード建設に関する一連のプロセスは、極めてドラマティックである。U
章で紹介したように、実施主体である商店街組合が、その構成員たる組合員の合意を形成して建設を決定
し、高度化事業認定の申請手続を進めつつ、併行して施工業者の選定や「つなぎ資金」を含めた自己資金
の確保が喫緊の作業となる。概ね当初の計画から竣工まで3年から6年を要し、首尾よく高覧化資金の融
資が受けられた場合には、3年から5年の据置期間を経てその後15年にわたる年賦償還が嬰筆することに
なるから、当初計画から融資完済までの期間は20年を越えるのが通常であろう。
アーケード建設会計に関する特徴は、施工費が多額に上ること、事業主体と資金負担者が別格であり後
者は特定多数から構成されること、共同的施設であることから資金負担者に税務上の特例措置が認められ
ていること、そして融資完済まで長期に及ぶこと等が挙げられ、実際の運営は必ずしも容易ではなく当初
の計画が重要になる。
本稿では、実際に高度化資金の融資を受けてアーケード建設を断行した商店街組合の事例を念頭に置き
ながら、T章で建設の前提となる融資制度の概要を紹介し、U章でアーケード施設の取得から借入の返済と
その原資となる負担金の収受に関する会計上の処理を整理した後、税務上の問題提起を試みた。主題につい
ては予てより関心を寄せていたところではあるが、果たして税務会計上の論点として俎上に載るものかとい
うことも含めて多少の不安を禁じ得ない。
注
(1)平成5年11月から同9年3月にかけては景気拡大期とされているが、その実体を反映してか「回復感なき景気」
と命名されている。
(2)大店法の特徴および廃止に至る前段階である規制緩和の経緯については、山本久義「大店法の規制緩和と中小
小売商業対策」奈良県立商科大学研究季報、Vol.1、1990年12月、13〜22頁を参照。
(3)中小企業総合事業団は、国民生活金融公庫や中小企業金融公庫等と同様に財務省の外郭団体を構成しており、
中小企業の振興・小規模企業者の福祉の増進及び中小企業経営の安定に寄与することを目的とした「中小企業
施策の総合的実施機関」と位置付けられている。なお、同事業団も一連の省庁再編に伴い、平成11年7月1日、
従来の中小企業事業団・中小企業信用保険公庫・繊維産業構造改善事業協会の三団体が統合され発足した。
(4)同事業団の事業・制度として、@新事業開拓促進事業 A中小企業信用保険制度 B人材養成事業 C小規模
企業共済制度 D繊維産業支援 E高度化事業 F機械類信用保険制度 G情報・技術・調査・国際化事業 H
中小企業倒産防止共済制度が列挙されている。中小企業総合事業留ホームページ、http:www.jasmec.go.jp/
を参照。
(5)中小企業総合事業団高度化推進部 企画調整課「高度化事業制度利用ハンドブック(以下、「ハンドブック」
という)」、平成11年12月、1頁。
(6)特定中小企業者には、会社または個人事業者が含まれ、業種別に資本金規模・従業員数が規定されている。
前掲「ハンドブック」13頁。
(7)特定中小企業団体には、「事業協同組合」等、10種類の法人組合が限定列挙されており、本稿のアーケード建
設の事業主体として想定している「商店街」が含まれる。前掲「ハンドブック」13頁。
(8)常時使用する従業員数が、20人以下(商業・サービス業にあっては5人以下)の者と規定されている。前掲
「ハンドブック」14頁。
(9)第三セクターには公益法人と株式会社が予定されているが、地方公共団体が一定割合の出資をしていることを
要件にしている。前掲「ハンドブック」77頁。
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(後略)
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