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情報13 〔大和の巨匠とのスナップ〕

                              大和に縁の深いお二人と
         
 僕はカメラが好きで、大学入学と同時に父 からオリンパスOM- 1をプレゼントしてもらった。当時からオリンパスは小型軽量一眼レフでは定評があった。そんな訳で、愛機を持っては大和へもよく出掛けたものである。そん な思い出の一コマとして、大和と言えばこの人!と言われるくらいに著名なお二人とのスナップを紹介したい。
 お二人とも分野は違っても、その道では頂点を極め られた方であるが、共通していたのはご両人とも大変謙虚に接してくださったことであった。

   入江&犬養先生とのスナップから

 
太陽(臨時増刊)第169号」
 平凡社 1977年5月1日発行
 
 
 
 
 
 
 

 

入江泰吉先生と
 昭和59年4月1日、某新聞社の企画で桜井の箸墓から平城宮跡まで丸一日ご一緒できる機会があった。この日は入江氏の大和路撮影の薀蓄をしっかりと聴かせていただいた。
 
 
 

 

記念のサイン
 当日はお会いできるのが分かっていたので、以前に購入していた上記の「太陽(臨時増刊)第169号」を持参した。桜井から平城宮跡へと向かう車中で、失礼かと思ったが記念のしるしをお願いしたところ、「恐れ入ります。」と仰ってサインをして下さった。
 
 

 

(別冊)太陽 第114号」
 平凡社 2001年7月25日発行
 
 
 
 
 

 

犬養 孝先生と
 昭和57年6月27日、「せせらぎ響(どよ)む飛鳥川・桧隅」との企画に参加したときの一コマである。この三年前に昭和天皇が奈良に来県された折、犬養先生が、甘橿の丘で24分間にわたり、天の香具山の景観や万葉歌を説明されたことでも印象に残っていた。
  甘橿丘の記より
  昭和54年12月26日 読売新聞夕刊から。

 犬養先生は、昭和天皇に対 して24分にわたる説明の後、「采女(うね め)の袖吹きかへす 明日香風 都を遠み いたづらに吹く」(志 貴皇子)の歌を朗唱して締めくくったとのことである。