Introduction to the Philosophy of Space and Time
『アインシュタインの思考をたどる』第3章、84−5ページの段落、内容に誤りと不適切な記述が含まれていたので、もとの段落と、書き換えた段落(行数は同じまま)とを次表で対照し、書き換える理由についてコメントを加える。
誤 正 すなわち、回転により生じる力(重力)は半径方向の「遠心力」と呼ばれる力である。これは、円周方向には影響を及ぼさない。そこで、円周方向に並べた物差しは、静止系(慣性系K)から見て縮む。その縮んだ物差しで測った円周は、エーレンフェストの危惧とは反対に、伸びて見えるのである(つまり、静止系で静止した円盤の円周方向に並べた物差しの数より、多くの物差しが必要となる)。しかし、半径あるいは直径方向の物差しは、静止系のものと同じ長さに見えるので、結局、静止系から見ると、円周率がπではなく、もっと大きくなることになる。また、回転系K’から見ても、円周方向に並んだ物差しの数は静止系から見た数と同じある。かくして、回転系ではユークリッド幾何学が成り立たないのである。 すなわち、回転により生じる力(重力)は半径方向の「遠心力」と呼ばれる力である。これは、円周方向には影響を及ぼさない。そこで、円周方向に並べた物差しは、静止系(慣性系K)から見て縮む。その縮んだ物差しで円周を測ると、円盤が形状を保ったまま回転するなら、静止していた時に並べた数よりも多くの物差しを必要とし、エーレンフェストの危惧とは反対に、円周は伸びて見えるはずである。直径方向の物差しは、静止系のものと同じ長さのままなので、結局、静止系から見ると、直径方向に並ぶ物差しの数に比べて円周方向に並ぶ物差しの数が相対的に大きくなる。これを回転系K’から見ると、物差しはどの方向でも同じ長さだと仮定するのが自然なので、円周率はπより大きくなる。かくして、回転系ではユークリッド幾何学が成り立たないのである。コメント
富士市在住の服部哲雄さんという読者から、慣性系Kから見た場合の円周率はπのままであるはずで、左側の記述は誤りではないかという指摘をいただいた。この指摘は基本的に正しいので記述を訂正する(図64については訂正の必要はない)。ただし、回転系に関するアインシュタインの議論には、彼の公表された文献に関する限り、いろいろ伏せられている前提があって、それを補わなければきちんとした議論にはなりにくく、また後世の人々による議論にも前提の違いなどが入ってよけいな混乱が生じるおそれがあるので、右側のように訂正する主要な理由についても述べておく必要がある。
わたしのもとの記述は、文献表 Einstein (1954) にしたがったもの(邦訳、アインシュタイン1991)。そこでは、慣性系Kから見て、円盤が静止しているときには円周率はπであるが、回転しているときには、回転系K'から見ると円周率がπより大きくなるはずだという議論が展開されている。この議論の大筋に関する限り、わたしのもとの記述でも大意は伝えてある。ただし、問題は、その結論に至る推理の内容である。わたしのもとの記述では、慣性系Kから回転円盤を見たときも円周率がπより大きくなると述べたのが間違い。1912年にいたるアインシュタインのもともとの議論では、「円盤が剛体的に回転する」という前提があった。この前提は、相対論的に厳密に言えば成り立たない前提であるが、アインシュタインに非ユークリッド幾何学の必要性を認識させた思考実験では大きな役割を果たした前提であり、アインシュタイン自身もそのことをよく認識している。しかし、Einstein (1954)の記述ではその前提が伏せられている。そこで、わたしの訂正文ではこれに相当する条件を「円盤が形状を保ったまま回転するなら」という形で補った。こうすると、慣性系Kから回転円盤を見ても、円周率がπのままで変わらないことは一目瞭然である(ただし、それは強引な仮定に依存することに注意)。また、円周方向の一定速度の運動により、Kから見てローレンツ収縮が観察されることにも問題はない。ただし、その収縮は「剛体的に」回転している円盤そのものではなく、拘束力のない(円周方向に並べられた)物差しに適用されなければならない。そこで、
Kから見て、「直径方向に並ぶ物差しの数に比べて円周方向に並ぶ物差しの数が相対的に大きくなる」
という訂正文の記述になる。ここを経由して回転系K'の記述に移るのは、アインシュタイン自身が注で断っているように、特殊相対性理論が使えるのはKだけだからである。次に、回転系に考察を進めたアインシュタインは、もう一つ別の仮定を導入する。それは、回転系に移れば、「円盤上の物差しは、円盤上の観察者に相対的には静止しているのだから、半径方向に並んでいようが、円周方向に並んでいようが、長さは同じであると見なされる」という仮定である。この仮定も、厳密に言えば正しくない。なぜなら、回転円盤上では重力場(遠心力)が生じており、重力場の方向については物差しが伸び縮みするはずだからである。しかし、重力場方程式をまだ持っていなかったアインシュタインは、そこを強引な仮定で切り抜けるのである。こうして、細かい問題は残っているかもしれないが、「回転系ではいずれにせよユークリッド幾何学は維持できない」という大局的な結論については、アインシュタインは十分に確信したわけである。なお、Einstein (1916)では慣性系Kから回転円盤を見ても円周率は πであると述べられているが、回転系K'から見たときの物差しの長さについての仮定は述べられていない。
本の中ではスペースの都合で触れなかったが、回転系についてのアインシュタインの考察を歴史的文献に基づいて綿密に考証しているのは、文献表のStachel (1989a)である。併せて参照されたい。
Last modified Jan. 18, 2005. (c) Soshichi Uchii