The Ethics of Science
科学の倫理学、内井惣七
[これは、『科学の倫理学』(丸善、2002年4月)の一部原稿、まえがきと目次である。「科学者の社会的責任を考えるために」と関係が深いのでウェッブ公開する(丸善の了承ずみ)。しかし、引用はウェッブ版ではなく前記の本よりされたい。2003年度特殊講義「科学の倫理」のための教材は、LINKS の下に追々付け加えていくので注意。]
◎ 2003年特殊講義「科学の倫理」(前期、火2金3)の教材として活用する。追加教材はこのサイトに随時掲載されるので、毎週参照しておくこと。追加教材は、本文に対する新たな注、あるいは別の文書、あるいは別のサイトに対するリンクなどの形をとる。
まえがき
なぜ科学の倫理を考えなければならないのか。この基本的な問いから出発してみよう。近頃はやりの考え方によれば、「科学」は社会制度や法律、文化や芸術作品と同じように、人間が社会的営みの中で作り出したものである。したがって、人間の社会的営みがあるところには必ず「倫理」の問題が出てくるので、科学といえども倫理の問題は避けて通れない、ということになる。このような答えは、当然のように見えて、ほとんど内容がない。なぜなら、先の問いの本質的な部分は、「なぜ倫理か」という部分だけではなく、「なぜ科学か」という部分にもあったはずだからである。したがって、「科学の倫理学」と看板を掲げたからには、真っ先に問題となるのは「科学とは何か」ということである。
「科学の倫理学」と限定があるので、技術や技術者の倫理の話には、どうしても必要な場合以外には言及しない。科学と技術とがだんだん切り離しにくくなってきていることは事実であろうが、技術の場合には、例えば「一定の耐震強度」というような具体的に実現すべき技術的目標があって、それを満たすためにどういう材料を使うか、どういう構造的工夫を考えるべきか、という目的-手段関係があることがはっきりしている。これに対して、科学の場合には「この現象はどのようにして起きるのか」、「天体の運動はどのような規則性によって支配されてるのか」といった、「・・・を知りたい」という知識の要求が基本であろう。「知ってどうする」という目標や応用は、知識自体とは一応切り離される問題である。そこで、自然現象や社会現象も広く含めて、「・・・を知りたい」という要求を満たすための、ある程度組織的な営みを、さしあたっては「科学」と見なして話を始めることにしたい。
抽象的に「科学の倫理」を論じるのではなく、本来、科学者の倫理を論じるべきではないのかという指摘もされよう。しかし、人間一般ではなく「科学者」の倫理を論じるためには、「科学」という営みの共通項でくくれる範囲での倫理が問題になるのだから、「者」を入れようが入れまいが、あるいは「科学者集団」を持ち出してことさら「社会学的視点」を強調しようがしまいが、問題の本質には影響がなかろうと見るのがわたしのスタンスである。そのことは、以下の本書の叙述からも明らかになっていくはずである。もちろん、「科学者の倫理」にも意味があり、「科学の倫理」と密接に関係することは言うまでもないが、これは「科学の倫理」という基本から派生するものだというのが、わたしの見方である(注)。
さらに、科学的研究の具体的な事例を離れた「抽象的な」倫理ではなく、できるだけ実際の科学研究に即して科学の倫理、あるいは科学者の倫理を論じたいので、科学研究がどのようになされるかという描写にも、ある程度注意を払うことにした。それが本書の一つの特色である。加えて、わたしは「日本倫理学会」の会員でなくとも、倫理学の素人ではないことをお断りしておきたい。わたしには倫理学の著書もあり、複数の大学で倫理学の教師まで務めた実績も持つ。本書では、倫理学の講釈までやろうとは思わないが、流行を追いかけた付け焼き刃のような「応用倫理学」ではない議論を目指したので、そこをしっかり読んでいただければ幸いである。
[有名な「ラッセル-アインシュタイン宣言」でも、読み方によってはきわめてゆがめられたイメージが作り出される。実際に、自分の目と頭でしっかり読んでから論じたいものだ。第7章、第8章を参照]
注) 「科学の倫理」と「科学者の倫理」の区別がわかりにくいという指摘を受けたので、わたしの意図を簡単に説明しておく。「科学」の特徴づけを「知りたいという知識の欲求を満たすある程度組織的な営み」としたが、第1章ですぐ明らかになるように、科学的知識の獲得者に伴う第一義的な価値は、誰が最初に発見したか、知ったかという「先取権」にある。そこで、先取権を守るためのルール、およびそれから派生するルールを総称して「科学の倫理」とみる、というのがわたしの基本的な考え方である。これに対して、「科学者の倫理」の方は、科学の倫理を守るために、個々の科学者に一般的に要求されることに加えて、科学の営みを「職業として」追究することから派生する付加的な義務も加える。簡単に言えば、商業や建設業ではなく、科学研究で生計を立てることによって、ほかの職種とは違うどのような義務が生じるかというのが「科学者の倫理」である。もちろん、科学者が職業として成立するためには、社会の側での制度的な整備も必要であり、社会にとって「科学知識」の価値があることも前提されている。これについては第6章で扱う。
To the memory of Richard M. Hare (1919-2002), my mentor in ethics,
and
To the momeory of Wesley C. Salmon (1925-2001), a master in the philosophy of science
目 次
1. 発見と発明──先取権 2. 先取権争い──微積分法と自然淘汰説 3. 盗作──ファラデイの苦い経験 4. 捏造──上高森遺跡とピルトダウン原人 5. 科学者の職責──ファラデイとヘンリー Piltdown man, reconstruction6. 科学的知識は何のために──目的の多義性 7. 科学者の社会的責任──原水爆への反応 8. 科学者の社会的責任──フランク・リポートからパグウォッシュへ 9. 科学者の政策関与──科学顧問の責任 10. 遺伝と統計のはざまで──ゴルトンの優生学 11. 二十世紀の優生学──生物学者の危惧から生殖管理へ おわりに参考文献 章のタイトルにリンクがあるものは、出版されたテキストの全文が掲載されたもの(新たに注や補足などが加わることもある)。章の番号にリンクがあるものは、そのほかの資料、テキストに掲載されなかった材料を加えたもの。
『科学の倫理学』(丸善、2002年4月刊)誤植一覧
場所 誤 正7ページ9行目 すでに長年わたって すでに長年にわたって 13ページ、4行目 一七世 一七世紀 94ページ左から7行目 J. Rotblat 一九二六- J. Rotblat 一九○八- 100ページ最終行 (K. Thorn) (K. Thorne) 127ページ、最終行 T. H. Haxley T. H. Huxley 170ページ左から4行目 Thorn, Kip Thorne, Kip
LINKS
[科学の倫理について、欧米では日本よりはるかに反応が素早い。先日 NHK 番組でも放映されたように、考古学発掘捏造にしても、日本では何十年も野放しだっただけでなく、「新発見」ともてはやしていたのだから、学界は猛反省すべきである。もっとも、われわれ哲学や人文系の分野でも、ヨコ書きのものをタテ書きに直しただけでいっぱしの「学者」面できるのだから、同じくお寒いこと。「流行を追いかけた付け焼き刃のような『応用倫理学』ではない議論を目指した」というまえがきのフレーズにさる筋からさっそくイチャモンがついたが、好んでアホな読みをする連中のために日本語の解説をせなアカンらしい。わたしは、「応用倫理学一般が流行を追いかけた付け焼き刃だ」と言っているのではない。「応用倫理学の中にも、付け焼き刃みたいなものと、そうでないものとがある」という当たり前のことを意味し、自分は後者を目指すと言ったにすぎない。したがって、このフレーズに気を悪くした方々は、「身に覚えのある」方々に違いない。目についたサイトを挙げておく。]
Office of Research Integrity, USA (a governmental organization; "integrity" とはわたしの言う「知的誠実さ」のこと)
Center for Research Ethics, Goeteborg University, Sweden (多数のリンク)
Ethics in Science Page, Dept. of Chemistry, Virginia Polytechnic Institute and State University, USA
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ADDITIONAL MATERIALS for 2003 LECTURE
丸木美術館(原爆の図) (Don't forget Hiroshima)
Nuclear Research in the Soviet Union New (After the collapse of the Soviet Union, hitherto unknown documents and facts became available. We will review the nuclear reseach in the Soviet duing the 30s to the 50s, drawing on the studies by D. Holloway and R. Rhodes)
Last modified April 15, 2006. (c) Soshichi Uchii.
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