Logic Seminar

A Common Mistake


論理学を教えるたびに思い知らされるのは、真理関数の理論から一階述語論理に移る際には、かなり大きなギャップがあるということ。よく知られているよう に、フレーゲはこのギャップを独力で乗り越えた(というよりも創造した)。しかし、わたしの論理学の授業に出席した「優秀な」学生諸君の間でも、次のよう な「初歩的な」誤りが毎年かなりの数見られる。

アリストテレスの全称命題

(1)すべての人間(H)は動物(A)である

は、一階述語論理では

(1')∀x(H(x)⊃A(x))

と記号化される。ところが、存在命題

(2)ある人間は動物である

はどう記号化されるか、とヒントなしで尋ねると、半数近くの学生諸君は

(2')∃x(H(x)⊃A(x))

と やってくれる。真理関数の理論、命題論理のときには満点近い実績を上げた「優秀な」学生にしてこれ!もちろん、条件文ではなく連言にしてくれないと話にな らない。「ならば」の否定が連言になることは、きちんと理解しているはずの学生にしてこの誤り。しかし、これをクリアした学生でも、

(3)ある人は誰かある人を愛する(L( , ))

はどうじゃ、と尋ねると、

(3')∃x∃y(H(x)⊃L(x, y))

とやってくれる。仮にこれをクリアしたとしても、

(4)ある人はすべての人に愛される

と一ひねりすれば、コロッと引っかかって

(4')∃x∀y(H(x)&H(y)⊃L(y, x))

な どと答えてくれるからタメ息がでるやないの。アホか、真理条件を考えんか、真理条件を!(4)が真になるためには、「ある人」が存在せんことにはどうにも ならんのやデ!(4')からはいったい何の存在が言えるのや? ここでやるべきことは、「和文英訳」「英文和訳」のたぐい(それも、辞書で調べた単語をつないで「文もどき」に仕立て上げる、というのが多くの学生の「得 意技」。できあがった「文もどき」の意味がわかろうがわかるまいがお構いなしか?)のことではない。真理条件を明らかにする、という観点から、与えられた 文の論理構造(ある文法学派によれば「深層構造」)を明らかにすること。

一階述語論理は結構むずかしいところがある。かの有名な、オックスフォードのエイヤー先 生も、若いときに書いた有名な『言語・真理・論理』でラッセルの記述の理論を解説する際に(初歩的な)間違いを犯したのだ、諸君!ナニ、「記述の理論」を 知らない?たまには哲学事典でも引いて調べてみ!現在のフランス国王はハゲかハゲでないのか?


それはさておき、一階述語論理の記号式によって日本語の文意を表すときの基本は、もとの文を真にするための条件漏らさず記号式で書き換えて表現するということ。もちろん、もとの文を反証する(偽にする)条件も正確に再現されていなければならない。具体例で解説してみよう。(諸君のできがあまりにひどいので、補足する。)

(a) ある人間(H)のある親(P(x, y)のx)は、どんな自然数(N)よりも大きい(L(x, y))

この文が真になるためには、「ある人間」が存在し、「ある親」が存在しなければならない。前の条件は

(b) ∃xH(x)

と簡単だが、後の条件はもっと注意が必要である。xが親であるためには、子がいなければならない。そこで、とりあえず

(c) ∃x∃yP(x, y)

という条件が思い浮かぶが、この親xは、(b)で言われた人間の親でなければならない。とすると、この人間が(c)のyに相当するのだから、そのことをきちんと表現できるように変項を選ばなければならない。結局、(a)の主語部分を表現するためには、

(d) ∃x∃y(H(y)&P(x, y))

が真でなければならず、これのxが主語となった述部が続かなければならない。その述部とは、(a)によれば、「xはどんな自然数よりも大きい」となっている。この部分は全称命題である。そこで、L(x, z)---xはzより大きい---を使って、zのところに全称記号がかかるようにしなければならない。この全称命題が、「どんなzについても、zが自然数であれば」という条件文になることは、すでに述べたように、基本中の基本である。そして、主語となるxは (d) と同じ文脈に現れなけれなならないのだから、全体は次のようになる。

(e) ∃x∃y((H(y)&P(x, y))&∀z(N(z)⊃L(x,z))

これが (a) の記号式表現にほかならない。存在条件をきちんと満たして、全称命題の主語になるというところがポイントである。全称命題の、「ならば」の前と後ろに何が来るか、しっかりと見分けなければならない。

重要なこと---適当な当てずっぽう、あるいは自己流のルールで式を書いてはいけない。論理学は、すべて理詰めで納得できる答えが出るはず。自分で納得できない式は書くな。正しい答えに納得がいかなければ、納得がいくまで人(教師)に聞け。


練習問題 次の命題を記号式で表せ。自分で納得いくまで考え、自分で納得いくまで採点せよ。

(1)ある人のある子は人間でないものしか愛さない。

(2)どんな親でも、自分の子しか愛さないということはない。

(3)親なら自分の子しか愛さない、ということはない。

(4)ある親は、人間でない動物の子でも愛することがある。

(5)どんな人にも、互いに愛し合わない人がいる。

(6)国会議員のうちに、どの同僚からも愛される人は存在しないが、どの同僚も愛さない人は存在する。

(7)大学教授のうちに、どの学生からも愛されず、どの同僚も愛さない人が存在する。


Last modified May 27, 2008. (c) Soshichi Uchii