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10th Anniversary Lecture Series, Philosophy and History of Science, Kyoto University

京都大学大学院文学研究科

科学哲学科学史研究室創立10周年

 

講演「アインシュタインの思考をたどる」の要旨

内井惣七

[講演とシンポジウムは盛会のうちに終わったので、講演内容の手の内をあかす。当日パワーポイントで見せたスライド百枚はサーバーの負担になりすぎるので、いずれ講演内容をもっと広げて肉付けした本の中に盛り込むつもり。原稿はすでにできている。]

講演一 「相対的時空と等価原理」

1. 問題状況  アインシュタインの特殊相対性理論はどういう問題状況の中で出てきたか。力学では「ガリレオの相対性」が成り立つのに対し、マクスウェル-ローレンツの電 磁気学ではそれに相当するような相対性が成り立たない。電磁気が伝わる媒質として静止エーテルを想定する説が有力だった(ローレンツ)。

2. 統合への志向 アインシュタイン1905年の論文の冒頭では、「相対運動が同じなら、同じ物理 法則が成り立つべきだ」と見なすアインシュタインの基本的姿勢がよく現れている(おそらくマッハからの影響)。この姿勢と見方からすれば、静止エーテルに 対する地球の運動が、光(電磁波)の運動を測定しても観測にかからないということは、当然の帰結となるはずである。

3. 二つの原理 かくして、「相対性」と電磁気学の成果を調和させようというアインシュタインの試みは、次の二つの原理を提唱することによって、一挙に解決に向かうこととなる。

相対性原理「自然法則はすべての慣性系で同じ」

光速度一定の原理「光は、真空中を光源の運動と無関係に、また方向に関わりなく、一定速度で伝わる」

アインシュタインは、光速度一定の原理について、「ローレンツの電磁気学で静止エーテル系について成り立つこの原理を借用して、慣性系一般にまで拡張した」という旨のコメントを後年残している(1912年)。

4. 時空の見直し  これら二つの原理は、当時の物理学の常識では両立不可能のように見えるのだが、アインシュタインは、「時間と空間の概念を分析し考え直せば、二つは両立す る」と論じた。かくして、相対性理論が時空の概念に密接にかかわってくる。その関係で、アインシュタインが古典力学と特殊相対性理論での時空概念の比較 を、物理的測定による操作的定義を通して行っているところは興味深い。

5. 古典的時空 運動の記述には、歪まない基準枠(座標系)と、物差しおよび時計が必要。これだけ を前提すれば、すべての観測者に共通する絶対的な空間や時間を前提しなくとも、物理学ができる。古典物理学で前提されていたのは、物差しの読みと時計の読 み(時刻あわせを含む)が、異なる慣性系の間で共通だということ。

6. 同時性の見直し しかし、特殊相対性理論に移ると、光速度一定の原理の縛りがあるため、離れた 場所での二つの(同じ作りの)時計をいかにして時刻あわせするかという問題が出てくる。これが、「同時性の相対性」という帰結をもたらす。しかし、光速に ついての規約を導入することで、特殊相対性理論でも同時性の規定はきちんと行える。

7. 時空の相対性とローレンツ変換 同時性が決まれば、異なる慣性系におけるそれぞれの時間も時計 の読みによって決まるが、同時性の相対性は空間についても違いをもたらす。つまり、相対性は時間だけでなく空間についても広がる。しかし、物差しと時計の 読みの相対性は、一様等速運動という相対的運動状態に依存して決まるきちんとしたルールによってつながれている。そのルールが「ローレンツ変換」と呼ばれ る関係であり、互いにとって相手の物差しと時計の読みがどのように見えるかがわかる。これは、二つの原理から出てくる。ローレンツ変換のエッセンスは、 (パワーポイントの)図にまとめておいた。

8. 力学と電磁気学の調和 このように時空の概念と異なる慣性系の間での変換規則を組み直すこと で、古典力学が改訂される。最も目立った改訂は、速度の合成規則であり、古典力学では単純な速度の足し算を前提していたので、この前提のもとではアイン シュタインの二原理が両立しないように見えたのである。他方、電磁気学については、「静止エーテル系」という特権的な系を前提する必要がなくなる。電磁気 学の法則は、すべての慣性系で成り立つことになり、相対性原理が満たされる。それに伴って、エーテルそのものの想定が不要となってくる。以上が、1905 年の特殊相対性理論がもたらした主要な成果である。

9. ミンコフスキ時空 特殊相対性理論は、その後、ミンコフスキ空間において幾何学的にきわめて簡 明に表現できることが明らかになった。「幾何学的」と言ったが、これは、通常の空間だけの幾何学ではなく、時間も考慮に入れた幾何学であり、ローレンツ変 換で出てくる時空の相互依存がきわめてわかりやすく表現できるものである。

10. 幾何学とメトリック ミンコフスキ空間を二次元と三次元の場合について図で解説するが、肝要 な点は、座標系だけ見ていても「幾何学」はわからないということ。その座標系で、二点の座標の値が二点間の「間隔」とどのように関係づけられるかを決める 「計量、メトリック」が入って初めて、座標系が量的な、あるいは物理的な記述と橋渡しされるということ。特殊相対性理論を特徴づける幾何学は、ローレンツ のメトリックによって特徴づけられる「ローレンツ幾何学」である。メトリックの役割は、一般相対性理論に入るとさらに大きくなるので記憶しておかれたい。

11. 特殊相対論の不備 ここまでで、特殊相対性理論の基本的な考え方を説明した。しかし、特殊相対 性理論は、慣性系のみに限定されており、加速系にまで相対性原理を拡張できていないので不十分だとアインシュタインは考えた。すなわち、慣性系と、加速系 とでは、成り立つ法則が異なるように見えるのである。もう一つ、不十分である理由は、ニュートンが万有引力の法則で扱った重力が考慮の外におかれている点 である。光速度一定の原理により、光速が因果作用の伝播する極限の速度となって、遠隔作用は認めにくいので、アインシュタインは近接作用で重力が作用する と見なす立場から出発する。電磁場と同じように、重力も「重力場」という場を通じて働くと見ればどうなるだろうか。

12. 等価原理の着想 こういった考察は、1907年に新しいヒラメキを得て、ある程度進展を見せ る。それが「等価原理」の着想であり、アインシュタインみずからによって「わが生涯の最もすばらしい考え」と呼ばれている。それは、「重力場での自由落下 の状態は、力のはたらかない慣性系に等しい」という考え方。ということは、ある観測者にとって重力場があるかないかということは、その観測者の運動状態に 依存すると言い換えることもできる。そこで、アインシュタインは、重力場も相対性の網にかかると考えた。また、地上に静止した者から見れば自由落下は一様 加速運動であるから、一様重力場におかれているということと、適当な観測者から見た一様加速運動とは等しいという観点も開ける。これが「等価原理」と呼ば れ、一般相対性理論の形成過程で重要な役割を果たす指導原理となる。

13. 慣性質量と重力質量 アインシュタインの研究を突き動かしている一つの大きな動機は、一見異 なるものを同じ原理で統一するという志向であるが、等価原理は、慣性質量と重力質量の統一をもたらす。そこで、慣性質量と重力質量の違いを簡単に説明して おく。ニュートン力学に即していえば、慣性質量は運動の第二法則(運動方程式)に現れる「動かしにくさ」「運動に対する抵抗」と理解できる。これに対し、 重力質量は万有引力の法則に現れ、卑近な言葉で言えば「重さ」に相当する。そして、経験的な事実としては、「動かしにくさ」は「重さ」と正確に比例してい るのである。これは一体なぜだろうか?二種の質量が実は同一のもであれば、この疑問には答える必要がなくなるのである。

14. 等価原理の使い方 等価原理の(初期の)使い方と、この原理を認めればなぜ慣性系と加速系で の「法則の違い」が解消できるとアインシュタインが考えたのか、を解説しておく。第一の例は、慣性系において一様加速運動をするエレベーターの例で、慣性 系の観測者と、エレベーター内の観測者の記述は一見異なるが、実は物理的に同等だというもの。すなわち、慣性系から見れば「一様加速運動」と第二法則に 従った力となるものが、エレベーター内の観測者から見れば、「一様重力場内での静止」と重力になる。これを応用した第二の例では、地上(慣性系)から見た 列車の加速(減速)運動で生じた力が、列車から見て生じた重力場による「重力」と等価となって、二つの系の違いが解消される(それゆえ、同じ法則に従う) と見なされる。もっとも、かなり長い期間にわたって、アインシュタインには「異なる運動状態にある物理系」と「異なる座標系」とを同一視する傾向があり、 これが後に述べる「一般相対性原理」についてのアインシュタインの概念的混同を招く原因となっているかもしれない。等価原理は相対的に加速する二つの物理系の等価性をいう。ところが、後に触れる一般共変性は、二つの異なる座標系での記述の等価性にかかわる。

15. 新しい重力理論へ  それはともかくとして、等価原理と特殊相対性理論を組み合わせることにより、アインシュタインは、1907年から1911年にかけて、「新しい重力理論」 に向けてかなりの進展を成し遂げることができた。これを以下に解説しておく。まず、特殊相対性理論を使って加速系を扱うにはどうすればよいのだろうか?そ れには、加速運動の小さな一部を等速運動の慣性系(特殊相対性が成り立つ「局所ローレンツ系」)で近似させていくという手法がとられる。そして、この加速 運動の結果を重力場での結果に読み替えるというのが、アインシュタインの戦略である。この読み替えに等価原理が使われる。この方策を図を使って解説する が、忘れてならないのは、「速度が変われば同時性の条件が変わる」という点である。かくして、一様加速運動を扱うためにさえ、つなぎの局所ローレンツ系が 多数必要となってくる。また、慣性系から見れば、一様加速系の時間軸は「曲がった」ものとなる。これも、ミンコフスキ時空で再構成した方がわかりやすい。

16. 一般相対性の発想 そこで、ここから一般相対性への道のりを予告し、その文脈で等価原理の後知 恵に基づいた再構成を提示しておこう。1912年以後アインシュタインが目指すのは、「曲がった」座標系と「まっすぐな」座標系の間の行き来を自由にする こと、およびその行き来に伴って「重力法則が変わらない」ことを保証することの二点となる。この大筋に即していうなら、一様加速運動に適用された等価原理 は、「まっすぐな」座標系と「曲がった」座標系をつなぎ、どちらの重力法則も物理的に等価であることを述べたものである。直観的に図示した方がわかりやす い(図)。この図のうちに、一般相対性の基本的な発想がつまっている。

17. 重力理論の新しい成果 では最後に、1911年までにアインシュタインが重力についての初期 の考察で得た結果を紹介しておく。(1)重力場での光の湾曲、(2)重力場での時計の振る舞い(時間の伸び縮み)、(3)重力場でのスペクトル赤方偏移、 および(4)重力場での光速の変化。光の湾曲と光速の変化とは表裏一体なのである。


講演二 「重力と曲がった時空」

18. 回転系の考察  第一部の最後で示唆したように、重力を扱うためには「曲がった」座標系が必要らしいことにアインシュタインは気づき始めた。1911年プラハに移ったアイ ンシュタインは、壁にぶち当たり、重力を扱うための新しい数学(幾何学)を模索する。おそらく、彼は、重力場を記述するためにはユークリッド幾何学もロー レンツ幾何学もダメだと認識したはずである。1912年8月、チューリヒに帰った彼は、旧友グロスマンの助けを借りて微分幾何学の勉強を始めた。転機と なったのは、おそらく、回転する円盤の考察だろうと考えられている。この例は、アインシュタイン自身の記述で何度も出てくる。

19. 空間も曲がる この例のポイントは、回転する円盤上では、時間だけでなく「空間も曲がる」と いうところにある(円周上で物差しが縮み、円周率がπより大きくなるので、非ユークリッド幾何学)。アインシュタインは、1907年の段階ですでに「時間 が曲がる」ことに気づいていた。しかし、一様重力場では空間は「まっすぐ」である。そこで、彼は太陽や地球の周りのような、時間的に変化しない静的重力場 においても空間はまっすぐだという偏見にとらわれていた。その証拠に、1911年に太陽の近くでの光線の湾曲を計算した時にも、空間はまっすぐだと仮定し たので誤った値を得ていたのである。これが修正されるのは、実に1915年の11月、重力場の方程式の完成直前の時期である。

20. 自由なガウス座標とメトリック さて、アインシュタインがここまでに得た見当では、重力場を 扱うには加速系で代理させればよく、加速系はどうやら曲がった座標系(以下では「ガウス座標」と呼ぶ)で扱う必要があるらしいということだった。グロスマ ンに調べてもらってわかったのは、自由で曲がった座標系による幾何学の研究は、ガウスの曲面論に発し、リーマンらが展開した「微分幾何学」においてすでに かなり行われていたということ。そこで、曲がった時空を扱うためには、この微分幾何学をマスターする必要があった。ここでは、最も易しいガウスの曲面論を もとにして、微分幾何学の基本的な特徴を解説し、そこからのアナロジーで重力場の扱い方を示唆する。最も大切なポイントは、ミンコフスキ空間のところでも 触れたように、座標の値から幾何学的な量に移行する際に、簡単なピタゴラスの定理ではなく、もっと複雑なメトリックの式が仲立ちとなるということ。このメ トリックが、重力場の記述に必要であり、ひいては時空の構造を決めるファクターになるということである。ついでに言えば、「曲がる」とは、部分部分で寸法 が変わるということだと理解すればよい。逆に、経験的に時空の構造を知るためには、適当な規約のもとで時間と空間の測定を行っていけばよい。ただし、ミン コフスキ時空の場合よりもはるかに複雑となる。

21. 内在的幾何学 例えば、曲面の曲がり方を、その曲面内の測定で知ることができるだろうか?答 えはイエスである。一般に、曲面にそった曲線のうちで最短のものを「測地線」と呼ぶ(ユークリッド幾何学の直線はその特別な場合)が、これも測定でわかる し、面の曲がり方、曲率も寸法の測定によってわかる。このようにして、曲面に内在的な見地から曲率を測り、その曲面の幾何学的性質を決めることができる。 ガウスからリーマンらによって展開された微分幾何学は、このような手法を用いる。もちろん、曲面や曲がり方を扱うには、それを高次のユークリッド空間に埋 め込んで扱うこともでき、曲率を直観的にわかりやすく「見る」ためには、こちらのやり方が便利な場合もある。しかし、現実の物理的時空を扱う場合、それを 埋め込むべき高次の「空間」の想定にはいかなる経験的根拠もないので、内在的な手法による幾何学の方が望ましいはずである。

22. 座標系に依存しない構造 そして、ここで注意すべきことは、このような内在的な手法をとり、 自由な「曲がった」座標系をとっても、幾何学的な構造は座標系に依存しない形で取り出せるということである。ガウスが二次元の曲面について示したことを、 リーマンは多次元の空間にまで一般化した。例えば、二次元の曲面の曲率は、座標系の選び方に依存しない「不変量」となる。わかりやすく言えば、まっすぐな 平面と球面とは種類が違い、その違いは絶対的な区別として取り出せる。そして、その違いは最終的には計量(メトリック)によって記述できる。したがって、 ガウスやリーマンの意味で「ある空間が曲がっている」と言われるとき、これは「何々に相対的に曲がっている」という意味ではなく、絶対的な意味、不変量に かかわる違いを意味している。

23. 不変量と一般共変性 そこで、アインシュタインが目指したのは、このような自由な座標系の選 び方によって記述しうる不変構造として、重力場を捉えようということだった。むずかしい専門用語では、重力の法則は「一般共変な、重力場の方程式」によっ て表されると言われるが、この「一般共変性」というのが、「重力の法則は座標系の選び方に依存せず、同じままである」ということを保証する条件である。そ して、この方程式の中に現れてくるメトリックが、最終的には時空の幾何学的構造を決めるものとなる。「重力場の方程式を解く」というのは、簡単に言えば、 このメトリックを求めることに相当するわけである。しかし、アインシュタインの優れた頭脳と大変な努力にもかかわらず、一般共変な重力場の方程式にたどり 着くには、まだ幾つかの障壁が控えていた。

24. 静的重力場についての思い違い 一つの障壁は、すでに触れた「静的重力場」に関するアイン シュタインの偏見、思いこみだった。それは、アインシュタインとグロスマンの共著論文(1913年)「一般相対性理論および重力理論の草稿」からもわか る。アインシュタインが1911年の論文で太陽の近くでの光の湾曲を計算したときに、この偏見のため誤った数値が出されたことには、すでに触れた。ちょう どこのケースのように、星の周りにできる重力場は、時間的な変動がなく、同じままで存続する場合には「静的重力場」と呼ばれるが、アインシュタインは静的 重力場では時間は曲がっても空間はまっすぐのままだと考えていた。これが彼の思いこみであり、それは回転円盤系では空間が曲がるという洞察を得た後でも継 続していたわけである。完成した一般相対性理論(重力場方程式のシュヴァルツシルトの解)によれば、星の周りでは空間も曲がる。すなわち、遠くから星に近 づけば近づくほど、星の半径方向の空間的距離は伸びていく。これを直観的に図示するためには、その「曲がり方」を三次元のユークリッド空間に埋め込んだ 「埋め込みダイヤグラム」が便利である(ただし、これは便法にすぎない)。ポイントは、座標の値と、距離のような物理的量との間の関係が「非ユークリッド 的」になるということで、座標の位置によって物差しの長さが変わると理解してもらってもよい。ついでに言えば、星の内部(例えば地球の内部)では、曲がり 方がまた異なるのである。二次元の平面に限って言えば、星の外部は放物線状に、星の内部は球面状に、空間が曲がる。地球を貫通する穴を穿ったとして、この 中に小さな球を、時間をおいて二つ落とせばどうなるかという思考実験をしてみればよい。地球は回転せず、内部の密度は一定で、二つの球は衝突しないと仮定 する。

25. 座標変換の具体例 この身近な例で、ついでに一般共変性のポイントも具体的に示すことができ る。このケースでは、時間と一方向の距離の二次元座標があれば運動が記述できるが、地表に固定した直交座標、黒い球Aに固定した座標、赤い球Bに固定した 座標のどれをとってもよい。いずれにおいても、地球内部の曲がり方、曲率は同じ、一つの不変量となって再現される。実は、この曲がり方によって地球内部の 重力場が記述されるわけである。三つの座標系は、互いの間で、切れ目のない連続的な変形によって移行することができる。このような移行を、むずかしい専門 用語では「微分同相な」座標変換というが、それによって曲率や法則が変わらないことを一般共変性というわけである。(もっと詳しいことは菅野先生が補って くださるかもしれない。)重力場を記述するメトリックは座標ごとに変わるかもしれないが、記述された物理的内容は同じままに保たれる。

26. アインシュタインの目標 以上、アインシュタインの思考を少々先走って述べたのは、彼が目指 そうとした目標を知っておいた方が話がわかりやすいからである。その目標をまとめておくと、(1)等価原理を使うことにより、加速系の考察から重力法則に たどりつけそうだということ、 (2)重力場の記述には一般的なガウス座標を使わなければならず、慣性系のような特権的な系は前提できないこと、そして(3)ガウス座標を使っても座標系 に依存しない不変量が幾つかあるので、重力法則も座標に依存しない形で表現しうる、という三点ほどにまとめられる。アインシュタインとグロスマンの「草 稿」はそれを目指し、いい線まで行っていたのだが、アインシュタインの静的重力場に関する思い違いがあったため、一般共変な方程式にはたどり着けなかった のである。

27. 穴の議論 さらに悪いことに、この「草稿」直後から、アインシュタインは「重力法則は一般共 変な方程式では表現できない」という議論で自他を納得させようとして、ほぼ二年を費やしてしまう。これが「穴の議論」と呼ばれるもので、一般共変性を満た すと重力場の一義性が失われ、重力についての決定論的な法則が成り立たないという論証である(最も周到な議論は1914年の論文)。この議論を簡単な図を 使って解説する。ニュートン力学でのわかりやすい例から出発するなら、一定の質量をもつ星が与えられたなら、他の物体がないものとすれば、星の周りの重力 場は一義的に決まるはず。そして、この一義性は、当然、物質のない、星の外部の空間にも及ぶ。同じように、アインシュタインの構想する重力理論において も、重力源になる物質が与えられたなら、その周りの空っぽの空間でも重力場は一義的に決まるはずである。ところが、アインシュタインはこの予想を覆す議論 が一般共変性を介して成り立つと論じた。

28. 重力法則は一般共変ではあり得ない? まず、一般共変な方程式で重力法則が書けたとしよう。 つぎに、適当な条件が与えられたとき、物質のない領域を「穴」と呼ぶことにし、この穴の中を一つの測地線(重力場の中での最もまっすぐな経路)が通ってい るとしよう。これは、適当な座標系Kを選んだとき、一般共変な方程式の解として得られたメトリックG(x)──第一の解──によって決まる。ところが、一 般共変性によれば座標系を変えてもよいので、穴の外ではKとまったく同じだが、穴の中ではKと異なり、しかも穴の境界ではもとの座標系とスムーズにつなが るような別の座標系K'(座標変換)を考えると、この新しいK'においては、もとの解はG'(x')に変換され、穴の中での測地線の経路はKにおける経路 とは違うはずである。ここまでは何の問題もない。しかし、一般共変性によれば、このx'にもとのxを代入してもとの座標系に再び戻せば、得られたG' (x)はもとの座標系での第二の解となる。G とG'は穴の中では当然異なるので、かくして、もとの同じ座標系において二つの異なる解が得られ、それぞれに従う測地線は(穴の中では)違う経路をとっ て、重力場の一義性が失われるではないか!これは、アインシュタインが考える重力理論の要件を満たさない(決定論が崩れる)ので、重力法則については一般 共変性をあきらめなければならない、とアインシュタインは論じた。

29. 数学的座標と物理的時空 この議論、どこがおかしかったのだろうか?後知恵によれば簡単かも しれないが、アインシュタインにして、この議論を克服するために二年かかったのである。アインシュタインの先入見は、おそらく、「座標系を与えればそれに よって物理的時空がある程度記述されている」、あるいは「重力場を与える前にすでに物理的時空が成立している」というものではなかっただろうか。「穴の中 で異なる測地線が二つ以上できて困る」という考えには、メトリックG(x) あるいはG'(x)が与えられる以前に、物理的時空の異なる点が二つあって、それぞれのメトリックが違う点を拾い出すので一義性が失われて困るという前提 があったはずである。しかし、アインシュタインがたどり着いた解決策は、「二つの座標系は数学的に異なり、したがって二つのメトリックも数学的には異なる が、物理的時空を考える際には、数学的な同一性の基準とは違う基準が適用されなければならない」というものだった。つまり、物理的な時空点を拾い出すため には、座標系プラス、重力場を表すメトリックと、セットにして考えなければならず、一般共変性によってそれらがつながるからには、それらは数学的には異 なっても、物理的には同一の事態を表していると見なすべきだということなのである。要するに、一般共変性によって互いに変換される解は、数学的には異なる が物理的には同一である。重力場が記述できる以前には、物理的時空については語ることができないのである。これは、ニュートンの絶対的時空に反対したライ プニッツに近い考え方である。この考え方にたどり着き、1915年の11月にアインシュタインはそれまでの偏見を克服して、重力場の方程式を一気に完成し た。これには、もちろん、水星の近日点移動の謎が一般相対性により解決できることと、太陽の周りでの光の湾曲についての新しい予測(1911年の予測の二 倍の量となる)という副産物も伴っていた。

30. 穴の議論から学べること 以上の顛末を踏まえて、われわれの後知恵を活用するなら、次の四点が指摘できるように思われる。

31. 一般相対性原理の多義性  ただし、アインシュタイン自身が、一般相対性理論完成の時点で、これら四点をはっきりと自覚していたわけではなさそうである。(1)と(4)については はっきりと自覚していたことの証拠は多いが、他についてはまだ混乱が残っていたふしがある。それがよくわかるのは、ほかならぬ「一般相対性原理」の定式化 と説明の箇所である。例えば、「一般相対性理論の基礎」という1916年の総説論文では、 (a)「どのような座標系においても成り立つ方程式」 という一般共変性の条件を満たせば、 (b)「どのような運動状態にある系も、法則の定式化に関しては同等である」 という条件──これが「一般相対性の要請、あるいは原理」と呼ばれる──も満たされる、と主張されている。ところが、これら二つの条件は違うはずである。 (a)において言及されているのは「座標系」であるのに対し、(b)で言及されているのは運動している物理系である。そこで、物理系に言及する一般相対性 原理が、数学的条件である一般共変性だけから出てくるわけがない。ここにはアインシュタインの混同があり、事実、翌年に数学者の E. Kretschmann がこれを指摘している。

32. 一般共変性と物理的内容 この 点を手っ取り早く理解するためには、慣性系と一様加速系という、運動状態の異なる二つの物理系を考えてみればよい。これは等価原理のところでも出てきた対 比だが、アインシュタインの混同を見るためには有益な事例である。端的に言えば、慣性系に重力場はなく、一様加速系には重力場があるので、二つは物理的に 等価ではない。「重力場のある慣性系」という表現のもとで、アインシュタインは「まっすぐな座標系で重力を記述する」ということをおそらく意味したのであ ろうが、そこが混同の始まりである。「まっすぐな座標系」には物理的内容はないのに対し、「慣性系」には一定の物理的内容がある。それゆえ、慣性系に言及 する特殊相対性原理には物理的内容があったわけである。一般相対性がこれの拡張を目指すなら、当然物理的内容をもたなければならない。しかし、一般共変性 には物理的内容がなく、そのような内容は外から補わなければならないのである。

33. 一般共変性は一般相対論のエッセンスではない 一般共変性が、アインシュタインの考えていた ような「一般相対性」とは違うことを納得するためには、ユークリッド幾何学、ニュートン力学、あるいは特殊相対性理論についてさえ、一般共変な定式化がで きることを理解しさえすればよい。物理的幾何学と理解されたユークリッド幾何学が、座標系の選び方に依存しない形で定式化できることは、微分幾何学での常 識である。これは、二点間の空間的距離を不変量にするようにすれば、まっすぐであろうが曲がりくねった座標系であろうが、同じ内容を記述できる。空間の曲 率はゼロ、つまり、まっすぐな幾何学である。幾つかの図で解説。

34. アインシュタインにも相対性の誤り 以上のような概念的混同があったからといって、アインシュタインの一般相対性理論の値打ちが損なわれることはいささかもない。ただ、アインシュタインの権威を借りて誤った哲学的議論の根拠としないように、物理学者や科学哲学者が注意すればよいことである。


当日、コメンテイターの菅野先生と石垣先生から指摘していただいた諸点のうちで、とくに重要だと思われるもの、私にとってとくに参考となったことを以下にまとめておきたい。

(1) 菅野先生からは、上述要約7節、27-29節との関係で、物理学理論での変換(ガリレイ変換、ローレンツ変換、あるいは一般相対性での「微分同相変換」な ど)が、数学的には「群」をなすことの意義を詳細に解説していただいた。簡単に言えば、変換が群をなさなければ、例えば一つの系からローレンツ変換で第二 の系へ移り、第二の系から別のローレンツ変換で第三の系に移ったとき、最初の系が慣性系であっても、第三の系はそうでないということが起こりうる。変換が 「群」を形成することは、このような事態を禁止することによって、物理的理論の「客観的な」内容を確保することに資しているというわけである。

(2) 石垣先生からは、「同じ相対運動、同じ法則」というアインシュタインの志向(上述2節)について、「アインシュタインは当時主流だった電磁気学のエーテル の存在をなぜ考慮に入れようとしなかったのか」という疑問が呈された。エーテルを考慮に入れると、事態はエーテルに対する相対運動も含めた三者間の関係に なるはずである。この可能性が最初から無視されているのは、もしかすると、アインシュタインが最初から「エーテルはない」と決めつけて理論構成に向かった という可能性を示唆するのかもしれない、というわけである。

(3)エーテルとの関係では、菅野先生もアインシュタイン以後の「真空の物質性」を強調された。すなわち、一見空虚に見える空間は種々の物理的作用の担い手に変貌していく、ということである。

(4) 27節の「穴の議論」については、お二人から啓発的な補足をしていただいて、聴衆の方々も感銘を受けたのではないかと思う。まず、菅野先生からは、「重力 場方程式がゲージ理論であり、4つのゲージ変換の自由度を有している」ことを解説していただいた。この自由度が「穴の議論」が成り立つかのようにアイン シュタインを考えさせた元凶である。ゲージ理論とは、ある範囲内での任意変換に対して方程式を不変に保つような理論のこと。次に、石垣先生からは、欧米の 時空の哲学ではすでに哲学者も自由に使っている集合論的なモデル(時空理論のモデル)について、簡明で行き届いた解説をしていただいた。一般相対性理論に いたって、こういったモデルで使われる点集合と、物理的時空点との間に一対一対応をつけることができなくなるという事態が初めて生じた。かくして、アイン シュタインが「穴の議論」で二年間も足踏みをし、それを克服して「一般相対性理論は時空を考える上で画期的である」と感じた直観は、おそらく十分に根拠づ けられるのである。


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